イキれクソ音! 作:ふかし芋
春休み(前編)
「出久のばかやろー……」
布団にもぐった私は、悶えた。
そう悪態をついてしまうのも一度や二度ではない。
クソなことに出久は雄英に受かったらしい。私よりも弱っちくて、私よりもグズだった出久が受かったらしい。
出久は地頭が良い方だ。分析能力は高い。咄嗟の機転も効くほう。それに、個性も発現したようだ。無個性ではなくなったというのなら、更にいえば強い個性を手に入れたというのなら雄英に受かるのも今までよりは納得が行く。
……それが分かっていてなお腹が立つ。
爆豪にも馬鹿にされ、出久にも馬鹿にされ、私はこの先生きのこれるのか?
いや、やっていける。やっていかなければならない。
布団から顔を出して、大きく息を吐く。
「“私はちょーゆーしゅーである”」
私はそう口に出し、心に刻みます。
「“私はプロヒーローになれる”」
拳を突き上げて、そう断言します。
そうしているうちに、少し心が落ち着いては来ましたが、それだけでは少し足りません。
甘味を摂取することにした。冷蔵庫へと向かい、シュークリームを取り出す。
サクサクとした皮の食感とクリームの甘味が口の中に広がる。今日はそれだけでは満足出来なくて、リビングルームに向かい、飴玉を口の中に放り込む。
甘い。舌で転がす。口全体にその味が行き渡ったところで、深く息を吐いた。
「甘い物食べて強くなれたらいいのに」
筋肉ムキムキになったり、スピードタイプになれたりしたら最高だ。私だってオールマイトくらいの筋肉が欲しい。
「……まあ、“私の個性が一番さいきょーなんですけどね!”」
春休みである。
ともなればすることはひとつ。雄英から送られてきた事前課題を終わらせた私は背伸びをした。
春休みなのである。
ともなれば気晴らしをしに行っても問題ないはずだ。
今まで筋トレと自己学習と個性のコントロールしか行なってこなかったのだ。少しくらいは休みたいし、リフレしたい。
「卒業旅行、とか」
行きたいです。家族と卒業旅行に行ったこともありましたが、楽しかったですし。惜しいことがあるとするならば、その間爆豪と会えなかったことくらいで、他は問題なし。むしろヴィランと遭遇出来たのでラッキーとも言えます。でも、ヴィランと遭ってしまったので仕切り直したいという気持ちがなきにしもあらず……まあ、旅行なんて大方満足なんですけどね。
そもそも、今のシーズンからではロクに予約出来ないだろう。諦めも肝心です。他に楽しめることでも考えましょうか。
机の上に散乱させた飴玉の一つを口の中に放り込む。
甘くない。手元を見ずに放り込んでしまったが、これは母さんが作っていたのど飴だったらしい。
家族共用のノートパソコンへと手を伸ばす。特になんでもない。ただ、情報を集めようとしているだけである。どこにヴィランが現れたとか、どこでヒーローが活動しているだとか、爆豪がどこにいるとかの内容。
SNSで情報を見漁っていると、ひとつの情報を目にした。
「……のど自慢大会」
優秀者には賞金も出るらしい。参加賞は必ず貰えるらしい。でも、中学生は保護者に同伴してもらう必要があると。
「……金欲しい」
別にそんな大金が必要なわけではない。個性を使うのにだってこの声ひとつさえあればモーマンタイですし。
でも、金は欲しいじゃないですか。この前死柄木には笛を壊されたので新しいホイッスル的なものが欲しいですし、甘味だって欲しいです。ついでにいうのならサポーターとか包帯とか絆創膏とか買い足して行きたいですし、トレーニングマシーンとかの筋トレ用品も欲しいですし爆豪に追跡する道具も欲しい。欲は尽きません。
法に触れない方法での金稼ぎの方が好ましいのである。
個性を使って紛れ込むことは可能ですが、それってヴィランと間違えられそうですし、ふつーに父親か母親に同伴してもらいましょう。やましいこともありませんしね。
そう考えた私は、すぐに参加しようと要項に目を通しました──
日が経つのは早いもので、もう本番の日です。
そして、もうステージの上です。進行の人が何かを喋っているのを聞き流して、私は笑っています。
