一応気をつけて改稿したつもりですが、へんなところがあったらご容赦ください。
「就職が決まりましたー!」
サイズの合っていない制服の袖を振り上げて、巻雲が言った。
「おー、やるぅー」
「えへへー、そーでしょー」
「そのナリで試験合格とはなぁ。よく小学生と間違えられなかったなぁ?」
「ちょっと秋雲! その言い方はさすがに失礼なんですよぉ!」
「あっはは。でも心配してたんだぜ実際。けっこう苦戦してたからなぁ」
「そうそう。巻雲さんは素直ですからね。騙されてうっかり噂のブラック鎮守府に就職決めちゃったりしないか不安だったんですよ?」
「あう~っ。夕雲ねえさんまでひどいですぅ~!」
わいわいと賑わう。
「で、これで今期の夕雲型は全員決まったのかね?」
「あはは、それが実は……」
長波の言葉に、夕雲が苦笑して指さす。
「……あ」
部屋の隅で。
ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、と暗い雰囲気の中、静かに正座する二人の女の子。
「すいませんすいませんすいませんすいません、夕雲型なのに就職失敗してすいません」
「…………ぎぶみーじょぶ」
「しまった……あいつらがいた」
清霜と早霜。ふたりの内定もらい損ねを見て、長波は頭を抱えた。
「結局、不景気が悪いのよ。不景気が」
明太子パスタをもぐもぐほおばりながら、清霜が言った。
「深海棲艦が現れて、艦娘システムができて、最初はみんなてんでばらばらに使ってたのが自衛隊がみんな召し抱えるようになってさ? そんで今度はケンポーキュージョーがーとかって言って民間委託だの民営化だのって話になって、民営鎮守府が雨後のたけのこみたいにぽこぽこできてさ。一時期ブームになったと思ったら今度は過剰競争でばたばた倒産し始めたのが今! 冬の時代って奴よね」
「…………」
早霜はぼーっとした目で清霜の話を聞いているんだかいないんだか、パスタを巻き付けたフォークをじーっと見つめて、
「……かわいい。ふふふ」
「聞いてんの早霜!? ねえ!」
「聞いてるわ。世の中が世知辛いという話……」
ぱくり、と口の中にパスタを放り込んで、早霜が言った。
「艦娘システム……数多の人生を狂わせた罪な子ね……」
「べつにシステムのせいじゃないっしょ」
「そうね。すべての罪は道具ではなく、使う人間にある……ふふ、ふふふ……」
「その含み笑い、たぶん無意識なんだと思うけど、前から言ってるように不気味だからやめたほうがいいわよ」
パスタと格闘しながら清霜が言う。
そして、ため息。
「実際、いくら不景気ったってこいつがあれば、職には困らないって話だったのになぁ」
椅子の横に置いてある、小さな鉄の塊を見やる。
艦娘システム、12.7センチ連装砲。ただし今は陸上の非戦闘領域なので、簡易版だ。
これの出自には諸説ある。
亡霊のように現れた深海棲艦に対抗するために、恐山のイタコが持つ降霊技術をスウェーデン人が発展させて作ったシステムだというのが、最もメジャーな説。
なぜスウェーデン人かというと、ヴァルキリーという北欧神話の伝承があって、それを取り入れてカスタマイズした、ということのようだ。
ヴァルキリー。
死んだ戦士の魂を集めて最終戦争に駆り立てる神の眷属。その性別は女であると伝えられる。
つまるところ艦娘とは、過去の戦争で船と共にあった戦士たちの霊を呼び出し、一隻の船と同等の戦力を成して戦う、西洋イタコみたいな何か……である。
だから艦娘には女しかなれない。イタコだってヴァルキリーだって基本、女なのだから当然だ。
霊感が高いひとにはこの戦士たちの霊、ちょっとだけ見えるらしい。その姿はかわいいらしく、「妖精さん」という名前で親しまれている。
さておき。
清霜ははぁ、とため息をついた。
「最終試験の結果は悪くないのになー。なんでどこも雇ってくれないんだか」
「……清霜は、例の奴を引っ込めればすぐ受かると思う」
「戦艦? ダメダメ。そんな自分を偽って就職したっていいことには絶対ならないって!」
「なんで戦艦にそこまでこだわるのか、よくわからないわ」
「だって戦艦かっこいいじゃん!」
目をキラキラさせて力説する清霜。
「昔パパと一緒に見たんだよ、武蔵さん! すっごいかっこよかったんだー!」
「その話は何度も聞いた……」
早霜はパスタをぱくつきながら、こくん、と首をかしげた。
「でもその武蔵さん、引退したんでしょ?」
「いまのひとは違うひとだね」
「戦艦だとやっぱり大変だったのかしら」
「だと思うよー。そういう話はよく聞くから」
もぐもぐしながら清霜。
艦娘システムは降霊術の一種であるが、その使用者は資格試験を通った女の子……多くは十代の、子供である。
イタコの修行を長年しました! というわけにも行かないので、霊的負担は大きい。その代償は、様々なところにのしかかってくる。
たとえば、名前。
清霜というこの名前は、当然ながら本名ではない。第二次世界大戦で戦った駆逐艦の名前である。
なのだが、降霊の負担を軽減するため、艦娘に登録された場合には一時的に戸籍すら書き換えられることになっている。だからいまの清霜は、戸籍上も呼び名もすべて清霜である。
駆逐艦の場合、数が多いために複数の人間が同じ名前になることも少なくないが、戦艦の場合はそもそも適合者がレアなため、滅多なことでは被らない。
それが問題なのである。
「武蔵の継承者が現れたからすっぱりやめるー、ってわけにも行かなかったらしくってさ。それでも、所属鎮守府がかなり理解あったおかげで、なんとかやめられたみたいだけど」
「引退を周囲から慰留され続けて嫌になって自殺した戦艦もいたみたいね」
「らしいねー。ひどい話だよ」
「……そんな風に苦しい戦艦の立場に、なんでなりたいのか、って話だったのだけれど」
「え? なにそれわたしに言ってるの?」
「他に誰が……ああ、あなたにもやっと見えるようになったのね……ふふふ」
「妖精さんの話?
