清霜の戦艦代理日記   作:すたりむ

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五:護衛任務(前)

「任務……?」

「うん、そうだよ」

 清霜の言葉に、ジェイソン提督はうなずいた。

 執務室である。いまはこの鎮守府にいる艦娘――青葉、葛城、あきつ丸、漣、満潮、そして清霜の全員が集められている。

「でも……うちの鎮守府、わたししか砲を撃てないよ?」

「まあそうだねえ」

「できるのかな?」

「まあ護衛任務だからね。うまく行けば敵に会わないかもしれないし」

「そんなもんなのかなあ」

 清霜が首をひねっていると、

「そんなもんのわけないでしょ!」

 と、満潮がかみついた。

「なに考えてるのよ馬鹿司令官! たしかに戦闘任務じゃないから敵に会わないかもしれないけど、会うかもしれないんじゃない!」

「そりゃまあ、だからこそ護衛依頼が来てるんだからねえ」

「それによりによってまだ実戦経験もないし訓練も浅い新人の清霜を当てるとか、馬鹿じゃないの!? ていうか馬鹿じゃないの!?」

「そうだねえ」

 ジェイソン提督はのほほんとつぶやき、

「まあ虎の子の訓練用施設であったあの漁船を誰かさんが爆発四散させたりしなければ、こんなタイミングで緊急の資金繰りをしなくてもよかったんだけどねえ」

「…………」

 満潮は沈黙した。

 代わりに尋ねたのは、あきつ丸である。

「しかし実際のところ、どうするでありますか?

 駆逐艦クラスの敵がはぐれて出てきた程度であればなんとかなるでありましょうが……軽巡でも出てきた日には、我々ではどうにもならないでありますよ?」

「まあ、清霜ちゃんの練度もまだ不足してるしねえ。

 そうなるとなんとかする方法を考えなければならないわけだが」

「あれ、使うんですか?」

 と、そこで漣が口を開いた。

「使わざるを得ないだろうねえ」

「でも、かなり危険ですよ?」

「だから虎の子のダメコンを併用するしかないだろうねえ」

「それは……けど、帳尻取れるんですか、ご主人様?」

 漣は言った。

「ダメコン――力尽きて沈みそうになった艦娘の機能を強制的に回復する装置は、たしかにこの鎮守府にひとつありますけど。でもたしかあれ、政府からの補助金収入を含めたこの鎮守府の年次収入と、二ケタ以上違うレベルのお金がかかる代物だったはずですよね?」

「ま、そりゃそうなのだがね」

 ジェイソン提督は答える。

「しかしダメコンは換金できない。まあ、元々アレの所有権は曖昧なんだがな……漣くんがここに来たときに、たまたま持っていたものだし。そこんとこでやぶ蛇をつつきたくはないし、それに、ダメコンをはじめとした艦娘の装備を売却するには政府の超めんどくさい手続きが必要でね。

