「やー、楽しんだ楽しんだ! まんぞく♪」
「……楽しんだじゃないわよ馬鹿ぁ……この服どうすんのよ、っくしょんっ」
「だから脱いでから入ればよかったのに」
「うるさいとにかくあんたが悪い!」
「ええー……」
でもめっちゃ楽しそうだったじゃん満潮ちゃん、と清霜は反論しようとしたが、
「……まあいいや。ぜったいやぶ蛇になるから黙っとこ」
「聞こえてるわよ」
「とにかく木陰でパンツ換えてくるー。ちょっと待って」
「え。まさか着替え持ってきてたの……!?」
「湖って最初から聞いてたもん。全裸にならないなら換えのパンツくらい持ってこないとさー」
「ムカつく! 換えのパンツ濡らして後悔させてやる!」
「ちょ、それはダメだって!」
じたばた暴れていると。
ざばん、と音がした。
「ざば?」
見ると、そこに黒光りする、人間大よりちょっとだけ大きい謎生物がいた。
カタログで見たことはある。
深海棲艦。駆逐イ級。
――人類の、天敵。
「ちょ、なんで深海棲艦がここに――!?」
「満潮ちゃん下がって!」
「馬鹿、あんたもいま艤装装備してないでしょうが!」
「早く逃げてよ! でないと共倒れになるってば!」
「だったらあんたが逃げなさいよ! 艤装あればとりあえず生きてけるでしょ!」
「戦艦が守るべきものを捨てて逃げるわけには行かないのよ!」
「っ、このわからずや!」
「わからずやはどっちさ!」
「ええいこうなりゃ力ずくで――」
『あのう』
「なに!?」
『取り込み中のところ申し訳ないのでござるが……とりあえず、争いはよくないでござるよ。ここは冷静に』
「いま忙しいんで後でね!」「いま忙しいから引っ込んでなさい!」
『……いや、その』
申し訳なさそうに言う深海棲艦に、はたと動きを止めるふたり。
しばし、沈黙が落ち、
「「ししし深海棲艦がしゃべってるうーーーーーーーーーーー!?」」
『あ、やっと突っ込みが入ったでござるな』
その深海棲艦は、のほほんとした声でそう言った。
『あらためて自己紹介をば。我が分類は深海棲艦、駆逐イ級後期型。通称いっちゃんでござる』
「ども、戦艦代理の清霜ですっ」
「……駆逐艦の満潮よ」
とりあえず清霜が着替えた上で。
ふたつの種族は、それぞれ自己紹介を済ませていた。
「にしても驚いたよ。深海棲艦ってしゃべれるんだね」
『上位個体はだいたいしゃべれるでござるが、駆逐艦だと珍しいかもしれないでござるなー』
いっちゃんはそう言った。
満潮はそんないっちゃんを胡乱げにながめ、
「で、なんで深海棲艦がこんな山奥の湖にいるのよ。普通あれって海に湧くもんでしょ」
『でござるな。それがしも、故郷は海でござる』
「じゃあ、誰かがここに運んできたわけ? それとも自分で移動?」
『後者でござるよ。あのホッケーマスクなるかぶり物をした提督殿につれてこられたでござる』
「司令官が……?」
「ていうか、淡水で大丈夫なの? あと深海棲艦ってエラ呼吸だと思ってた」
『そこは肺呼吸でござるよ。クジラと同じ分類でござるな』
「へええ……」
素直に感心する清霜。
「にしても、深海棲艦と話し合えるなんて新鮮だなー。だったら話し合いで戦いを終わらせられそうなものだけど」
『それがうまくいけばいいんでござるがな……』
「無理なの?」
『無理というか……実際のところ、深海棲艦の種族的な特徴で、絶望的になってるでごわす』
「え、どゆこと?」
『深海棲艦というのは、実のところ、人間の持つ「自我」というものが希薄なのでござるよ』
いっちゃんは言った。
「自我がないって……馬鹿ってこと?」
『まあ知能の問題もあるでござるが、おそらくはそれ以前の問題で。種族単位で自我を共有することが前提になってるというのが正確でござろうか』
「ごめん。なに言ってるかよくわかんない」
『平たく言えば、まわりに流されやすいのでござるよ』
「あー、そゆこと」
なんとなくわかった気になった清霜だった。
一方で満潮はより深く考え込んで、
「……なんとなくわかるわ。艦隊単位で自我を共有してるのね?」
『そうでござるな』
「だからあんたみたいに艦隊からはぐれると個体の自我に目覚めるけど、艦隊に入っちゃうとそういうのは消えちゃうってこと?」
『飲み込みが早くて助かるでござるよ』
「……で、その艦隊の自我はまたでっかい個体の自我と通じてたりするの?」
『ものわかりがよいでござるな。その通りでござる』
「ええっと、できればわかりやすい解説が欲しいんですけど。満潮ちゃん」
「マンガとかであるでしょ。モンスターは本当は平和的な種族なんだけど、魔王がいると操られて凶暴になるとかそういうの」
「ああー! なんか見たことある!」
満潮の言葉に納得する清霜。
『まあ、実際には魔王がいるかどうかは判然としないでござるが、おおむねそんなところでござるな。ここは隔離されてるし人間しかまわりにいないので、結果人間に近い自我になっているのが、いまのそれがしでござる』
「なるほど……でも、だったら孤島より、もっとでっかい陸地のほうがいいんじゃ……?」
『最初は研究所に鹵獲されていたのでござるがなー。研究所の人間とは水が合わなかったので、提督殿にお願いしてもうちょっとのびのびできる場所に移してもらったでござるよ』
