清霜の戦艦代理日記   作:すたりむ

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三:その理由(後)

 まあそんなことがあって海岸である。

「……なによ。笑いに来たの?」

「え?」

 うずくまったままの満潮の言葉に清霜は戸惑った。

「そんな……いきなり振られても、持ちネタなんて戦艦音頭の熱唱くらいしか……」

「笑いを取れなんて誰も言ってないわよ!」

「なんか似てるらしいんだよね。わたしの歌い方」

「誰によ」

「さあ」

「意思疎通する気を見せろッッ!」

「夜中に大声出したら迷惑だよ、満潮ちゃん」

「どうでもいいところで正論をッ……」

 なおも言いかけた満潮のとなりに清霜は腰掛けた。

「星がきれいだねー」

「…………。

 いいわよ。言いなさいよ。なにが聞きたいの?」

「なんでゲロ吐いてるの?」

「いま吐いてないわよ! つーか容赦ないなその聞き方!」

「いやあ、だってあんなの初めて見たわよ」

 清霜はぽりぽり頬をかきながら、

「青葉さんみたいに艤装適性不足で撃てないっていうんならわかるんだけど、そういうわけでもなさそうだったし。

 それに満潮ちゃん、操船すごいうまいじゃない。だから能力不足が原因でもなさそうだし」

「…………。

 青葉からは聞いたのね」

「満潮ちゃん探してたら、いろんなひとに会ってさ。

 みんなそれなりの理由があるんだってのはわかったんだけど、満潮ちゃんはどれとも違いそうだなって」

「まあ、そうでしょうね……」

「?」

「清霜。あんた、艤装適性っていくつ出た?」

「んと、みっつ。巻雲と朝霜と、清霜」

 さっき青葉に言ったのと同じ答えを返す。

「満潮ちゃんは?」

「…………」

 満潮はしばらく、答えなかったが。

「……全部」

「え?」

「だから全部よ。駆逐艦全部」

「え、ええええええ!?」

 そんな適性は聞いたことがない。

「全部って、ホントに全部? 島風とか雪風とかも含めて?」

「しつこいわね。松型とかも含めて全部適性あったのよ。ただわたしは、()()()()()

 満潮は言った。

「適性がありすぎた。そのせいで、艤装のそのすべてに、逆流化が発生してた」

「あ……」

 逆流化。

 まれに起こる現象だということは、清霜も知っている。『頭の中でなにかが……』という感じで、元の艦の記憶みたいなものが、艤装から本体に流れ込んでくるのである。

「適性が強すぎたのよ。……最初、教官の勧めに従って取ったのは雪風だった。艤装を手に取った瞬間、ものすごい量の記憶がフラッシュバックしてきて――起きたときは病院のベッドの上で、三日が経過していたわ」

「うわ……」

「だからわたしには選択権がなかった。……いちばん『適性がない』駆逐艦が満潮だったから、わたしは満潮になった。こいつだったら、艤装をつけていてもなんとかなる」

 満潮は言って、自虐的に笑った。

「それでも、比較問題でしかないわ。艤装つけてるとね、頭の中がぐっちゃぐちゃになるの。かつて満潮に乗っていて沈んだ兵士達の……過去の記憶なんかが頭の中にあふれ出してきて、気が狂いそうになる」

