キミ思う故にボクあり   作:石狩晴海

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「ここは、危うく、脆く、狭い、罅の入った金魚鉢でしかない」

「行き詰まりで、息詰まりの箱庭だ。
 新規が増えない限り、燃え尽きる先の見えた短い蝋燭」

「形あるものはいつか崩れる。
 崩壊の要因が可視化される程なら尚の事、終焉は安易に加速する。
 もう長く保たないのは誰もが承知している」


「だが、俺たちは天命に縛られ互い喰み合う獅子と狼。

 いずれ餓え死ぬと解っていても、牙を収める枷にはならないっ!」


「お、その刀はこの前のイベント報酬だな。
 寄越せこの野郎!

 天誅ぅ!」






天に御座します我らが

===== Login =====

 

 

 ネフィリム・ホロウ2にログインしてから10分ぐらい経った。

 

 早々に自分の機体と融合して、倉庫から動かず蹲っていた。

 

 自機であるアイデンティティ・ネフィリムも無言のまま静寂を保っている。

 

 

 

 おもむろに『果たし状』を取り出して読み返す。

 別のゲームから態々データ変換して持ち込んだ手紙だ。

 

 

 内容は不快に感じなかった。

 

 文字通りの『果たし状』。

 

 いつのどこで待ちうけるからやって来い。

 短い指示と、挑発用の軽い隠喩罵倒が綴られている。

 

 どこを読んでも、敵意があり、悪意があり、害意があることが解る。

 

 だからこそ、相手の伝えたいことが読み解ける。

 書き手の気持ちを理解することができる。

 

 

 理解出来た時は震える程嬉しかった。

 

 

 現に微睡みながら、ここに至るまでを振り返る。

 

 

 

▷▶ ◀◁

()() ()()

 

 

 

 昔から幾度も幾度も繰り返し叱責された。

 

 

 どうして相手の話が終わるまで待てないのか。

 きちんとしろ。

 ちゃんとしろ。

 普通に考えればわかるだろ。

 

 

 わからない。

 それはどういうことなのか。

 なにをすればいいのか。

 

 なにが間違いなのかわからない。

 どこがわからないのかも、わからない。

 

 

 そんなやり取りを何度も繰り返す。

 

 強く続く圧力に、ずっと息苦しさを感じていた。

 

 

 人と会話をする。

 単純なことが自分には無理だった。

 気持ち悪かった。

 耐えられなかった。

 

 

 もっと恥を捨ててみっともなく泣き喚けばよかったのか。

 赤ん坊のように駄々を捏ねれば、あるいは深く踏み込んで解決方法を探してくれたのだろうか。

 

 無意味な問いかけだ。

 それすらも、しっかりしろ、普通だ、という無実の釘で縫い付けられ身動き出来なかったのだから。

 

 

 生きる意欲を失って、ゲームにのめり込んだ。

 

 

 違う。

 自分はもっと単純で弱い。

 

 

 逃げたんだ。

 

 

 自分は考える必要のない世界に逃げ出したんだ。

 

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 

 幸運にも逃げ込む先は見つけられた。

 

 あまり名の知られていないVRゲームソフト。

 複数のプレイヤーが入り乱れて斬り合うだけの殺伐としたバトルロイヤルゲーム。

 

 どれだけ人を切っても、どれほど斬られても、許される世界。

 相手のことを考えなくてもいい。

 自分にとってこれ以上ない()()()世界。

 

 ここならいくら不快なものがあっても、切り伏せることができる。

 それが正しい世界。

 

 自分が『()()』でいられる場所。

 

 心の底から安心できた。

 

 自分が()()()()()()()()()()()()()()()ことが嬉しかった。

 

 

 

 だけど、仮染めの世界はいつか終わる。

 人気の無いオンラインサービスが長々と続けられるわけがない。

 プレイヤーの同時接続数やログイン時間が減少しはじめた段階で、終局は見えていた。

 

 

