「なんとか敵旗艦の座標はリンクできたでありますなー」
「ここから遠くもないわね。これなら、なんとか名取ちゃんたちが襲われる前に間に合えるかも」
話しているあきつ丸と葛城。
「……マジでこれで行く気なの? あんたたち」
「行かないとダメでしょ」
げんなりした満潮に、清霜が言った。
その手には、満潮が持っていた12.7cm連装砲がある。
さっき使い捨て砲を使ってしまったので、あともう撃てるのはこの一本だけ。それがなくなったらもう、あとは、魚雷しか攻撃手段がなくなる。
「要は一撃で黙らせればいいんだって。だいじょうぶだいじょうぶ」
「漣! あんたもなんか言ってやんなさいよ!」
「いや。漣は最初からこの作戦反対派なんで。ていうかいまさらなに言ってるのかねワトソンくん」
「ホームズ気取りか! じゃなくて、なんなのよあれ! あんな青い深海棲艦なんて聞いてないわよ!?」
「漣だって噂くらいしか知らないよ。危険領域の奥でときどき出る個体だって言うけど。上の暫定呼称は改flagship……だったかな?」
「そんなのがなんでこんなところに!?」
「そりゃわかんないけどさー。十分に訓練されて母船も連れてきてる艦隊がぼろっぼろにやられてるんだから、なんかイレギュラーがあったって普通思うっしょ?」
「……それがあの青い重巡?」
「使い捨て砲を使った判断は、漣は支持したいかな。
あいつ旗艦みたいだったし。あれがいきなり沈んだことで、残りの艦からの追撃も防げた。それに、あいつら同航戦――こちらに併走しながらの攻撃を仕掛けようとしてた。先手取らないと逃げも打てずに、下手したらこっちまで二次遭難状態だったんじゃない?」
「…………」
満潮は黙り込んだ。
漣もそれ以上特に言わず、妙な沈黙があたりに広がる。
なんとなく、それを見ていた清霜だが。
(……あれ?)
ふと、妙な変化に気がついた。
「? どうしたんです、清霜ちゃん?」
「あ、青葉さん……いえ。特には」
「そうですか? ならいいんですけど……
気をつけてくださいね? 使い捨て砲、なにしろ二回撃つテストなんてしてないんですから。これから三回目も撃つとなればさらに危険です」
「だねえ。最後の切り札だもん。気をつけないと」
清霜は言って、気持ちを切り替える。
だから、彼女は気づかなかった。
いま、一瞬だけ、――自分が誰であるかわからなくなったという、その理由に。
「敵艦隊見ゆ! 情報通りです!」
「名取さんの言った通りだね……」
青葉からの報告に、ごくりとみんなが息をのむ。
名取たちが遭遇したという、敵主力艦隊の構成は次の通り。
旗艦を戦艦タ級flagshipとして、以下が戦艦ル級flagship、戦艦ル級elite、重巡リ級flagship、駆逐ニ級elite×2。
このうち、名取たちとの交戦によって、戦艦ル級flagshipと二隻の駆逐ニ級eliteは中破。無傷で残っているのは、戦艦タ級flagshipと、戦艦ル級eliteと、重巡リ級flagshipの三隻。
(いやいやいや多いって!)
思うが、しかしここで引いては作戦行動の意味がない。
「確認――基本作戦は単純よ」
満潮が言った。
「清霜が使い捨て砲を撃つ間合いに入るまで、とにかく全員で清霜を守り通す。かつ、可能なら相手を攻撃して、小破状態まで持って行く。
――小破した深海棲艦は自己防衛モードに入って、旗艦をかばわなくなる。我々の場合、ル級を小破させるのは少々難しいだろうから、最初に狙うのは――重巡リ級よ」
全員がその言葉にうなずく。
「よし、総員第五戦速! 単縦陣にて突撃する!」
「よーっし。じゃあ青葉がまず先陣を切っちゃいますよっと!」
言って青葉は全力で加速。
こちらに気づいた敵の攻撃が集中するが、
「なんのためにバルジこんだけ装備してるか……思い知らせてあげますっ!」
叫んで、青葉は意にも介さず突貫。
「すごい! 戦艦の攻撃を――」
「うりゃああああ!」
叫ぶ青葉に、次の瞬間、ル級eliteからの砲撃が直撃。
だが、
「小破小破! まだいけますよって!」
叫んだ青葉の飛び膝蹴りが、重巡リ級のアゴを強打。
たたらを踏んだところに、
「えい」
がぎょっ! と、さらに漣の頭突きが連打した。
――青葉の突進に重なるようにして、敵の誰にも気づかれないように接近した漣の、不意の一撃である。敵重巡はたまらず後退、小破。
「目標達成! 残る艦は目標艦変更!」
「行くであります! うおおおおおおお!」
叫んであきつ丸は突進。
だが、敵旗艦の砲撃がそのあきつ丸に炸裂。
「うぎゃー! やられたー!」
「……まじめにやりなさいよ!」
大破したあきつ丸に毒舌を吐きながら、満潮は出ようとする――が、即座に反転。敵重巡と清霜の間に立ちふさがった。
爆音。
「満潮ちゃん!?」
「……っ、大丈夫。中破よ!」
叫んだ満潮に答えるように、清霜は前に出る。
射程内に捉えた。もう逃がさない。
「……っ、てえっ!」
瞬間。
清霜は、おかしな感覚を覚えた。
(え?)
