イキれクソ音! 作:ふかし芋
時は進路希望調査の後まで遡る。
先生や同じクラスの生徒相手に啖呵を切った私はなぜか笑われ、そのまま帰りのホームルームが終わった。
先生が受け持つクラスの提出課題を学年室に運ぶという雑用を命じられた私は、適当に終わらせて教室に戻ろうとしたが、その教室から爆豪のどなり声が聞こえてきた。測らずしてリンチ現場を覗き見ることとなったらしく、爆豪はその個性を使って持っていたものを爆破しようとしていた。
それを見た私は━━思わず出久の前に立っていた。
考えるよりも速く身体が動くなんて、我ながら自分が恥ずかしい限りだ。
「どけよクソ音。そこの
爆豪が子憎らしい顔で何か言っているが、そんなに重要じゃなさそうな内容なので聞き飛ばして、彼の手元を見て口を開く。
「ハァハァ……かっちゃん……そんな素晴らしい個性、出久なんかに使うよりも私に使う方が絶対良いです……!」
「……は?」
爆豪は足を一歩引いたので、手応えを感じた私は鼻息を荒くして彼に詰め寄る。
「私に個性を当ててください!そのゴミを見るような視線であればなおよしです!さあ早く!早くどうぞ!!」
「カツキどうする?」
「興が削がれた、帰るわ」
爆豪のゴミを見るような目を見ているとドキドキするし、早く死んでくれないかなと思う。
もっと色んな表情が見たい。そんな思いで、爆豪の手を引っ張った……瞬間に、やはりゴミを払うように手を叩かれた。
「待ってよかっちゃん!さきっちょ!さきっちょだけでいいから!!」
「うるせー!俺の関わらないところでしねや!!」
「死ぬんだったらかっちゃんの目の前で傍迷惑に死ぬね!」
「ふざけんじゃねえぞ……!」
青筋を立てた爆豪は私に何かを投げつけて、教室から出ていってしまった。
クリーンヒットしたものを顔面で受け取り、そして手に持つ。
なんだこれ。随分と使い古されたノートのようだが……まあいい。これが爆豪を怒らせた原因であるノートなのだとすれば私のためになるだろうし、とりあえず持ち帰るか。
それよりも私は爆豪を追いかけないといけない。彼に気づかれないように後をつけるのがマイブームだしな。ちなみに昔からおにごっことかくれんぼが大の得意だから気づかれたことはない。……まあ爆豪やその他の方々とかくれんぼをしたときには見つけてもらえずに日が暮れるということもあったが……いや、そんな悲しい思い出はどうでもいいか。
「ことちゃん。そのノート僕のだから、か、返して」
いつの間にかモブと化していた少年が、教室を出ようとした私におずおずと話しかけてきた。
別に返しても構わないが、あんなに爆豪を逆上させていたものが何だったのか気になる。
「“ノート見ていいよね”」
「うん」
出久は肯定した後にしまったとでも言うような顔をしたが、了承は取れたし見ても良いだろう。
奪い返そうとしてくる出久を適当にあしらいつつ、机に腰かけてノートの表紙を改めて見てみる。
「将来の為の、ヒーロー分析ノート?」
「……あっ」
彼の絶望したような声を聞きながら、ノートをめくる。最近話題のヒーロー、Mt.レディやこの前ヴィランを倒したシンリンカムイの情報が一番新しいページに書かれていたので、それを見る。彼女らの長所や弱点が綺麗に纏められているノートは、私から見ても素晴らしい出来栄えだと思う。
……しっかし、分厚いしここに書いてあるヒーローの名前の数もも尋常じゃないし……13冊もよく書き込めるものだな。
「へーすごいねー」
「……えっ?」
「爆豪はこのノートの中身は読んだの?」
「……いや、読んでないよ」
「ふーん、そりゃそうか」
爆豪はノートの名前だけ見て怒ったのだろう。主に『将来の為の』ってところか。いつも無個性が夢見てんじゃねーって言ってるし、それを威嚇することでやめさせようとしているのだろう。出久がヴィランによって怪我をする前に恐怖を持ってやめさせようとするなんて、爆豪はなんて優しいのだろう……優しいのか?