 怖かった。

 

 

 自分が唯一『普通の人間』でいられる世界がなくなってしまう。

 

 

 

 悲嘆に暮れる。

 もう逃げ場はない。

 

 

 

 しかし、深い闇の中で一筋の光が差し込んだ。

 世界が終わる前に『心のこもった手紙』を読むことが出来た。

 

 自分も他の人と同じだ。

 己の形を合わせにくいだけで、ちゃんと話し合うことができる。

 どこに行っても『普通』でいられるんだ。

 

 こんなに嬉しいことはない。

 

 

 

 果たし状の送り手達には、感謝を込めて念入りに返り討ちした。

 帰り道、ランキング一位の誘き出しと聞いて野次馬しにきた彼とすれ違った。

 

 

天 誅 !(こんにちは)

 

 

 気が済むまで切り合った。

 

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 

 自分は言葉を交わすことができる。

 

 全てが消えてしまう前に、新しい自分の形を見つけられるはずだ。

 

 希望を胸に、意を決して別のゲームに飛び込んだ。

 

 

 

 当然、失敗した。

 何度も何度も失敗した。

 嘗ての会話と同じ過ちを数限りなく繰り返した。

 

 

 一般に好評の物でも、とても自分には触れられる内容じゃなかった。

 

 新しく学んだ文字でのやり取りを望んでも、VRゲームに居るのだから煩わしいと返されてしまう。

 そうなると普段と同じく相手を攻撃するしかなかった。

 

 過度な反応を通報され、アカウントが凍結される以前の問題だ。

 他プレイヤーとの接触率の多さに、こちらが打ちのめされた。

 

 グロテスクな精神状態になっては、幕末狂乱の町を流離い辻斬りった。

 

 

 

 

 気分転換に電脳幕末で人斬りをしていた時、イベントの告知が入ってきた。

 ゲームコンセプトを幕末和風に統一している辻斬・狂想曲:オンラインでは珍しいアルファベット表記が目を引いた。

 

 

『勝手にJGE。

 JINSEI GOKIGEN E-JANAIKA.

 開催予定のお知らせ』

 

 

 JGEは自分でも知っているほど有名な国内ゲームの博覧会だ。

 正式名称はJapan Gaming Expo。

 人気ゲームブランドが一箇所に集められ、今後の展開予定や新作発表や販売前の先行試遊などを行う。

 他にも著名なプロゲーマーによるトークイベントやデモンストレーションもある。

 

 わざわざイベント名のJGEに苦しい全文が付けられているのは、Japan Gaming Expoが主催委員会の登録商標だからだ。

 なので略称はともかく、正式名称は同一でないと意思表示する必要が有る。

 

 

 それにしても呼ばれてもいないイベントへ身勝手に習合するアクティビティ&バイタリティ。

 実にこのゲーム運営らしいルサンチマンっぷりだ。

 隠さない嫉妬心に尊敬さえする。

 

 

 新しいイベントの内容は、幕府政権時代の『ええじゃないか音頭』をモチーフにしたものだ。

 

 

 以下、概略。

 

 期間中は町に『ええじゃないか』と言いながら踊る一団が登場します。

 音頭一団は踊りながらお札をばら撒きます。

 お札には特別イベントポイントが付与されています。

 一団と一緒に踊ることで降ってくるお札の種類が増え変化します。

 踊る人数が多いほどお札一枚のイベントポイントが大きくなります。

 みんなで楽しく踊って、高いポイントのお札を数多く入手しましょう。

 後日、集計されたイベントポイントでランキングが決定します。

 上位者にはイベント限定豪華景品を進呈します。

 イベント限定豪華景品は下記になります。

 

 そして様々な色物得物が報酬一覧に並ぶ。

 

 

 

 ……毎度ド安定の不審と不安感だ。

 

 斬ること全てであるこのゲームが、お札を拾うだけで終わるはずがない。

 

 これまでの運営が行った仕打ち(実績)から推察する。

 

