少女終末旅行短編集   作:チビサイファー

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ちょっと変化球を投げてみたくなりました


思考拒否

 

 

 

 チトとユーリは驚愕していた。幾度となく不思議な物、現象に遭遇してきた二人だったが、今回ばかりは各が違った。

 

 二人が唖然と見るその先に、一人の少女がいた。ついさっきまで、そこに人間はいなかった。代わりに、ラジオを介して自分達とコミュニケーションのできる不思議な生き物、『ヌコ』がそこにいたはずだった。

 

 そのヌコがいた場所から、白くてもちもちした不思議な生き物は消えていた。しかし、代わりに少女がそこにいた。つまりそれから考えられることといえば? ユーリの単純な思考回路が、結論を簡単に導きだした。

 

「ヌコが人間になっちゃった!」

 

 

 

 

 事の発端は数十分前。いつものようにケッテンクラートで旅をしていたチトとユーリ、そしてヌコは電源の生きていた施設を発見し、その中へと探索に向かった。

 

「なんか、変なところだね。謎の石像がいっぱいある」

 

 ユーリが辺りを見回すと、大小様々のあの石像が並んでいた。立体物から絵に描かれたものまで多種多様。あるものはその石像の絵の回りに、様々な文字が書かれて設計図のようになっているものまであった。

 

「不気味だな。寺院とはなんか違う感じがする。まるでこの神様を調べてるみたいだ」

 

 机の上に置かれていた石像をちらりと見て、次に壁に張られた石像の絵を見てチトは言う。どれもこれも古代の文字ばかりで、解読するのは難しそうだった。

 

『ココ……ソンナニスキジャナイ』

 

 と、ラジオから声。ユーリのリュックからヌコが顔を出していた。

 

「ヌコにも嫌いなんて物あるんだね」

『アマリスキジャナイ。イレナイコトハナイ』

「へんなのー。なかに入っててもいいよ?」

『ヌーイー』

 

 と、ヌコはリュックからにゅるりと出てくると、ユーリの首に巻き付く。こちらの方がいいらしい。ユーリがよしよしと頭を撫でてやる。

 

「ん?」

 

 そうしているうちに、二人はやや広目の部屋に到着する。ランタンで辺りを照らしてみると、何やら透明なカプセルなようなものが並んでいた。

 いずれもガラスは割れ、使えなくなっていたが、人一人が入るには結構大きいものだった。

 

「なんだろうね、ここ」

「どうも見た感じ、研究所って言うやつかもしれないな」

「なにそれ?」

「色々な物事を調べたり実験したりするところだって、本に書いてあった。そうして人類は発展してきたんだって」

「へー。イモ研究でもしてたのかな」

 

 くんくんと周囲を嗅ぎ回るユーリ。そんなわけ無いだろうとチトは嘆息する。

 

「だったら今までとおってきた道にはイモの絵くらい置いてあったろう」

「石像型のイモかもしれない」

「なんの意味があるんだよ、それ」

「面白そう」

「面白そうか」

 

 終わりが見えそうになかったので、チトは追求をやめる。相変わらずユーリはくんくんと嗅ぎ回っており、食べ物の気配を探る。

 

「まぁ、見たところ燃やせる紙がいっぱいあるから、それを回収しよう。焚き火に困らなくて済む」

「はーい」

 

 二人は手分けして机や床に散乱している書類を集める。よほど必死に研究していたのだろう、紙に関してはしばらく困らない量が散らばっていた。

 

 そのいずれも読めない古代文字が書かれている。そして添えられるように描かれたあの謎の石像。これは一体なんなのだろうかとチトが思考をしようとしたときだった。

 

「お、なんだこれ」

 

 ユーリが机の上でなにかを見つけた。チトがつられて声のした方を見ると、ユーリが瓶に入った液体を眺めていた。

 

「ちーちゃんなんか見つけた」

「瓶、か。開けてないな」

「もしかして飲み物かな。この前のびうだったりして」

「いや、それにしたって飲み物を入れるような見た目じゃないだろう」

 

 チトはランタンを近づけて液体を見てみる。緑色で、どう見ても人体には有害そうな物質だった。

 

「だめだだめだ。こんな色の飲み物なんて飲んだらお腹壊して死んじゃうよ」

「えー、飲んじゃダメ?」

「命の保証はしかねる」

「ちぇー。まぁいっか」

 