自分が誰だかわからない、という、妙な感覚。
否。喪失感……というべきか。
背負っている艤装が、とたんになにか重いもののような気がしてくる。
時間がスローになる錯覚。
そして。
ぽん、と軽い音を立てて、使い捨て――ではない、普通の砲弾が発射される。
敵旗艦に命中。
だが、当然ながら、駆逐艦の普通の砲の火力では、戦艦にまともな傷など与えられない。
そして、次の瞬間。
あたりが真っ白になった。
(あ、沈んだ)
清霜は、なんとなく茫洋と理解した。
誰にやられたのかは覚えていないが、たぶん弾丸が直撃したのだろう。
併せて、いままでの現象も理解する。
わかっていてしかるべきだった。
使い捨て砲は、艦娘システムの、普通では使い切れないエネルギーを消費して発射する。
ということは、普通では使えないほどに、消耗するのだ――エネルギー切れである。
たぶんさっきの場合、単純に清霜と、駆逐艦「清霜」の間をつなぐリンクが、エネルギー切れで弱くなっていたのだろう。
そしてその状態では、使い捨て砲なんて撃てるはずもない。
沈んでいく。
深海の底の底まで。
そこは。
冗談じゃない、地獄の釜の底だった。
(ひ――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)
体感する。
体感する。
体感する。
駆逐艦「清霜」と、――それ以外。とにかく、あの戦争で起こった「死」という「死」を、そのまま体感する。
清霜は悟った。
戦場には、満足のいく死などというものは、なにひとつないのだということを。
最も幸せな死は、いきなり頭を砕かれての瞬殺だった。瞬時になにも感じなくなり、瞬時になにも考えられなくなり、――故に、死よりもつらい地獄を、見なくて済む。
見る。内臓が飛び出て、泣きながら腹にかき集めようとする兵士の姿を。
見る。手足をもがれ、脱出することもできずに倒れたまま、爆発して沈没していく船に取り残された兵士の姿を。
見る。船を失って海に投げ出され、そのまま敵の機銃で皆殺しにされる兵士達の姿を。
見る。沈みそうになった船体に必死に捕まって、やっときた救援が目の前で爆弾にやられて沈んでしまい、そのままなすすべなく自分も沈んだ兵士達の姿を。
それらが――どうしようもない、圧倒的な実感を伴って、やってくる。
清霜は理解した。
死ぬというのは、そういうことなのだと。
死ぬというのは、あらゆるものを剥奪されるということなのだと。
希望を剥奪され、五体を剥奪され、自由を剥奪され、意識を剥奪されて――そしてそれで、終わりだ。
それが「死」だと、清霜は理解した。
理解した。
理解――
「……も! 清霜! しっかりしなさいよ!」
声に、うっすらと目を開ける。
目の前に、半泣きになっている満潮がいた。
「満潮ちゃん……?」
「…………」
言葉もなく、満潮は清霜を抱きしめた。
その身体が震えている。
(あ、そうか。ダメコン)
自分が、ダメコンに命を救われたことを、清霜は理解した。
でも、だったらどうして、満潮はこんなに顔面蒼白で、震えているのだろうか?