 たとえ使用を前提にしても、いま必要なのは金銭、というわけさ」

「……まあ、使わない可能性もありますから、いいとは思いますけどね」

 漣は不承不承、といった感じで言った。

「ねえ……さっきからなんの話してるの?」

「わたしが知るわけないでしょうが」

 清霜と満潮がひそひそ話をしていると、こほん、とジェイソン提督が咳払いをした。

「清霜くん」

「はい?」

「本来ならもっと後になって紹介するつもりだったが、この際仕方がない。実戦に向かう君には、我が鎮守府の誇る秘密兵器を搭載してもらうことになる」

「秘密兵器……?」

「そうだ」

「それって、砲なの?」

 清霜は言った。

 最も新入りである彼女に搭載する秘密兵器――となれば、彼女にしかできないこと、つまりは砲撃用兵器であるに違いないと思ったのだ。

 だがジェイソン提督は首を振った。

「近いが、違う。これは砲撃を強化するためのシステムだ」

「強化……?」

「そして我々はそれを、『使い捨て35.6cm連装砲システム』と呼んでいる」

「使い捨て……35.6cm連装砲?」

「そうだ」

 ジェイソン提督は自信満々に言った。

 35.6cm……というのは、砲の口径だ。

 といっても、もちろん実際の砲の口径ではない。戦艦の砲なんてガンダムよりでっかいクラスのもあるレベルなわけで、そんな馬鹿でかいものは、いくら艦娘でも持ち歩けない。

 あくまで『実艦が装備していた同じくらいの口径の砲の威力を再現する』システムである。

 駆逐艦はだいたい、12.7cm連装砲という砲を使うことになっている。そこからすれば35.6cmというのは破格な大きさで、戦艦以外はまともに動かせない。

 つまり、使い捨てとはいえ、戦艦の砲だ。

 清霜は、ごくり、とつばを飲み込み、提督を見た。

 提督は自信満々にうなずく。

 清霜が口を開く。

「もうちょっとでっかい口径がいいなあ……」

「41cm! いやー私言い間違えちゃったなー! 使い捨て41cm連装砲です!」

「わーい41cmだーすごーい!」

 きゃっきゃ喜ぶ清霜を見て、満潮は頭を抱えた。

「マジでこいつの砲にわたしたちの運命を預けていいのかしら……」

 

 

「いやー、快適快適! すっごいいい天気だねー!」

 船の上で。

 清霜はにっこにこでそう言った。

 すると船の下の海面から、

「……快適はいいけど、ちゃんと戦う準備はしときなさいよ。こちとら、攻撃手段持ってないんだからね」

「もっちろん! 戦艦並みの活躍しちゃうよー!」

 ぐっ! と清霜が親指を立てると、満潮ははぁとため息をついた。

 ちなみに。

 なぜ清霜が船の上にいるかというと、どの方角から深海棲艦が来てもただちに対処できるようにするためである。

 残りの五名はそれぞれ別の方角に分かれて周囲の海を哨戒中だ。

「でも最近の漁船ってすごいんだねー。艦娘の電探並みじゃない? この魚群探知機とか」

 清霜が言うと、この船の船長が答えた。

「おうよ。でも深海棲艦の連中にある程度近づかれるともう致命傷だからな。うっかり大型魚と見間違えてズドンってのは避けたいのよ」

「それで護衛ってわけだね」

「国が設定した安全圏なら深海棲艦なんて出てこねえんだがな。そこにばっか漁船が集中するせいで、漁獲規制が入っちまってるんだよ。だからまあ、大物狙うなら艦娘雇って境界域ってわけさ」

 船長は言った。

 そう、この大型漁船団の護衛が今回の清霜たちの任務である。

 艦娘システムや各国の軍事兵器のおかげで、人類は制海権を失ったという状況からはほど遠い。「安全圏」と名前がついている場所を通る航路であれば、常に監視の目が行き届いており、深海棲艦に襲われる確率は極めて少ない。

 安全圏から多少離れた「境界域」は、そこまで安全ではない。はぐれた深海棲艦がうろうろしていることもしばしばだ。そして、はぐれ深海棲艦は――駆逐イ級が一匹であっても、漁船なんて一撃で沈めてしまうほどの火力持ちなのである。

 そこからさらに離れてしまうと、「危険領域」――艦娘と深海棲艦のガチバトルの場になる。

 危険領域は人類が安全に通れない海の総称だ。もちろん、すべてが一緒の危険度というわけでもない。日本近海だと小笠原諸島にある「沖ノ島海戦領域」などは激戦区だが、台湾方面の「バシー領域」はそこまでではない。

 もちろん、そんな名前がついて分類できている領域だけではない。それどころか、海のかなりの部分は危険すぎて、艦娘ですら簡単には出て行けないのである――だから、人類は深海棲艦がどこで、どうやって誕生しているのかすら、未だに理解できていないのだ。