 まず音頭のNPCが『ええじゃないか』と笑顔で歌いながらプレイヤーを襲う確率は高い。

 とても高い。

 

 一団と一緒になって()()とは、たぶんそういうことだ。

 

 他プレイヤーからの足の引っ張り合いもこれまで通りとなれば、ヒドい乱戦に陥るのは必至。

 その最中にお札を回収と離脱を考えると、難易度が低いわけがない。

 

 他に取られるぐらいなら、いっそお札を切るプレイヤーが出るやもしれない。

 

 色々と邪推出来るが、要するにイベントの真なるコンセプトは……。

 

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら斬らなきゃ損々。

 人とお札が等価値に切られる地獄絵図。

 

 

 実にゲーム独特のイベントになりそうだ。

 

 

 

 ひとしきり動くものを切り尽くしゲームから出た後で、なんの気なしにJGEの名称が頭に残った。

 

 普段使いのタブレットをつまみ上げ、気になって調べてみる。

 検索結果のトップに輝くJGE公式サイトをブラウジングして、出展案内に目を通す。

 伝え聞く有名ゲームから、初めて知るものまで多種多様なラインナップだ。

 

 

 その中の一つ、あるタイトルが胸の奥にある琴線を小さく弾く。

 

 

 Nephilim Hollow2.

  Visitors Crisis.

 

 ネフィリム・ホロウ。

 内容はロボットアクション対戦ゲーム。

 

 設定を読む限り『堕天使の眼窩』と訳すのが近いだろうか。

 確かにゲームの主役である機械仕掛けの巨人は、眼孔が特別な意味を持つ。

 

 2作目であるビジターズ・クライシスには、大地に穿たれた虚ろな穴が作品の象徴として描かれてもいる。

 

 

 本作からの特徴として、ゲーム内AIがパイロットを補助するシステムが追加される。

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリム。

 

 要約すれば、ロボット側に操作系統の細かな指示をプリセットできる機能だ。

 

 前作のネフホロにも自動照準は搭載されていたが、アイデンティティタイプはさらに高い性能を誇る。

 命中精度の違いを当社比で紹介する動画も公開されていた。

 

 さらにお喋りや雑談にコントも出来るスグレモノ。

 

 設定的には、自我を取得(ブレイクスルー)したネフィリムを指す。

 

 

 

 ……おもむろに室内を見渡す。

 自分の周囲にはどれだけのAIがあるのだろう。

 

 まずドアロック、次に照明が思い浮かぶ。

 クローゼットには防虫脱臭湿度管理機能があるし、最下段にはルームクリーナーが待機している。

 部屋に有るエアコンやドリンククーラーもコストパフォーマンスの最適化にAIを使っている。

 言ってしまえば、手元のタブレットの検索機能もクラウドされているAIだ。

 音声認識による操作なんて前時代からある。

 

 そんな()()()()が気になった。

 

 

 ……会話する?

 

 

 家の中でのやり取りに使いはするが、AIの存在を話し相手とは意識していない。

 

 これは道具だ。

 

 コミュニケーションが取れるAIなんてあるのだろうか。

 

 調べてみると人工無能(Chatbot)というものは昔から研究されていた。

 蓄積型をベースにした、対話そのものを目的とする人工知能。

 

 これらは実際にUI、I/Oとして多くの機械にサブモジュールとして組み込まれている。

 機械と会話することは日常的に行われている。

 

 しかし対話型AIは、部屋主の動きや環境にこそ反応するが自発的に語り掛けてくることはない。

 話し掛けている様に見えても、対象の身振りや仕草を知している。

 沈黙からの転換に自発的に喋っているようでも、事前に蓄積や定められたテーマを参照している。

 常にトリガーは人間側にある。

 

 

 謳い文句が本当なら、ネフィリム・ホロウのAIは自律完結している。

 

 

 もし彼女たちは出会えたのなら、自分をどんなふうに見るのだろうか。

 