自分で考えたものの、しっくり来なかったので首を傾げる結果となった。
「なんか出久はヒーロー分析家とか向いてそうだ。……あ、爆豪のページもある?」
「あるけど、今日は持ってきてない……」
目を逸してそう言った出久の肩を揺らして、喜々として笑う。
「あんの!?じゃ、明日でも貸してよ」
「あっ、うん。いいよ。だから揺らすの止めてくれると嬉し……」
「約束ね、んじゃまた!」
気分は上々。
私だって似たようなものは作っているが、他の視点から見た爆豪というのも気になる。
それを自分の中に取り込めば、私はきっと今よりも強くなれる。
浮き足立った私は、速攻で学校から抜け出して爆豪の後を追いかけた。
♢
爆豪はどこだろう。
爆豪が教室を出てからそれなりに時間は経っているが、まだ家には帰っていないようだしその辺にいるのだろうが……
彼の姿を見たか道行く人に尋ねながら歩いていると、近くで爆発音のようなものが聴こえてきた。
……爆破というとどうにも爆豪の姿が頭をよぎるが、まさか関係ないだろう。
危ないしその場から去ろうしたとき、学生服をきた見覚えのない少年が、向かい側から走ってきた。その少年は私の姿を目に留めると、こちらに向かって来て私の前で足を止めた。
「カツキ、カツキが……!」
大変慌てていらっしゃるようで、こちらとしても対応に困る。しかし、聞き逃せない言葉があり、思わず反応してしまった。
「はい?今勝己って言いました?あなたかっちゃんの知り合いですか?」
「知り合いも何も同じクラスだろ俺たち……って違う!カツキがヴィランに捕まったんだよ!」
私と同級生なのに煙草を吸うのか……
いや、そんなことは今はどうでもいいか。
「えっ、かっちゃんがヴィランに?」
「だから魂月も早く逃げろ……っておい!」
爆豪がヴィランに捕まる。
その言葉を聞いた瞬間に、私の足はふらふらと男子生徒が走ってきた方に向かっていた。
「大変だ、爆豪がヴィランに捕まった。
早く何とかしないと死ぬかも」
辿り着いたのは、学校近くの商店街だった。
いつも人通りが多い訳ではないが、今はそういう次元の話ではない。いつも見慣れていた町並みは、轟々と燃え盛っていたのだ。無意味かもしれないがハンカチで口を覆いながら爆心地に進んでいくと、やっと爆豪と彼に取り付いているヴィランの姿を目にすることが出来た。
ヘドロのようなヴィランが、爆豪を取り込もうとしているが、爆豪は優秀な個性を持ってして抵抗しているってところなのだろう。周囲が燃えているのはヴィランが原因というよりは、爆豪が抵抗しているのが原因ってことなのだろうが……
「……えへへ、そっかあ……爆豪が死んじゃうかもしれないのかあ……悲しいなあ」
とても忙しそうな爆豪にカメラを向けて、写真をパシャリ。今この瞬間を切り取ったそれは、自分ながら綺麗に撮れたと褒められる出来だった。帰ったらすぐに印刷して写真立てに入れよう。
チラリと爆豪を仰ぎ見ると、私が写真を撮っていたことに気が付かないくらいにヴィランと闘っていたみたいだ。……反応がないのはつまらないな。
「待ってねかっちゃん!今助けを呼んでくるから!」
爆豪に、私という存在がいることを認知させるためにそう叫んだ。
すると、爆豪と彼に取り付こうとしているヴィランの目が私に一斉に向かう。ヴィランの血走った目は……きっと私でなかったら、恐怖してしまうのだろうな。
「……手出し無用だ……!お前の力を借りるなんて……冗談じゃねェ……!!」
爆豪がヴィランを爆破させながら発した言葉を聞いて、正気に戻る。なぜ今の今まで写真を撮ることしかしていなかったのだろうと、己を責めたくなる。
「かっちゃんが、私に借りを作る……なんて甘美な響きなんだ!早速君をここから助けてみせましょう……!」
スキップで爆豪に近づき、個性を持ってして助け出す……つもりだった。
気がついた時には、スキップをしようと地を蹴り上げた足が宙に浮いていた。その次の瞬間、自分が誰かに抱え上げられているという事実に気がつく。
「……はい?」
きょとりと目を瞬く。その瞬間には既に、爆豪から離れた安全地帯へと移動していた。
「民間人は危険だから下がってて!あとは僕達が何とかするから!」
そう言った後、名も知らないプロヒーローは危険地帯へと戻っていった。それを見た私は、深く目をつぶる。
「……仕事熱心でなにより」
しかし、その仕事熱心っぷりが今の私には枷にしかならない。全く状況は好転しそうもないのに、良くもまあぬけぬけと言えるものだな。それとも、それを表に出さないのがヒーローとでも言うのだろうか?
それは殊勝だが、私以外の民間人も疑問を感じているだろうから無意味としか言いようがない。
耳を済ませば、なぜプロヒーローはヴィランを退治しないのか、そしてこの状況はいささかマズイのではないかという声。そしてついクセでここに来てしまったという人物の……ってあれ?
