今回は名前があまり出てきませんが、教室内には全員います。
春。
出会いと別れが印象的な季節はこの世界でも問題なく訪れる。
愛や友情を確かめあって別の進路に別れる者もいれば、同じ道を歩む者達もおり、不採用された怒りのままに社会的地位をサクリファイスして面接に落ちた会社の入社式に全裸で神風特攻する社会人もいるかもしれない。
そして、世界錬金術運用協定……またの名をWAA条約に基づいて日本に設置された錬想術師育成用の特殊国立高等学校の一つである――赤鉄学園も例外ではない。
15人の精鋭とも言える錬想術師の卵とも言える生徒達の目の前で一人の女性が教壇の前で――
「オボロロロロロ……」
――吐いていた。
まさか入学初日に担任であろう人物の嘔吐姿を見るとは思わなかった生徒達の反応は様々だった。
女性に戸惑う者、心配する視線を向ける者、我関せず自分のペースで本に勤しむ者、各々が違う反応を見せるが、心地よい春風とともにバケツに向けて放たれた吐瀉物特有の水音と酸っぱい臭いが運ばれてくるのは全員が体験している。
いやな共通点である。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
一人の女子生徒が女性に声をかける。一部から驚愕と少しの尊敬が混ざった視線を送られるが気にせず女性を心配する。
「ごめんなさい……ちょっと、せなか、さすって……」
少し片言になりつつも、背中を擦るように指示する担任に女子生徒は優しさから女性の背中に触れようと手を伸ばす。
「……え……?」
しかし、予想とは裏腹に女子生徒の手が女性の背中を
まさかの出来事に見ていた数人が驚愕の表情へと変化し、背中をさすろうとした女子生徒は自分の手が女性の背中をすり抜けた事に驚いていると同時に女子生徒の後ろから、先程まで吐いていた女性が空間から現れた。
「動くな!」
まるでマジックショーのように何もない所から女性がナイフを片手に現れ、心配していた女子生徒を拘束して周りの生徒達に命令する。
「千春!」
「動くなと言ってるでしょうが!! お前は人質を殺す気か!!」
一人の男子生徒がその女子生徒と親しいのか、近付こうとした瞬間に女性が怒号と共に懐から何かを取り出して注意する。その際に女性が吐いていたバケツが当たって教室の隅に転がっていくが、入っているハズの吐瀉物も臭いも幻のように消えていた。
「この教室に爆弾を仕掛けたわ。変な動きをした瞬間にボンよ」
「……なっ!?」
女性の言葉に全員が硬直する。一部はハッタリだと考えるも、手に持つ起動スイッチと女性の瞳から本気だと判断した。
「……完全に後手だな。下手に動こうと考えるなよ」
「……くっ……」
隣にいた男子生徒が近付こうとした男子生徒に注意する。人質を取られ、身動きできずに沈黙するしかなかった。
「あ、あのー?」
そんな状況で人質にされていた女子生徒が女性に質問する。神経が図太いのか、それとも空気を読んでないのか謎だが、女子生徒の言葉に女性が耳を傾ける。
「これに意味ってあるんですか?」
女子生徒の質問は聞きようによっては挑発のようにも聞こえるが、純粋な質問として聞こえた女性は親切にも答えた。
「意味? そんなのないわよ」
即答。まるで必要な調味料が無いかのように軽々と言う女性の言葉にクラス一同は固まった。
「……え……ない……?」
女性の言葉に戸惑う。その様子に女性は呆れた表情を見せる。
「……意味がないのに……意味がないのに、こんな事をしたんですか……?」
「いい質問ね。童貞みたいなチョビヒゲゴーグルくん」
「チョビヒゲ生えてねぇし、失礼すぎるだろォォォ!!」
女性の指摘に大声でツッコミを放った首からゴーグルをかけた男子生徒。幸なのか不幸なのか、クラスの大半が彼の事情をスルーしている。
「錬想術を悪用する人間は『暴れたい』とか『スゴいヤツって思われたい』のような自己顕示欲が高いヤツが多いけど……それは格下のような下級犯罪者が多い。本当に恐ろしいヤツは、理解できない理由で人を殺せるヤツの事よ」
どこか経験があるような口振りで言う女性にクラス全員が硬直する。それほどに女性の言葉には重みがあった。
そう言って、女性は人質として拘束していた女子生徒を解放する。
「この三年間でアナタ達を世間の予想を越える人材に鍛え上げる……それが、担任である私の役目よ」
「ちょっ!?」
そう言うと同時に女性は爆弾の起爆スイッチを押した。あまりに自然な動きだったので見逃してしまった男子生徒が慌て――
「……え……」
――ボン、という爆発音と共に紙吹雪や花びらが教室内に舞った。ひらひらと踊るように舞う紙吹雪と花びらに呆然とする生徒達に女性は悪戯が成功した子供のように笑い、人質にしていた女子生徒に声をかける。
「えっと、神崎千春さんだっけ?」
「あ、はい」
目の前の担任であろう女性に人質にされていた女子生徒――神崎千春は目を白黒させながら返事する。
「演技とはいえ、貴女の優しさを利用してしまって、ごめんなさいね」
「い、いえ、私も不用意に近付いてしまって……」
担任の謝罪に神崎は慌てながらも気にしていない事を伝えるが、担任は神崎の言葉に首を横に小さく振る。
「よく覚えておいて、この錬金術社会で錬想術を悪用する人は貴女のような優しい人の想いを利用してくるわ……だけど、その優しさは絶対に無くさないで……人を助ける“想い”で動く錬想術師が、人を“想わない”事になったら本末転倒よ」
「……はい」
まるで幼い子供に優しく問いかける母親のような様子の担任に神崎は少しだけはにかみながら答えた。
「……ケフンゲフン、紹介が遅れてごめんなさい。今日起きた騒動は私達教師からの洗礼と思って頂戴。これから先で
女性の担任――茶々原薫の言葉に生徒達は改めて気を引き締めたのか、緊迫した表情へと変わり、その様子に茶々原は満足した表情を見せる。
こうして、少年少女達の波乱ある青春活劇が始まったのだった。
「よし! そうと決まれば、入学式バックレて戦闘訓練を始めようか!」
「いや、ダメだろそれぇぇぇぇ!!」
大空に響くツッコミをよそに、一人の青年――我妻が眉間のシワを濃くしながら、呆れた表情で侮蔑の視線を茶々原に向けていた。
ここで豆知識。
担任として出てきた『茶々原薫』は【アルケミストの冠】の主人公の没案です。
それでは!