需要と供給。
生産と消費。
「つまりネフホロ2のオープンワールドが常時解放されないのは、僕たちパイロットの
だから
グランドマップ内の供給をある程度抑制監理する役目を担っているからね。
これで解った?」
「つまりアレかしら。
ネフィリムの整備はやたらと資金を食うのに、純粋な生産スキルが無いのは
システムが絡まない金策は、機体や武装に貼れる
それとも戦闘中に直接お金を拾えとか言うの?」
「まさにそこだよ。
ネフホロ2は戦闘が一番の流動資産なんだ。
燃料や弾薬を消費して、機体の損傷っていう市場も増やしているわけだし。
個人所持のマネーよりマップを含めたネフホロ2全体の総資産が主軸で、僕たちが拾われるお金そのものさ。
武器や情報が奪えるバトルロイヤルだから、ネフィリムやパイロットさえも資源に分別される悲しくも真っ当な経済原理だってこと」
「あいにくゲーム内経済なんて興味ない。
優良装備の頭金になる高レート稼ぎなら喜んで聞くけどっ」
林にある小山の上、湿った土に敷かれた断熱撥水シートにうつ伏せになる少女が少し頬を膨らませた。
モバイルグラスを目にあて会話から面を背ける。
周囲の枝切り草刈りをしていたモルドは、使っていた手斧を地面に打ち刺す。
合金板からレーザー削り出しで作ったテーピンググリップオンリーの簡素なキャンプ用品だ。
「手持ち無沙汰だから何か話せって言ったのはそっちじゃないか」
モルドは持ち込んだゴルフバックのような長カバンのジッパーを開ける。
バックの中では、大型のスネークパペットが三匹とぐろ巻きの三重螺旋で待機していた。
リズミカルに大蛇三匹の頭をつつき起動させ、林の中に放つ。
「また怪しい道具を作ったの?」
「障害物が入り組む場所なら、飛行ドローンよりこの形の方が堅実なんだ。
隠密性も高いから破壊や奪取され難いし」
「気持ち悪いから近付けないでよね」
「ヘビは哨戒護衛も兼ねた半自律観測機で、ペットみたいな扱いはしないよ」
横に並ぶ彼女を少しだけ睨む。自分から押し掛けたのに身勝手な言いようだ。
問答の始まりは、彼女がネフィリム・ホロウ2 ビジターズ・クライシスにおける
グランドマップとは、ネフィリム・ホロウ2メインストリーム「パブリックスカウント」の舞台となる地球型オープンワールドである。
ネフホロ2の正規リリースと同時に開帳され、グランドマップ
エントリーチケットは課金以外にも、対戦ランキングで一定の勝数を稼ぐことで入手できる。
これを主題にグランドマップの兵站に対する自説をモルドが語ったのだが反応は芳しくなかった。
呆れるモルドに十数キロ後方で待機するネフィリムからの有線通信が入る。
『パイロット「モルド」UAV02が予測していた光波を感知しました、場所情報を送ります』
「了解「ヘッズ」、さあ録画開始だ」
「言われなくても撮ってるわ」
シュラフロールを脇下のクッション代わりにしている少女が指示された方角を向き、モバイルグラスのカメラ機能をイジりながら答えた。
モバイルグラスから細いコードが一本伸びて、モルドが操作するトランクケースに繋がっている。
蓋を130度ほど開かれたトランクの正体は、この世界でも珍しい多目的通信器だ。
内側に多彩オシロスコープにトグルやダイヤル式のスイッチがビッシリと並ぶレトロ趣味の
と思いきや、
メカニック・スイッチオン、センサーライト。
さらに多目的通信器からは太めのシールドケーブルが伸び、モバイルグラスから入ってくるデータを暗い林の奥へ中継している。
十数キロ後方に控えるデータの送り先は、モルドの乗機アイデンティティタイプ・ネフィリム「ヘッズ」。
こうしてモルドたちは、ある目的の為に総合通信機能を有したアイデンティティ・ネフィリムに情報を集約していた。
今回のモルドはある情報を入手し、リスクを承知でチケットを払いグランドマップに降りた。
もろもろの準備するモルドを目敏く見つけ貼り付いてきた少女を伴い、そろそろシートの硬さに慣れてきたATVでドライブ。
この世界では貴重な森林地域にケーブル巻きを数個継ぎ足してキャンピングスポットを作った。
少女が観測を続けつつ口を開く。
「それにしても面倒くさいシステムのゲームよね。
いちいち自分で確認しないと地図が解らないなんて」
話題の主軸は変えないんだとモルドは
「
実際に効果的なスポットは有力師団や
ネフィリムホロウ2グランドマップは全パイロットで時系列を共有するオープンワールドだ。
