大晦日。日付で言えば12月31日。このひになると世間のほとんどが大事な家族や恋人、友人たちと一つ屋根の下で過ごす日。私とユーリももちろんその中の一組で、一緒に生活をはじめて最初の年越しを迎えることになった。
「今年の紅白すごいね」
「ああ。なんか演出が凝ってる」
「噂のボーカルロボット出てたね。あれが出たのって私たちが小学校くらいの時だっけ」
「そうだな。小説とかめっちゃブームだった」
「ちーちゃんもはまってたよね。なんか言ってたよね、『さぁ膝間付きなさい!』って」
「やめろ」
「あとなんだっけ、やたらめったらフード付きのパーカーとか被ってたよね」
「ファッションだ。いいだろ別に」
「まだその時の写メあるよ」
「今すぐ消せ。そして一年の振り返りをしろ」
「えー、なんでもいいじゃん」
そういいながらユーリはビールを手に取り、ごくごくと喉をならす。私は適当な摘まみを口に入れる。どこからか除夜の鐘の音が聞こえてきた。
「まず単位の取り方をしっかり理解してなかったのが問題だ。お前私が指摘しなかったら必修科目とれずに留年確定するところだったぞ」
「いやー、競技の方が楽しくて」
「実力があるのは認めるが、勉学を補ってこその世界選手だろうが」
「あれはあれ、それはそれ。あ、これ面白そうな映画のやつじゃん。ほら、眼鏡かけて記憶を失った男が崩壊した世界を旅していくやつ」
「話をそらして逃げようたってそうはいかないぞ」
「ちぇ、だめかー。過去のこと振り替えったって何にもならによー」
「過去を間なんで未来にいかすって言葉をお前に教えてやるから100万よこせ」
「分割でお願い」
「一括のみだ」
「あーん」
いいじゃんいいじゃん、今日くらい許してよー。そういいながらユーは私の肩にこつんと頭を乗せる。犬めが。そう思いながら私は無防備な頭をよしよしと撫でてやり、ついでにうなじに人差し指を押し込んでやった。
「いやんお腹壊す」
「大食いのお前にはぴったりだろうよ」
「でもそんなに太ってないし」
「その胸の脂肪、いくら増えた?」
「ワンカップ上がりました」
えっへん、どうだと胸を張るユーリ。セーター越しのその胸元の膨らみは、確かに去年より大きくなったように見える。実際昨日たっぷり揉んだけど、なんかいつもより深く指が入った気がした。
「……ふんぬっ!」
「いだだだだ!!!」
でも、なんか腹が立ったので、思いきり握ってやった。
「ひぃー、ちーちゃんいつもはもっと優しく揉んでくれるのに」
「今は許さん。私にも寄越せ」
「ちーちゃんのは今くらいがちょうどいいよー。ちっぱいちっぱい」
ぐりぐりと私の胸板に顔を押し込むユーリ。このやろう殴るぞと思ったけど、心底嬉しそうな顔で私の胸に顔を埋めてくるのだからそんな気も失せてしまう。仕方がないから今度は親指でうなじを押し込んでやった。
「ひぎぃ!」
「これで勘弁してやる」
「お腹壊してお節食べれなかったら恨んでやる」
「恨めるもんなら恨んでみろ」
「無理! ちーちゃんすき!」
ぎゅう、と抱きつくユーリ。あーもう、わかったわかった。かわいい大型犬は構うのが大変だ。私にすりすりと頬擦りしながら、ふりふりと振っているユーリのお尻に何となく犬の尻尾を乗せてみる。うん、似合う。
「ねー、ちーちゃんは今年どんな一年だった?」
「んー、私かぁ」
少し考えてみて、ちょっと色々ありすぎたから整理も兼ねて甘いチューハイを飲む。糖分を補給して再度思考。ああ、本当に今年一年は色々あった。
「色々だな。新しい出会いとかたくさん増えたし、新しい世界も見えるようになった。ユーと一緒に生活する上で必要なことをまなんで、時には距離が必要なことも覚えて、頑張ろうとして、それでも喧嘩とかすることはあった。意地っ張りなのは私の悪いところだな」
「おー、ちーちゃんが真面目な話してる」
「いつだって真面目だ、ばか。まぁそれで私の悪いところも見えてくるようになったわけで嫌気が指すこともあったけど、お前はそれを受け入れてくれた。なら私にもできるはずだと思って、一歩一歩進むようにしたかな」
私はそこで一区切りつけてチューハイを口に入れる。ん? なんかユーが静かだな。そう思いながら見てみると、お酒のせいか暑いのか、ちょっと頬を赤くしたユーがアホ毛をみょんみょん動かしていた。
「へ、えへへ……やっぱちーちゃんすごいね。何だかんだで私のこと考えてくれてる」
「当たり前だろ。じゃなきゃ同棲なんてとっくにやめてる」
