イキれクソ音!   作:ふかし芋

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オリ主、雄英に入る

 忌々(いまいま)しいほどに照りつける太陽の下に、私は立っていた。慣れない制服を着て慣れない道のりを進み、辿(たど)り着いたのがここだ。

 目の横には桜の木がところ狭しと並び立っており、広大な敷地を誇る高校が見える。あと一歩踏み出せば目の前の門を通り、私は晴れてこの高校の一員としての第一歩も踏み出せるだろう。

 今日日(きょうび)この場所に立てていることは私にとって何よりも素晴らしいことであるとともに、状況としては大変不服なことでもあった。

 目を瞑り、胸に手を当てて気分を落ち着けようとする。しばらく目を閉じたことで少しだが気分が落ち着いてきたような……

 

「お、おはよう。ことちゃん」

 

 目を開けると、その瞬間に緑髪の少年の姿が目に入ってきた。

 こいつさえいなければ。

 一瞬で怒りが芽生えたが、何とか押しとどめて笑う。

 

「……ああ、おはよう。

花は咲き、空は晴れ渡っている。今日は絶好の入学日和だね、出久」

 

 手を大きく広げて彼に話しかける。実際、今日は暑すぎず寒すぎずいい気温だし、天候にも恵まれている。これ以上となく好条件で高校での第一歩を踏み出せる。ああ、だからこそ……今日が豪雨にでもならないかなんて考えてしまう。

 舌打ちしたいのを堪えて目の前の少年に目をやると、彼はなぜかしおらしく頭を下げた。

 

「……ご、ごめんね」

「なぜ謝る。君は何を謝るようなことをしていないだろう? それとも何だ、実は私に謝らなければいけないことがあるってのか? ああ?」

 

 いつも通りに笑顔を浮かべてそう言うと、出久はもげんばかりの勢いで首を振った。

 

「……な、何もないよ!」

「ならいいじゃないか。君は今日という日を謳歌(おうか)すればいい、君はな」

 

 そう言うと、彼は少しひきつった笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♢

 

 中国の軽慶市で発光する赤児が発見されて以来、世界各地で超常現象が報告され、世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った。それは、そう遠い昔のことではない。……いや、それは歴史的観点から見たらの話であり、私の人生にしてみれば遠い昔のことであると言えるか。

 

 私は、普通の女子中学生だと思う。

 趣味だって一般的な物だと自負しているし、好きなものだって一般的なものだ。

 ここまで言えば分かるかもしれないが、私について特筆すべき点はそこまでない。あえていうのなら、ささやかな夢と素晴らしい個性があることくらいだろう。あと素晴らしい幼馴染と素晴らしい頭脳と素晴らしい運動能力と……

 

「……聞いてる? ことちゃん」

「うん、勿論聞いていないよ」

「……そんな自信満々に言うことじゃないよ!?」

 

 私をことちゃんと呼ぶ、緑髪の少年は緑谷(ミドリヤ)出久(イズク)。家が隣なせいで付き合いの長い少年だ。自我が芽生えた時から側にいたような気がする彼との関係を世間一般で表すのなら、やはり幼馴染という言葉が当てはまるだろうか。

 私は、腐れ縁の彼とともに通学路を歩いている。

 さして遠くもない道のり、そして遅刻ギリギリという訳でもない時間帯であるが故に、私達以外の生徒も登校している。……ふと前方に目をやると、動物の耳が付いた女生徒がいた。もし、ここが個性発現よりも前の時代であれば、珍妙な格好をしている女の子がいるとざわめくかもしれないが、今の時代ではそれを気にするような人間はいない。

 先に述べた通り、私達には個性というものがある。他の人よりも“少し”足が速かったり、“少し”力が強かったりする個性や、もしくは物を手を使わずに動かしたりすることが出来る“少し”変わった個性もある。

 人よりも優れているのか、隣を歩く人物に自身の個性について得意げに語る少年が歩いていた。なるほど、確かに話している内容の個性を私相手に使えば、確実に息の根を止められてしまうだろう。

 そう考えて尚思う──私の個性の方が強いに決まっていると。

 

 