前作からある対戦形式のマップは、配置物にある程度のランダム性があっても、パイロットが地図を見ることができた。
対して
逆を言えば、自力で足を延ばす以外にも他のパイロットから受け取るもしくは購入するでも良い。
さらに事物は延長し、時間が断続しているグランドマップでは一部のパイロットたちによる好条件の建築物やロケーションの占有が発生していた。
「早いもの勝ちなんて大っ嫌いよ」
「だからチケットには活動時間も設定されている。
時間切れになれば強制的にマップから立ち退かなきゃならない。
欲しい場所があるなら追加でチケットを使うか、友軍のネフィリムに引き継がなくちゃいけない。
要するに対価を払い続けろってことだね。
陣取りしている勢力へのランニングコストとしても、参加チケットが存在するって話に帰結するんだ」
「それが気に食わなきゃ、今みたいに力づくで奪い取れってことでしょ。
あ、光が見えた。これはフラッシュ鳴子ね」
『防衛側のトラップと判別。
目標『ネガレイド』とベータスタ中隊の
「さっそくとネガレイドの”刀”が猛威を奮ってる。
もうベータスタの2機目が落ちたわ」
「これだけの数のネフィリムが入乱れる戦闘が日常的になるなんて。
本当に一作目とは違うゲームになったよ、ネフホロは」
遠くに倒木する動画をモバイルグラスと三匹のスネークパペットを通して三次元に録画する。
トランク通信器で光学性音源のリアルタイム補正しながら、モルドは前作を懐かしんだ。
マルチバトルを実装したネフィリム・ホロウは、かつての対戦ゲームとは完全に別の物へと変わった。
世界背景を描写出来る道具を使うのだから、単純な対戦ゲームに留まる選択肢は無い。
ネフィリムの操縦性向上、アイデンティティタイプの導入、各種武装の拡充、対戦型式の多様化。
さらに相手ネフィリムからの武装簒奪と、恒常地形であるグランドマップの実装。
そしてネフィリム・ホロウ2のメインストリーム「パブリックスカウント」。
これらによりゲーム内
ただのロボット対戦だけでなく、ゲーム内に経済圏を内包するMMOの一面を獲得した。
モバイルグラスで望遠する少女の顔が引きつる。
「うわっ、アレって本当に人間の動き──?
もしかしてアイツでも相手できないんじゃ……」
「なんのことだい?」
「私たち側のサインボードに、どうして"アカネズミ"を入れないのかってこと。
鳴き声や生態はともかく
モルドは誰の話か察して、心の片隅にネズミ扱いは酷いと思った。
「これも長期的な損得の話さ。
夏れ……彼女が名前を書いたサインボードには相応の装備と資金が溜まっているから、不用意にばら撒かないことが目的だよ。
同じ看板を掲げている仲間に何も出さないのは不満が出る。
それならいっそ身内判定を厳しくしてしまおうって考えだ。
ちゃんと資産は適度に運用してるし、本当に戦闘力が必要な場合は躊躇遠慮なくチケットを切るから安心していいよ」
ネフィリム・ホロウ2で追加された機能に『サインボード』がある。
サインボードはパイロット間の情報伝達ツールであり組織、いわゆる既存のゲームでフレンドリスト、クラン、ギルド、パーティの複合機能に相当する。
基礎にあるのは同じサインボードへ記名したパイロット間の契約だ。
フレンドリストに似た動きをしながら相手への階層的できめ細かな選別が可能である。
組合組織としてサインボード毎に行動指針を掲げることもできる。
基本事項として、武装の開発及び購入制限は個々人のライセンスに紐づけられている。
公開されている依頼を
上位のライセンスを待つことで所有ネフィリムのカスタマイズ幅が広がる。
装備できる武装の種類が増えたり、オプションの項目が追加される。
このライセンスによる制限は、サインボードによって共有化可能である。
あるパイロットが既存のサインボードに署名した場合、他の参加パイロットが持っている装備を使えるようになる。
効果範囲は装備可能な武装リストだけでなく、対戦マップの地形や天候にはじまり、贔屓の割安ショップやカスタマイズ度合いの高いオーダーメイド店への顔渡し、オプション豊富な試射演習場利用まで様々。
サインボードに名を連ねたメンバーへ、看板を背負うトップオーナーが開放段階を細かく決められる。
使い古しの武装を渡す事も、設計図だけを融通し作成に必要な資金や戦功は自分で揃えさせるのも自在。