緊張はしない。どうせここにいる誰も私に敵いはしないし、どうせ雑魚だ。緊張なんてするだけ無意味。いつも通りのほうが、実力だって発揮されます。
私は大事なときに、感情を荒げてはならない。
私は大人にならなければならない。
私がふつーの一般人である以上、爆豪のような汚らしい暴言を吐くことは許されていない。そもそも、それってヒーローらしくないですし。
私はふかぁく息を吐き、そしてエントリーした曲を歌い始めます。
感情をこめて。心をこめて。歌詞の意味に思いを馳せて。
私の母親は、声に感情を篭めることが出来る個性だ。だから恐らく多分私も似たような性質を持っているのだろう。
私の個性は、動植物を使役することが出来る。つまりちょーゆーしゅーな個性なわけだけど、すこーしだけ難点がある。その内のひとつが、雄英でそうだったように、無機物に効果を発揮出来ないことなのだが……出来ないものはしょうがない。そんなことよりも、長所を伸ばしたほうがいいに決まってます。
そして、私は私の個性を使いこなすために、感情をコントロールする必要がある。
喜怒哀楽。それらを明確にすることで、私の個性を向上させられるというのは証明済みである。
それらの感情を乗せた音は、多大なる効果をもたらす。私の命令を聞いた相手は、“そうしなければならない”という義務感に駆られる。
極論、私は言葉を発さなくてもよいのだ。ただ私が願い、感情を乗せた叫び声でも個性として相手に伝わる。音を乗せれば、笛なんかでも私の個性の一部として活躍してくれる。言葉を告げるよりも効き目が薄いため、一瞬の足留めくらいしか出来ないけども。
使えるものは使わないといけません。
歌は、感情をこめるのに便利な手段です。金が欲しいというのも理由のひとつではありますが、それ以上にこうして人前で練習出来るというのは貴重な機会なので、存分に使わせてもらいましょう。
今以上に完璧に、私は素晴らしい人間にならなくてはならない。
そうすれば私はもう一段階上に成長出来るかもしれない。
だから、
「ありがとーございました!」
勢い良く頭を下げて、拍手の音を聴く。そして、指定された席に戻って、大会が進むさまを眺めていました。
出るからには、やはりそれなりにうまい人が多いようで、それでもウケ狙いで参加しているのだろうといった人物も参加しているようでした。
誰も私には及びません。私はとっても凄いので!
……と、言いたいところですが、そう言うことが出来ないくらいに上手な人がいました。まあ、ひとりだけですけども。
その人の歌は抜きん出ていました。
上手、だったんです。でも、それ以上に楽しそうで、歌うことが好きなんだと伝わってきました。
だから、優勝は私ではなかったんです。
狙うからにはてっぺんを。そう思っていただけに残念でしたが、私はこの道を極めようなんて考えてはいませんし、仕方がないのかもしれません。
出来るのなら賞金を手に入れたかっただけに、参加賞の粗品しか手に入れられなかったのは本当に残念でしたけども。
「……つかれた」
この状況で爆豪や出久にもう一度会ったら、廃人になるのが想像出来るほどに疲れた。
他人を馬鹿にするのは好きだが、自分が馬鹿にされるのは我慢ならないのだ。特に爆豪は絶対馬鹿にしてくる。今は会いたくない。
どんよりした気持ちを拭うように、私は伸びをしました。今回同行してくれた母親は今お手洗いに行っているので、戻ってきたらすぐに家に帰ることになるでしょう。
「あっ、さっきの」
「……?」
目があった。
声の主は黒髪の少女のようだ。その条件だけなら私と特徴が被っている気がしないでもないが、その少女は清楚系な私に対して……なんというか、全体的にロックだ。もっとも特徴的なのは彼女の耳だろうか。個性の影響なのか、耳たぶが伸びたような形をしている。
……なんの用だろう。早く帰りたいのに。
「どうかなさいましたか?」
苛立ち混じりにそう聞くが、彼女はそのことに気がつかなかったようで、私へと距離を近づけてきた。