「……やめとけ、今は虚しくなるだけだ」
……聞き覚えのある声が聴こえた。自分に言い聞かせるような声は、確かに見知った少年のものだった。
人混みの中にいるのだろうと思って見渡すと、すぐにそれらしい姿を見つけた。
「……出久?何そこで棒立ちしてんのさ」
「ことちゃん……?どうしてここに……」
「何って、勝己のピンチなんだから来ない訳にはいけないでしょ」
「かっちゃんが?」
「ヴィランに捕まったよ」
どうやらこの少年は、知らずにここに来たらしい。私が懇切丁寧に状況を教えてあげると、出久は人混みを割って入り、遠くにいる爆豪を目にしたようだ。その瞬間に目の色を変えた少年がしそうなことに当たりをつけ、走り出そうとした彼の腕を掴んで止める。
「何してんの?」
「……いかないと」
はて、いかないと?
逝くって字だとしたら流石に笑えないが、いくってのはどんな字が当てられるのだろうか?
いや、それはまあいい。問題なのは、この少年が私の邪魔をしようとしていることだろう。
「出久馬鹿じゃないの?あとは私が何とかするからさ」
「……っ!ことちゃんだって危ないに決まってるだろ!」
「勝己が危ないんだ。私が危ないからといって助けない理由にはならないよ」
「それは僕も同じだ!」
「いや違うね。無個性の君とさいきょーな個性を持つ私とじゃ、何もかも違うんだよ」
コンプレックスでも刺激されたのか、出久は黙って俯いた。
それを見た私は、やっと諦めてくれたかと安堵して爆豪の元へと向かおうと足を進め……ようとしたが、また言葉をかけられた為に行動を中断する羽目になった。
「……でも、こうなったのは僕のせいなんだ。
僕があんなことしなかったら、あのヴィランは捕まっていたはずで……!
だから、僕はかっちゃんを救けに行くんだ……!」
……今、この少年は何と言った?
救ける?無個性な彼が、暴君な彼を……救ける?
「……あ、それ良いかも」
気が付けば、口元は歪んでいた。
それを隠すように手を置き、神妙な顔を意識して彼に話しかける。
「君が折れる気がないってのは分かった。
だったらさ……出久、私と協力しようよ。私が活路を拓くから、君が勝己を救出するんだ」
無個性や木偶の坊だって見下している相手に救けられるなんて、彼にとってはどんな屈辱だろう。
想像するだけで、こみ上げてくるものがある。
別に出久が失敗してもいい。そうしたら今度こそ私が助けに行くだけだ。
そんなことを考えているなんて、つゆほども知らないであろう出久は、迷うことなく頷いた。
「よし、交渉成立だね。それでは……“頑張ってください”」
トンと出久の背中を押すと、彼は弾かれたように走り始めた。それを見届けた私は邪魔をしてくるプロヒーローを無視し、笑って個性を発動させた━━
「ってことがあったんだから、雄英側は優しい私のヒーロー科行きを認めてくれてもいいと思うんだよ。それなのに……流石に酷すぎると思うんだよ。君もそう思わない?」
「それは……」
雄英から通知が送られてきた次の日、学校から家に直行した後のこと。ちゃぶ台の上に置いた不合格通知を指差し、出久に問いかけた。
「何で私がヒーロー科落ちてんの?おかしくない?」
「……えーっと、うん。その……個性の相性が悪かったんじゃないかな」
私と紙から目を逸して、出久は歯切れ悪くそう言った。試験と個性の相性が悪かったのは、確かだろう。
「そうその通り……って言いたいところだけどそうじゃないでしょう!
私は日々特訓に明け暮れていた!肉体や個性の強化にも勉強にも取り組んだ!なのにこのていたらくだ!!」
あの日。試験会場で受けた説明は、私を絶望させるには充分なものだった。
制限時間内に仮想敵を撃退しろ?出来なくはないが、かと言って自分で撃退するのに得意な個性を持っている訳ではない。私の個性って他力本願なところがあるし、そもそもそういう試験だと知っていたら対処は出来た。絶対に出来たはずなんだ。それなのに……!