最高ランクの共有段階は各人の
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これを見たメカ好きネズミは無言で指差し、葉は返事もせず全権限の共有化と格納庫の連結を設定した。
閑話休題。
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これではサインボードの優劣がトップオーナーの能力や組織規模と直結して力学が偏るように思えるが、簡単な仕組みが通行弁になっていた。
サインボードは1人でも開設でき、且つ複数のサインボードに所属が可能。
つまり双方向に権限管理が行なえるシステムだ。
大きなサインボードに招待されたからと言って、手持ちの種籾を全て差し出す必要は無い。
相手側に参加する条件に、自分のボードにもサインさせることで一方的な搾取は抑制される。
これを利用して新型大出力ビーム砲開発といった、ユーザークエスト的な使い方もできる。
サインボードから参加者に報償給金を支払う。代わりに必要な戦果や資源資材の提供をしてもらうのだ。
ボード存続の時限設定もあり、用事が済めば言葉無く解散するドライな契約傭兵ロールで稼げもする。
もしかしたら世渡りの上手な人間が公開情報を惑わしスパイ行為を前提に動いているかもしれない。
情報は資産、情報は武器。
誰もがアクセス出来る枯れたモノならともかく、隠せるものなら取り置くべきである。
などと剣呑は妄想は置いておいて、
自軍内に別のサインボードを機密別働隊に設定したりといった組織運用も楽しめたりする。
余談だが、サインボードの通称は任意の名称+部隊規模が主流だ。現実の空軍を参考にした識別方法である。
空軍:HQ ヘッドクォーターにネフィリム・ホロウ2のゲーム本体を割り当て、司令:CMコマンドがビジターズ・クライシスのシステムアナウンス。
以下にサインボードの大きさで
師団:FO フォース
旅団:GP グループ
大隊:WG ウィング
中隊:SQ スクワッド
小隊:FR フライト
分隊:EL エレメント
班:SS セクション
が付けられる。
大まかな目安は、小隊がネフィリム3機から4機編成でこれがまた3つ4つ集まると区分が一つ大きくなる。
班と分隊は対戦形式の野良相手や即興ランダムマッチの時に使われる。
しかし厳密な区分けではなく、中隊に小隊一つを付け足して大隊を名乗るケースもある、大隊の指揮官が大佐扱いの中尉だったりする。
……現地の臨時編成とか繰り上がり任官が大好きな人間が集まりやすいゲームだ。そんなこともあるだろう。
現在戦闘中のベータスタ中隊を例に上げると『幻朧同盟軍アルフオルス大隊麾下ベータスタ中隊』とウキウキノリノリ演技が楽しめる。
もはや指揮系統は燃えきった蝋燭が最後の力で揺らめいているぐらいの儚さだが。
「勿体ぶらずにアイツが使ってる新型ブースターと対光学装甲の設計図を寄越しなさいよ」
「事前の公開契約通り、同盟サインボードのメンバーには規定のデポジットで生産ライセンスを解放するってば」
「見てなさいよ。倍額払って大元から買い占めてやる」
モルドは主に2つのサインボードを運営している。
一つは押し掛けの少女も含めた技能戦術開発研究用の
もう一つは幼馴染みと二人だけのサインボード。
これは緋色の翼が集める情報を"盗られない""流さない"ためのセキュリティである。
モルドは相方の希少価値を十分に理解していた。況んや危険性もだ。
しかし言うほど格好の良いものではなく、ただの事務作業であり現実の延長に過ぎない。
プライベートボードは完全孤立させず、自分主催のものと
情報や資金の出口はあるが、とても渋いと印象付けるのが目的だ。
だが幾人かは彼らに財の放出を要求する。
力の簒奪を目的に緋色へ挑む者は、無謀の徒か全力で知略を用意してきているかの二択。
しかし、挑戦者の前に立ちはだかるは一つ。
過疎い時代から戦い続けてきた
簒奪者の望みは、戦闘訃報で精算され続けている。
世話心で『ネガレイド』へも事務代行の提案したが、反応らしきものはない。
おそらく自前で管理する心積もりだろう。
武装生産ライセンスのデポジットも、ゲーム環境を流動させる機能だ。
サインボード同士の同盟間に散見される。
ここでの焦点は借用対象が生産ライセンスであること。実体ある武装ではない。