「頑張って色々考えるちーちゃんほんとすき」
「ああ。私も大好きだよ。だから卒業したらお前と結婚するって決めたから」
「おお、そっか! それはいいね!」
飲むぞー! とユーは新しくビールの缶を開ける。ったく、結構な数買ったのにもう6本めだ。そのアルコールと水分が一向に腹に蓄積されていかないのが不思議でならない。
ぐいぐいぐいと結構な勢いでビールを煽るユー。テレビではそろそろカウントダウンが始まろうとしていて、除夜の鐘もいよいよ佳境を迎えていた。
「……あれ」
そこでようやくユーリははっとしたように聞いてきた。
「ちーちゃん、今さっき結婚って言った?」
「おせぇよ。言ったよ。スルーされたかと思って傷ついたぞ」
「うえうえうえ!?」
「吐くなよ」
「吐かないよ! え、でも、ちーちゃん、まじ?」
「まじだよ。嘘でこんなこと言えるか」
「え、でも、ほら! 私たちまだ学生だし、日本じゃ同姓の結婚ってできないし!」
わたわたとするユー。なんだすごい珍しいものを見ているな、私。どうせなら動画を撮っておきたかった。
「卒業してからって言っただろ。どんだけ人の話聞いてないんだ」
「いやでも、ほら、ビックリするじゃん!?」
「ビックリさせたかった。もちろん、本気で言ってる」
私はじっとユーの青い瞳を見つめる。驚きに満ちた瞳が珍しく全開で開かれてる。私しか見れない、ユーの本当の瞳。宇宙のように、広く、海のように深い深い碧瞳には私しか映っていない。
「その……えっと、私で、いいの?」
「お前じゃなきゃ嫌だ」
「ほら、私いつもちーちゃんに迷惑かければかりで、がさつだし、ヘラヘラしてるし危機感ないし、単位だって危なかったし」
「何回でも助ける」
「でも同姓で結婚するなら、カナダとか、台湾とかにいかないと!」
「英語の授業習得してる。お前より話せる自信ある」
「ほらでも、子供とかほしくないの? 私女だし」
「ユー」
私の何気ないその声は、今のユーを黙らせるには完璧なトーンだったらしい。ユーはそのまま時間が止まったように停止し、ポカンと開いた口をゆっくりと閉じる。
「言っただろ。今年一年を振り返ったって。いや、今年だけじゃない。今の今まで、お前といた時間すべてを振り返った上でお前に言ってる。私はお前がいい、ユーリ、お前と一緒にいたい。ずっとずっと。だから約束してくれ。卒業したら引っ越そう。そこで結婚しよう」
除夜の鐘が部屋に響く。時計の針の音とテレビの音が部屋を包む。でも、私たちにそれは聞こえない。同じ空間にある意識がまるで一つになっていくような気分だ。実際、私たちの付き合いはそれに近しいだろう。
でも、当たり前になりつつあるこの関係が尊く、儚いものだと言うことを忘れないためにも、なにかしらの証は必要だ。私がこの一年考え、行き着いた答え。いずれどんな道をたどってもたどり着いたであろうその答え。ようやく口にすることができた。
まぁ、ちょっと早い気もしたけど。まぁいいだろう。
「……いい、の?」
「何度も言わないからな。指輪はその時改めてお前に渡す。だから約束してくれ」
時計の針が0を示す。年が明けたその瞬間、私はこの言葉で私たちの時を止める。
「ユーリ。私と結婚してくれ」
ユーリは固まったままだった。やがてじわじわと目元に涙を浮かべ、鼻を啜る。それでぐしゃぐしゃになりそうな笑顔で意地を張ったように言った。
「へ、へへ……私だって、同じこと言おうと思ってたし」
「そっか。嬉しい」
私はにこりと笑みを浮かべる。ユーリがどうにか笑おうと唇をつり上げるが、震えてそれすらもままならないようだった。何回か息継ぎして、言葉を出そうとして、しかしそれが出てこない。嗚咽がよりいっそう大きくなってきていた。あーあ、きれいな顔が台無しだよ。
「ちーちゃんのっ……せいじゃん」
「そっか。じゃあ責任とるさ」
そう言って私はユーリが爆発する前にそっと抱き寄せ、私の胸に押し込んでやる。ユーはぎゅう、と私の服の裾を掴み、さっきよりも力強く私に顔を擦り付けてくる。まったく、ばかなやつめ。
私は知っている。ユーは、私に迷惑をかけていることを自覚している。それを少なくしようと努力しようとしていることも知っている。でもどうしても粗が出る。だからこの先ずっと一緒にはいれないのかもしれないと、そう思っていたのだろう。
なんだよ。過去を振り返ることできてるじゃないか。私は下手な笑い声よりも、嗚咽の方が大きくなってしまった片割れの頭を、そっと優しく、ずっとずっと撫でてやった。
了