イキれクソ音!   作:ふかし芋

3 / 10
ヴィラン 

 泣きっ面に蜂とはよく言ったものだが、泣きっ面にヴィランなんてことわざがあるとは知らなんだ。

 ……いえ、冗談です。こんなのはただの現状逃避だ。それに私は泣いていません。

 人通りの少ないかろうじて雨風を防げる路地裏で、私は立ち上がって頬を拭い、悪態をつきたくなるのを堪えた。

 

 ヴィラン。

 無秩序に個性を振りまき、人に害をなす爆豪のような存在。

 総じてクソ、それが何人かのヴィランと会ったことのある私の見解である。

 そんな世の中にとっても私個人にとってもはた迷惑な存在が目の前に立っているのだ、悪態をつきたくなるのも仕方ないだろう。まあ、つきはしませんが。

 変わりと言ってはなんだが、百点満点の笑顔を彼に向けて送る。

 

「お久しぶりですね、死柄木さん」

 

 目の前にいる頭や腕にアクセサリーのように人の手のようなものをつけている人物は、ヴィランなんちゃらってところの死柄木弔だ。

 ヴィランなんちゃらって名前の通り、彼はヴィランらしい。

 ヴィランの彼と至って一般人の私がなぜ知り合いなのかといえば、山よりも高く谷よりも深い理由がある……と言いたいところだが、ぶっちゃけてしまえばたまたま遭遇してしまっただけの話です。もちろん街中で会った訳ではないが、そこは割愛でいいだろう。

 死柄木に限らず、なぜだかは知らないが昔からヴィランに遭遇しやすいのだ。生まれつき絶望的に運がないのかもしれないし、もしかしたら爆豪がヴィランに捕まったのも私の運の悪さが起因しているのかもしれない。……あ、それなら自分の運のなさを喜ぶべきかな?

 とは言っても、雄英受験に向けての自習もある私にはヴィランに構っている時間なんてなかった訳で、ちょっかいをかけてきたヴィランたちには、私の個性の練習相手になってもらった。そして自分に害をなしそうなヴィランは目の前の例外を除いてすべて豚箱に放り込んだ。やっぱり私は完璧だ。

 

「私は素晴らしい人間である!そう思うでしょう死柄木さん!」

 

 都合の悪そうな部分を取り除き、いかに私が素晴らしい個性の持ち主であるかについて話すと、一歩足を引かれた。

 

「うわ、相変わらず気持ち悪いガキだ」

「あはは、そんな人がいるんですね。私はガキではないので関係ありませんが、近づかないように気をつけないといけませんね!」

「ソラ、お前のことを言ってるんだよ」

 

 死柄木もいつも通りのようだ。

 三年くらい前に会ってからも変わらず、いつも通りにストレスを感じると首を掻いている。癖なのは分かるが、跡に残るし消えづらいものだからやめた方が良いと思ったが、そもそも首の掻き傷があろうとなかろうと死柄木弔という人間を見たときに受ける印象はそう変わるものではないので、別に良いかと思い直した。

 

 ちなみに例外である死柄木さんは、別に友だちになったとか良心が痛むからなんて理由で野放しにしている訳ではない。

 本当なら、すぐにでも通報なりなんなりするべきだと他の人は言うかもしれないし私だってそうしたい。でも、それってどうなのだろう。

 そもそも、ニュースを見ていても死柄木が殺傷事件を起こしたりというようなヴィランらしい活動をいる情報が入ってこないのに、通報したり自首させたところで取り合うほど警察は暇じゃないだろう。その上に死柄木からの信用を落とすのは阿呆らしい。

 私が死柄木を挑発なり個性を使うなりして、強盗や殺傷事件沙汰を起こさせるのは可能だろう。それによって、警察やヒーローを動かし、重い刑期を課すことも可能だ。でも、そうしたって死柄木の上の人間はいるし、行動を起こすかもしれない。『先生』だったか?あのヴィランの模範生のような死柄木が尊敬している相手がヤワな人間な訳がない。

 大丈夫だとは思うが、もし私と死柄木との間に接点があることがバレたなら、ただじゃ済まないのかもしれない。……ええ、もちろん私の個性はさいきょーですが、それでも万が一は恐ろしいですから。

 

 まあつまり、今この場で行動するのは愚策でしかないのだ。それに、今何もしないことは私にだってメリットはある。

 

 だって彼、オールマイトを殺そうとしているんですよ?