仮にライセンス生産した武装が戦闘で破壊されても、掛け金には関係ない。ライセンスが許す限り再生産すれば良い。
借用者が武装生産を止めればデポジットは戻り、作成した武装は手元に残る。
借りるパイロットに必要なのは、デポジットの元手と武装作成の資金資材だ。
0から自分で開発するより簡易に多種多様な武装が試せるので、利用する者はそこそこいた。
この仕組みを聞いたある快楽主義者は、デポジット止まりつまり金融が無いシステムをやはりクソゲームと罵った。
貸すなら利息を付けろ。権利を何だと思っている。
借用者を補助するではなく、情報放流を促しつつライセンサーを踏み倒しから保護する機能なので致し方無し。
最後に、デポジットを何倍払おうとも公開しているサインボードが了承しなければ買い取ることは出来ない。
当たり前である。
「飛んだっ!」
少女の叫びと共に林から光点が昇る。
交戦していたネフィリムのうち"刀"を持った1体だ。
脚部大型盾を左右に広げ内蔵バーニアを白光に燃やす。
その姿は逆十字架、
吠える光の翼を大地に向けて飛ぶ堕天使。
あの
今回の戦闘で十数機を相手取る唯一の侵攻側戦力である。
光点が地表からの対空射撃をトライブレードムーブで避け、突如地上へ突き刺さる勢いで落ちる。
これは両脚を『フレキシブルアーム』にする特徴的な挙動。
球体関節による無段階の自由度を余す所なく利用したベクトルノズル。
胴体を含めて全身をトライポッドに見立てた自在機動の賜物だ。
最後の動力落下は、脚のシールドバーニアを使った
その威力は痛烈の一言。
「初めてリアルタイムで見るけど、ネガレイドの三半規管は一体どうなっているのかしら」
「ブルゴーニュ大隊が新作動画でやった逆さ立ちで腰をローターにしたヘリ実験より現実的でしょ。
あ、思い出してぶふぅっ……!」
「あんなお笑い軍団の体当たりコントと真面目な戦闘を一緒にしないで。
ロボットのゲームで宇宙人を出す運営とか、最近はおかしなことばっかりよ」
「げほげほっ、地球外生物の伏線は前作からあるってば。
アイデンティティタイプ・ネフィリムだって立派な宇宙人だよ」
「近々の話題はそっちとネガレイドばっかりよね」
ビジターズ・クライシスの「パブリックスカウント1」における最終目標、グリゴリ8体を従える超々大型殲滅対象「
『ネガレイド』はその威容を仕留めた、
巨械の神を
異星体系兵装ビジターズ
先日封切られたメインストリーム「パブリックスカウント1」。
それは
これまでの作戦と違い、
拠点となる地形を橋頭堡に確保して、グリゴリたちを部隊運用する。
メタな感想を言えば、運営側の操作がかなりの比率で介在している非対称変則ミッションだと多くのパイロットは認識した。
予想打にしなかった戦略で甚大な損害を受けた人類側だが、それでも食い下がった。
犠牲を出しながらも巨械を打ち倒した。
しかし、沈黙したと思われた
弾薬が尽き、装甲も剥がれ、誰もが敗けたと諦念に浸ってもなお、ネガレイドは挑み続けた。
片腕丸腰の満身創痍ながら
「それにしても、なんで装甲を簡単に切れる"刀"をなんて非常識な武器を造ったのよ」
ネガレイドが”刀”を振るうたび何かしらが舞い飛ぶ動画を撮りながら、少女が横目でモルドをねめつける。
「武器が特別製とはいえ、攻撃力の半分以上はパイロット本人の技量だよ。
銃撃戦が主体のゲームで、近接武装一つが戦術を超える力になるとは思わないって。
ネガレイドが戦闘するって聞いてチケットを使って正解だった。
”刀”の実績収集が早々に出来たからね」
ネガレイドが携える"刀"は、現実にはありえないネフィリムに対応した巨大な大太刀。
切っ先は両刃小烏造りの"奇抜刀"。
銘を『
天女から奪った羽衣を知力と暴力で打ち鍛えた殺意の具現だ。
界隈におかしなサインボード参加要請が流れた。
目標:”刀”が欲しい 無いから造る
参加条件:高出力レーザーと反射装甲の無限提供が可能な個人またはサインボード
報酬:規定金額と試し切り
信頼出来る情報筋を辿ると、あの
なんでも先のパブリックスカウントで"刀"の必要性を再認識した。
だが現行実装されている実体系近接武装にはパイロットのお眼鏡に叶うものが無い。
それなら
モルドを含めて十人ほどが難易度不明のミッションに参加した。
前途多難しか予想できない奇行だが、集まったメンバーは好奇心や探究心に胸踊らせていた。
こうしてネフィリムによるネフィリムのためのネフィリム専用刀鍛冶が始まった。
