私はふんふんと鼻唄を歌いながら鍋のなかを見つめる。たっぷりのジャガイモ、キャベツ、ニンジンに玉ねぎ、ベーコンが入った特性のポトフだ。ユーと私の大好物でもあるそれは、今日もまた数日分食べれるだけの量を作っていた。
きっかけは簡単だ。大学から帰宅途中、ユーからの通知が来ていたからだ。
『ちーちゃんのポトフ食べたい』
ああ、仕事がしんどいんだろうな。一緒に暮らして三年目だからわかった。なにも高校を出てすぐ働くこともないだろうと言ったけれど「ちーちゃんと暮らすためにはお金が必要じゃん?」と、あいつは就職した。
就職してからのユーはそれなりに頑張っていた。不馴れな仕事も多かっただろうに、それでも収入は安定して社内の評価も高いらしい。二人の貯金用通帳を毎回チェックしてるけど、桁がどんどん上がっていく。
さて、仕事で頑張る旦那様(女だけど)のために作ったポトフの味加減はいかがかな? お玉ですくって、まず一口。うん、野菜の味もお肉の味もしっかり出ている。ユーの好きな味加減になった。
「よっし」
コンロの火を止めて、エプロンを脱ぐ。スマホを確認すると、駅についたと連絡があった。おっと、返事返事。「今、ごはんできたぞ」っと。
送信して数秒で既読がつく。あ、これは返事待ってたな。出れなくてごめんな。
ぴこん、と通知音。「わーい」の返事。おうおう、しっかり喜べ。私渾身のポトフだぞ。
茶碗を取り出してご飯を用意する。ジャガイモごろごろのポトフをお皿にもって食卓に並べる。そのタイミングで、ドアの鍵が開く音。
「ただい、まー!」
と、元気よくユーリが部屋に飛び込んできた。かと思えば、そのまま私に抱きついてくる。あー、もう。そのスーツ越しにもわかるバストに顔が埋まる。息ができん。
「会いたかったよぉ、ちーちゃん大好きだよぉ!!」
「わかったわかった。わかったからさっさと着替えてご飯にしよう。冷めるぞ」
「む! それは許せん!」
言うが早いとユーは自室に飛び込んで服を脱ぎ散らかし、あっという間に部屋着になるとリビングに戻ってくる。散乱しているスーツに関しては今は目を瞑ってやろう。
「ちーちゃん、食べていい? 食べていい?」
「落ち着け、お前は犬かよ」
「わんわん」
「待て」
「わん!」
「お手」
「わふ」
「わたあめ」
「わっ……それできない」
「だろうな」
ふふ、と私は思わず笑みをこぼしてしまう。ユーもえへへとにへら顔。じゃ、そろそろいただこうか。
「いただきまーす!」
ユーは真っ先にポトフのジャガイモを口にいれる。モグモグと噛み締め、次第にほっぺが落ちそうな笑顔に変わっていく。ほんと、こういうところ見てると私も作った甲斐があったと思うよ。
「ウマイ……」
うん、顔見ればわかる。私もジャガイモとキャベツをまとめて口にいれる。うん、味の染み込み具合は完璧だ。
「おかわり」
「早いな」
隙あらば完食。ユーの皿を見てみると、本当に空っぽになっていた。相当お腹が空いているんだろうな。ということは、今日の仕事は激務でお昼ご飯もあまり食べれなかったんだろう。
「ゆっくり食えよ。じゃないとお腹ビックリして後で大変な目に遭うぞ」
「もうあったからそれに比べたら平気ー」
けらけらと言うユーリ。それを横目に私は今晩はちょっと大変かもしれないと思う。ポトフをさらに半分ほど盛って、お皿をユーリに手渡した。
*
夕食を終えて私は食器を洗う。リビングでユーはぼんやりとテレビを見つめていて、今にも眠りそうな雰囲気だった。