 ユーリも対して興味はないようだったので、あっさりと瓶を机の上に置こうとしてしかし。薄暗い手元のせいで机の位置を見誤り、瓶を落としてしまう。

 

「うわっと」

 

 パリンと音を立てて、ガラス瓶は割れる。中から緑色の液体が流れ出て床に広がってしまった。

 

「わ、おいユー大丈夫か?」

「あ、うん大丈夫。落としちゃった」

 

 相違って二人は地面に落ちた液体を眺める。やはり見たことの無いような緑色で、体にはいるものとは思えなかった。

 

「まぁ、飲めないんじゃ仕方ないし、割れちゃったものはもう仕方ないだろう」

「そだね」

「とりあえず次の部屋に行こう」

 

 と、チトが提案したときだった。

 

『ヌーイー』

「あ、ヌコ!」

 

 ユーリの首に巻き付いていたヌコがするりと地面に降り、とてとてと歩いてこぼれた液体に近づく。

 

『ペロペロ』

「あ。ダメだよヌコ、いくらヌコでもそんな色のもの飲んだらお腹壊すよ?」

 

 ユーリがそう忠告した、直後だった。

 

 ぼんっ! と音を立てて白い煙が立ち上がり、二人が驚嘆する間もなく煙は周囲を包み込む。煙特有の息苦しさが二人を襲いけほけほと咳き込む。煙は思いの外早く消えていった。

 

「けほっ、ちーちゃん大丈夫?」

「あ、ああなんとか……一体何が起きたんだ?」

 

 二人が煙の発生源である、ヌコがいた方を見たときだった。

 

「……だれ?」

 

 目の前に、真っ白なロングヘアーの小さな女の子がちょこんと座っていた。

 

 

 

 

 そうして冒頭へと戻る。目の前のヌコ(?)は目をぱちくりとさせながら辺りを見回す。まだ自分の身に何が起きたかいまいち理解できていないようだった。いや、それはチトとユーリも同じことで、チトは思考をやめたがっている脳をどうにか再起動させて、ユーリに答える。

 

「いや、待てユー。確かにヌコがいなくなって、代わりに小さな女の子が現れたからといって、この子がヌコだとは限らないし、第一人間以外の生き物が人間になるなんて聞いたことがないぞ……」

「じゃあヌコに聞いてみようよ。おいヌコ! お前はヌコなのか!」

「……ヌコ」

「ヌコだって」

「いやいやお前の言葉を繰り返しているだけかもしれないだろ」

「ヌコ、ダッテ」

「なんかこのやり取り前もしたような気がするぞ」

 

 チトはユーリからヌコへ目線を移す。自分達よりも小さく、くりくりした目。チトも見たこと無いような美しく、長い銀髪。雪のように白い肌。確かにヌコっぽいかと言われればそうだとは思うが、にわかには信じられないのが本音だ。

 

 が。現に自分達が知っているヌコがその場から消え、同じ場所にそんな感じの人間が現れたら、その仮説を信じるしかないのもまた事実。

 

「……へくちっ」

「……とりあえず、服を着てもらおうか。裸じゃ寒いだろうし」

 

 チトは自分のコートを脱ぎ、目の前に現れたヌコに袖を通してやる。その際肌に何度か触れたが、はりのいい、もちもちした肌だった。それに体温もある。少なくともこの少女は生きている人間であることは間違いないだろうと結論付けた。

 

 

 

 

 しばしの探索の後、火が焚ける広目の部屋を見つけ三人。道中小さな子供向けらしい衣服を見つけたのでヌコに着せてやる。これとチトのコート、それに燃やせそうな紙や布を見つけたから、ここで休もうと言うことになった。

 

「私の名前は?」

「ユー」

「こいつは?」

「チト」

「じゃあこれは?」

「たま。ろくてんご。にじゅうたべてぇ」

「ちーちゃんやっぱりこいつヌコだね」

「そう、らしいな」

 

 焚き火をし、食事をとったあと改めてヌコの体を確認してみた。五感あり、呼吸あり。空腹もあり。喋ってみるとラジオは必要なく、ちゃんと声帯から声が発せられていた。やはり間違いなく人間である。加えて行った質疑応答。自分達が交わした会話に全て返答し、間違いなくヌコであることが立証された。