……じゃなくて! だからさ、就職前から引退のこと考えててもしょうがないじゃんって話よ」
「まあ、そうと言えばそうだけれども」
「わたしが戦艦だったら簡単に就職決まると思うし」
「まあ、それもそうだけれども」
「だからいいんだよ戦艦! あー早く戦艦になれないかなー」
「……その話を人事課の面接係にしてしまうあたりが問題だってことには、気づいてないのね」
早霜のため息交じりの言葉を、清霜は聞いていなかった。
「特技は砲雷撃戦とありますが?」
「はい、砲雷撃戦です!」
「砲撃戦と雷撃戦のどちらが得意ですか?」
「もちろん砲撃戦です!」
「砲撃戦……なぜです?」
「かっこいいからです!」
「そ、そうですか……いえ、その、当社の役に立つ技能としては――」
「戦艦の華は砲戦ですよ! やっぱり! わたし、戦艦になりたいんです!」
「あなた駆逐艦ですよね?」
「はい。それがなにか?」
「……いえ。わかりました。では次にあなたが当社に働くことで当社になんのメリットがあるとお考えですか?」
「戦艦になるつもりです!」
「…………」
「戦艦は使えますよね?」
「まあ……そうですね」
「それがメリットです!」
「でもあなた駆逐艦ですよね?」
「駆逐艦ですけど?」
「…………」
「…………」
「はぁー。今日もダメだったかあ」
清霜は自室のベッドに寝そべりながら、インターネットでニュースをチェックする。
目当てはもちろん、戦艦のニュースだ。
「うわ、山城さん、ドック入りかあ。そうとう激戦だったんだろーなー」
画面には、巨大な艤装を背負って、どこか憮然とした顔をした女性の写真。
あまり満ち足りているようには見えない写真だが、清霜フィルターの前にはそんなものは関係ない。
「くぅー、やっぱかっこいいなー。わたしもこうなりたーい!」
じたばたしてると、ぴろりん、とメールの音。
「ん? ……早霜からだ。珍しいなあ」
普段はほとんど電話で済ます相手に首をかしげながらメールを開き、
「……あー」
就職決まりました、の文字を見て、苦笑する。
(だよねえ。わたしだってそうする)
とりあえず、おめでとうメールを打って、一息。
思ったより失望していない自分を確認しながら、
「今期の夕雲型……わたしが最後になっちゃったなあ」
それでも、ぽつりと漏らす。
残った公募はあと一社だけ。
(とにかく、気合い入れていかないと!)