 私はそれは歓迎すべきことだと思うのだ。……ってあれ、歓迎することなんて言ってはいけないか。じゃあ前言撤回です。

 もちろん、私はオールマイトに死んで欲しい訳ではないです。でも、別にいなくなってもどうでもいい。

 

 ヘドロヴィランを退治しようとしたときに現れたオールマイト。オールマイトの存在感には、彼に興味を持っていない私だって圧倒された。光の象徴たる彼……でも、やっぱり問題ないな。それで消えるのであれば、それだけの存在だったってことですから。もちろん私はオールマイトに勝って欲しいとは思っています。だって彼は犯罪の抑止力の象徴だ。彼がいる限り私たちの平穏は守られる。なんてかっこいいのでしょう。

 

 だから死柄木がオールマイトを殺せずに、そのまま舞台から消えると言うのなら別に構わない。でもそれを達成出来たとするなら、もしかしたら、爆豪とも戦うのかもしれない。別に死柄木じゃなくとも、彼の部下なんかが爆豪と戦う可能性もあるか。

 

 でも、こうも思うんです。

 

 死柄木たちと爆豪が相対すれば、爆豪の更なる躍進に繋がります。まあ……死柄木たちが爆豪と相対する可能性は低いかもしれないが、それでも構わない。

 私は可能性を残したいだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 死柄木とはたまに会う仲ではあるが、別になんちゃらって組織を介して出会った訳でもないし、組織のことは『先生』という存在が一番上に立っているらしい……ということしか知らない。それに深く知ろうとも思わない。好奇心は猫をも殺すとかいう言葉もあることだし……ああいや、私は自分のことを猫以上にしぶとい生物だと思っているが、万が一がありえるのなら無駄な行動はすべきではないだろう。

 それにもし情報収集に力を注いでしまえば、興味あるならヴィランなんちゃらに入れって言われそうだしな。私は今のところはただの一般市民だし、爆豪もそうである限りはその道から逸れようとは思わない。爆豪がヴィランになったら分からないがな。

 

「それにしても、いきなりどうしたんですか。

あ、もしかして死柄木さんも雨宿りですか?」

「まあ、そんなところだ」

「なるほど、そうでしたか」

 

 もちろん嘘だろうし、死柄木がここにいる理由が思いつかない。

 死柄木とは家付近で会ったことがないし、偶然なんてもんとは考えづらい。何らかの目的があったと考えるのが道理だろう。

 

「あ、もしかして雨宿りってのは建前で、本当はとっても愛らしい私のことを拐うつもりだったと……か……!?」

 

 言っている途中に慌てて左方に跳んで距離を取ると、つい先ほどまで私がいた場所に右振りの拳が飛んできていたのが見えた。

 攻撃は避けることが出来たが、水たまりによる飛沫(しぶき)を避けることは出来ずに全身にかかった。

 泥やヘドロ臭くはならなそうなのが幸いだが、気分的には最悪もいいところだ。

 ……死柄木弔、恐ろしいヴィランだ。

 

「“やめてください”よー

突然のことに私びっくりですよもうー

ああ、それとも死柄木さんにはいたいけな美少女をいたぶる趣味があるんですかー?」

「お前のアホ面とバカみたいな発言を聞いていたら、ついな」

「つい、で殺されたくないんすけど」

 

 半眼になりつつ、服の水をはたき落とす。

 既に服は水分を吸ってしまったようで、ずっしり重くなってしまっていて肌触りも最悪だ。

 不合格通知は送られてくるしヴィランにも会うしで今日は本当に何一つ良いことがない。厄日ってやつだろうか?