 

「不思議な事もあるもんだねー。ヌコ人間になったらこんな感じになるのか、おーよしよし」

 

 ユーリに後ろから抱き締められ、頭を撫でられるヌコ。目を細めて心地良さそうにしている。その仕草、確かに荷台で撫でられて喜んでいるヌコそのものだった。

 

「しかしまったく理解できない……ヌコが人間になるなんて」

「もともと隠されていた能力だったのでは?」

「いや、どう考えてもあの変な液体のせいだろう……どういう仕組みでこうなったのか……」

「まぁほら、私たちの回りよくわからないものだらけだし、あんまり考えても意味ないんじゃない?」

「いや、まぁそうかもしれないけど……」

 

 どうにかこの不思議な現象を信じるに至れたチトであったが、この先をどう過ごしていくかまではまだ思考できそうになかった。目の前の現実だけで頭がいっぱいいっぱいである。そんなチトを知ってか知らずか、ユーリはヌコのほっぺに頬擦りする。

 

「んはー、やわらけぇ。小さい子供ってこんなにほっぺもちもちなんだね」

「ぬーいー」

「あんまいじめんなよ。って、またこんなことしてたな……」

「じゃあついでに歌っておく?」

「やだ」

 

 どうせ下手だって言われるのが落ちだろうにとチトは日記を取り出す。ひとまず今日起きたことを文でまとめてみたらなにか新しい目線になるかもしれないと思ったからだ。頭の整理は重要である。

 

「んー、ヌコあったかいなぁ」

「ユーもあったかい」

「おおそうかそうか、嬉しいぞぉ! 抱き締めると柔らかいし、今日は一緒に寝ようなー」

「ぬー」

 

 よしよしと撫でられて目を細めるヌコ。どさくさに紛れてユーリの胸にほっぺを埋めている。それはもう、とても幸せそうな表情だった。

 

「…………」

 

 それを横目に見るチト。なんだろう、人間になる前のヌコとは普通に行っていたスキンシップだったが、今はなんだか胸がモヤモヤする。なにかつまらない感じ。しかし上手いこと感情の表現ができなくて、日記を書こうと筆を走らせる。

 

『今日は不思議な建物を見つけた。寺院の神様たちがたくさんある。でも、寺院とは全然違う。まるで調べているみたいなところだ』

 

 と、チトが日記を書き連ねている間にも、ヌコとユーリが楽しそうにじゃれあう声が耳に入る。

 

「ぬーいー」

「ヌコっていい匂いするね。疲れきった心が癒されそうだよー」

 

 ったく、人の気も知らないでなにが癒しだ。荷台に座って寝ているだけのくせに。チトは話を聞き流そうと再び日記に意識を向ける。

 

『幸い紙や布がたくさん見つかって、火をおこすのにはしばらく困らなさそうだ。でもその途中でヌコが変なのを飲んで人間になってしまった』

 

「ゆー、つかれてるの?」

「あはは。例えだよ例え。でもまぁ疲れてなくても癒されるのはいいことだしね。ほっぺもっちもちー、やわらかーい」

 

『ヌコが人間になってからユーとずっとくっついてる。私たちよりも小さい子供の姿になったから、ユーが面倒を見ている。ヌコがすごく甘えている。ほっぺ触ったり触られたり、ユーの胸に顔を突っ込んだり匂いを嗅ぎあったりしている』

 

「もしヌコがこのまま人間だったら、成長とかするのかな。私みたいに背が高くなるといいね!」

「なにごとも、ほどほどがいちばん」

「おおー、ちーちゃんみたいなこと言うね! きっと賢くなるんだろうなぁ」

 

『なーにが賢くなるだ。脳みそ空っぽで頭のネジ何本か外れてるお前が言えたことかよ。て言うかお前ら距離近いんだよ、なにユーリのコートにくるまっているんだ』

 

「今日は一緒にねようなー。すごくよく眠れそうだ」

 

『ああそうかよ、好きにしろ、私は一人寂しく隅っこで寝ていてやるよ』

 

「ゆー。ちゅっ」

「おお、ほっぺにチューされちゃった。ヌコったら大人だなぁ」

 