それでも頑張って、仮想敵を10体は確実に撃破した。
しかし、殆ど1ポイントの仮想敵しか出会えなかったこともあり、……その結果がこれだ。
運がなかった。下準備が足りなかった。
言い訳こそ出来るが、結局のところ結果が伴わなかったのでは意味がない。
「ザマァ」
「流石かっちゃんだね!殺したいほど憎いよ!!」
椅子に座った爆豪からの追い打ちをかけるような言葉に思わず顔が赤くなってしまうし、拳に力が入る。
そう。実は今日は出久だけはなく、爆豪も私の家に来ている。
もちろん理由もなしに来てくれるような相手ではないが、携帯の待受画面を見られてしまったことでヘドロヴィランと爆豪とのツーショット写真を持っていることがバレてしまい、それを消すのと引き換えに今日家に来てもらうことを約束したのだ。
かなり嫌そうではあったし、私の部屋に来た瞬間に気分転換も兼ねて作っていた『かっちゃん人形』や、写真立てに入れていた爆豪とヴィランのツーショット写真は、私の部屋に入った瞬間に消し炭にされてしまったが……悲しくなんてないもんね。
「どうせデクも落ちてんだろ。落ちこぼれ同士傷の舐め合いでもしてろ」
「ぼ、僕は受かったよ」
「はっ!?嘘つくじゃねえ!!」
ダイスキな彼が戸惑う声が遠のいていく。
なんか無個性の腐れ縁から衝撃の事実が聞こえた気がしたが、そんなものに構っている暇なんてなかった。
「普通科には受かった。私はちょーゆーしゅーだから当然だ……当然……」
目の前が真っ暗になっていく。今までの努力は何だったんだろうと、今までの人生を回顧する。
爆豪は昔からヒーローになりたがっていたから、口には出されなかったものの雄英に入ろうとしているんだと確信していた。だから私も、雄英の受験の為に小学生に入ってからは勉強も個性の強化も欠かさなかった。余っている時間全てを雄英に入ることために注ぎ込んだ。そこには慢心も何もなく、全力で取り組んだ。
とは言っても内心不安ではあったから、一応事前に普通科も受けたのだ。でも、そうだったとしてもヒーロー科受かると信じていたのに……
「……ヒーロー科……入りたかったな……」
あれ、なんだか視界が滲んできた。
「ことちゃん。そ、その気を落とさないで」
「優しい言葉をかけないでくれ出久!
むしろ勝己みたいに蔑んでくれた方がまだマシだ……!」
別に爆豪以外に言葉で嬲られてもなんも嬉しくはないが、それでも慰められるなんて真似を出久にはされたくはない。自分よりも弱い存在に気を使われるなんて、自分にも相手にも怒りが湧く。
「旅に出ます、探さないでください」
「言われなくとも探さんわ!あと約束通り写真消せ!」
爆豪のどなり声を背に扉を閉める。特に行き先なんてもんはなかったが、とりあえず一人になりたかった。
……と、そこで湯気の立っている湯呑み3個とお茶請けをお盆に載せた母親の姿を目にする。
「お出かけ?」
「はい、お母さん。図書館に出かけます」
いつもなら父親と同じ職場で働いている時間帯だったが、どうやら今日は休みを取ったらしい。ヒーロー科不合格という事実に打ちのめされていた私を見ての判断かもしれないが……いらない気遣いとしか言いようがない。
「出久くんと勝己くんはヒーロー科合格したみたいなので、お祝いの言葉と一緒にそれを渡せば喜ぶと思います」
私が笑みを浮かべてそう言うと、母親は迷っているように視線を彷徨わせた。
「……ヒーロー科なんて狭き門なんだから気を落とさないで?お母さんは普通科に合格してくれただけで誇りに思うわ。あなたが頑張っていたことは分かっているし残念だろうけど……」
「ありがとうございますいってきます」
今度こそ家を出る。
両親が共働きの私は、両親がいない日を狙って夜の街を出歩いたりしている。誰も咎める人がいないというのは、私にとって最高の状況であるし、どうせなら個性がどれほど強くなったのかを確かめるのも良いだろうと考えたのだ。今日も同じように特訓するかと思いながら歩いていると、頬に一滴の液体が伝った。もちろん泣いている訳ではないしと、空を見上げる。
どうやら降られてしまったようだ。
「雨よ、止みなさい」
冗談交じりにそう呟くが、止むわけがなかった。むしろ先程よりも強くなってしまったような気さえする。
……傘、持ってきていないんだけどな。
見慣れた道を通り、雨宿り出来そうな出来そうな場所を見つけて地面に座り込む。
雨は止みそうにないし、どうやら長期戦になることを覚悟した方が良いだろう。
それにしても……ヒーロー科に入れなかったのは不幸だったが、普通科に入れたのは不幸中の幸いといえるだろう。ヒーロー科に入れずとも、学校内で爆豪の姿を見ることは出来る。でも……それだけじゃ駄目なんだ。私の夢は、爆豪の夢を聞いた瞬間に決まったんだから、私はヒーローにならなければならない。
ぐっと拳を握りしめて今後の道筋を立てていると、目の前に影が差したので思わず見上げる。
「そこにいるのは、ガキじゃないか」
人を小馬鹿にするような声、ひょろりとした体型と白髪、病人のように白い肌と爆豪に劣らずな悪人顔。……残念なことに、初対面ではない相手だった。
「……あー、そういうあなたは……死柄木さん?」