 

「でも死んでないだろ」

「ええ、ええ!死んでないんだからモーマンタイ!」

 

 とでも言っておけばいいのだろうか。

 命あっての物種とは言うし、そのことわざには賛成であるが……今の状況は別に作り出される必要もなかったように感じられる。

 げんなりとしつつも態度には出さないように心がけて、首にぶら下げていた笛を叩いて水を吐き出させる。

 

「黒霧」

 

 いつの間にか、死柄木の他にも人がいたらしい。

 気づかなかった自分に幻滅しそうになったが、きっとこの人は今来たのだ。そうでなければ、ちょーゆーしゅーな私が気づかないはずがない。つまり、この人物は瞬間移動系統の持ち主に決まっています。

 

「この少女を運べばいいのですね?」

「ああ」

 

 死柄木と話し合っているのは、異形系の個性の持ち主のようだ。死柄木に友だちやまともな交友関係があるとは思えないし、絶対にヴィランだ。さらに言うのなら、部下なのだろう。

 死柄木の部下なんてとんだ世紀末な人たちしかいないと思っていたのだが、思ったよりもまともに見える。でもまともなヴィランなんてもんがいる訳がないし、きっと腹に一物を抱えているのだろう。くわばらくわばら。

 

「あっ、もしかしてあなたも私を殺そうとするんです?」

 

 出来るだけ、ひょうきんな態度を心がけてそう尋ねた。先程息をするように殺そうとしてきた相手の連れなので、警戒しない訳がなかった。

 恐怖はないが、警戒はする。うん、別に矛盾はしていないはずだ。

 

「私はあなたに危害を加えませんよ」

「“本当ですか?”」

「本当です」

 

 表情は読めないが、ここで嘘を言ったとしても意味はないように感じられる。それに従わなかったら敵と見なされてしまう可能性が高い。上手いこと切り抜けるのもありだが……一旦信じてみるか。

 私に抵抗の意思がないことが分かったのか、死柄木の部下は個性を使用したようだ。彼の個性によって突如訪れた黒いモヤを見る。私を運ぶと言っていたし、私の憶測通りに移動する個性の持ち主なのだろう。私には及ばないが、珍しい個性だ。引く手あまただろうに、どうしてヴィランなんかやっているのだろう。

 

「あの、何か?」

 

 行動を起こさない私を見てか、彼は不思議そうに首の部位がありそうな部分を傾げた。

 

「罠がある訳ではありませんし、大丈夫ですよ?」

「知ってます」

 

 我にかえり、笑って黒いモヤに突っ込む。あっという間の出来事だったので、中がひんやりしているだとか暗いとかは特に分からなかった。

 本能的に瞑ってしまっていた目を数秒後におそるおそる開けると、私の眼下には来たことがない雰囲気の場所が広がっていた。

 

「ここは?」

 

 辺りを薄暗く照らす灯、小粋なクラッシック、そして豊富な酒のラインナップ。

 自分の知識に当てはめてみると、……いわゆるバーと呼ばれる場所だろうか。

 死柄木の部下っぽい人は、やはりテレポート出来る個性の持ち主ということだろう。私には劣るが、遅刻しそうなときに役立ちそうだし優秀な個性の持ち主だ。私には劣るけどな。

 

「静かに話せる場所だ」

「おー、死柄木さんの本拠地ってやつっすか」

 

 頭に手を当てて、辺りを見渡す。視認出来る限りには人はいないように見えるし、息づかいや視線なんかの気配も感じない。

 突然敵の領域に連れ込まれて集団リンチなんてことはなさそうで安心した。……いえ、気配を消せるヴィランだっているかもしれませんし、油断は禁物か。

 

「アジトとかいいっすね!私も昔は幼馴染とごっこ遊びをやったもので、こういったところには憧れがあるものですよ」

 

 にこりと笑ってそう告げる。

 ちなみに爆豪がヒーロー役で、私はいつもヴィラン役を押しつけられていた。ヒーローバクゴーに退治されるまでがワンセットだったのである。お山の大将だった爆豪には、同年代で敵う人間はいなかったのだ。

