少女終末旅行短編集   作:チビサイファー

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ちーちゃんがユーリのためにちょっと頑張りすぎる話


バースデイ・イヴ

 

 

 私は悩んでいた。恐らく、人生で最も悩んでいるに違いない。それもいくら考えてもいい答えでないような、大問題にぶち当たっている。なんども飛び越えたり突き破ろうと、己の蓄えた知識すべてを総動員して立ち向かおうとした。

 

 しかし、無惨なことに私の思考と言う努力は、その全てが無に帰すという苦行をかれこれ数十回繰り返す羽目になっていた。

 

 もう時間がないのに。急がなきゃいけないのに。私は悩み、焦り、頭を抱える。

 

 こうなってしまった原因は、まぁこのてのSSを読んでいる人ならすぐに思い当たるし、それは私の中でも同じなことで。ほぼほぼ人生を共に過ごした女、ユーリが原因であった。

 

 

 

 

 遡ること数か月前だった。

 

「ちーちゃん、誕生日おめでとう!」

 

 そう言って、ユーは大学生になってはじめて迎えた私の誕生日を祝福してくれた。ああ、ありがとう。私は毎日の挨拶のように返事をする。お互いの誕生日の時は、学校帰りケーキ屋さんとか行ったりして、それなりにおしゃべりして、遊んでから帰宅するのがいつもの私たちだった。

 

「じゃ、いつものケーキ屋さん行く?」

「ううん。今日はちーちゃんの家で祝おう! ケーキはお持ち帰りだ!」

 

 なんだ珍しいな。いつもならふにゃりと承諾して外に出るのに。そう思いながらも、私はたまにはこんなのもいいかと考えて、二人で学校を出た。

 

 しかし、途中ユーはケーキ屋さんに立ち寄ることはなかった。おい、買わないのか? そういうと「いいからいいから」と、ユーは私の手をやや強引に引っ張って私の家に向かう。

 

「よし、間に合った」

 

 私の家につくなり、ユーは郵便受けをチェックする。いやまて私の家だぞ、なにしてんだ。

 

「いいからいいから、ちーちゃんドア開けて」

「なんなんだよ全く……」

 

 渋々私はドアを開けて中に入る。ユーもぬるりと入り込む。結局手ぶらの帰宅だけど、何がしたいんだこいつは?

 

「ちー、ちゃん!」

 

 と、ユーがご機嫌で私を呼ぶ。はいはいなんだよと私は振り替える。

 

「はいこれ。誕生日おめでとう」

 

 そう言ってユーは私に小さな小箱を差し出した。思わず私は目を剥き、ユーをみる。へへ、とユーは笑みを浮かべている。

 

「今まではケーキ屋さん行くくらいしかできなかったけど、もう大学生だし、バイトも始めたからね。ちーちゃんにプレゼントをどうしてもあげたいって思ってたんだ」

 

 驚いた。それはもう驚いた。今までこんなことユーにされたことなかったし、こいつが考えていたなんて思いもよらなかったからだ。胸の奥から沸々と沸き上がる嬉しさ。気づけば私は口を押さえている。

 

「開けてみてよ」

 

 緊張しながら、私はその小箱を手に取り、開けてみる。中には可愛らしいネックレス。しかも何やら宝石のようなものがくっついてる。

 

「ちーちゃんの誕生石だよ。悪いものが憑かないようになるんだって」

「おま……でもこれ、こういうのって、結構高いんじゃ……!」

「高かったけど、ちーちゃんのためなら全然平気だよ」

 

 またにへら、とユーは笑って見せた。悔しい。こいつにこんなに感動させられるなんて。

 

 すると、今度はインターホンが鳴る。ユーは「お、きたきた」と言ってドアを開ける。来たのは宅配業者。ユーはさっさと受け取りのサインをして荷物を受け取り、リビングに来るように促す。

 

「それでもって、これもプレゼント!」

 

 そう言ってユーが荷物を開けると、中から丸々大きなケーキが出てきた。しかもプレートには「ちーちゃん、誕生日おめでとう!」と書かれている。

 

「お前……だから家に……」

「さぁ! 今晩はちーちゃんとのパーティだ!」

「……ったく、おまえ、人の家で、なに勝手に計画してるんだよ……!」

「あれ、ちーちゃん泣いてる?」

「泣いてねぇよバカ!! 全部食うぞ!」

「わ、それは困る。でも食べる前に乾杯しようよ!」

 