「ことちゃんはどこの高校に行くの?」

 

 出久に話しかけられ、私は日々のルーティンとなりつつある考えごとをやめる。

 進学先か。確かにそんな話をしていたような気もするが、そんなものを聞いて、出久に何の得があるのだろうか。

 

「人に尋ねる前に、まずは自分から話すべきだ」

「いやだからさっき言ったんだけど……」

 

 少し呆れたような声な出久だが、気を持ち直したのか拳を握って口を開いた……と思ったら、口を閉じる。決意したのか、口を開いたと思ったらまた口を閉じる。まるで餌を欲している金魚のように、口の閉口を繰り返している。

 

「えっと……僕が行きたいのは……その……」

 

 先程からその繰り返しばかりだ。

 私が日々のルーティンに打ち込んでいたのは、もしかしたら先程も同じ出来事があったからかもしれない。そんなことを考えて、私はため息を吐いた。

 

「まどろっこしいのは嫌いだ。言うなら“早く言ってくれよ”」

 

 私の言葉が後押しとなったのか、出久は今度こそ言葉を発した。

 

「僕は、雄英に行くんだ」

 

 長いタメの後、今生の別れとでも言いたそうなトーンで告げられた言葉はしかし、私にとってはしょうもないものだった。

 

「へー」

 

 もう少し取り繕うべきだったか。自分でも反省してしまいそうな程に棒読みになってしまったのが分かったが、訂正する気にもなれない。

 

「えっ、今の話ちゃんと聞いてた!?」

「聞いてる聞いてる。

出久が身の程知らずにも、倍率300倍のエリート校に入ろうとしていることくらいはちゃんと聞いたよ」

 

 学校に着き、下駄箱で靴を履き替えながらそう話す。

 

 国立雄英高校。

 プロヒーローを養成する高校。例年倍率が馬鹿みたいな数字であり、私だって理由がなければ自分から進んで入りたいとは思えない高校である。

 ヴィランというクソみたいな存在を捕まえる為に、ヒーローという職種は必要とされている。

 出久はこのご時世に珍しい無個性であるにも関わらず、ヒーローを目指しているらしいのだ。彼のことを昔から知っている私としても、自殺志願者なのかと問いただしたくなるレベルだ。

 

「聞いていたならもっとリアクションとか」

「あー……そうだな……出久くんすごーい、壁は高いかもしれないけどガンバレー」

「何だか虚しくなってきたよ」

 

 そう思うのなら、最初から私からの激励(げきれい)の言葉など期待しない方が良かっただろう。

 私がもし、出久のことをいたく気に入っているのだとしたら、応援だって協力だって惜しまないのだろうが、生憎とそこまでは好きではない。そうなるとどうしても他人事としてしか見れなくなる。

 

「それで、ことちゃんが行きたいところは?」

「まだ具体的には決まってないんだよねー

……あたりはつけているが

 

 最後の言葉はボソリと呟くに留めたおかけで、隣にいる少年には届かなかったようだ。

 それの証拠に、彼はそのことを疑問に思う様子もなく頷いている。

 

「そうなんだ、ことちゃんならどこでも受かるよ!」

「私もそう思う」

 

 と、そこまで言ったところで、私の耳には雑音に紛れて、とある話し声が聞こえてきた。他の人からしたら、そんな些細なことはどうでもいいと意識の外に押しやるのだろうが、私にとっては再重要事項であった為に、声のする方に顔をやる。……予想していた顔があり、私は頬を緩ませた。

 

「邪魔だ退けクソ音!」

 

 その不機嫌そうな声を聞いた瞬間、胸が高鳴った。

 爆発的な金髪やつり上がった血のように赤い眼を見て、火が出そうな程に顔が熱くなり、頭に血が登るのを感じた。内緒で家に置いてあった酒を飲んだときのような酩酊感(めいていかん)が全身を包む。そうだ。これこそが私を私とたらしめている感覚。

 

「おはよっ、かっちゃん!」

 

 衝動の赴くままに両手を彼の首に伸ばして飛びつこうとしたが、当たり前のように避けられて勢い余って壁に衝突した。

 鼻柱が痛い。多分真っ赤になってしまっているだろうが、それでも血が出ていないだけ幸いだろうと、私は鼻を押さえてもう一度声をかける。

 

