イキれクソ音!   作:ふかし芋

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今回の話は回想→ヘドロヴィランの流れです
よろしくお願いします。


番外
幼馴染(前編)


「い、一緒に遊ぶ?」

「……」

 

 家の中、無言で絵を書き続ける黒髪の少女を見て言葉に詰まった。彼女からは特に何も話しかけてこないし、僕の方へ顔を向けもしない。完全なる無反応な上に近づくなという雰囲気がただよっていた。お母さんから仲良くするように言われているし、僕個人としても仲良くなりたいという気持ちもあったから彼女に話しかけたが、それでも何も反応は返ってこなかった。

 

「じゃ、じゃあ僕はテレビ見てるから、見たくなったら一緒に見ようね!」

「……」

 

 やはりこちらに顔を向けないままに、ことちゃんは絵を書き続けた。会話ですらないその出来事は数分とかかることなく終わった。

 昔はこれが日常だった。昔とは言っても、小学生になるまでの話だ。幼馴染であることちゃんはいわゆる鍵っ子ってやつで、彼女が2歳くらいになるまでは彼女の母がつきっきりで育児をしていたらしいが、育休期間が過ぎると保育園に預けて共働きを再開したらしい。

 我が子の生活のために我が身と時間を削って戦う。これはなくはない話らしい。

 

 言葉を聞くとまるでヒーローのようだけど、昔の彼女は少し寂しそうに見えたから、きっとことちゃんにとってはそうじゃなかったんじゃないだろう。

 ことちゃんは少し人と馴染むのが苦手なようで、保育園に通っていたころも、仲の良い子も作れずに孤立していたらしい。それを知ったお母さんが僕と同じ幼稚園に編入してはどうかという提案をしたのだ。僕とは他の子たちよりは仲がいいし、何かあっても僕がフォローするだろうと。

 

 そうしてことちゃんは幼稚園に編入した。それに合わせてことちゃんのお母さんの帰りは前よりも早くなったようだけど、どうしても緊急事態というものは起こるようで、そういうときは僕の家に一緒にいるのがいつもの流れになっていた。

 時期としては僕が無個性と発覚したころ。そのあとにことちゃんはかっちゃんとも知り合ったんだ。そして気がついたらあんな感じになっていた。

 個性が現れてからの↓

 ことちゃんはいつも笑顔であり、明朗快活を体で表したような人物だ。それは僕と一緒のときも同様であり、自信家の彼女は、僕とは真逆の性格といっても差し支えないだろう。

 成績優秀で運動神経抜群、そして基本的なことに対して並以上の結果を残す優秀な少女、それがことちゃんだ。

 そうだというのに、彼女の周りには人がいない。

 せいぜい僕ぐらいなんだ。きっと、ことちゃんの個性が起因しているのだろう。その上彼女は保健室によくいる。なぜかはよく分からないけど、とにかく保健室にいる。保健室登校って訳ではないんだけど、気がついたら保健室だ。おかげで保健室の先生とはずいぶん仲がよくなったようだ。……サボりだろうか?

 ある日、不思議に思った僕は、いつものように保健室に行こうとしている彼女に問いかけた。

 

「ねえ、ことちゃん。また保健室に行くの?」

「……あー、ちょいと頭痛が痛い状況でねー……悪いけど“次の授業の先生に言ってもらえな……ッ!」

 

 ことちゃんは僕に話しかけた瞬間、気持ち悪そうに口元を手で押さえた。

 

「ちょっ、ちょっと大丈夫?

もちろん言うけどさ、無理そうならちゃんと早退するんだよ!?」

「……」

 

 少しのだんまりの後、彼女は吹き出した。突然の出来事に驚いた僕には目もくれず楽しそうに笑った。そうしてどれくらいの時間が経ったかは分からないが、ことちゃんは落ち着いてきたもののまだほとぼり冷めやらぬ様子で肩を震わせた。

 

「出久は本当に引っかかりやすいなあ!

“超絶元気で美少女なのが取り柄の私が具合を悪くすることなんてありえないだろう!”

サボりだよサボり!次の授業はめんどいしな!あはは!」

 

 そういった彼女は、笑いすぎて涙が出て苦しそうなこと以外にはいつもと変わりがない。彼女とは長い年月ともにいるが病弱なんかじゃなかったはずだ。やっぱりサボりだろうか?

