……が、結果としては遅かった。
「まあ潜水艦ならカ号でなんとかなるでありますからな。どうにかやったであります」
胸を張って言うあきつ丸。
少し離れたところに、攻撃を受けて仰向けに浮かんだ深海棲艦(潜水艦)の死体が浮かんでいる。
「もう一隻いたけど逃げちゃったみたいね……ま、いいでしょ。ちゃんと仕事は果たしたってことで」
「ううー、そうだけど、なんか不完全燃焼感が……」
満潮の言葉に、清霜は不満げに言う。
せっかくの初陣なのに、駆けつけたら敵が倒れてましたというのは、ちょっと、なんだかなあって感じである。
「いいじゃないの。楽できたんならそれに越したことないでしょ」
「そうは言うけどさ、楽だからこそ経験を積むいいチャンスだったんじゃないかなって思うんだよ?」
「はいはい、みなさん気を抜いてはいけませんよー。まだ深海棲艦がこれだけとは限らないんですから――」
青葉の言葉は、途中で打ち切られた。
全員の羅針盤が一様に回転し、ある方角をぴたりと指し示して、止まる。
ここまではっきりした反応がある以上、敵は先ほどのようなものではあり得ない。
おそらくは、もっと大型の――
「! 青葉殿、索敵!」
「もうやってます……これは、やっばいですね」
青葉は歯がみして言った。
「なに、なにが来るの?」
葛城の言葉に青葉は深刻な顔で、
「偵察機からの報告ですが……敵深海棲艦は、三体です」
「三体? 思ったより少ないわね」
「少ないだけならいいんですけどね……ほら」
青葉は言って、艤装のリンク機能を使って偵察機情報を全員に共有。
「……げ」
駆逐ハ級。これはいい。
重巡リ級。少し手強いが、まあ想定の範囲内だ。
残り一体。それらの深海棲艦とは明らかに一線を画するシルエット。
人間形の肢体に、巨大な帽子のようなものが乗った形。
――空母、ヲ級。
「いきなり強敵出現だね……」
「どうする? 清霜」
「聞くまでもないでしょ」
清霜はぐるんぐるん腕を振って、ぱちんと手をたたいた。
「総員戦闘準備! 事前の打ち合わせ通りにしっかりね!」
「「「「「おー!」」」」」
清霜の言葉に、全員の声が唱和した。
このタイミングではもう、敵の艦影はおぼろげながら見えてきている。即座に全員が戦闘挙動に入ろうとするが、
「う、うわ!?」
それより早く、空母ヲ級が艦載機を繰り出してきた。
砲撃戦の距離になる前の先制攻撃は空母の特権である。清霜は思わず身構えたが、
「甘いであります!」
「ふん、見なさい!」
あきつ丸と葛城が迎撃。烈風と機銃掃射で、相手空母は艦載機をあらかた打ち落とされた。
「目標敵空母! 総員単縦陣にて第四戦速、反航戦開始!」
「ほいさっさ! いっくよー!」
漣がさっそく前に出る。
敵重巡の攻撃が漣に降りかかるが、漣は圧倒的に鮮やかな機動で回避。
見とれかけていた清霜だったが、そこに敵駆逐艦が砲撃。
「わあ!」
「はいはい。よそ見してるとあぶないですよ?」
「青葉さん!」
ささっと清霜をかばった青葉は、にっこりほほえんだ。
さすがは重巡。ほとんどダメージになってない。
「よっし! じゃあ行くよ! 使い捨て41cm連装……」
「否、ちょっと待ったであります!」
「あきつ丸さん!?」
あきつ丸は、第四戦速(第五が最大だ)と言ったのを無視したかのようなおそろしい速度で、空母ヲ級をかばいに向かっていた敵重巡に近接し、
「真剣必殺であります!」
と叫んで、刀をぶちかました。
ひぎゃあー、と重巡が叫んで、煙を吹き始める。小破状態だ。
こうなるとかばわれる可能性は激減する。傷ついた状態の深海棲艦は、自己保身を優先する傾向があるのだ。
「いまよ、清霜!」
「わかってる!」
満潮の言葉に、清霜はうなずいて、
「……いっっっけえええええええ!」
轟音一閃。