『はぁ? 本当に何してるんだよお前ら。ほっぺにチューなんて誰だってできるだろ。て言うかなにまんざらでもない表情になってんだよユー。ああもう、本当に------』

 

 ぱきっ。筆の新がおれる音がして、チトははっと我に帰る。自分は何を? 手元を見れば、いつの間にか異常なまでにペンを強く握っている自分の手があった。

 

 その次に日記に目を落とす。そこには日記とは言いがたい自分の感情が殴り書きされたなにかがそこにあった。

 

 それを見てチトは理解した。

 

 自分は、ヌコに嫉妬しているのだと。

 

「……な、なんだよ。ばかみたい」

 

 急に頭が冷やされて、チトは日記を閉じてリュックに入れようとする。いやまて、中身を消した方がいいか? しかし、どうせユーリは文字が読めないから気にしなくていいだろうと思い直し、そのままリュックに放った。

 

 水を飲んで頭を冷やそう水筒を取り出し、一口。ひんやりと冷たい液体が喉を通り、胃袋へと落ちる。ちょっとだけ思考がまとまったような気がした。が、水が紙を濡らしていくかのようにもやもやとした感情がチトを再び包み込む。

 

「チト」

 

 そろそろ聞き覚えた幼い女の子の声。チトが顔を上げると、ヌコがじっとチトの事を見下ろしていた。

 

「ヌコ……なんだ、どうした? ユーは?」

「ねた」

 

 ヌコが指差し、その方向に目を向けるさっきまであんなにはしゃいでいたのに、ユーリは大口を開けてぐーすかと眠っていた。まるで燃料切れだな。チトがそう思っている間に、ヌコが隣に座る。

 

「ったく、散々騒いであっさり寝やがった。ヌコ、お前もそろそろ寝るんだぞ」

 

 荷台に置いてある毛布を取り出そうとチトが立ち上がろうとする。しかし、ヌコが次に発した言葉でチトの行動は強制的に停止させられることになった。

 

「チト、しっとしてる」

「なぁっ!?」

 

 チトは声がひっくり返るのを押さえられなかった。見てくれは自分達よりも一回り以上小さい子供に自分の心境を言い当てられたのだ。すぐに「違う!」と言葉を口に出そうとしたチトだったが、「ユーリをとられたくない」と叫ぶ自分がそれを遮り、否定の言葉を口にすることはできなかった。

 

「いや、別にそんなつもりは……それに誰が誰の物かなんて、決まってないし……」

「ヌコは、ユーといっしょにいたい」

 

 ずしっ。なにかが重く刺さってくる感覚。ああ、そうだろうよ。ヌコに言葉とか教えたり、ご飯あげているのは全部ユーだもんな。チトは口には出さない。出さないが、頭のなかで精一杯ユーリを取られないようにと抵抗する。いつヌコがユーリがほしいとか言い出してもいいように、どう答えるのかを頭のなかでシミュレートする。

 

「でも。私は、チトが一番欲しい」

 

 だから、ヌコが次に発した言葉に対応する準備はまったく整っていなかった。

 

「へぇあっ!? な、え、それってどういう……?」

 

 思わずチトは腰を抜かし、上体が倒れそうになるのをどうにか腕で踏ん張った。

 

「そのままの意味。私は、チトが欲しい」

 

 チトはヌコの発する言葉が流暢になっていくのに気がつき、ヌコの顔を見る。邪念も何もない無垢な黒い瞳が、チトのことを真っ直ぐ捉える。人間と同じものであるはずの瞳なのに、目が離せなかった。まるで、逃がさないように頭を誰かに押さえつけられているような感じだ。

 

「そ、そうか……いやでもまて、言っただろ。誰かの物になるとかどうとかじゃないって!」

 

 思考回路が働かないチトは、どうにかして言葉を発する。今の彼女にはこの言葉を投げ掛けることしかできず、そしてヌコがそれを想定内に納めていた事に気づくわけがなかった。

 

「チトが私を連れていこうって言ってくれたとき、嬉しかった。抱っこしてくれて嬉しかった。チトの頭の上が好き。でも、ヌコはヌコだからユーみたいに一緒にいれない。だから嬉しい」

 