「そんな……」

「回避行動程度ならそれでも取れるけど、砲を撃つってなるとね。一気にひどい症状になって、ほぼ間違いなく吐くわ」

「それがあのときのあの症状の正体かあ……うーん」

「? なによ。なんか言いたいことでもあるの?」

「いや。さっき青葉さんにも言ったんだけど。

 艦娘やめないでいるのはなんで?」

「……クソッタレな質問ね」

「答えたくないなら答えないでいいけど」

「別にどうってことないわよ。やめさせてもらえないだけ」

 答えに、清霜は首をかしげた。

「駆逐艦なら普通、引退に制限なんてつかないんじゃあ……?」

「そりゃ普通の駆逐艦ならね。でもわたしは普通じゃない」

「…………」

「レアケースだから研究させてくれっつって、周りはその一点張りよ。出撃しなくていいから、研究室の中で暮らしてデータ取らせてくれるだけでいいって」

「そんな……それじゃ、実験動物じゃない」

「そうよ。モルモット扱い。奨学金と違約金を盾にわたしは引退への道を封じ込められた」

 ぎりっ、と、満潮は奥歯をかみしめた。

「だけど冗談じゃあない。わたしが艦娘になったのは、戦うためよ。研究者のオモチャになるためじゃない。

 だからここにいるの。ここは――落ちこぼればっかの鎮守府で、司令官は仮面つけた変態で、どーしよーもないところだけど――ここだけが、わたしを艦娘として扱ってくれるから」

「満潮ちゃんだいすきー」

「ちょ、なんでくっついてくるの!?」

 有無を言わさず清霜は満潮に抱きついた。

「かっこいいなあ満潮ちゃん。ロックだよお」

「……ったく、しょうもないわね。

 ていうか、あんた! ただひとりうちの鎮守府でまともな戦力なんだからね! 戦艦代理とか言ってへらへらしてないで仕事しなさいよ!」

「うん! 戦艦並みの活躍期待してて!」

 目をキラキラさせて、清霜は言った。

「で、これで満足したでしょ。わたしはもうちょっと夜風に当たっていくから、さっさと帰りなさい」

「夜更かしは美容に悪いらしいよ?」

「どの口が言うかな……ていうか、まだなにかあるの?」

「満潮ちゃんの情報は聞いたけど……」

 清霜は思い返す。

 青葉、葛城、あきつ丸、満潮がなんで砲撃できないのかは、わかった。

 だが、まだひとりだけ、聞いてない艦娘がいる。

 のだが……

「さっきあきつ丸さんに、漣ちゃんだけにはこういうの、聞かない方がいいって言われたんだけど。なんでだろ?」

「……ははあ、そういうこと」

 満潮は皮肉げに唇をつり上げた。

「なに? なにか知ってる?」

「まあ断片的だけどね」

「ええと……差し支えない範囲でいいから、教えてもらえる?」

「いいわよ。

 っつっても、わたしも正確に知ってるわけじゃないわ。知ってることとしてはまず、あいつはかなりわたしたちより年上」

「そうなの?」

「外見でものを見ない方がいいわよ。たぶん、わたしたちより青葉のほうが年が近いわね。

 それとふたつめ。あいつ、もうケッコンしてる」

「うそお!?」

 さすがに驚く。

 ケッコン――結婚ではない。血魂。

 ケッコンシステムというのは、艤装とより強く結ばれ、それによってすさまじい力をたたき出すことができる、近年の新武装だ。

(なのになんか、妙にケッコンって言葉がアレなのよね)

 そもそも、システムの取り付け方法が、指輪をつけて書類にサインするというのが根本的になにかおかしい気がする。

 まあ、呪術的な意味があるシステムなんだろうけど。それにしてもこう、どこか、覚悟のいるアレである。

 あと、ものすごい鍛錬を積まないとそもそもシステムを発動すらできない。だからもし漣がケッコンしているとすれば、それは清霜や満潮では比較にならないほどの練達者でなければならない。