「満潮ちゃん……」
「……なによ」
「ひょっとして……わたしを、あの「死」の体験から、守ってくれたの?」
途中から、急に楽になったような感じがあったのである。
「……わたしには「清霜」の適性もあるもの。艤装と触れあえば、フィードバックを分け合うことくらい、できるわ」
「でも、それじゃあ満潮ちゃんもあの光景を……」
「どうって事ないわよ。あんなの砲撃つたびに見慣れて……うっぷ」
言葉の途中で、満潮は口を押さえてうずくまった。
清霜は海面にへたり込んだ状態で、なんとか上を見上げて、
「青葉さん、いまどういう状況?」
「反航戦でしたからね。突き抜けて相手の反対側、って感じです」
青葉が答えた。
その艤装は煙を噴いている。小破状態だ。
他にあきつ丸が大破、満潮は中破。葛城は元から中破しており、漣だけが無傷という状況だ。
「敵は?」
「まだそのへんにいますよ。……襲いかかられたからでしょうね。夜戦結界張ってます」
「そっか……」
「ちょ、ちょっと待って」
満潮が慌てた。」
「清霜。あんたまさか、追撃するつもり?」
「……ダメコンのおかげで、中破状態まで回復してる。ぎりぎりだけど、夜戦でもう一発撃つことはできる」
「さっきダメだったじゃない! もう使い捨て砲は打ち止めよ!」
「そうでもないのよ、満潮ちゃん」
清霜は言った。
「ダメコンは、艦娘の艤装のパワーを回復させる装置。そして使い捨て砲は、その艦娘のパワーを使って力を発揮する装置なのよ。
だから――ダメコンが回復させてくれた、いまだけなら。いまだけなら、もう一回だけ、使い捨て砲が撃てる」
「でも!」
「わかるんだ」
「え?」
「わたしの身体と艤装の結びつき――わたしを『清霜』にしているものが、どんどん弱くなっていくのが。
たぶんいまは一時的な回復で、これを逃したら、もう撃てなくなると思う。だから」
「だったら、あんたの安全はどうなるのよ!」
満潮は叫んだ。
「わかってるんでしょう!? たしかにあと一回は使い捨て砲を撃てるかもしれないけど、いまのあんたの状態だとたぶんストッパーが効いてない! 下手に相手の攻撃食らったら、それで終わりなのよ!? 今度はダメコンもないの! あんた死んじゃうのよ! それがわかってんの!?」
身を裂くような叫び。
さっきまで見ていた「死」――それが待っていると。
地獄を共有した清霜には、その気持ちは、よくわかる。
だから清霜は、うなずいた。
「わかっているよ……死ぬのは、とても怖い」
「なら!」
「でもわたしは「死ぬかもしれない」けど、わたしがなにもしなかったら、確実に誰かが死ぬんだ」
清霜の言葉に、満潮は絶句した。
「見て、よくわかったよ。戦死なんて、栄誉でもなんでもない。あんなのはただの地獄の底だ。
だから……それがいちばん少なくなるのが、いちばんの正解だよ。満潮ちゃん」
「馬鹿じゃないの!? あんた馬鹿じゃないの!? なんで、なんでそんな、自分の命と、他人の命を、秤にかけて……っ」
「だってさ」
清霜は笑った。
「わたしは戦艦代理で――戦艦は、みんなを助けるヒーローなんだ」
「……馬鹿じゃないの」
「かもね」
清霜は立ち上がった。
満潮は、ふるふると力なく、首を左右に振っている。
(手伝っては……くれないか。そもそも、あの幻覚を見ちゃった以上、いまの彼女の精神状態はボロボロ。戦闘させるのは酷よね)
清霜はそう判断した。
……実はそれは自分も同じなのだが、その自身の異常性には気づくことなく。
そして彼女は、他のみんなに目を向けた。
「呆れた……鉄壁の精神ね」
「戦艦だもん。鉄壁だよ」
漣はその言葉に、ただ苦笑してうなずいた。
「青葉はホントは反対なんですけどねえ……でも、放っておいたら清霜ちゃん、ひとりで突撃する気でしょ?」
「へへへ」
青葉と清霜は、ふたり目を合わせて笑い合った。
「ふむ。自分もしょせん大破の身ではありますが――弾よけくらいには、なる覚悟でありますよ?」
「あはは、頼りにしてます」
おじぎした清霜に、あきつ丸は不敵に笑った。
「ていうか、マジで置物なんだけど私も行った方がいいの?」
「いてくれれば、心強いです」
「……ふ、そう言われちゃ、引けないわね」
葛城は笑って、ぐっと親指を立てた。
清霜は言った。
「行こう、みんな――決着を、つけるんだ!」
そして。満潮はひとり、取り残される。
「……馬鹿じゃないの」
ぽつん、と、一言。
空には雲がかかり、雨の様相を呈してきていた。
敵構成を見るとわかる方もいると思いますが、この戦場は旧2-5上ルートです。
名取たちのチームは水上反撃任務の構成ですね。