 と、そんな感じでユーは盛大に私の誕生日を祝ってくれたのだ。それが数か月前のことであった。

 

 

 

 

 そして現在。私はある意味、その誕生日のサプライズで大いに悩まされていた。なぜなのか。

 

 ユーの誕生日プレゼントを、何も考えられていなかったのだ。

 

 もちろんこの数ヵ月なにもしなかったわけではない。毎日どうやったらユーが喜ぶか、何を渡したら喜ぶか、色々なものを徹底的に考えた。

 

 それでだ。何も浮かばなかったのだ。

 

 これほど苦しいことはない。あいつとは長い付き合いだが、いざプレゼントを渡すことを考えると何も浮かばないのだ。高校まではケーキ食べて、プリクラ撮ってとか、まぁささやかながらの手作りのプレゼントとかお菓子とかは渡していた。

 

 でもだ。私は毎日首にぶら下げている、ユーからもらったネックレスに触れる。

 

 こんな素敵なものを渡されたり、渡したこともなかったのだ。少しばかり意地悪なことをいってしまうが、私はユーよりも成績はいいし、知識もある人間だと思っていた。

 

 だが、今回ばかりは私が蓄えた今までの知識すべてを使っても、頭が冴えることがなかった。ユーの好きなものは? それを渡せばいいじゃないか。どっきり? よし、同じようなことをしてやろう最初こそそう思った。

 

 けど、それだと何か違う。私も、ユーにされたみたいなサプライズを、ユーにしてやりたい。それだと同じだったり、予想できるものだとつまらないのではないか? そう思ってネット、本、テレビ、色々なメディアの情報を仕入れまくった。ああそうだ、その手の知識は大いに頭に叩き込んだ。

 

 にも拘わらず、私はユーに何をあげたらいいのかすら決まってなかったのだ。聞いて驚け、ユーの誕生日は明後日。明後日なんだぞ!? なのになぜ私は何もできていないんだ! ユーにできて、なんで私にはできないんだ!?

 

 そんな葛藤が、数ヵ月前から続いているのだ。最近はついに眠れなくなったし、このままだといつかノイローゼを起こしそうだ。

 

「ちー、ちゃん! おまたせ!」

 

 学内の正門前、遅れてきたユーが満面の笑みで現れる。

 

「ああ。遅かったな」

「ちょっと教授に捕まっててね。このままだと単位ヤバイぞーって言われた」

「授業サボるからだろ」

「授業なんて、生きる邪魔だぜ」

 

 ちょいちょい、とユーは私のお下げで遊ぶ。

 

「邪魔なら大学なんて入らなくてよかったろ……」

「ちーちゃんと一緒じゃなきゃつまんないもん」

「あ、そ」

「阿蘇山」

「座布団ゼロな」

「つらい」

 

 表向き平静を保ちつつ、私はユーに探りを入れる。一応これでも入れているつもりだが、こいつに渡すプレゼントの候補なんかこれぽっちも浮かんでいなかった。ユーの前以外では自分でも分かるくらい落ち着きを失い、焦っている。いつユーの前でぼろが出るのか、正直緊張しっぱなしだった。

 

「――それでねー、イシイがちくわ大明神だったってわけ」

「そうか。それは驚きだ」

「ちーちゃん信じてないでしょ?」

「もっと説得力ある話をしろ」

「本当なんだもん!」

 

 ええい、こんな会話をしたいんじゃないんだ。いや、楽しいけど、私が一番欲しいのはユーの情報なんだ。ユーが喜ぶもの、驚くこと。私はそれをこいつに与えたい。

 

 ユーがくれた、あの幸せを。

 

 

 *

 

 

 翌日。名案、浮かばず。私は一睡もできずに布団から起き上がる。ああ、自分でもよくわかる。ひどい顔をしているに違いない。よろよろしながら洗面所に行く。鏡に写る自分の顔。何人かの人間を殺してきたような死んだ目をしている。

 

「……っあぁ」

 

 蛇口を捻って水をだし、頭から被る。紙が濡れてもシャツが濡れてもなにも関係ない。ただ自分の不甲斐なさと記憶を消したくて仕方がない。

 