「みっつめ。そのケッコンをしてもらったのは、この鎮守府ではない」

「え……そんなことあるの?」

 普通、ケッコンまでした艦は貴重である(というか、練度の高い艦とケッコンシステム、両方がものすごく貴重)ため、たいていの鎮守府は手放さないはずなのだが……

「理由はわからないわ。ただ、そもそもこの鎮守府に彼女が来たのはわたしより後。だからケッコン指輪してるけど、ここでもらったんじゃないはずよ」

「な……なるほど……」

「そしてよっつめ。彼女が砲を撃てない理由は、ごく単純」

 満潮は言った。

「裁判所命令よ」

「……え?」

 清霜は言葉を失う。

 聞いたことはあった。

 艦娘の兵器としての最後の安全弁。裁判所は必要があれば、艦娘に対して攻撃兵装の使用を禁止することができる。

 禁止は艤装単位で呪術的に行われるため、いったん禁止手続きが取られるとその艦娘は、武器を調達しようがどうしようが、ぜったいに攻撃ができなくなる。

 概念自体は知っていたのだが。

「なんで?」

「きなくさいでしょ? なにかやらかしたことは確かよね――」

 満潮はそこまで言って、にやりとほほえんだ。

「いいこと思いついた」

「え、なに?」

「この漣の不可解な状況の理由、司令官は当然知ってるはずよね。だから」

 満潮は笑って、言った。

「司令官の部屋、あさってみればなにかでてくるんじゃない?」

 

 

「で、忍び込んだあげくがこれと」

「すいませんすいません!」

「……ふん」

 司令官の執務室にて。

 部屋中に散らかった書類を見て、ジェイソン提督はため息をついた。

 どーせ後で片付ければいいでしょ、という意見の満潮が片っ端から戸棚やらなにやらをひっくり返した結果がこれである。

「あ、後で片付けますから……」

「悪いがそれはできないんだよ、清霜くん。この中にもいちおう、君たちが見るべきではない資料とかがあるからね。片付けはひとりでやらざるをえない」

「へえ? やっぱあるんだ、隠し事とか」

「当たり前だろう、満潮くん。秘密を保守できなければ、どこの企業体だってやっていけるもんじゃない」

「具体的にどんな?」

「人事考課の資料とかな」

「…………」

 満潮は黙った。

「で……漣くんが裁判所から命令を受けた理由を知りたいって?」

「そーよ。司令官なら知ってるんでしょ?」

「まあ知ってるねえ」

「とっとと吐きなさい」

「ゲロを?」

「情報をよッ!」

 真っ赤になって叫ぶ満潮。……昼間のことは、昼間なりにやっぱりトラウマになってるようだ。

「まったくしょうがないねえ。本来なら当人から聞くべきなんだけど……ほら、この新聞だ」

 言って、ジェイソン提督は新聞を満潮たちに渡した。

「これ……どこかの鎮守府の……殺人事件?」

「提督――あるいは司令とか司令官とか、まあそれは鎮守府のオーナーの通称なわけだがね。そこで一年ちょっと前に、こういう事件が起きた」

 書いてあったのは、とある鎮守府の提督が、誰かに刺殺されたという話だった。

「えっと、これって……」

「この司令官の下にいたのが漣くんだ」

 言われて、清霜の頭の中を不吉な考えがよぎる。

 それって……!