清霜の12.7cm連装砲から放たれた弾丸は、空母ヲ級を一撃で撃砕した。
――それで、戦闘は終わりだった。
敵に近づいた際に、魚雷を撃たれたりなども若干あったが、満潮と漣が華麗なステップで回避。逆に清霜が放った魚雷が敵の駆逐艦に突き刺さって沈めたりした。
もうちょっと粘れば重巡も倒せただろうが、反航戦――すれちがいざまの撃ち合いではこれが限界である。反転追撃する手もあったが、いっちゃんの言うとおり、相手は旗艦を落とされてから明らかに戦意を失っており、そこまでする必要はないだろうということで、戦闘終了。
「しかし……壊れちゃったなあ、連装砲」
「最初からそういう話だったでしょ?」
「ううー、まあそうだけど、なんか落ち着かないというか……」
満潮の言葉に、憮然と応える清霜。
初陣で空母撃破といえば大金星なのだが、衰えた艤装の力も気になる。
「まあ、とにかく仕事は果たせたってことさね。
いくら境界域ったって、これ以上の敵がうようよいるなんてことはないでしょ。胸張って帰って、ご主人様にうんと褒めてもらいましょ」
漣が笑って言った。
清霜も笑って、
「うん、それじゃあ……」
答えようとしたときに、びーっと通信機が鳴った。
「な、なに!?」
「漁船のほうからの信号みたいね。……なんなんだろう?」
葛城が首をかしげた。
「とにかく出たらわかるんじゃないかしら」
「う、うん。じゃあ……」
言われるままに、清霜は通信ボタンを押す。
『おお、どうなった? 嬢ちゃん』
「こっちの勝利です。深海棲艦は撤退していきました」
『そりゃあよかった。だが実を言うと、こっちで困った事態が起こってな』
「え、なんです? まさかそちらにも深海棲艦が――」
『いやそういうわけじゃないんだよ。ただ、うちの無線のほうに通信が入っててな』
「通信?」
『救難信号だ。SOSという奴だな』
「発信主は?」
『それがよくわからんのよ。だから通信機で聞きにきたんだが』
清霜達は顔を見合わせた。
「……とりあえず、いったん船に戻る?」
「あ、じゃあ青葉とあきつ丸さんが警戒に残りますんで、残りの方々で行ってきてくださいね」
「あ、はい」
そのふたりは艦載機を使える立場なので、たしかに警戒役には適任なのである。
そういうわけで、残った4名は漁船に戻ることになった。
そして、結論から言うと。
「……これ、艦娘だ」
救難を求めているのは、艦娘だった。
おそらくはどこかの大きな鎮守府所属の、傷ついて取り残された艦娘。
船は持っているようで、そこから信号を発しているのだが。
「通常の通信機による通信は無理……てことは」
「近くに深海棲艦がいるわね」
強大な深海棲艦の群れがいる場合、通信用機器が機能しなくなる場合があるのだ。
艦娘の使用する通信機は市販の携帯電話などと違って特別製なのだが、それでも深海棲艦がいると、遠方との通信は難しくなる。
「とにかく助けにいくしかないわね。どのメンバーで行く?」
「んー、青葉さんはいて欲しいかなあ。
後は……こっちに戦えるひとがいないとまずいから、あきつ丸さんは残ってもらうとして……」
「待った待った。なに言ってるの」
と言ったのは、漣である。
「なにが?」
「なにがじゃないって。いまのうちらの戦力じゃ、助けられる状況じゃないっしょ。それこそミイラ取りがミイラ、メイド取りがメイドって状況よ」
「……メイド取りってなに?」
「うん。漣も言っててよくわかんなかった。忘れて」
「…………」
なら言わなきゃいいのに。
こほん、とひとつ咳払いして、漣は続けた。
「ていうか、ご主人様の言葉にあったっしょ。無理せず、可能な限り安全に仕事を全うしろって。それを忘れて突っ走ってもらっちゃ困るのさね」
「見捨てろって言うの!?」
満潮が激高したが、漣は冷静だった。
