アルケミストの冠   作:ハレル家

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0術:プロローグ

 

 “錬金術”

 

 それは鉄やアルミニウム、亜鉛等の空気中で酸化される卑金属を酸化されにくくて硝酸や塩酸といった酸類などにも冒されにくい金や銀、白金(プラチナ)という貴金属に変えようと紀元1世紀ごろ以前にエジプトに始まり、アラビアを経てヨーロッパに広がった科学技術である。

 多くが夢見た“不老不死”を実現する為に人の命を実験の材として使用する禁忌の術であり、無限に金を錬成できる富に溢れた(すべ)である。

 そんな錬金術にとある術が完成した。

 “想い”に“形”を与える錬金術――錬想術である。

 等価交換を思考回路にしている錬金術師にとって想いは形が無に等しいモノ……それに形を与える事ができるのは、まるで無から有を創造するかのような術に関心を持つのは遅くなかった。

 瞬く間に広まり、独自の生態系を作って人を襲う生命体――ホムンクルスの討伐や錬金術による生産行為、錬想術は世界を動かした術として認識された。

 だが、その力を我欲に使うものも多い。

 世界は錬想術をいずれ来る巨悪に対する抑止力(カウンター)として錬想術を学ぶ学校を設立した。

 これは、未来の錬想術師を目指す少年少女達の物語である。

 

 

 ――■とある一軒家■――

 

 

 日本にある田舎町の一つである赤鉄町(せきてつちょう)

 総人口28万人弱。もともと歴史は古いもののこぢんまりとした町であったが、隣町の発展によって近年大きくなった模範的なベッドタウン。

 近くの山には野生のホムンクルスが住んでいるが、主と呼ばれる存在のお陰で人里に降りて人を襲うホムンクルスはあまりいない。

 その山と隣町に行き来する間の道に一つの家があった。周囲には何もなく、ポツンとあるその家は云わば訳あり物件という家だった。

 何も幽霊が出るとか、呪われている訳でもない。ホムンクルスが住んでいる山から近いからだ。

 人を襲うホムンクルスの被害を比較的に受けやすい立地条件ゆえに家賃も安い。

 そんな住めそうにない一軒家から一人の女性が現れた。若いというより妙齢という言葉があう女性はおしゃれよりも実用的な服装の上から黄色いエプロンを身に付けた女性は家の前を箒で掃き掃除を始める。

 慣れた手付きで掃除する姿は熟年の主婦を彷彿させ、気分が良いのか鼻唄を口ずさむ。

 しかし、女性に影がおおう。

 明るかったのに突然暗くなった周りに気付き、後ろを振り向く。

 そこには、“化物”がいた。

 白い毛並に黒い禍々しい模様がある歪に曲がった大きな角が特徴の鹿が女性の後ろに立っていた。

 いきなり現れた化物に怯えてもおかしくないが女性の視線は鹿の頭部ではなく、その下だった。

 

「お帰りなさい卍哉(ばんさい)

 

 視線の先にいたのは顔に火傷を負った青年――卍哉(ばんさい)と呼ばれる若者に対してだった。

 女性の声に卍哉は鹿の化物を地面におろした。

 

「もう、掃除していた場所に置くんじゃないよ。こんなの持って帰るなら一言ぐらい言いなさい」

「帰りに偶然出会った。殺して血抜きしたから問題ない……お袋、裏庭で鹿を解体してくる」

 

 鹿の化物――すでに息を失った鹿を乱雑に降ろした事に指摘すると卍哉はそのまま鹿の角を折る。ポキン、という小枝が折れたような音が響いた。

 

「だったら、薪も割っておいてくれるかしら。もうすぐストックがなくなりそうなのよ」

「わかった」

「あ、卍哉」

 

 鹿を担いで裏庭に行こうとした卍哉を女性――彼の母親が待ったをかける。

 

「明日、入学式ね」

 

 母親の言葉に首を縦に頷き、無言で返事する卍哉。

 

「思えば、貴方に苦労をかけっぱなしだったわね……辛い思いをさせてごめんね……身体の調子も少しマシになったから、高校では貴方の好きにしていいわ……友達とか、部活動とか、そういう学校ならではの話とか……」

 

 母親の話に耳を貸さず、黙って裏庭に歩き始める卍哉。母親はその様子を見て申し訳なさそうな表情をするが、彼には気付かない。

 裏庭で鹿を降ろして解体作業をしようとした時に黒に近い濃い紫色の短髪の少年が卍哉に声をかけた。

 

「おうっ!? 卍哉兄ちゃん! それって鹿!」

「ああ。解体して肉にする所だ」

「やった! 今夜はお肉だ!」

「あれの準備も忘れるな。野生のホムンクルスが匂いに釣られて来るかもしれない」

「わかった! すぐに準備するね! おにくー!」

 

 バタバタと忙しなく去る少年に口角を少しだけあげるもすぐに元の無愛想な表情へと戻し、刃物を錬成して手に取る。

 

――『……友達とか、部活動とか、そういう学校ならではの話とか……』

 

 不意に先程の話が頭を過るが、卍哉は母親との会話をすぐに切り捨てた。

 

「……俺に、友など要らない……」

 

 その呟きと同時に鹿の腹に刃物を刺し、解体作業を始めた。


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