「山だ! 海だ! 無人島だー!」
「いや、無人島じゃないですけどね」
はしゃぐ清霜に青葉が突っ込みを入れた。
「すごいよ離島よ海よ山よ司令官の部屋よ! わあすごい景色がきれいー!」
「まあ、確かに風光明媚ですよねえこの島。青葉的には都会のほうが好きですけど」
「でもなんで司令官の部屋にバーカウンターがあるの?」
「景色を見ながら飲みたいって勝手に作っちゃったんですよ。困ったひとですよね」
「ていうか……あれ、なに?」
さすがに汗を流して問う清霜。
「あー……あれはですね……」
「では私が代わりにお答えしよう!」
「わあ!? 机の下からいきなり!?」
「司令官、いるんなら隠れてないで出てきてくださいよ!」
青葉の抗議を完璧に無視して、ホッケーマスクの司令官は笑った。
「はっはっは。清霜くん、君が気になっているのはこの壁掛けアンティークだね?」
「あ、はい。そうですけど……」
「だが鎮守府ではよくあることだよ。写真とかでも見たことあるんじゃないかね? 軍刀などをデスクの後ろに飾ってあるところを」
「いえ。軍刀ならあんまり驚かないんですけど、でもあれ、チェーンソーですよね?」
「いかにも」
「なんでそんなものを?」
「私の名前がなんだったか忘れたかね?」
「…………」
忘れるもなにも、そのホッケーマスクを見れば、誰だって嫌でも思い出すでしょうに。
そう思った清霜だったが、問うたのは別のことだった。
「じゃあ、その下にある、なんか微妙に安っぽい刀はなんです?」
「はっはっは。素敵に失礼だな君は」
ジェイソン提督は笑って、それから声を落とした。
「これはね……私が昔、面倒を見ていた艦娘の、形見なんだ」
「えっ……」
「彼女は勇敢な艦娘でね……いつも最前線に自分を出せと言っていた。その彼女の愛刀だったんだよ、あれは」
「そ、そうなんですか」
「だがそんな彼女も、私に『自分だと思ってこの刀を取っておいてくれ』と言い残して……」
「そんな……じゃあ」
言葉に詰まった清霜に、ジェイソン提督は沈痛な表情(?)で首を振って、
「ああ。寿退社してな」
「そっち!?」
「いや。未練なんてこれっぽっちもないよ。実はこっそり狙っていたなんて事実もなければあの巨乳ゲットした旦那爆発しろとも思ってない。この刀はちょっとした思い出の品というだけだ」
「予想以上にダメな話だった!」
「そういうわけでこの妖刀ふふ怖セイバーは私の宝物だ。決していたずら感覚で表で振り回したりしないように」
「子供じゃないんだからそんなことしませんって!」
「いやあ……それがな。いるんだよ、刀大好きな困った奴がうちに。勝手に使うなと毎回言ってるというのになあ」
ジェイソン提督ははあ、とため息。
「刀大好きって……艦娘が?」
「うむ。それは自分でありますな!」
「うわあびっくりした!」
窓の外にいきなりにょっきり生えた相手に清霜は叫んだ。
相手ははっはっはと笑いながらびしっ! と旧陸軍式の敬礼をした。
「揚陸艦、あきつ丸であります。新任艦娘でありますな。名前は?」
「あ、はい! 清霜です! よろしく!」
びしっ! と旧海軍式の敬礼で返す清霜。
あきつ丸……珍しい艦である。
旧陸軍所持の艦艇で、艦娘として存在が認知されているもの自体、ほとんどない。その上、戦闘能力が高いわけでもない特殊艦である。
艦娘は普通、専門施設で一ヶ月くらいかけて艤装との適性審査をするのだが、たいていの場合は複数の艦の艤装との間によい適性が出てくる。特に艦の型が同じ艤装には良適性が複数出ることがとても多い。
そして、その複数ある適性艦の中から自分の艦を選ぶのだが……上記特殊艦はそんなに強いわけでもないので、たいていそこで選ばれずに終わる。
だからあきつ丸という艦娘は、存在自体が稀少なのだ。
「この子が隙あらばこの刀を振り回すんだよ。やめてって言ってるのに」
「なにを言うであります。提督殿が自分の愛刀である山姥切国広を没収されなければそのような乱行に出ることもありますまいに」
「あれ艤装じゃなくてただの刀じゃん! 深海棲艦じゃなくて人しか切れないよ!?」
「失敬でありますな! 写しとはいえ元は山姥を切った刀、我が真剣必殺の一撃ならば妖怪変化やKBCの百匹や二百匹はものともしないのであります!」
「君が切るべきは深海棲艦だろ!」
「似たようなモノであります!」
「あ、清霜ちゃん。もうこの場はいいのでいったん自室に帰っていいよー」
やんややんやとやり始めたジェイソン提督とあきつ丸を無視して、青葉が言った。
「え、あの、そう言われても……」
「ん、なんです? なにかまだご用でも?」
「いや、あの……」
清霜は言いにくそうに、
「まだ自分の部屋がどこなのか、聞いてないんだけど……」
「……そうだった。私としたことが、うかつですねぇ」
「ではこの漣にお任せをば!」
「うわあまたいきなり!」
にゅっと窓の下から生えてきた女の子に悲鳴を上げる清霜。
漣と名乗ったその子はぴょこん、とお辞儀をして、
「後輩キタコレ! 綾波型駆逐艦の漣でっすしくよろしくよろ!」
「あ、どうも! 戦艦代理の清霜です!」