最初は”何を造るか?”からスタート。
一言に"刀"といっても種類は多い。
どういった造りが欲しいのか完成形の図版を知りたかったが、依頼主が零す要望は少ない。
長く粘り強いヒアリングの結果、長尺の刀すなわち打刀ではなく太刀の分類が希望されていると分かった。
細かい仕様まで詰めてゆくと、突き攻撃もしたいから切っ先にもひと工夫加えることに。
運の良いことに、現在のグランドマップには外宇宙産の金属が大量に散乱している。
リアルでは希少すぎる隕鉄の部類、各種物質の同位体が取り放題。
材料として最高に適しているので、ありがたく使わせてもらう。
まずネフィリムが扱える大きさの碾き臼を『Y』の素材で作り、ひたすらにグリゴリの残骸を磨り潰す。
潰す側の道具も削られまくるが、臼の数を増やし頑張って必要な量の粉塵を賄った。
次にグリゴリ粉末を分離機にかけて粒子の大きさ、粘度や硬度の違いで分類する。
粒が大き過ぎるものは再度挽き直す。
並行して熱溶解させるための鍛冶炉を造る。
近場に水源がある立地をリッチにエントリーチケットを使い確保。
軽く整地した後、大量の反射装甲をレンガ代わりにして鍛冶炉の形に整える。大出力レーザー砲19機は焦点を角度とかいろいろ考慮して、炉からハリネズミのごとく生やす。
金床とハンマーは『Y』の一番硬そうなところから作った。これだけ武器になりそうだとメンバーで笑い合うが、目は笑っていなかった。
分別した粉塵を最適な硬さになるよう比率を調整する。
これを炭素繊維の袋に詰め、純度96%以上のオゾンガスを混入して豪快に熱する。
溶け合った羽衣が
これを再び鍛冶炉で熱して、金床とハンマーで刀身を叩き伸ばし折り返す。
レーザー反射炉は可動数時間で耐久限界が来るので、その度にレーザー砲と反射装甲で補修。
照射口を焦がした砲身を差し替え、溶けた装甲にパッチワークをする。
難儀したのは焼入れ用の冷却水確保だ。
ただの水だと瞬時に蒸発して気泡で刀身を覆ってしまう。これでは温度差による刃鋼の多層化が出来ない。
行き詰まりにメンバーの科学者が一つ研究中の技術を開く。
グリゴリの外殻粉塵から使わなかったとある種類を集めた。
水溶してドリルハンドでトルク重視の練り練りすると、零下20度を保つ黒いゲル状の物体になる。
ゲルに灼けた刀身を突っ込むと、硬化しつつ白く変質した。
抜いた刀には割れた白磁の様なものが付着しなお冷気を放っていた。
ハンマーで軽く小突くと白片がポロポロと落ちる。
科学者はゲルの用途を、空間航行用の冷却剤 兼 対放射線粘膜 兼 衝突緩衝材 兼 剥離排出推進のウェイトと予測している。
無駄のない機械的な機能で、とてもインテリジェンスなデザインと皆が感心した。
水源から誘導したポンプで火事場横に水槽に設置して冷却剤を練る。
貯めすぎると尋常じゃない冷たさが周辺に悪影響を及ぼすので、作成ペースを考えながら練り練り。
冷却後の物体に関しては、全員無言目配せでしらばっくれることを決議し、どっか固め岩盤に深い穴を掘り封印した。
地球外技術の封印であって不法投棄では断じてない。断じて。
途中で消費レーザー砲が予測していた数を越え、作られる”刀”のコストパフォーマンスが恐ろしい勢い上がった。
それこそ地上から離陸するどころか第三宇宙速度まで突き抜ける速さで跳ね上がる。
急遽第三作業ラインを設立、参加者全員が3つ以上の仕事を並行処理する非常事態になった。
なんとか臨時予算と資材買い足し部隊の編成を行ない、悲鳴を上げながらも刀鍛冶を続ける。
水が枯れる寸前に焼入れが終わり、内刃外刃の併せを経て成形完了。
研ぎは参加者から名乗り出た一人の有志が行った。
リアルで金属加工を扱う職に着いているらしく、チーム全員が見惚れる煌めきが刃に宿った。
柄拵えはネガレイド自身が準備していたが、鍔の形が土壇場で変えられる。
古風な楕円型ではなく、大太刀での突き動作を補助するためのグリップが提唱される。
つまるところ西洋大型剣の真似だ。
最終的にネガレイドが了承したので、若干角度を持たせた棒鍔が作られる。
抜き身では可愛そうだと、あるメンバーが布鞘を作ってくれた。
抜刀時はウィンチ式で巻き取り殺陣の邪魔にならないギミック付き防刃布鞘袋だ。
袋の半ばまで切り込みがあり、納刀もスムーズに行えるデザインになっている。
最後に合議で決まった銘を
そして、この話のオチを明かそう。