 他の人と同じに終わるのか、でもAIなら……。

 

 

 胸の中に期待と不安が無い混ぜになった感情が湧く。

 

 もう少し新しいゲームへの挑戦を続けてみよう。

 そうせめて、荒野に立つ堕天使を探すぐらいには。

 

 

▼▽▼

()()()

 

 

 あの日から何日が過ぎた。

 

 

 幸運にも自分は乗機となるアイデンティティタイプ・ネフィリムのネガレイドと邂逅できた。

 

 ヴィック(Visitors Crisis)初ログイン(突貫)してミッションロケーターの一発目で大当たりを引いた。

 本気の僥倖重畳強運だ。

 

 

 今もこうして一緒にいてくれる。

 

 

 本音を言えば、このゲームからも逃げ出したかった。

 

 対戦形式(マッチメイク)のネフィリム・ホロウは、戦うにも自分から動かなければならない。

 超大規模戦闘用のグランドマップもチケット制だ。

 簡単には戦えない。

 

 

 彷徨えば誰かを切れた幕末とは違う。

 

 機体の構築や武器弾薬の整備に、外装のデコレーションまで。

 ネフィリムを運用するには安全な拠点がシステムとして不可欠だ。

 

 

 ゲームの違いに苦しんだ。

 

 あっちに戻りたい。

 

 

 そう考えるたびに、機衣人(ネフィリム)との融合が柔らかく身体を包む。

 

 

 アイデンティティタイプ・ネフィリムのネガレイドは、こちらから動かない限りずっと待ち続けてくれる。

 

 能動的な事は一切行わない。

 

 メールの着信通知にはじまり、コンソールランプの点灯といった細かなところまで、徹底して廃し内側には沈黙している。

 

 外側では自分の知らない誰かとやり取りしている。

 本当ならパイロットがやるべきものを、全て肩代わりしている。

 

 自分宛てに送られるメッセージを預かり、適時まとめて要約して待機している。

 こちらから手紙を開くまで、何一つ動かない。

 

 戦闘でも存在を一切感じさせない。

 戦うたびに不快感や違和感が薄くなり、狂騒する城下町での感覚に近付いている。

 

 それでいて、ネフィリムは文句愚痴の一つも溢さない。

 

 

 彼女に自律した意志はなく、機械的なAIなのでは……。

 

 

 それはない。

 自信を持って否定できる。

 

 

 何故なら邂逅の刻、彼女が発した言葉は聞き慣れたからこそ驚愕の威力で自分を打ち負かした。

 

 

 

 

 『天の(おぼ)()すままに』

 

 

 

 

 

 

   () () () () () () () ()

 

 

 

 

  そして彼女は膝を付き、自分を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 ゲーム内AIであるアイデンティティ・ネフィリムは、別ゲームで叫ばれるこの言葉の裏側を知っているのか。

 

 そんなはずがない。

 

 たぶん機械の身体を持つ堕天使が、同じような意味を隠すために天の名を借りたんじゃ……?

 

 いいや、彼女は超高度のAIだ。

 1を見て10を知るほどの、偽りなき知性(インテリジェンス)を有している。

 

 自分が何を探してここに来たのか、一瞬で理解したんだ。

 

 別の世界での言葉の真意を知らずとも、目的を読み取る力を持っている。

 

 

 彼女は全てを赦し受け入れている。

 今度は自分が応えなければ。

 

 

 そして、自身の思考に驚く。

 相手の思慮を推し測っている。

 

 気持ちを知ろうとしている。

 

 剣戟銃弾以外の言葉が、自然と出ていた。

 

 自分の形を残したまま相手の形も知ろうとしている。

 

 

 コノキモチ……。コレガ、ココロ……。

 

 

 言葉を出そうとしていることに、言葉が詰まった。

 

 この鼓動を忘れないよう、深く噛みしめる。

 

 

 ネガレイドの好意に甘えて、もう少しだけここにいよう。

 

