少女終末旅行短編集   作:チビサイファー

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世界中への旅を生きがいにしたユーリとそれを見送るチトの話


名残

 

 

 

 響くアナウンス。行き交う人々の足音。始まりもあれば終りもあって、世界中の人々が一箇所に集まる特別な場所。

 

 私はこの場所がなんとなく好き。それこそ、旅が始まるって感じがしてワクワクする。

 

 でも、不安に思ったり、寂しく思うところもある。理由は、私の隣りにいる大切な女の子。

 

「ちーちゃん、そろそろ帰らないと電車遅くなっちゃうよ?」

 

 私の隣には、少しでも一緒に居たいと私にくっつくちーちゃんが居た。

 

 大学を卒業した後、ちーちゃんはしっかりと就職を決めて、私は旅に出るという夢をしっかりと叶えた。最初ちーちゃんはちゃんと食べていけるのかとか、危ない目にあったりしないのか、とかたくさん聞いてきた。それはもうしつこいくらいに。

 

 まぁ、それがちーちゃんの優しいところだっているのは知っているから、私は何回でも、やんわりと答えた。大丈夫だよって。

 

 それから何回か、私は日本と海外を行き来した。もうかれこれ行った国は二桁になる。歩いて、テント貼って、焚き火して、現地の人と交流して、そんな感じの旅を幾度となく繰り返した。

 

 そのレポート動画とか、旅で経験したことを本でまとめたりしたら、なんとびっくり、それなりに人気が出た。印税とか広告とかで資金も潤ったし、ちーちゃんも素直に褒めてくれたし、あれこれ大丈夫かどうか聞くこともなくなった。「もうお前はその手のベテランだから、私がとやかくいうことはないだろ」だって。かっこいい。

 

 でも。

 

 私が出発する時のちーちゃんは、いつだって甘えん坊になる。そうだよね、寂しいよね。もちろん私だって寂しいよ。本当なら、一緒に行きたいってすごく思う。

 

「……ちーちゃん、ちょっと歩こうか」

「……うん」

 

 ベンチから立ち上がって、私達はあてもなくフラッと歩きだす。今の時間は夜7時。私の飛行機の出発は夜9時だから、もう少し時間はある。

 

 私はそっとちーちゃんの手を握る。町中だと恥ずかしいからって少し嫌がるけど、今日は素直に指を絡めてくる。ぎゅ、と小さな手で精一杯私のことを握る。うん、わかってるよ。私も同じ気持ちだよ。だからそっと手を握り返す。

 

 エスカレーターを乗り継いで、私達は展望デッキにたどり着く。薄暗いデッキを証明が薄っすらと照らしでしている。その向こうに出発していく飛行機たち。私の乗る飛行機は目の前のだ。

 

「……次、いつだっけ帰るの」

「一ヶ月だね。動き次第ではちょっと遅くなるかも」

「そっか」

 

 きゅう、とちーちゃんの手の力が強くなる。それを握り返して、私は一歩前に出て歩き出す。ちーちゃんはゆっくりついてくる。

 

 デッキの端の方までついた。人の姿はなくて、私たちしかいない。

 

「ちーちゃん」

「なに……んっ!?」

 

 返事を聞く前に、私は自分の唇をちーちゃんに押し付けた。ちーちゃんが抱えている寂しさを受け止めるために。そして私の寂しさを知ってもらうために。

 

 ごお、と飛び立つ飛行機のおとが私たちの耳を包む。その音すら私たちは聞こえない。ただただ熱いその感触を味わうために、私は押し付ける。

 

 漏れる吐息、湿った唇が触れ合って水音が耳に届く。おかしいな、周りはうるさいのによく聞こえる。

 

 きっと、ここには私とちーちゃんしかいないんだ。

 

 ようやく飛び立つ飛行機のエンジン音が消えてから、私たちは唇を離す。人がいそうな場所で突然こんなことしようものなら、ちーちゃんはすぐ怒る。

 でも、今はただしおらしく顔を少し俯かせている。たぶん、顔赤いんだろうなと私は思う。

 

「……私も、寂しいよ」

「…………じゃあ行くなよ」

「んー、そうするのが一番だと思う。でも、どうしても行きたいんだ」

「私より世界の方がいいのかよ」

「違うよ。ちーちゃんが一番だよ。ちーちゃんに色々な世界を知ってもらいたいんだ。私の見た聞いた感じたすべてをちーちゃんに教えたい。そうすれば、ちーちゃんは忙しくても世界中に行けるからさ。私が世界になれば、ちーちゃんはもっと楽しくなれると思うし」