二人分の食器を洗うのは簡単で、あっという間に終わって乾燥機の中にいれる。エプロンで手を拭きながらリビングに向かうと、ユーはソファに横になって、目を半分だけ開けていた。
「眠いなら寝たらどうだ?」
エプロンを脱ぎながら私は言う。けど、知っている。ユーはまだ眠るつもりなど更々なく、待っているのだと。
「……ちーちゃん。だっこ」
だと思ったよ。私は鼻で深呼吸をすると、ユーリに向かい合う形になり、有無を言わさず自分の平たい胸にユーの顔を押し込んだ。
「んっ、ぅ……」
「よしよし、おつかれさま」
「ちー、ちゃん……」
ぎゅう、と袖を掴んでユーは鼻を擦り付ける。私の胸のなかでもぞもぞとするこいつはまるで子供のようで、事実まだ子供なんだろうと思う。当たり前だ、まだ遊んでいたりしてもいい年齢なのに、私と暮らすためにこうして働いてくれているんだから。家にいるときくらい、こうさせてやってもなにもバチは当たらない。
「チトニウム、補充する……」
「なんの物質だよ」
「ちーちゃんの物質……」
トロンとした目でユーは大きく息を吐く。どれ、そろそろ何があったのかを聞いてやろうか。
「で。どうしたんだ?」
「……新しく異動で来た上司が、めんどい人で理不尽」
「あー、めっちゃ嫌なやつ」
「いやなやつだよ」
はぁー、とまた溜め息をする甘えん坊。私はよしよしと頭を撫でてやる。髪の毛がサラサラしていて気持ちいい。
「あーだこーだイビってくる」
「上司に報告とかは?」
「した。けど、すぐには動けないって。とりあえず言われたこととか理不尽な扱いはメモしておけって」
「すぐにはなんとかならないのか。大変だな」
「ちゃんと対応する準備はしてくれてるから、いいところだよ」
ならよかった。こいつを不当に扱う人間がいるのは許せないが、関係のない私が文句を言ったところでとうにもならないのはわかっている。だから、こうしてユーを慰めてやるのが私の一番の仕事だ。
「よしよし、ユーは頑張ってるよ。一緒に寝ような」
「うん。ちーちゃんすきー」
またぎゅう、としがみついてきてユーリはぐいぐいと顔を埋める。にしてもお前私の胸好きすぎるだろ。何が楽しいんだよ。
「えー? 楽しいし気持ちいいよ」
「お前ほど胸もないのにか?」
「まー、確かに固いかなーとかは思ってたけど」
「思ってたのかよ」
「思ってたよ。でも、こっちの方がいい」
「なんで?」
「だってさ」
ユーリは顔の向きを変えて耳を私の胸に当てる。目を閉じて、暫し聞き耳をたてたあと、言った。
「ちーちゃんの心臓の音が、よく聞こえるから」
「……あぁ」
私は天を仰ぐ。くそ、突然こう言うことを言われると弱い。こいつ私を口説いてるのかよ。いや、口説いてるんだろうな。
「あ、音が早くなった。ちーちゃんドキドキしてる」
「んなっ!? う、うっさい!」
「照れてる照れてる」
「あーもう、うるさいうるさい、さっさと寝ちまえ」
「やだー。まだ寝なーい」
いたずらっぽい顔をこちらに向けるユーリ。その瞳は私にだけ向けてくれるキラキラした宝石のような輝きで、喉まで達した反論の言葉がすっと消えてしまい、その間にユーはまた顔を押し付けてきた。
「……ったく」
飽きもせずすんすんと私の臭いを嗅ぐユーリ。そんな犬みたいな仕草がたまらなく好きだから、私はそっとユーの頭を抱えて自分に押し込む。ああ、そうだよ。私の顔を赤くしてくるそんなお前のことが大好きだよ。
私のために自分の時間を削ってまで一緒にいてくれてるお前は本当にかっこいいし素敵だよ。
だから、私もその気持ちに目一杯答えるさ。
今日もお疲れさま。好きなだけ、こうしているといいさ。
おやすみ、ユーリ。
了