 ああ……本当にもう……妬ましい。死ねばいいのに。

 胸に込み上げてくるものがあります。今度は吐き気ではありません。タノしくてタノしくて仕方ありません。

 ああ、早くプロヒーローになってくれないだろうか。私も早く追いつきたい。追い抜きたい。おにごっこは昔から得意なんだ。負けなんかしない。早く勝ちたい。そんな想いばかりが募っていく。早く殺したい、死んで欲しい……なんて想いは、ヒーローとしては失格でしょうか。なら考えることをやめるとしましょう。

「お前、いつもは分かりづらいのに今は本当分かりやすいよ」

 

 そんなに分かりやすいのでしょうか。それならもう少し、ヴィランの前で爆豪について考えるのは控えることにしましょう。

 

「あ、今は幼馴染について考えていました」

「そうだろうな」

 

 知っていたと言わんばかりに冷めた目をしている死柄木弔を見て、私は少しオーバー気味に後ずさった。

 

「なんと!いつから私の考えが分かるように!?

やっぱり長年の付き合いになると、相手を理解出来るようになるんですね!

それなら十数年も一緒にいる幼馴染は私の心の底が分かるんでしょうか!?

ああ、それは嬉しい!実に嬉しいです!早くプロヒーローにならないかなあ、早く!本当に早くプロヒーローになった彼を見たいです!」

 

 ドキドキします。そのときが楽しみで楽しみで仕方がありません。

 爆豪はきっと『ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング』では一位に輝くだろう。それ以外は?

 分からない。分からないのには胸の高鳴りを感じるかもしれない。未知なることを考えるとドキドキするのだ。胸が張り裂けそうだ。この感情をなんと表せばいいものか。

 そんなことを思っていると、いつもの表情を保てなくなってしまった。顔を両手で覆って隠し、その指の隙間から死柄木と黒霧の様子を覗き見る。……ドン引き、されてしまったのだろうか。

 

「……本当気持ち悪いなお前」

「ひどいです。女の子に対する言葉とは思えませんよまったく」

 

 ボソリと呟かれた言葉を聞き取ることは出来なかった。そういうことにしておきましょう。だって、そうでしょう?私は正義の心に目覚めたって設定なんですから。

 

「その殺気に満ちた目。本当に分かりやすいよ」

「……それにしても、とむとむってマジで部下がいるお偉いさんなんですね!私驚きです!」

「そのとむとむってのは俺のこととか言わないよな?」

「あっ、とむとむはお気に召さないですか?

じゃあしがしが、しむらっちなんかもありますがいかがします?」

 

 死柄木は信じられないものを見るようにこちらを見てきた。そんなに酷い呼び方はなかったと思うのだが、なぜだろう。

 

「……まさかソラ、お前」

「はい?」

 

 首をかしげて死柄木に目をやると、すぐに人を小馬鹿にするような目になっていた。本当になんだったのだろうか。

 

「何でもない。どれも却下」

「つれないですねー」

 

 カウンター席に腰掛け、ついでに短パンのポケットに手を突っ込んでペンの形状をしたソレを触る。使えるかは分からないし使うかも分からないが、あるに越したことはないだろう。今日が爆豪が家に来た日でよかったです。

 

「マスターいつもの!」

 

 口に出して言ってみたい台詞べスト35くらいにはランクインする台詞を言うと、黒霧と呼ばれていた部下に理解しがたいものを見るような目を向けられた。

 

「……あの、本当に彼女なんですか?」

「大丈夫だろ、多分」

 

 黒霧が不安で不安で仕方ないとでも言いたそうな顔でこちらを見てきたので、にこりと笑って手を振る。

 ……すぐに目を逸らされて、死柄木との対話に戻られた。少し寂しいので邪魔をします。

 

「しっがらっきーさん、今日は何で私をこんなところに?」

「ああ、本当に心外なんだがお前に頼みごとがあってな」

「あはは、私とラッキーの仲じゃないですかー

何でも言ってくださいよー」

「なら死ね」

「はい聞きました!」

 

 聞くだけですよ、叶えるなんて言ってませんと言ったら死柄木は舌打ちをして首元を掻きむしるというコンボをかましてくれた。

 この不機嫌さは一周回って清々しいと思えますね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。