”刀”作成のクエスト報酬だが、天羽衣之剣を一時借りての素振りではなかった。
依頼者の意図は、試し『切られる』。
つまり心を込めた一刀両断。
感謝の水鴎流目コピ胴抜き。
今宵は波切りの鋭さが違う。
シトシトピッチャン、シトピッチャン。
ここで蜘蛛の子を散らすように逃げればよかったのだろう。
連日の作業でおかしなテンションになっていた参加者たちはネガレイドへの徹底的な迎撃を選択してしまった。
ネフィリムの武装とか腕とか脚とか頭とか、ついでに上半身までもがポップコーンの様に弾け飛んだ。
一応この件は時限式サインボードなので、金銭報酬はシステムにより自動で支払われている。
作業中に出た副産物をちゃっかり懐に収めてもいた。
なのでミッション参加者たちは、ある種の達成感を胸に刻み朗らかに解散した。
「ネフィリムの三枚おろしは、白昼夢じゃなかったんだ」
「薄く恐怖に濁った瞳で、なにを言っているのよ」
『ご歓談中失礼します。パイロット「モルド」。
右舷4時に感あり。接近反応から推定『傀儡隠し』です。
戦闘に引き寄せられたと考えられます。
当機と接触する可能性は極小ですが、交戦中の領域にはほぼ確実に突入します』
自機のアナウンスを聞いたモルドは、左手首を数回叩く。
すると半分に切ったプラスチックボールのようなものがみょみょんと手の平に出てきた。
半球の物体を指で撫で押し弄りながら指示を出す。
「趨勢は決まったから、ベータスタ中隊には逃げ道を案内して立ち退いて貰おう。
指定の座標aとbに向けてサンドバンカーをクラッカーモードで二と三発。
「ヘッズ」は今トラックで地図に引いたラインに、パターン4でECMを杭打ちしながら静音低速で移動。
隠行にはECCCMまでの自律判断を許可。
こっちも撤収するから、合流よろしく」
『了解しました。
推定合流時間まで00:19:00。
それまで通信を一時封鎖いたします。
シートを温めてお待ちしてますので、安全運転をお心掛けください』
自機ネフィリムの応答直後、モルドは地面に突き立てていた手斧を取り通信ケーブルをぶった斬る。
モバイルグラスとのコードも外し、手早く畳んだトランク型通信器をATVの荷台に放り投げた。
予め毛布を敷き詰めた荷台に重い音で落ちる割と値の張る多目的通信器。
手の平の球でスネークパペットにも撤収を指示する。
「卑猥な手付きでキモ」
針のような少女の視線はモルドの左手を刺している。
トランクと繋がっていたデータ通信コードを雑にポケットへ押し込む。
「ハンドトラックにそんなこと言われてもね。
古い道具だけど中空フリックより使い勝手が段違いなんだからいいじゃないか」
「普通にコントロールウィンドウでしなさいよ」
「タッチパネルは操作の追従性と確実性が怪しいんだ。
一番の改善ポイントなのに、バーチャルゲームはユーザビリティとリアリティの都合で妥協の停滞を重ねてる。
現状はデベロッパーに丸投げされちゃって、会社によっては酷いなんてものじゃない。
だから昔ながらのMODとまではいかないけど、こうしてユーザーがシステム内で補完するのさ」
「わざわざそこまでするの?」
「出来る力があるなら、やらない選択はないさ。
新しいゲームでもコンソールの出現位置が変えられないのをみると、やっぱり扱いやすい道具が欲しくなる。
……知り合いのお坊さんは、いつになったらバーチャルゲームは時勢に順応できるのかって爆笑してたぐらいだし」
「お坊さん? どうして宗教の話に?」
「ハヴォック神は自然霊のアニミズム系統だから、宗教より世俗や風習に類するけどね。
まあ世代交代で廃れ忘れられてる
そのお坊さんは”身体が夏になる西川貴教”を始め、百と七つの信仰を宿しているって豪語するおかしなヒトだから、話半分で考えていいよ」
「世間ズレした人間ってどこかにはいるものね」
「でも下手な体験型より、アナログな骨董品のほうが拡張性があるとも笑ってた。
リアル技術者だから盛大な自虐なんだけど」
「古い道具でバーチャルに勝てるモノってあるの?」
「例えば、珠ソロバン。
考え出されたのは西暦1500年ぐらいだったかな。
オリジナルなら、それこそ紀元前に砂と小石の原型がある」
「比較物がゲームですらないじゃない」
「ソロバンだって
ベースが演算機なら、ハードウェアの許す限りゲームは考え出せるんだよ。
ぱっと思い付くだけでも、五目並べを珠に置き換えたゲームや