「違うって。自分の身を守れって言ってるの」
「同じ事じゃない! なによ、艦娘なのに、まだ戦える状態であきらめてしっぽ巻いて逃げるって言うわけ!?」
「そもそもこっちの仕事は漁船の安全確保でしょ。お門違いよ」
「冗談じゃないわよ! だったらあんたひとりでここで待ってなさいよ! 残りみんなでなんとかしてくるから!」
「そうはいかないわね」
「なにが!?」
「いちおうこれでも艦娘歴は先任だからね。止めさせてもらうわよ。無茶は容認できない」
「っ、このわからずや!」
「わからずやでけっこう。とにかく、この救難信号には答えない。それが決定よ」
「このっ……」
「あー、あのさあ」
と、そこで葛城が口を開いた。
「なに!?」
「ほい。なにか?」
「いや。清霜ちゃんが困ってるからさ。ちょっと助け船出そうと思って」
「……あ、うん。どうも、気を遣わせてすいません……」
ふたりの口げんかですっかり萎縮していた清霜が頭を下げる。
「で? あんたはどっちの味方なのよ葛城。返答次第じゃ――」
「いえ。葛城さんも漣より後任なんで、どっちにしろ影響はないんですけど――」
「いや。それがおかしいと思ったのよね」
「はい?」
こくん、と首をかしげる漣。
「なにが? 特に問題ないと思うけど。うちの鎮守府の規則にもあるでしょ、意見が対立した場合は艦娘歴の長い者の意見優先って――」
「そりゃ同格で意見が対立した場合の話」
葛城は言った。
「実際には、清霜ちゃんがわたしたちの旗艦でしょ?」
「…………」
漣が沈黙する。
「元は、唯一砲戦できる艦だからってことで旗艦になっただけなわけだけど。それでも提督が決めた立派な旗艦。いくら新入りと言っても、いまは上官なわけよ。
だったら、清霜ちゃんが判断することなんじゃないの? これって」
「わたしが……?」
「そ。あんたが決めなさい。
危ないのはわかってると思う。その上で、この場をどうするか。決めるのは清霜、あんたよ」
葛城の言葉に、清霜は考え込む。
「……わたしたちの目的は、漁船団の安全確保。命令がないのに、それを無視して危険なことに首を突っ込むのは、たしかに問題かもしれない」
「…………」
ぎりっ、と唇をかみしめる満潮を、清霜は見ながら。
くるり、と船長の方に首を向けて、
「というわけで、船長のほうから依頼してもらえないかな?」
「……ん? どういうことだ?」
「だからさ」
清霜は言った。
「命令無視なら問題だけど、現場責任者からの依頼だったらわたしたちが動く理由になるかなって」
「…………」
沈黙が、しばし落ち。
「……やってくれるか。
頼むよ嬢ちゃん。できれば、俺たちだって救難信号を見捨てたくなんか、ない」
「うん、清霜に任せといて!」
清霜は、満面の笑みでうなずいた。
このやりとりを聞いていた葛城と満潮は、両方とも満足した顔をしていた。
だから、誰も気づいていなかった。漣がひとりだけ、外に出ていたことに。
「おやまあ。どうやら口げんかに負けたようですね」
……訂正。ひとりいた。
待ち伏せしていたかのように海の上にいた青葉に、漣は肩をすくめて、
「青葉さん、口げんかはないっしょ。これでもこっちは真剣だったんだから」
「まあそうでしょうね。悪役お疲れ様です」
「その言い方はなんか、見透かされたみたいでやだなぁ……」
漣は苦笑した。
「ま、ともかく動く方向は決まったんでしょう? だったら」
「そーね。こっちも、できる限りの準備をしとかないと」
漣は言って、それから少しだけ、陰った表情で船の方を見た。
「けど、やっぱり心配だな……
清霜ちゃん。あなたの選んだ道は――たぶん、思ってるよりずっと、険しいんだよ?」
おまけ:今回の戦いでモチーフとしたのは、アルペジオイベの頃限定の、潜水艦が出没していた1-4です。