 中学にもなると、そういった時間は減っていたが、でも彼女は相変わらず保健室の先生とはずいぶんと仲が良くなっていた。

 

 少し気になり、早退した日の放課後彼女の家に出向いた。

 ことちゃんのお父さんが珍しく家にいたので、軽く話をしていちご大福をもらう。

 

「ことちゃん、いちご大福もらってきたよ。食べる?」

「……」

「ことちゃん?」

 

 部屋の扉を叩いて尋ねるが返事はない。

 もしかしたら体調が優れないのかもしれない。もし大事だったら大変だ。僕はそう思ってドアノブを回して部屋に入ると、布団が人ひとり分膨らんでいた。

 しばらくのち、モゾモゾと布団から這い出てきたことちゃんは、不思議そうに僕の手元を見ていた。もちろん、僕の手には大福が握られている。

 

「食べないの?」

 

 ことちゃんは頷くと、大福を僕に押し返してきた。

 

「僕に?……いやまさかそんなことないか」

 

 ことちゃんはは不思議そうな顔で、もう一度頷いた。

 彼女はジャイアニズムの持ち主だと記憶している。私のものは私のもの、お前の物も私のものってあれだ。そんな彼女が僕に自分のものを譲ってくれるなんて、明日は大雪でも降るのだろうか?

 

「……!?こ、こここことちゃんが誰かに自分のものを!?」

 

 彼女はいつものように笑ってはいるが、心なしか圧を感じた僕は、そそくさとその場から抜け出したといった出来事もあった。

 

 

 ことちゃんはかっちゃんの熱狂的なファンだ。かっちゃんが現れたらその場所にイノシシのように一直線に突っ込むし、かっちゃんが現れなくてもたちまち見つける。まるでかっちゃん限定の発見機みたいだ。かっちゃんと絡んでいるときのことちゃんは本当にイキイキとしているし、とても楽しそうだから問題ない……と言いたいところだけど、そうもいかない。

 ことちゃんはかっちゃんのことを気にしすぎるあまり、周りのことをおろそかにしがちだ。

 現に彼女はクラスメイトの顔も名前もまともに憶えていないし、僕だって昔から一緒にいなければ記憶の片隅にも置かれていなかっただろう。

 どうして僕はことちゃんと一緒にいるのだろうか?

 そう考えたとき、すぐに答えに思い当たる。

 ことちゃんと一緒にいるのは、友だちだからだ。それ以外の理由なんてありはしない。

 だけどことちゃんにとってはかっちゃん以外は等しく無個性で無価値らしい。それならどうしてかっちゃんが特別なのか、なんて問いに対してはこう返された。

 

『爆豪が爆豪である限り、私はかっちゃんのことがダイスキだよ』

 

 ……正直なところ、僕は彼女がかっちゃんのことを好きな理由が分からない。検討もつかない。

 僕が女の子だったとしても、かっちゃんみたいな横暴かつ理不尽な人を好きになったりなんてしないと思う。年ごろの女の子はアウトローな人を好きになることもあるって話を聞いたことはあるが、ことちゃんもそれに当てはまるのだろうか。

 なんにせよ、クソ音は百歩譲ってまだいいとしても、たまにゴキブリ女だとか言ってくる相手のことを慕う気持ちは僕にはよく分からなかった。

 いや、色恋話は案外どうでもいいんだ。ことちゃんが隣でかっちゃんの話をしている姿を見ているだけで、なんだか嬉しい気分になるし、たまに彼女の話からかっちゃんの新しい面だって知れるから、楽しいというのもある。

 それにことちゃんはかっちゃん以外は無価値だと言っていたが、僕のことを救けてくれたことは一度や二度じゃない。

 本人は恥ずかしがっているのか否定するが、それによって僕が救かっているのは確かな事実である。

 

 だから僕はことちゃんは本当のところ、心優しい少女だと信じている。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 今、僕の前にはかっちゃんとかっちゃんに取り入ろうとしているヴィランがいる。かっちゃんは必死に反撃しているようだ。その迫力に思わず尻込みしそうになるが、かっちゃんは今……救けを求める顔をしていた。なら、救けないといけない。

 