「今日も絶好調だね、かっちゃん!」

 

 自然と笑顔になるが、対する爆豪の顔は不機嫌そうだ。

 爆豪(バクゴウ)勝己(カツキ)。これまた私の幼馴染である少年だ。

 昔からガキ大将のようなところがある少年で、昔はよく色々とお世話になった。個性は“爆破”であり、なんといっても……私がダイスキな人だ。

 さっき述べた夢というのもダイスキな彼に関連したものだ。

 私には、夢がある。ささやかだが絶対に叶えたい夢がある。

 

 

「うわっ、また魂月が何かやってんよ」

 

 そんな事を言っている男子生徒は爆豪の取り巻きの誰かだったか。意識の外に追いやっていた為に今まで気づかなかったようだ。

 

「かっちゃんに会うのが私の生き甲斐(がい)であると言っても過言ではありませんからね!」

「過言であれよクソが」

 

 壁を背にしてしゃがみこんでいる私に一瞥もくれずに、チッと舌打ちをして爆豪は教室に入って行った。どうやら彼は今日もいつも通りだったようだ。初めて会ってから何一つ変わりない彼の振る舞いに満足して……そして、未だ自分がしゃがみこんだままだと気がつく。

 

「ことちゃん、大丈夫?」

 

 そんな私を見かねてか、出久は手を差し出してきた。

 私はそれを眺め、そして受け取らずに一人で立ち上がる。

 

「大丈夫じゃないに決まっているよ! でもかっちゃんは今日も素敵だね!」

「……う、うーん?」

 

 反応に困っているように見える出久を差し置いて、爆豪を追いかけるために教室の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 その後の授業はつつがなく進んだ。

 いつも通り前の席の爆豪にちょっかいをかけつつ授業を受けて、出久と一緒に昼飯を食べて退屈な午後の授業に臨む。既に(ソラ)んじている授業なんて下らないと思うが、平常点を下げられるのは勘弁願いたい。やはり爆豪の集中力の妨害することに全力を注ぎ、そして午後の授業を乗り越える。

 いつも通りに進んでいく、退屈でいて素晴らしい日常を謳歌している……が、今日この日の帰りのホームルームにおいては、特別な出来事があったようだ。

 

「……」

 

 爆豪が無言で渡してきたプリントを、奪い取るようにして受け取る。

 

「わあ、ありがとう勝己! 君から手渡されたプレゼントなんて産まれて初めて貰ったような気がするよ! 今回のも大切に保管」

「するな早く書いて提出しろクソが」

 

 吐き捨てるような言葉に、私は口角がつり上がるのを感じた。

 爆豪の言うとおり、今配られた紙はすぐに提出しなくてはならない……進路希望調査のプリントだった。

 進路先。私はどんな高校に進もうが、『上手く』やっていくつもりだが、それでは私が自分らしく生きて行く為には今ひとつ物足りない。……だから私は、爆豪の書いた内容も確認することに決めた。

 個性の関係か、はたまた全く関係ないのかは分からないが私は目がそれなりに良い。故に、爆豪が書いた内容も難なく覗き見ることが出来た。……概ね、想定通りの内容だった。

 

「全く、かっちゃんたらじょーだんが通じないんだから」

 

 言われた通りに希望調査を書いて紙を裏返し、他の生徒が書き終わるのを爆豪の後ろ姿を眺めながら待つ。

 だいたいの生徒が書き終わったことを確認すると、担任が各席に回収にしに来ていて、数分後に最後の1人である私まで順番が回ってきた。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 にこりと笑って、担任にプレゼントを手渡す。私のプリントを一瞥すると、担任は深いため息を吐いた。

 

「……魂月、お前は後で職員室に来なさい」

「えっ、何でですか?」

「お前はまず志望校を書け」

 

 その言葉に疑問を持つ。

 担任に言われた通り、進路先について書いたはずだし、そこを咎められる謂れはない。

 

「ちゃんと書いたじゃないですか」

「これをちゃんと書いたとは認めん」

 

 担任が呆れたように私の目の前に突き出してきたプリントに書かれているのは紛うことなく私の字であり、そして私が書いた内容だった。

 ……やはりどこもおかしい点はないように見える。あえて言うのなら、高校名を書いていないことくらいだろう。……もしかして、そこがいけなかったのだろうか? 