「戦艦代理! クール! 超クール!」
おおはしゃぎする漣。
「じゃ、じゃあ漣ちゃん、自室に案内して、あと鎮守府の案内をお願いできるかな?」
「かしこまっ!」
ばきゅーん、と謎ポーズを決めて、漣。
とりあえず、わかったことがある。清霜は天井を見上げて、
「わたし以上にテンション高いひと多いなー、ここ……」
「というわけで、あそこにいるのが食堂のおばさんです」
「誰が食堂のおばさんよ!」
漣の言葉に即座に怒声が返ってきた。
「そんなこと言っても、使えるかもしれないって無駄に艦載機飛ばそうとして貴重なボーキサイトをぶっ飛ばした罰は消えませんよー。食堂のおばさん」
「あーあー聞こえないわね! あと重要なのはおばさんじゃなくてお姉さんってこと!」
「そんなこと言ってもティーンズにとって20代の女なんてみんなおばさんですよ」
「アンタだって数年後は同じ立場でしょうが! あ、私は空母の葛城ね。よろしく!」
やんややんやと漣とやり合いつつ挨拶する葛城。器用である。
「どうも、戦艦代理の清霜ですけど……え、空母なのに、艦載機飛ばせないの?」
「いきなり核心えぐってくるわね! そーよどうせ機銃しか撃てないわよ!」
「あ、すいません。悪口のつもりじゃなくって……え、でもどんな事情で?」
「わかってたらここで皿洗いなんてしてないわよう……」
しょんぼりうなだれる葛城。
難儀である。
「まあ、給糧艦がいるわけでもない当鎮守府では彼女が食の生命線なんで。決して逆らってはいけませんにょ、ご飯抜かれますから」
「そう言う割には漣、あなたさっきからかなりびしばし暴言吐いてるわよね……?」
「あ、では次の施設いきましょー! キタコレ!」
「こら逃げるなー!」
「あわわ、置いてかないでー!」
「ていうわけで、ここが訓練場でーす!」
「漣ちゃん、速いよ……」
ぜーはーしながら清霜。
「あー、港の施設があるんだね……で、的もある、と」
「そのとーり!」
「でもあの的、まだ船の形保ってるけど、いいの?」
「老朽化したからって譲り受けた漁船だからね。ただ実弾撃つとたぶん一発で沈むんで、訓練用に換装してやること。
あと、自動発射装置付きの訓練砲門がついてるから、回避行動訓練もできるよ」
「ふうん……」
清霜は興味深そうにそちらを見ていたが、
「で、あそこにいる子は誰?」
「……え?」
言われて漣が見ると。
そこにはひとりの少女が、静かに漁船のほうを見据えていた。
「あー、いま言った訓練だね。自動発射による回避行動」
「へえ……」
清霜が返事すると共に、漁船から小さな水の筋が走った。
「っ!」
少女が動く。
右へ、左へ。相手の魚雷を回避し、続いて撃ち始める機銃をかいくぐって、静かに漁船に距離を詰めていく。
そして漁船にたどり着いて手をついたら、今度は同じように回避行動を取りながら距離を離していく。
円を描くような、というか。
(わあ……まるで踊ってるみたい……!)
すごくきれいな動きで、同時にまったく無駄がなかった。
訓練学校時代、知り合った駆逐艦たちの中でも、誰も――成績優秀な吹雪や、天才肌の島風も含め、誰もあんな動きをしてたのを見たことがない。
やがて時間切れなのか、漁船側の火砲が途絶える。
ふう、と少女は吐息。
「やれやれ、ね……」
「すごぉぉぉい!」
「ぐはっ!?」
清霜の突撃を受け、少女はずべちゃーん、と海面に突っ込んだ。
「ってああああ! すいませんすいません大丈夫!?」
「大丈夫なわけあるかこのボンクラ!」
「わああごめんごめん!」
即座に立ち上がった少女に小突かれて謝る清霜。
ふん、と少女は鼻息荒く清霜を見下ろして、
「……なによ。あんた新人?」
「ども! 戦艦代理の清霜ですっ!」
「戦艦代理? なにそれ。馬鹿みたい」
「うわあ初めて突っ込まれたあ感激!」
「感激!?」
さすがに少女は面食らったようだった。
清霜はそんなのおかまいなしとばかりに、
「でもすごいよホント! あんなきれいな回避行動してるの初めて見た!」
「そりゃあんたが落ちこぼれだからよ」
「落ちこぼれじゃないし! 戦艦代理だし!」
「関係ないじゃない! ……つーか、どっからこれ拾ってきたのよあの馬鹿司令官。わざわざ馬鹿を拾ってくるとか馬鹿にも程があるっていうか馬鹿じゃないの?」
「すごい馬鹿連呼!」
「いや、清霜ちゃんは成績的には普通だよー?」
陸からそう言ったのは、漣である。
「それにまあ、別に嘘言ってるわけでもないっしょ? いまの回避行動、確かにウマーだったわよ。訓練上がりじゃまずお目にかかれないくらい」
「アンタにそれ言われると、嫌みにしか聞こえないんだけど」
「それを言っちゃあおしまいよお」
けらけら笑う漣。憮然とする少女。
清霜はこくん、と首をかしげて、
「でこの子なに? 駆逐艦?」
「満潮よっ!」
「うわー朝潮型だわたし朝潮型大好き!」
「ああそう。わたしは大っ嫌いよ!」
「気が合うね!」
「どこが!? こ、こら、くっつくなー!」
「おー、満潮ちゃんとさっそく仲良くなるなんてすごいなー。清霜ちゃんやるわねー」
「棒読みしてんじゃないわよこの腹黒駆逐艦!」