「歌、すごい良かった」
……褒められた。
「そりゃあ私は上手でしたけど、あなたも上手でしたよ。優勝者さん」
そう、彼女はこの大会で頂点をとっていたのです。こんなにも若いのに凄いです。でも、だからこそ、そんな彼女が褒めてくる事実が、腑に落ちない。
「しかし、同じ年代の女の子が聞いてくれるなんて思いもよりませんでした。聴いてくれてありがとうございました」
「普段からこんなことを?」
「いえ、普段はこんなことはやらないですよ。でもまあ」
気晴らしに。小遣い稼ぎと個性の強化も兼ねて。そう言おうとは思ったが口には出さないでおいた。
この超個性社会に置いて、公衆の場で個性を使うことは禁じられている。というか、公衆の場じゃなくとも、私有地で個性を使うことは良しとされていない。
そう、個性を使ってしまったとしても意図的なものではない。これは“偶然”だ、“偶然”なら個性が発動してしまっても仕方がない。まあ、多分今回は発動してないと思いますけども。
「少し心配なことがあったんだけど、歌を聴いてたら不安が吹っ飛んだんだ。だから、ありがとう」
「……ま、まあ私はてんさいですからね! 人ひとりを笑顔にするくらい息を吸うよりもよゆーですよ!」
ふんぞり返って私は高々と笑いました。
「今日はもう帰るの?」
「……そうですねー、ではさようなら」
「ちょっと待って。このあと、ちょっと時間ある? よければ話さない?」
「……なぜあなたと?」
「な、なんとなく?」
曖昧な言葉。
調子の良い言葉を並べ、そしてこちらに取り入ろうとしてくる。つまり……
「……“あなたはヴィランですか?”」
「……え、違うけど」
「……」
違ったらしい。首をかしげつつ、次の内容を口にします。
「では、“私に仇なす存在ですか?”」
「あだ……? いや、ないない」
ふかーく、息を吐いた。私は私の個性のことを信じている。そして今、ちゃんと個性が発動した感覚がした。だからそれに答えた言葉は嘘偽りない真実である。
そう自分で結論づけたあと、私は気を取り直して笑いました。
「……いやぁ、早とちりすみませんでした! あ、いえいえあなたがヴィランっぽい顔をしているって訳ではないんですよ? ただ、あなたが優しい言葉をかけてきたのでどうにも不審に思ってしまって! ほら、甘い話には裏があるなんてよく言うでしょう? だから一応聞いておきたかっただけです!」
「危機感は持っておくに越したことはないよね。こっちこそ、いきなり声かけてごめん」
「……いえ、お気になさらず?」
「それでさ、良ければ時間くれない?」
「……?」
「ここで会ったのも、何かの縁だしさ」
表情を見る。嘘を言っているようにも、裏がありそうにも見えない。純粋に、私と会話をしたいと思っているように見える。
「……」
しかし、困りました。なにが困るかというと、別段困らないのですが、なんとなく困ります。ほら、私ってかっちゃんのために時間を費やさなければならない義務がありますしおすし。こうして話している時間は無駄でしかないのでは。
「……軟派?」
「ナン……いや、違うから」
「あなたの保護者の方は?」
「家がここから近いから、終わったら帰ったよ」
今日は無理言ってきてもらったんだ。
そう照れて告げる彼女の顔からは、嘘は見受けられない。多分本当のことだろう。
私は家から近いというわけでもなく、むしろ遠い方ではありますが、それでもひとりでは帰れない距離でもないですし。あ、でもやはりひとりというのは危険でしょうか。変質者にも、もちろんヴィランにだって遭遇したくないですし。
彼女と一緒にいてはならないという理由を探そうと頭を回らせます。
「名前も知らないような方と話すのは……」
「ああ、自己紹介がまだだったね」
彼女はあっけらかんと告げると、すぐに次の言葉を紡いだ。
「ウチは耳郎響香、よろしく」
にかりと気前よさそうに笑った少女は、手を出してきた。握手でもしようというのだろうか?
彼女の顔を見て、恐る恐るそこへと手を伸ばすと、彼女は握り返してきた。
「あー……えっと、私は……言音です。