 だから僕は、支えてくれる存在を背に走りだした。

 トンと背中を押された直後はよろめいたが、すぐに目的に……かっちゃんに向かって確かに走り出す。

 その直後、後ろから声が聴こえる。

 

「──“そこのヴィラン、動きを止めなさい”」

 

 凛とした声が聴こえた瞬間に、かっちゃんに張り付いていたヴィランは動きを止めた。

 言ったことが本当になる、それがことちゃんの個性らしい。

 その個性の効果を詳しくは知らないし教えてくれないが、それでも憶測でものを言うことは出来る。

 

 彼女の個性は『使役』

 人や、多分動物にも使える個性であり、命令を下すことで効果を発揮する。要は彼女の言われた通りになってしまうのだ。

 恐ろしいのは、いつ彼女に個性を使われたのか分からないってことだろう。

 僕以外の人に個性を使うときには、普段のその人とは明らかに違う行動をしているから分かる()()()()()。でも、いざ自分にかけられてみると……全く、気づけない。言われても気がつかない、気がつけない。そんな個性だ。

 本当に恐ろしい個性だが、今この場においては心強い味方だ。せっかく与えられたチャンスに、僕はしがみついた。

 ことちゃんの言葉通りにヴィランは動きを止めた。でも、かっちゃんから離れていたわけではない。だから僕はがむしゃらにノートを投げつけて、ヴィランからかっちゃんを引き剥がそうとした。

 

「……やめろ!」

 

 かっちゃんに制止の声をかけられるが、ここで止まる訳にはいかなかった。ノートを投げたことによって揺らいだ位置からかっちゃんの身体をつかむと、すんなりと身体は抜ける。

 ヒーローの一人がかっちゃんを安全地帯へと連れて行った。文句を叫びながらも連れていかれるかっちゃんを見て、僕は安心してへたり込んだ。そのあとにすかさず樹木の枝のような物が僕の前に現れて、痛くない繊細な力加減で僕の身体に巻き付き、かっちゃんと同じように安全地帯に運ばれた。

 もうヴィランに襲われる心配はない。でも、まだヴィランが捕まったわけでもない。その事実に気がついた僕は駆り立てられ、ヴィランの姿が見える位置に移動した。

 

『クソっ、こうなったら……』

 

 ヘドロのヴィランが、他の民間人よりも一歩前に出ていたことちゃんに向かっていった。

 ことちゃんは……動かない。咄嗟のことに声も出ないようだった。ただ、何かを探しているようにスカートのポケットを弄り、取り出した何かでヴィランの目を……

 

 

「──もう大丈夫だ、なぜなら……私が来た!!」

 

 その声を皮切りに、事態は収束した。

 みんなのヒーローであるオールマイト。彼がいるだけで人々は安心することが出来る。

 ヴィランの身体に風穴を開け、ついでとばかりに雨を降らしたオールマイトを見て希望に満ちた表情を他の人が浮かべる中、安堵しているようでやけにしらけた目をした彼女が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

「い、いえ別にオールマイトが来なくても何とかなりましたしぃ?」

「私はなにも……あっ、あなたは見たことのあるおまわりさん!今回は恋人の危機でしたので」

「しれっと嘘つくんじゃねえよクソ音!!」

 

 ことちゃんも僕も大人に怒られた。あの場はヒーローだけでなんとかなったんだから、君たちが体を張る必要はなかったと。

 それとは対象的にかっちゃんは褒められた。

 すごいタフネスだ、将来ウチのサイドキックにならないか……なんて持ち上げられている。

 

「爆豪はすごいね、出久」

 

 そう話しかけてきた彼女はいつも通りに笑っていたのに少し悔しそうに見えたから、僕は反射的にことちゃんに声をかけた。

 

「こ、ことちゃんも凄かったよ!」

「私がいなくてもオールマイトが助けてくれた。私がいなくともあの場は解決したんだ。それなのに……馬鹿らしいと思わないか?」

「思わないよ」

 

 そこはきっぱりと言った。躊躇うのはおかしいし、彼女は彼女で迷っているような気がしたからだ。

 しかしそれが悪手だったのか、ことちゃんは少し眉をひそめてこちらを見つめ返してきた。

 

「出久は私をおだてるBOT志望なのか?それとも、君の行動も素晴らしいと賞賛されたかったクチ?