 ヌコがゆっくりと近づき、チトの目の前にまで顔が迫る。顔立ちは幼いのに、表情はまるで全てを包み込む聖母のように柔らかく、暖かい笑み。チトは唾を飲み込んでしまう。声が出せない。自分の変なテンポの呼吸音しか聞こえない。

 

「チトはいっぱい考える。いっぱい頑張ってる。私をつれていくこともいっぱいいっぱい考えてくれた」

 

 その『欲しい』って一体どういう意味なんだ? 所有される? 持ち歩かれる? いや、ヌコはそう言いたいわけではなさそうだった。目の前にいる少女は、どう考えてもチトの思考に当てはまらないであろう表情をしていた。何か纏っているものが自分を包み込もうとする感覚。知らない、わからない。考えても考えても何も浮かんでこない。

 

「チト。ビックリしてる?」

 

 チトは答えられない。それを全て見透かしているかのように、ヌコが言葉を重ねる。

 

「チト、すごく考えてくれる。ヌコのために。それがすごく嬉しい。ヌコのためにもっと考えて欲しい」

 

 その変化に気づくのにすら時間がかかった。さっきよりもヌコの瞳が近い。瞳の奥に、言葉に出来ない表情を浮かべている自分がいる。そこまできてようやく気づいた。ヌコの顔がゆっくりと近づいてくることに。

 

 す、と頬に手を置かれる暖かく、小さな手。なぜだかわからない。心臓が跳ねる。暴れる。燃えそうなほどに。

 

 その瞬間、チトはヌコの意味を理解する。それがいけなかった。その理解こそが、彼女の取り柄である『思考』を放棄させる物だったから。

 

「チト。――――」

 

 故に、ヌコの言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。

 

 チトの無防備な口許に。それが、触れ――――

 

 

 

 

 はっと目を覚まし、チトは体を跳ね起こす。窓の隙間から太陽の光が入ってきているのか、うっすらと部屋は明るくなっていた。眠っていた? いつの間に?

 

「ふぁ、ちーちゃんおはよう」

 

 すぐ近くを見ると、髪の毛をくしゃくしゃにしたユーリが大あくびをして目を覚ましたところだった。おはよう、とチトはやや困惑しながら周囲を見回す。いない。さっきまで自分のいっぱいに広がっていた、銀髪の少女の姿が。

 

「あれ、ヌコ?」

 

 心臓が度きりと跳ね、チトはユーリの方に向き直る。そうしてユーリの目線をたどっていくと……。

 

「ヌイ」

 

 いつもの、白くてもちもちした四足歩行のヌコがいた。

 

「あー、その弾どこから拾ったの? 拾い食いはよくないぞー」

『チャレンジセイシン……ダイジ』

「なるほど……私もチャレンジしてみようかな」

 

 大真面目に拾い食いを考えるユーリ。本当なら一言二言突っ込みをいれたいチトであったが、寝起きかつ衝撃的な光景が脳裏に焼き付いた今の状態では何も言葉を発することができなかった。

 

 いや、それよりもだ。

 

 あれは夢だったのだろうか。人の姿になっていたヌコに詰め寄られ、『チトが欲しい』と言われた。それは一体何を意味しているのか、真意を聞く前に目が覚めた今となっては、何もわからない。

 

 いくらか深呼吸をして、チトは脳に酸素を送り込む。よしいいぞ、落ち着いてきた。ユーリがもとに戻ったヌコを見て何も反応しないと言うことは、ヌコが人間になったことそのものが夢だったのだろう。面白いことがあればうるさくなるユーリが静かならば、それが何よりの証明なのだ。

 

 だから。

 

「あれ。てかヌコさ、もとに戻ってるじゃん」

 

 証明であってほしかった。

 

『イチヤカギリノ……ユメダッタ』

「夢は覚めてこそなんぼだよー、おいで」

『ヌイー』

 

 よしよしと撫でてやるユーリ。ヌコは心地良さそうに目を細める。そんなじゃれあう二人を、チトは見ることが出来ない。

 

 指を唇に当てる。自分の指が当たる感触がした。だがなんだろう。

 

 指以外の何かが、唇に触れたこの感触は。

 

 チトの疑問は、解決されることはなかった。

 

 正確に言えば。

 

 解決したくない。考えたくなかった。というのが正解だった。

 

 

 

 

 

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