ソロバンの使い方を変えれば、両端から攻め合う対戦試合もやれる。
さらに珠の数が多いソロバンなら、もっと複雑なゲームも遊べる」
「なんなのそれ、あたま痛くなってきた……」
シュラフロールと撥水シートを巻き取りながら少女が呻く。
「なにより携帯ゲーム機の起源が電卓なのは有名でしょ。
電卓にできるなら、ソロバンでも代替え可能だよ」
「屁理屈は結構。そこまでよ。
奇特な古典ゲームに話が逸れてるわね。
現代に戻って考えて。
バーチャルの操作だと、やりたいことを扱いきれないわけね」
「別に難しい話じゃないさ。
バーチャルゲームでもアバターの視界隅に小窓で透過や追加表示するだけで終わるよ。
体感型ならクリックを切る感触を入れるだけでいい。
本当にそれだけのこと。
制作会社さんに余裕か猶予があれば解決するんだ。
見る所と操作する所がくっついている必要はないんだし。
ほんの小さな改善で、誰もが自由な姿勢や体勢を取りながら望む操作ができるようになる」
モルドは手首を叩いてハンドトラックを収納する。
「でも、そんな簡単なことも出来ない。
入力場所の相対絶対両位置すら変えられない。表記レイアウトを好みの形に並べられない。
ここまでくると、今の環境を作った基盤がどんな故事からの流れで生まれたのか。個人的に知りたいかな」
草むらの奥からヘビたちが帰ってきて、寝床のバックを自分たちでATVへ載せて中に収まる。
スネークゴルフバックのジッパーを閉めて、モルドの思考は少し浮きだつ。
「お坊さんから20世紀のラノベで中空ウィンドウのシュールさが描写されたものを教えてもらえたんだ。
停滞の原因はそこから先の時代にあるんだよね」
「……あっそう。
いいからそこ退いて、寝袋とマットが仕舞えないじゃない」
モルドは避ける動作でドライバーシートに座った。
布類を手荒く荷台の隙間に押し込める少女に言う。
「今日はやけに絡むね」
「……そんなことないわよ」
「話があるなら後で聞くから、今は協力して欲しいな。
最低限「ヘッズ」との通信回復までは」
ATVの通信機能で視界隅に無線状況を映す。
「ヘッズ」が仕掛けた通り雑音と不揃いの波形しか確認できない。
「撒き砂が効いている間に移動するから、車に乗って。
この林の中で狩猟生活をしたいのなら別だけど」
モルドの乗機アイデンティティタイプ・ネフィリム「ヘッズ」が放ったサンドバンカー。
分類としては古くからある
基本は上空に散布して広域の妨害を行う。
一番の特徴は、銀片に埋め込まれたコンピュータチップによって状況を読み形状を変える。
発砲時は弾丸型、上空に放たれた場合は従来の銀片に変形。
事前に地面へ散布すれば電子撒菱にもなる。
近接戦闘で敵性機体に上手く着弾させれば、動作妨害もする。ことによっては操作系の簒奪も可能だ。
サンドバンカーの根幹理論は、モルドが”刀”鍛冶の最中にグリゴリの残骸から偶然見つけた
今のところ他のパイロットが模倣している様子はない。
自分に粘着する少女の狙いも、モルド個人が持つ異星技術の情報欲しさが大きいはずだ。
これまではモルドと幼馴染みの関係を知った人間は相応の態度をとるが、少女は違った。
なにかとモルドに絡んでくる。
モルドもファーストコンタクトの時「ヘッズ」の銃で吹き飛ばしたことへの罪悪感もあるので、どうも少女との距離感は掴みきれない。
「付いていくいくわよ、決まってるでしょ」
相手の心中を知らないのか、勢いをつけた少女が助手席に飛び乗った。
アクセルを踏んで林の小山を駆け下りる。
「それで、この車の操縦権はいつになったらアンロックしてくれるの?」
「さすがにそれは図々しいと言い返させてもらう。
僕が見てないと思って時々ハッキングしている間は渡さないから」
「バレてたか、ちぇっ」
悪びれもせず窃盗未遂及び不正アクセスの犯人が舌打ちする。
「僕の周りは「ヘッズ」が保守警備しているから、ネットで拾った怪しい方法や、他者の真似事程度じゃまず無理だと諦めて。
人間が突破するには入念な準備と相応の才覚が最低条件だから」
「でもネズミには車を運転するセキュリティを開放しているんでしょ。
それなら同盟部隊にも条件付きで出してもいいじゃない。
意外とケチね」
「人の私物を黙って持ち出すネズミは一人で間に合ってるってことだよ」
「格納庫連結も羨ましいけど、有能な「ヘッズ」も引き取りたいわ」
「要求がエスカレートしてるなあ」