改めて、誓う清霜であった。
「戦艦? 駆逐艦が? はっ、なーに言ってんの」
「……でも……」
「無理無理無理。前例ないし。だいたい戦艦なんて運用できる資材あるかっての。なんのために駆逐艦の公募かけてると思ってるの?」
「……けど……!」
「ダメダメダメ。あのさあ、立場くらいわきまえてよね。ここ選考の場なのよ。あんたがするべきことはなに? 戦艦になりたい? なにもわかってない! ここは私達に対して、どれだけ自分が役に立つかをアピールする場所でしょ?」
「でも、戦艦は役に……」
「それは私達が判断するの!」
「…………」
「まったく最近の若いのはなんにも考えてないんだから。私の若い頃って言ったらね、そりゃあもう……」
「…………はーあ」
小一時間お説教されたあげくに不合格を言い渡された後、清霜は公園のベンチでひとり黄昏れていた。
さすがに精神に来る。
(まあ、今日の鎮守府は行かなくて良かった気もするけど)
しかし、結局戦艦云々についてはどこの企業も評価してくれなかった。
(いいアイデアだと思うんだけどなあ、駆逐艦の戦艦化)
なにもでたらめに、戦艦になれればいいと思いますなんて言ってるわけじゃないのだ。
そこんところを頑張って説明しようとするのだが、たいていその前に相手が打ち切ってしまうのである。
「はあ……」
「なにしょぼくれてるのよ、この馬鹿」
「うぇ!?」
いきなり声をかけられて焦る。
顔を上げると、そこには果たして。
「ったく、どこ行ったのかと思ったわよ。……ほら、コーラ」
「霞ちゃん……?」
変わらない、仏頂面の親友の姿があった。
「その様子じゃダメだったみたいね。……最後だっけ?」
「うん……」
取りつくろう理由もなく、素直に清霜はうなずいた。
霞ははあ、とため息をついて、
「まあ、仕方ないでしょ。自分の器量が足りなかったのよ」
「そうだね……」
「だからしょぼくれんなっての。公募がなくなってもまだチャンスがなくなったわけじゃないし、最悪来年って手もあるでしょ」
「うん……」
清霜は少しだけ笑った。
「あいかわらず優しいね、霞ちゃんは。わざわざ見にきてくれたんだ」
「ばっ、ち、違うわよっ。私はただ大淀さんに頼まれた仕事の途中でっ……」
言葉が終わる前に清霜は霞を抱きしめた。
「えへへ。霞ちゃんだいすきー」
「……ったくもう。これだからこの子は」
仕方ないわね、と言いつつ、霞の表情は柔らかい。
ずっとこの二人はこうなのだった。
「いい? 自分が全力を尽くしたかどうかが重要なのよ。わかってるでしょ?」
「うん……」
「自分を曲げないと就職できないって事前に言われて、あんた自分のポリシー曲げた?」
「ううん」
「だったらそれがあんたの全力なのよ。そこでへこむんじゃないの。胸張って次を考えなさい」
「うん」
「……ねえ、聞いてる? 人の話」
「聞いてるよー。霞ちゃんだいすきー」
「ちょ、なんでそういう話になるのよ!?」
わたわたする霞をよそに、清霜はひとつ大きく背伸び。
「よーしやる気でてきたわ! ぜったい戦艦になってやるんだから!」
「はあ……まあ、焚きつけておいてあれだけど」
「?」
「どうしてそこまで戦艦にこだわるの?」
「え、だって強いでしょ」
「まあ強いわね」
「艦娘の割合って戦艦は極端に少ないけれど、駆逐艦を戦艦にできたらその問題は解消すると思うのよね」
「まあ、できればそうね」
「そこで手始めに清霜戦艦化計画! プラモも出るよ!」
「プラモも?」
「プラモもよ!」
どっぱーん! と波が岩にたたきつけられる画像を背景に……みたいな勢いで言う清霜。
霞は肩をすくめて、
「で、実現性は?」
「か、改装設計図があれば……」
「あれ聖遺物とか仏舎利とかそのクラスのアーティファクトでしょ? 半端性能のポケット戦艦とかになるくらいだったら大抵の鎮守府は使い控えると思うけど」
「で、でも!」
「ついでに言うと何枚かも重要よね。海外だと、ドイツのビスマルクが最近大化けしたって噂があるけど、改装設計図二枚必要だってのであんまり評判はよくないって話よ」
「ううう……」
「確かに改装設計図で艦種が変わったという話はあるけど……普通に考えて、三枚コースじゃないの? DDからCL、CLからCA、CAからBBって考えたら」
「ですよねー……」
しょんぼりする清霜。
霞は、はあ、とため息をついて、
「……まあ、それでも、可能性がないわけじゃないかもしれないわね」
「そ、そうよね!」
「問題はその可能性を認めてくれる鎮守府を見つけることなんだけど」
「あう……」
手厳しいところはきっちり手厳しい。それが霞なのだった。
実際、清霜の未来はそんなに明るくない。
艦娘として登録されている以上、基礎訓練や補給は死活問題である。どこにも雇われてないとなると、そのつてを探すところから始めなければならない。
それが嫌なら、就職浪人をあきらめて、つてでもなんでも使ってとにかくどこかに就職するしかないのだが……
「ほら、これ」
と、そこで霞が、一枚の手紙を差し出した。
「なにこれ?」
「私の……というわけでもないんだけど。足柄さんから、知り合いの鎮守府への紹介状。
ラストワンチャンス。気合い入れて行きなさい」
「……!」
清霜は目をまんまるにした。
「言っておくけど、これで確定でどうにかなるなんて思わないでよね。私はチャンスを用意しただけ。それをモノにするかどうかはあんたの器量次第――」
「霞ちゃん愛してるー!」
「ちょ、こら、人の話を聞けー!」