 

「まあまあ、分かりました。先生の言うことは最もですとも! でも今しがた完全に決まったのでよしとしてください!!」

 

 間違いに気がついた私は即座に打ち消し線を引き、そして訂正したものへと書き換えていく。

 

かっちゃんと同じ高校 国立雄英高校ヒーロー科』

 

 書いたものを担任に渡す……と、その前に私は教卓の前に立った。

 

「私が行きたいところは爆豪勝己くんと同じ雄英です!!」

 

 胸を張り、プリントを掲げて宣言すると、クラス中がどよめいた。しかし、その反応には興味がない。私がこうした理由は彼を逆上させる為であり……ほら、予想通りに食いついてきた。

 

「は? お前俺の中学(ウチ)史上初めて雄英に進学するって人生プランを壊すつもりか!?」

「なにそれめっちゃ壊したい!」

 

 おっと、つい本音が出てしまいました。

 

「ざっけんな早く取り消せ! でねーと殺す!」

「私が死んでかっちゃんがヒーロー取り消しとかもいいっすね!」

 

 爆豪は、私の服を掴んで揺さぶります。ゼロ距離での会話なんて、なんてロマンチックなんでしょう。私の中の乙女心も揺れ動きます。ついでにこみ上げてくるものもあります……お互いに利はないし、胃の中のものを吐く前に止めてもらいたいものだ。

 そう思っている中、思わぬ方向から助けの舟が渡された。担任がなんの気なしといった感じで、その言葉を放ったのだ。

 

「あ、緑谷も雄英志望か」

 

 その言葉を聞いた瞬間、爆豪は動きを止めた。そしてその後に初期微動のように体を小さく震わせ始めたので、私は爆豪が掴んでいた手を服から離させ、そしてその場から撤退する。

 

「……俺をおちょくってんのかてめェら……!」

 

 爛々と輝かせてつり上がる目を見て、思いの外マジギレされていることに気がつく。しかし、そんな爆豪の感情だって、今の私を確かなものにするだけに過ぎない。つまり……ただただ嬉しいだけだ。

 それを分かっているからか、今度は爆豪も私のところに来ずに出久のところに向かっていった。

 

「ふざけんなよデクゥ……、無個性のてめェが何で俺と同じ土俵に立てると思ってんだ! 

雄英に受かるのは俺だけで良いって聞こえなかったのか!?」

「き、聞こえてるけど、でも……雄英に入るのは小さい頃からの目標なんだ……!」

 

 私は出久の言葉を聞いた爆豪の怒り心頭な様子を笑いながら見ている。別に現状では止めようとは思わないし、爆豪だってそこまで長い時間やる訳ではないだろう。

 ……まあ、流石に出久が負傷しそうになったら、止めようとは思うが。

 

「緑谷無個性だし現実見れてないだろ……」

「うわ……魂月が雄英とかまじかよ……」

「いや……学力は知らないが個性はひど……」

「そもそも爆豪も魂月も性格がヒーロー向きじゃ……」

 

 爆豪が言うところのモブが、また好き勝手言ってくれている。

 しかしそんなことはどうでもいい。私にとっては彼以外は等しく虫けらにしか見えない。虫けらが何を言っていても私の耳には届かない……そういう設定だが、この状況は私にとって都合が良かったために、反応することにした。

 

「何いってんすか! 私ほど聡明で運動神経良くて優しくて個性を上手く使える人はかっちゃん以外にはいないっすよ! “雄英に受かるのだってラクショーに決まってます”!!」

 

 入試まで8ヶ月と少々。モブ共が何を言おうと最後に笑うのはこの私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━そして、8ヶ月後。

 

「倍率300倍には勝てなかったよ……」

 

 無情にも“不合格”と書かれた薄っぺらい紙切れ一枚を前に、そう呟いた。




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