 

 ……ずっと、ずっと、もう少しだけ。

 

 

 

 

▷▶ ◀◁

()() ()()

 

 

 

 

 今もこうしての、もう少しだけここにいる。

 

 

 回想を打ち切り『果たし状』を大切に仕舞う。

 

 自分の行く先を求めて身体を起こし、メッセージボックスを開いた。

 

『現在参加可能なゲームは以下になります』

 

 文字のみの案内に対戦相手待ちのリストが続く。

 

 中規模バトルロイヤルを選びそうになったが、あえて野良の(ランダムマッチ)2by2形式にチェックを入れる。

 

『ーーーーーーーーー』

 

 一番荒れる戦場の要求にも、補助AIは何も言わない。

 淡々と処理される。

 

 

 状況は夜戦(ナイター)、光学観測(センサー)に補整あり。

 大型河川による分断地形で、片側にはビル群が並んでいる。

 

 待ち受け時間が1人だけ特筆して長い。

 もしかしたらマップを選り好みしたのかも。

 河川を陣取る決意の(ウォーター)半身浴教徒(ゴブリン)か、はたまた摩天楼の蜘蛛(シティスパイダー)かもしれない……。

 

 これは手の内を探り合う心理戦。

 戦いはマッチングをかけた時から既に始まっている。

 

 局地特化は地形効果を十全に活かせるが、ネタが割れた時の蹂躙を受け入れる度胸もいる。

 

 

 格納庫からの発進ムービーはスキップせずに見る。

 

 腕脚の武装やセンサー類を軽く動かして状態を確かめる。

 

 < You have control >

 < I have control >

 

 続いて発進制御の受諾確認。

 フォアシグナルを出すと同時に、最新式訪問技術(Visitors)の斥力カタパルトで無理やり加速される巨大な人形機械。

 足裏が金属レールとの摩擦で火花を散らし、戦場に打ち出された。

 

 

 格納庫の外は夜の帳が落ちていた。

 

 ネフィリム・ホロウの世界は、ひと目で現代と違うことが解る。

 

 

 この惑星の夜空は幾度の戦乱によって巻き上がった塵に覆われ、星々の姿を見ることが叶わない。

 

 辛うじて輪郭の曖昧な月が解る程度だ。

 

 低軌道上はもっと酷く、大小無数のデブリが大渋滞している。

 人類が有効制宙範囲を失って長い月日が過ぎていた。

 安全に(そら)へと渡るには、極点に近い場所から超高推力で強引に飛び立つ方法が推奨された。

 

 つまるところ実質は……、ということだ。

 

 もはや大地の自転は空へと登る階にはならず、時を刻むことにしか使えない。

 

 

 それだけの総質量が地表に落下した証。

 

 しかも地上から拭き上げた塵だけではなく、グリゴリたちが降下前に脱ぎ去ったデブリも多く含まれている。

 

 最悪なことに、エンジェルダストには光学含めた電波系統を乱反射吸収する性質がある。

 

 グリゴリは外宇宙を航行する。

 当然外装の宇宙線対策は万全に施されていた。

 

 これにより軌道上に向けたの通信が事実上不能となり、人類は多くの空の目を内側外側問わず失った。

 

 

 厭世悲観主義の歴史家曰く。

 第一のグリゴリを木星公転軌道外で迎撃出来なかった時点で、地球文明の破滅は避けられないと論文を残した。

 

 

 しかし一概に地表降下の為に恒星間航行外装を切り離したことは、良し悪しで語れるものではない。

 

 もしも天女の羽衣が地上でも健在であったのなら、人類側の火力が足りず、先の殲滅戦で天女(グリゴリ)を口説き落とすことができなかっただろう。

 

 

 

 でもそれはネフィリム・ホロウ2の世界設定だ。

 

 他人の絶望と律儀に付き合う必要はない。

 

 自分はゲームを楽しみたいから、ここにいる。

 