だとしたら残念だったな!私はお前のことを褒めたりなんかしない!」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

 本当にそんなことを言いたかったわけではない。

 あの場で初めに動いた人間は、間違いなくことちゃんだった。みんなヒーローが助けてくれるだろうと傍観(ぼうかん)していたのに対し、自ら動こうとしていたのは彼女だけだった。どんな感情が渦巻いてあったとしても、救おうと動いたのは彼女だけだったんだ。

 

「どうだかねぇ……

私は君の行動は褒められたもんじゃないと思っているからね。力ない勇気はただの無謀だ。私がいなかったら?オールマイトがいなかったら?

君は怪我をするだけじゃすまなかったろうね」

「でも、僕は自分の行動が間違っていたなんて思わないよ」

「あっそ」

 

 ことちゃんは面倒くさそうにため息を吐いて、カッターの刃を出したりしまったりしていた。……ちょっと危険だからやめてはくれないだろうか?

 ……カッター?そういえばことちゃんは、ヴィラン相手に何かで対抗しようとしていた気がする。それがカッターだったのだろう。でも、相手は流動体だ。カッターで相手を傷つけることは無理だと思う。じゃあことちゃんは何でカッターを取り出したのだろう。

 

「ことちゃん、カッターを取り出したとき何しようとしてたの?」

「ヴィランが私の方に来るとは思っていなかったからすぐには口と足は動かなかった。流動体とは言っても視界を一時的に潰せたら時間稼ぎが出来ると思ったからヴィランの目を潰そうと……」

「……」

 

 随分とパワフルな考えだ。思わず黙ってしまった。

 

「……そんなことはどうでもよかったな。脱線してしまうのは私の悪い癖です」

 

 こほんとわざとらしい咳払いをすると、よそ行きっぽい笑顔を浮かべて僕と向かい合った。

 

「とにかく、出久がヒーローに憧れる気持ちは分からないですが、君みたいな自分の身を守る術を持たない人間が目指すべきものじゃないんですよ」

 

 分かってますかと諭すように告げることちゃんを見て、彼女もまたヒーロー科志望だったことを思い出す。

 それも、同じ雄英のヒーロー科だ。ことちゃんも僕と同じようにかっちゃんに止めるように言われたんだけど、それでも雄英のヒーロー科行きを撤回することはなかった。

 その場で適当に書いたわけじゃなくて、本気だということだろう。

 

「ことちゃんもヒーローになりたいんだよね?」

「そうですけど、どうしたんです?」

 

 笑顔を浮かべてこちらを見てくることちゃん。彼女は当然のように頷いているけど、ことちゃんがヒーローになりたがっているだなんて知らなかった。

 

 そういえばことちゃん、この前クラスの女の子にヴィランに向いているって言われてたな。

 

『魂月さんって性格から個性に至るまで全部ヴィランに向いてるよね』

『そうですか?』

『だって言葉ひとつで相手を操れるんでしょ。こわーい、私も操れないように気をつけないとな』

『ああ、よくお世話になってます。またお願いしてもいいですか……ってそんな離れたところまで行ってどうかしたんですか?』

 

 

 ……まあ、ことちゃんの個性がヴィランにも向いている個性だとは僕も思うけど、きっとヒーローにも向いているんだと思う。理由としては……

 

「ことちゃんの個性は人の心を落ち着かせることが出来るから事故のときも辺りの人を鎮圧出来る。辺りへの被害は出づらい。その利点を踏まえてことちゃんがヒーロー活動をする上で問題となるのは……

ゴメンナサイ」

 

 考えている最中に、冷ややかな視線を向けられていることに気がついて謝る。

 

「出久はいつも通り気色悪いな。“私のことを私の前で考察するのはやめろ”よ、気が落ち着かないったらありゃしない……ですよ」

「ごめん!でもことちゃんはやっぱりすごいと思うよ!」

 

 ことちゃんはため息を吐いた。

 

「……思えば昔から君は向こう見ずだったな。勇敢でも無謀なら意味がないって言ったよな?