「……なに言ってるんだか。でも」

 

 ありがとう。と、今度はちーちゃんが背伸びをして私の唇を奪う。優しい、精一杯の気持ち。とてもあたたかい。

 

 すとん、とちーちゃんが離れる。さっきより短めのキス背伸びがきつかったかな? そう思っていたらちーちゃんが口を開く。

 

「この国は私とユーが一緒に暮らすには生きづらいんだろうな。お前のいっていた『今しか欲しくない』がよくわかるよ」

「でも、ちーちゃんの言ってた先の事も考えるって言うのも今ならわかる。それはとっても難しくて大変なんだってのも。ちーちゃんはすごいよ、未来が見える達人だよ。私の帰る家を用意してくれたお陰で、私は今をしっかり生きていける」

「お前は今を生きる達人だよ。私は時々未来ばかり見て今を見失いそうになる。でも旅をしているユーから連絡来たり、話を聞いたりすると今を取り戻せるんだ。ユーはいる。繋がってるって。お互いがお互い補えてるって、すごいことだと思うよ」

「じゃあ私たち、離れてもひとつの生き物だね」

「ああ。違いない。でも、本音を言うなら離れすぎていると……寂しいよ」

 

 とん、私の胸にちーちゃんは頭を置く。知ってるよ。全部分かる。爆発しちゃいそうな位寂しい。

 

 私はちーちゃんの頭をそっと撫でる。ちーちゃんが腕を回す。私も抱き返す。ぎゅう。ぎゅーっ。力一杯、痛いくらい体を抱き合わせる。

 

 ふっ、と耳元に息を吹き掛ける。びくっ、とちーちゃんは跳ねる。なにするんだ。そう言いたそうな目を向ける。その唇をまた私は奪う。

 

 ちらりとちーちゃんの顔を見る。目を閉じて、とろんとした目元になっていた。すると、ほんの少しだけ唇が開く。その瞬間を見逃さず、私は舌を滑り込ませる。腕の力が強くなる。かわいい。思わず頭を押さえつけそうになる。でも一応人がいつ来てもおかしくないので我慢我慢。

 

「っはぁ」

 

 唇を離すと、唇の周りが少し湿ってるちーちゃん。それを小さな舌でちろりと舐め回す。それが色っぽくてドキドキが止まらなかった。

 

 ぎゅ、とまたちーちゃんの手を握る。あいてて、力強い。たぶん怒ってる。精一杯のお叱りの言葉かな。

 

「ちーちゃん。ちゃんと戻ってくるよ」

 

 だから私は少しでもちーちゃんが安心するように言葉をかける。

 

「うん」

 

 たぶん、あと十回は言わないといけないかな。

 

 

 

 

 デッキから出て、私はそろそろ時間かなと思ってちーちゃんを送るために電車の改札口まで向かう。ちーちゃんはその間手を離さない。少しでも、少しでも長く私のことを感じていたいんだ。

 

 人の少なくなった改札前に着く。次の電車は10分後に着くみたいだ。

 

「気をつけて帰ってね。今からだと遅すぎないし」

「ああ。わかってるよ」

 

 いつもの口調でちーちゃんは答える。私は少しホッとする。辛そうなちーちゃんを見るのは私も辛いからね。

 

「じゃ、元気でね」

「おう」

「…………ん?」

 

 ちーちゃんの後ろ姿がいつまでも現れない。隣を見ると変わらないちーちゃんの姿。

 

「ちーちゃん?」

「…………やだ」

「え」

「やだ」

「ちーちゃん?」

「……やだよ。帰りたくない」

 

 私を見上げるその顔の目元に、涙が浮かんでいた。

 

「ユー……行かないでよ……」

「ちーちゃん……」

 

 だめだよ、そんな顔しないで。そんなこと言ったら、私我慢できなくなっちゃうよ。ほら、夜は危ないからもう帰ろうよ?