「にしても、艦娘さんってなぁ、ずっと海にいるかと思ってたんだけどよ。船にも乗るんだな」

「そりゃいちおう人間だからね。

 もっとも、艦娘システムは海辺に近いほどパワーが出るし、海まで行かないと船と戦えるレベルの能力は出せないかな」

「そっか。そういうもんなんだな」

「それに、海で動いてると、艤装が燃料を消費しちゃうんだ。この燃料ってのは基本的には、専門の施設で補給しないと回復できない」

 まあ、とはいえ、戦闘行動でも取らなければ燃料の消費なんて微々たるものではあるのだが。

「最前線で戦ってるチームだと、母船に乗っけてもらって海域までついてから展開することが多いみたいだね」

「ほー、そうかー。いろいろ工夫してるんだな」

「そりゃ命かかってるもん。頭は使うよ」

 清霜は答えながら、ちらりと艤装を見た。

 艦娘の艤装に付けられるアタッチメントの数と種類は、その艦娘の練度と艦種によって変化する。いわゆる「装備スロット」と呼ばれるものだ。

 清霜の場合、成績こそそこそこだったものの、実戦経験がない。だから装備スロットの数はふたつ。

 そのうちひとつには、「応急修理要員」が入っている。これは「ダメコン」とジェイソン提督が呼んでいた、ものすごい貴重装備だ。

 そしてもうひとつ。

 いつもの高角砲ではない、艦娘にとってごくごく標準的な12.7cm連装砲である。

 この装備自体には新味はない。問題は、スロットのほうに仕掛けられたある追加兵装にあった。

 清霜は、そのときの説明を思い返す。

 

 

「いいかね清霜くん。艦娘というのは、100%の力を発揮することは、誰にもできないんだ」

 ジェイソン提督は言った。

「100%の力?」

「つまるところ、艦と英霊の力を全部ってことだね」

「そうなの?」

「研究者曰く、10%も無理だそうだ。現状の艦娘の使えている力はその程度らしい」

「10%……」

 清霜の言葉にジェイソン提督はうなずいた。

「で、ところで残りの90%以上の力だが、これは使うことができないだけで、艤装にこもっている。

 その力は、艦娘が死ぬようなダメージを受けたときにだけ発揮され、ダメージを中破レベル程度まで抑える効果を持っている。――君も聞いたことがあるだろう? それが「中破ストッパー」だ」

「あ……! 聞いたことある!」

 中破ストッパー。

 艦娘の艤装には「小破」「中破」「大破」というダメージを測定するシステムがあるが、明らかに大破以上のダメージを受けただろうと思われるときでも、艦娘が中破でとどまる場合がある。

 その「中破ストッパー」と呼ばれる現象の仕組みが、これだった。

「さらに中破ストッパーが発動した後に攻撃を受けても、やはり大破でとどまってくれる。これは経験則ながらいまのところ確定で、同一戦場で戦う限りにおいて、大破していない艦娘が攻撃を集中的に受けても死んだ例はひとつもない。これが、君が面接で言った話だ」

「なるほど……」

「ま、もちろん、その後さらに無理して連戦したりすれば、命の保証はないわけだが」

 そこまで言って、ジェイソン提督は咳払いをした。

「で、ここからが本題。この使い捨て35.6cm……」

「41cm」

「ごほん。使い捨て41cm連装砲システムなのだがね。これは、その艦娘が使えない余剰エネルギーを引き出して、砲威力を劇的に高めるシステムなのだ」

「おおー! だから戦艦級の砲撃が!」

「そう。まあ、ノーリスクではないのだがね」

「というと?」

「先ほど説明した通りだよ。

 艦娘の潜在力というのは、艦娘自身の生命維持に使われている能力だ。ということは、それを使ってしまうと……」

「つまり……中破ストッパーが効かなくなる?」

「どころか、中破で大破と同じ状況になる。

 同一戦闘内であればそこで死ぬことはないだろうが、連戦すれば死んでしまう可能性が出てくる」

「…………」

「それに加えて「使い捨て」という言葉の通り、このシステムを使った場合、艤装アタッチメントは損壊して使い物にならなくなる。

 つまり、連装砲が壊れるっていうことだ」

「ええと、連装砲は二機積めるから、最大二発ってことですか?」

「まあ二発撃つ試験は一度もやってないんだけどね。

 だがおすすめはしないよ。計算上は、無傷から一発轟沈する危険性が出てくる」

 ジェイソン提督はそう言って、はあ、とため息をついた。

「君が面接で言ったことは、私の持論でもあるんだよ。清霜くん。

 深海棲艦と対抗する兵器として、艦娘が最も優れているのは、死なないからだ。中破ストッパーを中心とした強い守護の力によって、艦娘は、運用を間違えない限り絶対に死なない。

 だけどこの使い捨て35.6cm連装砲は――」

「41cm」

「……41cm連装砲は、その原則を破壊してしまう。

 いいかい清霜くん。僕たちは鎮守府を名乗っていて、要するに今風に言えばPMC、民間軍事会社と呼ばれるくくりになっている。だけど僕は……兵士である君たちには、誰ひとりとして、死んでもらいたくない」