「ていうか、それができちゃうあの司令官は何者なのよ……!」
『人間の組織の仕組みはそれがしにはわからんでござる』
満潮の言葉に答えるいっちゃん。
『が、まあ、大物なのでござろうな。雰囲気から想像がつくでござる』
「そうそう! 戦艦の重要性もよくわかってくれたし!」
「大物がそれってかなり末期よね」
満潮は頭を抱えかけたが。
「ところで、深海棲艦」
『いっちゃんでござる』
「名前はどうでもいいわよ。あのさ、あんた、人間に近いメンタル持ってるって言ったわよね」
『そうでござるな。ここは人間ばかりでござるから』
「……で。あんた自身の性別はなんなの? オス?」
――いっちゃんは沈黙した。
「早く答えなさい」
『さ、さあて。深海棲艦に性別の概念はないでござるからなあ』
「目を合わせてしゃべりなさい。ていうか、生物としての性じゃなくて、自我が持ってる性を聞いてるのよ」
『た、大差ないでござろう。それがしには人類の分類なんてどうでもいいことでござる』
「? 満潮ちゃん、なんの話してるの?」
「いや。さっきこいつ清霜の裸見てたじゃない。だからそれを見てどう思ったかを聞こうと思って」
「ああー。言われてみれば」
ぱんつ一丁だった。
「……で。どうなの?」
『くどいでござる。人間の裸体を見て感情などなにも湧かないでござるよ』
「そう。ならよかったわ。
――こういうところで覗きヤローに遭うこともあるのよ。清霜、あんたも次から気をつけなさい」
「むー。気にしすぎだと思うけどなー」
だいたい自分の体型はまだ未熟すぎてあんまり男にはうれしくないんじゃ、と清霜はのんきに考えたのだが。
満潮は自分の濡れた制服をちょいとつまんで、
「……ちらっ」
『へそちら! たまらないでござるっ!』
「…………」
『はっ……』
「…………」
『…………』
「…………」
いっちゃんは目をそらした。
「やっぱりデバガメ野郎かおまえーっ!」
『いいい、痛い! ちょっとやめて艦娘さんのぱんちは普通に痛いでござる!』
「まあまあ満潮ちゃん。そもそもここはいっちゃんのすみかでわたしたちがお邪魔したんだから、そんな怒ったら悪いよ」
『天使! 天使がここにいるでござる! いっちゃん一生ついていくでござるよ!』
「甘っちょろいわね清霜。そんなことしてるとそのうち図に乗ってカメラで盗撮とか始めるわよ、このたぐいは」
『あははは。やだなーさすがにそんなこと考えてるはすが――おっと』
ばしゃん、といっちゃんが手に隠し持っていたカメラが湖に落ちた。
「…………」
『…………』
「……いまのは?」
『青葉さんからの差し入れ、耐水機能付きデジタルカメラでござる』
「……清霜」
「うん。ちょっといま連装砲取ってくる」
『うわあああああん許してでござるよーーーーーーーーーーー!?』
『そうそう。これはついでの忠告でござるが』
「?」
帰り際。
いっちゃんは若干真剣な声で、そう言った。
『もし深海棲艦の艦隊と戦うことになった場合、旗艦を狙うといいでござるよ』
「ん、まあ頭をつぶすってセオリーみたいな気がするけど……なにかあるの?」
『いやまあ、先ほどの自我に関係した話なのでござるが』
いっちゃんは言った。
『要するに、艦隊の自我はほとんどの場合、旗艦が握ってるでござる。
その旗艦が撃破されると、自我がばらばらに各個体に割り振られる――撤退してふたたび時間をかけて編成し直せば正常に戻るでござるが、それまでは混乱して、まともな戦力にならないでござる。ぜひ試してみるとよいでござる』
「なるほどねー。ありがといっちゃん」
『また泳ぎに来て欲しいでござるよ』
「今度は水着着てくるよ?」
『十分でござる! 男の本懐でござるよ!』
「思ったよりがっついてる!」
「誰よこいつにこんな自我を与えたのは……」
『おおむね提督殿と青葉殿でござるよ』
「予想通りすぎるわ!」
そんなわけで、帰還。
道中また熊に遭ったりして、満潮はびしょ濡れの上にへとへとで、帰ったら入渠の勢いで自室に引きこもった。
清霜もさすがに疲れていたが、司令官への報告を済まさないわけにもいかない。
「……そうか。またずいぶん濃いめに育ったなあ、彼も」
「司令官は、会いに行かないの?」
「一週間に一度は会いに行くけど、私は男だからねえ。そこまでおもしろおかしい反応は返してくれないよ」
「あはは……」
清霜は苦笑した。
「でも司令官、なんでいっちゃんにわたしたちを会わせたの?」
「ま、敵を知っておいて欲しかったからだな。
君はこの鎮守府で唯一、深海棲艦に攻撃できる戦力だ。だから、相手のことをより深く知っておくべきだと思った。そういうことさ」
「でも、かえってやりにくくなっちゃったよ。
モンスターだったら倒せるけれど、話ができる可能性があるってなると……」
「それでも。事実を知らないで戦うよりは、ずっといい」
「……そうだね」
「それに、まあ。希望でもある」
「?」
首をかしげる清霜に、ジェイソン提督は笑顔(withホッケーマスク)を向けた。
「いまは無理かもしれない。でも、深海棲艦と意思疎通できる可能性はある。
だとすれば――いつかこの戦いも、終わるかもしれないだろ?」
その言葉に、しばらくぽかんとしていた清霜だったが。
やがて、満面の笑みをうかべてうなずいた。
「うん、そだね!」