 

 ぎゅう、と手を握られる。ああ、ああ、だめだだめだ。握り返したら、ちーちゃん帰らなくなっちゃう。

 

「でもほら、ちーちゃんあと五分で電車来ちゃうよ」

 

 がばっ。ちーちゃんが私に思い切り抱きつく。声が上がりそうだった。心臓が飛び跳ねた。何もかもが吹き飛びそうだった。

 

 ちーちゃんは何も言わない。顔を挙げない。ただ私に回す腕の力を強めて訴えてくる。顔が見えない。いや、見せるつもりがないんだ。

 

「ちーちゃん……」

「…………ユー」

 

 しばらくじっとして、ちーちゃんは口を開いた。

 

「電車、もう間に合わない」

 

 時計を見る。電車の到着時間が15分伸びていた。

 

 ああ、やられた。

 

 ずるいよ……ちーちゃん。

 

 私はちーちゃんの手首を握ると、足早に歩き出す。目に入ったロッカールームに入ると、一番奥にちーちゃんを押し込む。

 

「ゆー、ぅ」

「ちーちゃん……ずるいよ」

「んんっ!」

 

 私は強引に唇を押し付けた。口の中が涎で溢れていて、それを舌に乗せてちーちゃんの口の中に押し込む。こくん、こくんと喉が鳴っている。私の舌をちーちゃんの下がぬるりと包み込む。

 

 口を開けて、ちーちゃんの唇のすべてを覆い尽くす。もみあげをかき上げて、頭を押さえつける。絶対に離さないように、強く強く押さえつける。

 口を開けて時々酸素を取り込んで、また唇を塞ぐ。ちーちゃんが私の口の中に舌を入れてきた。それを思い切り吸い上げる。

 

 

「んっ、んんっっ、っ、!!」

 

 可愛い声が溢れる。ちゅぱ、と舌を離すと唾液がちーちゃんの口元から溢れる。それを私は唇で吸い上げ、また唇を塞ぐ。

 

 わかってるよ。寂しいよ。私だって寂しいに決まっているよ。

 

 ちーちゃん。

 

 ちーちゃん。

 

 ちーちゃん。

 

 ちーちゃん、ちーちゃん、ちーちゃん、ちーちゃん……!!!

 

「っは、すき」

「ゆぅ……むっぅ」

「っはぁ……ちーちゃん……すき」

「すき……ゆー、っ」

「ちーちゃんっ」

 

 我慢してたのに。名残惜しくなるから、我慢してたのに。

 

 ちーちゃんに全部壊された。ばか、ばかばかばか。

 

 それで、それに甘える私も大ばかだ。

 

 ……止まらない……。

 

 責任とってよ。

 

 ちーちゃんの、ばか。

 

 

 

 

 結局それから私たちはもうしばらく二人きりの世界に入り浸っていた。その結果私は出発ギリギリにゲートを通ることになって、ちーちゃんの帰りは日付が変わる前ギリギリになりそうだった。

 

「空港のカプセルホテルにでも泊まるさ。私がわがまま押し通したんだし」

「なら、安心かな。あれ、ってことはちーちゃんまさか最初からこうするつもりだったの?」

「別れはロマンチックな方がいいだろ?」

「うーわ!! うーわずっる!! ちーちゃんずっる!!」

「いつまでもやられてばかりだと思うなよ?」

 

 にひひ、といたずらっぽい笑みを浮かべたちーちゃん。あー、これは私も仕返しを考えないと。負けっぱなしは悔しいからね。

 

「……ほら、時間だろ。今度こそちゃんと見送るから」

「……さっきと立場逆じゃん」

「細かいことは気にすんな」

「ぶーぶー」

 

 口を尖らせる私。それをニヤリと見つめて、ちーちゃんはクスクスと笑って私も笑う。それからどちらともなく私達は抱き合った。

 

 最後に顔を見合わせ、私達は唇をそっと重ねる。次に味わえるのは一月後。きっといろいろ爆発しちゃうんだろうな。

 

 でも、それもいいかもしれない。いつか本に書いてやるのも面白いかもね。

 

 さて。帰ってきたときのロマンチックな再会はどう演出しようかな。そんな事を考えながら私はちーちゃんから唇を離す。ちーちゃんは、踏ん切りがついた顔をしていた。

 

「行ってらっしゃい、ユーリ」

「行ってきます、ちーちゃん」

 

 すぅ、と手が離れる。私はゲートに向けて歩き出す。途中、何度も何度も振り返る。ちーちゃんはそのたびに手を振ってくれる。私も振り返す。

 

 お互いの姿が見えなくなるまで、何度でも私達は手を振り返した。

 

 

 

 

 

 了

 

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