今回は君を利用した私が悪いが、今後はこんなことやヒーローになりたいだなんてバカげたことを言うのはやめろ。もっと自分の身を大切にしないといつか本当に身を滅ぼす羽目に……」

 

 いつになく不機嫌そうに当たってくることちゃんの輝きのない目を眺める。昔から夢も希望も持ってなさそうな顔だった気がするけど、笑わなくなると少し怖い。

 思えば前にもこんなことがあった気がすると僕は昔を思い返す。あれは、確か4年生のときに具合の悪そうだったことちゃんを家まで送ろうとして……

 

「いたっ」

 

 頭に直撃した痛みで、今の思考は遮断される。

 彼女の手を見ると、刃の畳まれたカッターがあった。……これがもし、剥き出しのままで僕の頭に向かっていたら、僕の脳裏にはお花畑が見えていたことだろう。

 

「私の話を聞き流していいのはかっちゃんだけだよ、おバカ」

「へっ!?ごめんっ!

シュークリーム二個奢るから許し」

「分かればいい」 

 

 頬を緩めている彼女を見て、切り替えの速さを誉めれば良いのか、それとも彼女の単純さに呆れればいいのか少し判断に迷った。というかもしかしたら怒っているのは演技で、僕からお菓子をせしめるための行動だったのかもしれない。……あれ、もしかしてその可能性が高い?

 浮かんできた可能性を考えて、いつも通りだという安心感に包まれた。

 僕はことちゃんにうまいこと騙されていたのかもしれない。でも、身を案じているこの言葉すべてが嘘なわけじゃないと思う。ことちゃんは優しいから、きっと心からの言葉だって少しはまぎれているはずなんだ。

 

「ことちゃん。僕はね、君はヒーローに向いていると思う」

「ま、私だからな」

 

 えっへんと胸を張っていることちゃんを見るのにもなれてきた。ことちゃんもそうすることになれてきたんじゃないだろうか。

 顔も体格も似ていないのに、笑って堂々としている雰囲気は少しオールマイトに似ている。

 自分が笑うのは、内に湧く恐怖から己を欺くためでもあるとオールマイトは言っていた。もしかしたらことちゃんが笑うのも、似たような理由なのかもしれない。

 

「自信家なところもきっと、ことちゃんの中で大切だったんだよね」

 

 誇らしげだったことちゃんは、すぐに怪訝そうな顔になる。

 

「……何が言いたいんだ?」

「今回の件で分かったよ。僕は……身の丈にあった職につくべきなんだね」

「……」

 

 無言。そして、こちらの真意を知ろうとする、見透かしたような目が怖くて目を逸らした。

 数十秒沈黙が続いた。そのあとに沈黙をやぶったのは、ことちゃんの方から聴こえてきた着信音だった。

 ことちゃんは鞄から携帯電話を取り出して画面を見ると、あっけらかんとした声を出した。

 

「あ、母親から伝言。早く帰んないと」

「も、もしかしてことちゃん……」

「“もうお話は充分ですよね?帰らせてください”」

 

 ことちゃんは朗らかに笑って、警察やプロヒーローにそう告げた。あらかたの話も終わったからか、ことちゃんの願いは案外簡単に叶った。この調子なら、僕もすぐに開放されるだろう。

 

「じゃあね、出久。いい夢を」

「う、うん」

 

 笑顔で別れを告げることちゃんに、僕は手を振って返した。

   

 

 

 

 

「おいデク!!俺はてめェにもクソ音にも救けを求めてなんかねえぞ……!救けられてもねえし一人でやれたんだ!それなのに恩売ろうってか!?出来損ないのてめェらが見下すんじゃねえ!」

 

 かっちゃんは僕に言うだけ言って帰ってしまった。でも、かっちゃんの言う通りだとも思う。僕は何かが出来たわけじゃないんだ。

 

 

 僕は、ヒーローになりたかった。でも、無個性の僕ではプロヒーローにはなれないと敬愛するオールマイトに言われてしまった。

 今回のヴィランとの遭遇で、プロヒーローになる危険性は身にしみて分かった。きっとことちゃんがいなかったら、オールマイトがいなかったから……僕は無傷ではいられなかっただろう。

 きっとかっちゃんもことちゃんも素敵なヒーローになれるだろう。僕は……昔から恋い焦がれていたヒーローにはなれないけど、オールマイトが言っていた通り人を助ける仕事につくことは出来る。かっちゃんが言ってたみたいに夢を見続けるわけにはいかない。悲しいけど、前に進まないと……

 

 

「やあ緑谷少年!」

「んっ!?!?」

 

 


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