「――はい」

「よろしい。

 とりあえず、そういうわけで君には今回、このシステムと同時にダメコンを積んでもらう」

「ダメコン……?」

「先ほど漣くんが言っただろう? 艦娘が死にそうになった際に、艤装の力を強制回復させて持ち直す装備だ」

「それはまあ、存在は知ってるけど……」

「今回一番危険なのは君だ。だから、君には可能な限りの命の保険をかける。

 だがわかっていると思うが、いちばんいいのは清霜くん、ダメコンを使わないことだ。可能な限り安全を確保して事に当たる――できるね?」

 提督の言葉に、清霜はうなずいて笑った。

「もちろん! 清霜に任せて!」

 

 

「とはいうものの、やっぱり気をつけたほうがいいよ。清霜ちゃん」

「わあ!?」

 にゅっと下から顔を出した漣にのけぞる清霜。

「えっへへー。びっくりしたのね?」

「びっくりした……な、なに、漣ちゃん?」

「いやいや。さっきからぶつくさ独り言でその装備のことを言ってたから、念のために忠告をってね」

「え、なにかあるの? この41cm連装砲システムだよね?」

「じゃなくてダメコンのほうなんだけど」

「え、ダメコン?」

 そっちが話題になるとは思ってなかったので、驚く。

「ダメコンになにかあるの?」

「いやね、これは漣自身の体験でもあるんだけどね……たとえ死なないとはいっても、ダメコンが使われるってことは死にかけるってことだからね? 臨死体験キタコレって感じ」

「あ、あー。うん、それはそうなのかもしれないけど」

「けっこう多いよ? ダメコン使用がトラウマになって、それ以降戦えなくなる艦娘って」

「そ、そんなに?」

「まー体験してみるとわかるけど、しないことをお勧めするかなー。やっぱ、艦娘やるにしても、笑って退役まで無事過ごしたいっしょ?」

 漣はそれだけ言って、ひょいっ、と船から海に飛び込んだ。

「んじゃ休憩時間終わりっ。青葉さんと交代してくるねー」

「行ってらっしゃい……」

 清霜は手を振った。

 いま索敵中の艦娘は5人だが、東西南北4人に分けてひとりだけ休憩、というのをローテーション組んでやっている。

 さっき近くにいた満潮も、いまいた漣も、そういう休みのタイミングにここに戻ってきているのだ。

 清霜としても、いまいち一人だけ船の上から動かないのは居心地が悪いのだが、切り札なんだからしっかり休んでおけと言われてしまっては反論もできない。

(あー、でも退屈だなあ)

 ――ふと。

 なんとなく手持ち無沙汰だった清霜は、艤装にある羅針盤システムをチェックしてみた。

 羅針盤、といっても、当然その名前の指すものはただの羅針盤ではない。

 艦娘の羅針盤システムというのは、呪術的な簡易占いシステムみたいなものである。回転させて指し示された方向に不吉な気配がある、というような感じで使う。

 確実性が高いわけではないので、特に近場の索敵には目視や電探、偵察機を使うほうが好まれているが――それでも、艦娘には欠かせない、大切な道具だ。

 特に使っていない場合は普通、羅針盤の針は北を向いているのだが……いまは、明らかに変な方角を指している。

 つまり。

「これ……」

 即座に清霜は通信機を手に取り、

「全員警戒! 羅針盤に注目! たぶん潜水艦いるよ!」

 言葉と共に、船から飛び降りた。

 ざばしゃ、と危うく転びそうになって踏みとどまる。

(う、うわ、これ危なっ)

 さっき漣がこともなげにやっていたのでついやっちゃったが、この高さから水面に飛び降りるのは実はかなりの上級技だ。

 改めて、練度の違いを痛感するなあ……と清霜が思っていると。

「潜水艦ですって!?」

 満潮がハイスピードで近づいてきた。

「うん、間違いない! 目視でこれだけ警戒して見つからないのに羅針盤が反応してるもん!」

「……っ、そうね」

 潜水艦は、通常の索敵では非常に見つけにくい。だからこういうことも起こる。羅針盤が重宝される所以である。

『こちらあきつ丸。潜水艦出現ポイントを特定したであります。座標送るので各自、羅針盤システムにより位置確認を』

「行こう、満潮ちゃん!」

「ええ、行くわよ!」

 ふたりは、声を掛け合いながら走り出した。

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