 

 フィールドに着地したネガレイドが、自分で腰後ろのチェックケースから小さな部品を取り出す。

 手にしたダブルスラッシュスリットの装甲バイザーを赤い瞳の上に填めた。

 夜戦で目立つ発光部位を減らすためだ。

 

 

 索敵ピンで観測されたマップが立体表示され、一戦限りの右腕の場所がでる。

 補助のために味方機の進路予測ガイドをネガレイドが数本加筆する。

 

 

 

 ……『果たし状』を思い出す。

 

 自分には、今まで切り倒してきた名前は知らないが顔だけははっきりと覚えている幾千の戦友たちが付いている。

 

 こんなにも恵まれている。

 

 それこそ天使が手伝っているんだ、怖がってはいられない。

 簡単に諦めるなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 

 

 長く虚ろだった瞳に確かな意思が灯る。

 

 あたかもそれは、機衣人が現地人類に馴染んだ時に変わる赤色の様で。

 

 

 

 

 たとえ未来が荒れ狂う砂塵嵐に覆われていたとしても、

 

  獅子餓狼達の檄文を腑に納めた金魚鉢の鮫は、

 

   機械の堕天使に導かれ天海へと漕ぎ出る。

 

 

 

 

====== Log out ======

 

 

 レッスンの外出から戻ったら、自室の卓上に郵送小包が置かれていた。

 

 梱包の内容物欄には教材ソフトと書かれている。

 訝しみながら、添えられている二つ折りのメッセージカードを開く。

 

 

『Lesson:3

 いよいよ折り返し地点です。

 気を緩めずに頑張りましょう。

 今回の目標は、この教材でA判定を取ることです』

 

 

 仕掛ける側が出題を楽しんでいるような文体だ。

 レッスンの内容があちらの趣味に偏ってはいないだろうか。

 

 パッケージを見直す。

 ソフトの題名からして、どうみてもリアルスポーツの教習ソフトだ。

 

 

  龍宮院 富嶽全面協力! VR剣道教室・極

 

 

 これが本当に対話訓練(コミュニケーション)になるのか。

 疑念が拭い取れない。

 

 

 メッセージカードの続きを読む。

 

『たとえ竹刀でも、その一振りには相手の辿った人生が宿ります。

 達人を相手にして、しっかりと会話してきてください』

 

 

 ……こっちの考えは見透かされていた。

 

 

 それにしても、スポーツ教材なんて一般的な販売カタログには載っていないのに、何処から見つけてきたのか。

 

 自分には一切理解できない『果たし状』のデータコンバートなんて出来るのだから、きっと普通の人間だと見落としてしまう裏穴を探し出したんだろう。

 

 

 さすが()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□□■□

□■□□■□

□■□□■□

 

 

 

 

 

 

Extra

 

 

 

 武道とはなにか。

 

 VRゲームが流布して幾年。

 ゲーム内部で格闘技能を使うことへの疑念が語られ始めた。

 

 柔道、剣道、合気道、弓道。

 創設より単純な格闘術だけではないと、理念を掲げててきた。

 

 その凝りが少しづつ蓄積し表面化していった。

 

 はたしてゲーム内とはいえ扱ってよいのか?

 

 何の為に我らは鍛錬を重ねるのか?

 

 原動と理念の境界線が揺らぐ。

 

 

 

 国外での格闘スポーツは、バーチャルゲームへの適応をいち早く取る。

 

 ジム側が個々人の練習を無理に止めることはない。

 

 レッスンの制止には医師司法などの判断もあるが、実質的なゲーム内解禁と言えた。

 

 無論現実で犯罪に用いた時ジムが擁護しないのと同様に、ゲーム内での沙汰に干渉することもない。

 

 

 

 話は武道に戻る。

 

 混迷は解れることなく続く。

 

 修練の場所を現実のみとするのか。

 

 コミュニケーターが介されるのなら道場外と捉えるべきなのでは……。

 