「ん、ひょっとして君、漣くんがこの犯人だとか考えてたりする?」

「え、違うんですか?」

「あはは、違う違う。もしそれだったら、裁判所は武器使用禁止命令なんて回りくどいことはしない。普通に殺人罪で逮捕されてるよ」

「そ、そうですよね……」

 少しだけ、ほっとする。

「でもだったら、どうして……」

「いやあ、それが言いにくいんだけどね。……仇討ち、って奴なのさ」

 ジェイソン提督は言った。

「この殺人事件の捜査を独力でやろうとしてね――そして、やりすぎた。それが、漣くんが裁判所から命令を受けた理由だ」

「そうだったんですか……」

 清霜は言った。

 満潮は、憮然とした表情で、

「……あいつが、仇討ちなんてやるタマかしら?」

「そりゃ満潮くん、偏見ってもんだよ。

 普段の漣くんからは想像できないかもしれないけどね、ケッコンしてた相手が殺されたんだぜ?」

「その言い方はまた独特に誤解を招く……でもまあ、そうね。疑ったのは悪かったわ。謝る」

「僕に謝られてもねえ」

「……わかったわよ。今後はあいつにもうちょっと気を遣って接する。それでいいんでしょ?」

「そうしてくれるとありがたいよ」

 そうして、司令官は他言無用をふたりに申し渡し、もう寝なさいと言って帰した。

「ふう……さて、と」

 すっかりふたりともいなくなってから、ため息。

「マジでこの量ひとりで片付けるのはしんどいんだがなあ。

 なあ君、手伝ってもらえんかね?」

「いいんですか?」

「まあ別にいいだろう。隠しておかないと困るものは鍵かけてあるし」

「まあそのくらいの鍵ピックするのは簡単なんですがね」

「やめて。マジやめて。僕の秘蔵のピンナップを見られたらしばらく立ち直れない」

「盗撮シチュが好きなのはいいですけど実行しないでくださいね?」

「うああああああマジで見てやがったこいつううううううう!?」

 ジェイソン提督が絶叫する。

 話し相手――漣は、ふうとためいきをついて窓から執務室にイン。

「にしても、ひっどいごまかし方しましたねえ。仇討ちとかマジでキャラじゃねえし」

「まああのへんが落としどころだろう。君の本当の話をするのは、あのふたりにはちょいとヘビーすぎる」

「ですかねえ。まあ、口裏合わせくらいは別にいいですけど」

 ぶつくさ言いながら書類整理を手伝う漣。

 ジェイソン提督は軽く肩をすくめて、

「ただでさえ、()()()()()の話は部外秘なんだ。それに関わってる時点で漣くん、君はちょっと特別すぎる」

 と言った。

 漣は、はあ、とため息。

「そんなに特別ですかねえ。データ上はガンガンありそうな感じでしたけど」

「まあ、実際のところ去年から激減しているよ。艦娘の死亡率は。

 ――でないとおかしいんだ。注意深く運用すれば絶対に死なない、それが艦娘の兵器としての最大のメリットだ。である以上――ミス以外の面で死者が出ていれば、それは故意としか考えられない」

 ジェイソン提督はそう告げた。

 捨て艦戦法。

 雇ったばかりの新人艦娘を使って、死んでもかまわんといった形で使い捨てにする――

 艦娘の死亡補償金の大部分が政府からの援助で出る制度を、故意に悪用した運用法である。

「だからまあ、君の告発は衝撃的だったし、有効だったと思うよ?

 あれ以来死亡艦娘の多い鎮守府には強制査察とか入るようになったし、ひどい場合には法的な処置が入れられる方向で調整が続いている。無茶な出撃命令を出した鎮守府を殺人罪で挙げることも検討されているそうだ」

「そうですね……」

「ま、告発された当人が、その日のうちに自殺するとまでは、誰も想像できなかったが。

 おかげで君も当局ににらまれて、えらく苦労してしまったね。まったく、あいつも困った奴だよ、本当に」

 ジェイソン提督はそう言って、ふう、と長いため息をついた。

「……ご主人様」

「ん?」

「漣は、人を殺しました」

「それは違う。君が殺したんじゃないだろう」

「法律的にはそうです。でも心情は、そう言ってくれません」

 漣は、無表情に言う。

「それでも――次におなじことがあったら、おなじことをします。

 あのときだって――曙ちゃんを目の前で沈めるくらいならって、わたしができることをした。それだけです。それだけ……なんです」

 ぽろりと。

 漣の目からこぼれたなにかを、ジェイソン提督は見ないことにした。

「だから……」

「ま、だからこそだな」

「?」

「なに。上の外道が許せない君のことだ。

 僕が道を外れそうになったら、止めてくれる。そうだろ?」

 ジェイソン提督の言葉を、漣はきょとんとした顔で聞いていたが。

 やがてゆっくり、笑みを作った。

「はい! そのときは漣、全力で後ろからご主人様を刺しますから!」

「そこはもうちょっと穏便に止めてくれよ!?」

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