「っっぁあああ、ああああ……」

 

 なんでなんでだ。ああもう、なんだこれ、ワケわかんない。なんで私こんなに悩んでるんだっけ。なにもかも分からない。忘れたい。逃げたい、帰りたい。

 

 頭は混乱しているのに、それでも私は律儀に学校へ行く準備を進める。気づけば軽いメイクも終えていた。でも、やっぱり目は死んでいる。もういいや、どうでも。ユーのとなりにいればあいつのルックスの方が目立って私の方にはなにもいかないだろう。

 

部屋のドアを開けて、鍵を閉める。家の敷地からでると、ユーが待っていた。

 

「ちーちゃん、おっはよー」

「……うん」

「ちーちゃん、顔やばくない? 何人か殺してるよそれ」

「昨日カナザワを殺った」

「マジで!?」

「うそ」

「マジか」

 

 るんるんと陽気に歩くユー。会話が一段落して私の頭の中はまた自己嫌悪へと沈んでいく。ああ、今日は日差しも強いから頭が全くまとまらない。

 

「あ、ちーちゃん。明日私の誕生日だけどさ。どうする、ケーキ食べに行く?」

 

 その言葉は、まるで口の中に腐りきった生魚を口に押し込まれたかのような衝撃だった。

 

 誕生日。

 

 なにもできてない。

 

 ユーが、先に言って私は何も言えない。考えられてすらいない。

 

 もしかして、ユーが気を使ってそういったのか?

 

 あ。

 

 あ、あああ

 

「ちーちゃん?」

 

 やめて。

 

 やめて。

 

 ごめんなさい。

 

「ちーちゃん、どしたの? 調子悪い?」

 

 ごめん、ごめんごめん。

 

 なにも、できなくて

 

 ごめん、ユー。私は、私は何もできない、お前の誕生日一つ祝うことができない。

 

 やくたたずだ。

 

「うっ……っお、えぇええええ!」

「ち、ちーちゃん!!?」

「っぐ、おぇっっぁあ、あああ」

「ちーちゃん、ちーちゃんしっかりして!」

 

 目がぐるぐるする。ユーの声がする。ごめんなさい、ごめんなさい。

 

「ちーちゃん動ける? ほら、捕まって」

 

 眼の前に広がるユーの顔。何かを言う彼女の声。それはもう、私の中では言葉として認識できないものとなっていた。

 

「家に戻ろう、歩ける? ちーちゃん、聞こえる?」

 

 遠く、遠くに消えていく。

 

「ごめんね、鍵開けるよ。ほらしっかり!」

 

 でも一番消えたいのは

 

「ちーちゃん」

 

 消えたいのは私だ。

 

 もう、このまま。

 

 消えて、なくなってしまいたい。

 

 

 

 

 次に目が覚めたとき、私は自分の部屋のベッドにいた。一瞬、さっきのは夢だったのかと思ったけど、枕元に居たユーが私を覗き込んだことで夢じゃなかったということを実感させられた。

 

「ちーちゃん、起きた?」

「……ゆー」

「具合どう? あれからしばらく寝てたんだよ。眠れてなかったの?」

「…………」

 

 情けない。情けない。情けなさ過ぎて涙が出そうだ。私は布団を頭までかぶる。ユーは気にしていないように言葉を続けた。

 

「とりあえず勝手に部屋の鍵借りちゃったけど、ごめんね。飲み物とかここにあるけど、食べたいものとかある?」

「……いらない」

「最近調子悪かったりした?」

「…………」

「もしかして、私の誕生日のこと考えてくれてたの?」

 

 本当に鋭いやつで嫌になる。いや、でも冷静に考えたら、ユーが誕生日のことを口にした瞬間ああなったのだから、子供でもわかることだろう。

 

「…………」

「そっかー。つまり、考えていたはいいけど何も浮かばなかったから、こう、いろいろドバッてきた感じかな」

 

 私は布団からほんの少し顔を出してユーを見る。優しい笑みを浮かべた碧い瞳が私を見下ろしていた。

 

「…………うん」

「へへ。もぉ、そんなに深く考えなくてよかったのに」

 

 ユーは私の額に手を置いて、優しく撫で回す。なんだよ、なんでそんな優しいんだよ。

 