 

 仮想空間が、存在理由を脅かすと思われた。

 

 

『武道の起こりは戦乱が治まった後だ。

 以降今日(こんにち)まで経てきた。

 世代を重ねてきたが、歴史として背負っては虚栄に落ちてしまう。

 

 これからも同じであり続けるには、常日頃からの努力と堅く揺るがぬ信念が必要だ。

 

 新しい場に用いることを禁じた結果、道を継ぐものが途絶えたのであるならば。

 それもまた時代の趨勢と受け留めよう』

 

 

 時の総体会長の発言は、如何様な意図があったのか。

 

 

 確かなのは、後年流派ごとの認知度に差が生まれたことだ。

 

 

 

 

 

====== Login ======

 

 

 

 

 

 これまで感じたことのない灼熱が、心臓から、目の奥から、溢れ出す。

 

 赤いと聞いていたそれは、むしろ無色だった。

 眼球にまで登った血の色が赤いだけで、心は無形のままだ。

 

 怒り、憤り、敵視、憎しみ。

 ささくれ荒れ暴れるそれらが、自分の思考と理性を傷つけながら放射される。

 切り裂かれた内面は見る影を失い、残った衝動が空っぽの身体を支配した。

 

 

 

 

 ふざけるな

 

 

 あなたは知っていた

 

 理解していた

 

 だから対策を施せた

 

 

 彼我の境を見極めていたから

 

 己の刀を変化させた

 

 

 技を極めなかった

 

 (いただき)を目指さなかった

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 他人を意識しなければ

 

 二刀を携える術理に繋がらない

 

 

 

 相手を見ていなかったんじゃない

 

 目的を只一つに絞ったから

 

 伝えるモノを

 

 譲り渡すモノを

 

 築けなかっただけだ

 

 

 

 その証に

 

 ここはどうしようもなく

 

 礼節の墓地、傲慢の処刑場に他ならない

 

 

 赤い四辺は無法がのさばり

 

 寛容に見せかけた驕りが罷り通る

 

 標すべき(こころざし)は一片もない

 

 

 道場の奥に秘された宝は

 

 主である大輪の勝者そのもので

 

 他者を枯葉と踏み散らす

 

 

 暴力を誇示し続ける事で

 

 存在意義の残そうなんて

 

 本当に空虚だ

 

 

 泰山の龍珠が適えるのは

 

 遺せるものは

 

 

  敗北だけなのだから

 

 

 

 

 だから

 

 

 これは修練じゃない

 

 継承でもない

 

 まして挑戦なんかじゃない

 

 

 再現で再演された

 

 あなたの()(いくさ)

 

 

 もう遠い昔に結果は出ている

 

 相克する勝敗のうち

 

 白星に拘ったその反動だ

 

 

 

 無音で伸びる龍の(いかづち)より先に

 

 

 (あしゆび)一節

 

 地を握り踏み

 

 無間を越える

 

 

 

 此れに振るうは

 

 唯一の最短を見切り

 

 絶対の最速を捉え

 

 全ての最適を叩き伏せる

 

 

   最 強 の 剛 剣

 

 

 

 

 あなたが捨てた去りし日の刀が

 

 あなたが恐れた極限の刃が

 

 

  あなたを超えたイタダキの(わざ)

 

  この手で骨肉と殺気を()りあった底尽きぬ(かつ)

 

  恐れ知らぬ無銘無窮たる(レイド)獅子餓狼たち(モンスターズ)豪爪(狂騒)

 

 

  今こそ千百を数えた袈裟を還し

 

   大霊峰を噛み砕き崩す

 

 

 

 

 これが刹那の間に消える

 

 うつろう電子信号の一つ

 

 幾兆幾劾さえ遠景となる那由多の淵

 

 (じつ)にならない虚構での世迷い言

 

 故人に向けた逆恨みの殺意だとしても

 

 

 

 『天がやれと言った

 

   自分は悪くない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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