「部隊指揮、通信統制、情報管理関連じゃ最高級の機体なんだし。
まだ一度も武装を奪われたこと無いんでしょ」
「僕たちのささやかな自慢所だよ」
戦場に出たネフィリムの武装が強奪された状況を想定して、パイロットたちはセーフティを掛けている。
銃が奪われ、その場で撃たれる事態を回避するためだ。
一応は武装に施された暗号を捕獲側の電脳能力が上回れば使えるようになる。
だが解析に時間を取られれば、もとの所有者は逃げるか別の武器で反撃するかの猶予を得られる。
こういった駆け引きを「ヘッズ」とその相方は戦場でしたことがない。
それだけの電算能力をモルドの愛機は搭載していた。
「アビオニクス優先のアッセンブルはやっている人が少ないからね。
電子戦で意外と引っかかる人が多くて驚いてるよ。
前線で華やかな活躍ができないけど、「ヘッズ」本人も機体を気に入っているみたいだしオーナーとしても嬉しい限りだ」
「ふと考えついたけど、ネガレイドの”刀”って電子認証あるの?」
「認証機能を付ける箇所も意味もなかったよ」
「組み込もうとはしたんだ……」
「サイズが大きくて加工されてるけど、結局は金属の棒なんだから。
あの形そのものが十分な防衛方法だよね」
ネフィリム・ホロウにおいて、あの"奇抜刀"を十全に扱えるのは一人しかいない。
これはこれで確固な
モルドがちらりと車載時計を見る。
「そろそろ合流できるかな。
短距離通信を出してみて」
「反応でた。まっすぐ先ね」
ATVが林を抜けると、木々の一部が揺れ動いた。
ネフィリムを覆い隠す迷彩用ギリーネットだ。
内側から「ヘッズ」が姿を表す。
『お待たせいたしました。パイロット「モルド」』
「ごめん。遅れちゃったかな?」
『いいえ、私も今ちょうど到着したところです』
「初デートみたいな恥ずかしいやり取りしてんじゃないわよ」
『パイロット「モルド」搭乗なされますか?』
「まだいいよ。
合流目的は『傀儡隠し』対策と、ベータスタ中隊の撤退支援確認と、なによりネガレイドへの警戒だ。
向こうの戦闘はもう終わった?」
『現在UAV03が録画情報を持ち帰ってくる途中です。
大凡の推察通りになっているかと存じます』
「それにしても口頭でよくここまで動くわね」
「僕がいなくても「ヘッズ」は十分に作戦行動出来るよう組んだからね。
「ヘッズ」のメインパイロットは「ヘッズ」本人で、僕は状況分析と通信担当のサブパイロットだ」
「主従逆転してるじゃない。それでいいの?」
「実稼働してるから問題はないよ。
ネフホロ2のアイデンティティ・ネフィリムが発表された時から考えていたアイデアさ。
パイロットが融合していないと使えない武装があるから、いつだって別行動するわけには行かないけどね」
『パイロット「モルド」悲報です』
「うん。解った。
UAV03はロストかあ。想定外の出費だ。
ネガレイドを安く見積もり過ぎたかな」
ATV備え付けの通信機で無人飛行偵察機の一つが通信途絶しているのを見る。
偵察用のUAVは半ば使い捨ての装備だが、回収再利用するに越したことはない。
少女が空を見上げる。
天にはこちらに向かって風よりも早く飛んでくる白炎の逆十字架があった。
ネガレイドが自分の戦場を覗き見る存在を看過するはずがない。
偵察用の無人飛行機を破壊し、持ち主にも狩りの視線を向ける。
「いやよ。あんなバケモノと戦うなんて!」
「最初から戦闘は最小限に収める予定だよ。
レイドボスに少数で挑んでも、情報収集すらままならない。
出現地と武装が知れただけで十分なお金になる。
ここは遁走一択だ」
ネガレイドが"反"救世主と呼ばれる理由は、純粋に人類の味方ではないからだ。
このエネミー気質ゆえに畏怖を集めてもいた。
モルドは今回使ったエントリーチケットの実体版半券を取り出すと、手切りで細かく裂いた。
「それじゃ、ユラさん。またどこかで。
次は友軍の立場で安全に会いたいね」
====== Log out ======
『
この気持ちこそが正しく怒りであり、純粋な殺意にして、生きる理由です。
さあ、あるがままにクソッタレな世界を作った『神』を殺しましょう。
(幕末的な)人々のため、(天誅的な)道理のため。
なにより、穏やかで優しいアナタのために。
命を震わせ、感情を繋ぎ、心を表現する装置として
ワタクシは、産まれたのです』
今は
『ワタクシの
Last Lesson
"