 私はお前の誕生日一つ祝ってやれないバカだっていうのに。

 

「そんなことないよ。ちーちゃんは私のために毎日毎日頑張ってくれてたんだよね。ほら、机の上のメモとか」

「うっ……見たのか」

「ごめんね、見るつもりはなかったんだ。でも、こんなにちーちゃんが私のために考えてくれてたんだってすごくよくわかって、すごく嬉しかった」

 

 くしゃり、とユーは私の頭を撫でる。その手の仕草が今までにないくらい優しくて、私はまた少し惨めになった気分になる。

 

「……いくら頑張っても、何もできなかったら意味もないよ」

 

 ユーは何も答えなかった。そのかわり、頭に置いていた手を頬にそっと滑らせてきた。

 

「じゃあ、私が欲しい誕生日プレゼント教えてあげるね」

 

 するとユーは私の頬を両手で添え、あっという間に顔を近づけてきて私に口づけをする。一瞬何が起きたか分からなかった私は、少しの間ユーのされるがままとなってしまい、自分がさっき嘔吐したことに気がついてユーを突き放そうとしたのは、ユーが唇を離した直後だった。

 

「ユ、ユー! だめだ、そんな、私さっき吐いて……、んむぅ!」

 

 言わせないと言わんばかりに、ユーは続けて私の唇を奪う。しかも今度は舌をねじこんできた。やめろ、だめだ、汚いぞ。変な臭いだって残っているかも知れないだろ。やめろよ、ユー!

 

 私はユーの手首を掴んで必死に引き離そうとする。そんなことは関係ないと、彼女は押し込んだ舌で私の上歯を、下歯を、奥歯を、舌をねっとりとなぶる。それがたまらなく気持ちよくて、私は押し返す力が小さくなっていく。

 

 やがて私の手は枕元に力なく落ちる。その落ちた手を、ユーがそっと握りしめて指を絡める。

 

 っ、あぁ。

 

 ほんと、ずるいやつだ。

 

 ぬるり、と口の中から舌が抜けて、ユーが顔を離す。いつの間にか離れていくことが寂しくなってしまった私は、その様子を悟られまいと、目をそらした。

 

「……臭い、きついかも知れないのに」

「全然そんなことなかったよ」

「いつも、不意打ちばかりしやがって……」

「ああしないとちーちゃん落ち着かないでしょ?」

「今まで大真面目に考えてきた自分が……馬鹿みたいじゃないか」

「え、ちーちゃんバカじゃなかったの?」

 

 てめぇこのやろう。抗議の目を向けて一つ拳を振り上げる。しかしユーは腰に手を回し、頬に手を添えたと思ったらあっという間に私の唇を奪っていった。つー、と混ざった唾液が離れた唇と一緒に糸を伸ばす。またやられた、悔しい。このまま何もできないのは不満でしかなかったから、私は小さな文句を一つ投げつける。

 

「…………ずるい」

「へへへ」

「褒めてねぇよ」

 

 にへら、と笑いながらユーは額をくっつける。あ、ちょっとひんやりして気持ちいい。

 

「じゃ、改めて私の欲しいもの教えてあげるね」

 

 すりすり、とユーは額をこする。子猫のように。

 

「私は、いつもどおりの元気なちーちゃんが欲しいな。だから、早く元気になってね」

「…………ありきたりの甘々ベターなプレゼントだな」

「だってほしいもん。ゲロ吐き散らかすちーちゃんは見てても心臓に悪いよ」

「ぐ…………わかったよ」

「えへへ、嬉しい」

 

 ユーは体を起こすと満足そうな笑みを浮かべる。あーもう、笑顔が満点なのがちょっとムカつく。

 

「今日はしっかり休んでね。私もずっといるから」

 

 碧い瞳が私をじっと見下ろす。その中に映る私はどんな顔をしていたのかよく見えない。いや、認識していないのほうが正しいかも知れない。

 

 ただ、気づけば私はその瞳に吸い込まれるように体を起こしていて。

 

 でもちょっと力が入らなくて、体が倒れそうになって。

 

 ユーがそっと私を抱きとめて、見つめ合って。

 

 もう一度だけ、唇を重ねた。

 

 

 

 

 了

 

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