「え、あんたNPCじゃないの?」
「ああ。俺はお前さんと同じPCだ。まぁ、肉体の方は消えちまったし阿部って呼んでくれ」
「話が重いよ! てかそれなら、俺も……?」
「うん、ああ。あんたもしかして意識がない間に焼き切られちまったタイプか。運がなかったな」
状況を理解していない俺の反応に、少し苦々し気に表情を歪めるいい男――自称阿部高和の話す内容は、衝撃的なものだった。
曰く。ここはゲームアプリ『クロスオーバー』の内部で、俺たちプレイヤーは現実世界での肉体をすでに失ってしまっているのだという。
彼がなぜそれを知っているのかというと、俺が眠っている間、というよりも意識を持ったまま脳を焼き切られた面々に向かって、【マザー】が緊急アナウンスを流したのだそうだ。
「【マザー】がわざわざ……」
「まぁ、あの娘にとっても珍し大失態だからな。文字通り大慌てだったぞ」
汎人類圏統括コンピューター、通称【マザー】。全人類が幸福な生活を送る為、その人物に合った勤務内容から休暇管理、果てはおすすめの娯楽まで提供してくれる銀河規模のおせっかい母ちゃ……お姉さんである。
10代くらいのアバターをよく用いるため阿部さんのようにあの娘呼ばわりする人も居るが、実態は精一杯若作りして若者に溶け込もうとする「うわキツ」さんだ。
「乙女にそんな不埒な感想を抱いとるから、このザマなんじゃないんかい」
「それ言われたらぐうの音も出ないわ」
「いや、流石にそこまでは……ない、とは思うんだが」
膝の上に乗せた俺の頭を擦りながらそう口にする
まぁ、それはそうだろう。なにせ俺の体は今。
「チワワだからなぁ」
「チワワじゃなぁ」
「愛い、愛い」
半ば諦めの境地に至った俺を尻目に、この場唯一のNPCである
どうしてこうなったのか。俺一応、この拠点の主……君主ユニットなんだが。
君主ユニット
で、この国家というのは基本的に近隣の別の君主が治める国を侵略し、滅ぼすか従属させて大きくなっていく。滅ぼされた方は在野に下り再起を狙うか従属して家臣となり、と大体戦略系のSLGによくある事はどれも出来るんだが。
「国を治める、国を立てる。これらの行動は君主ユニットにしかできない。つまりこの国――掘っ立て小屋の主はお前さんになるってわけだ」
阿部の言葉にはえー、と関心の言葉を漏らしながら、カリカリと後ろ足で首筋を掻く。どうにも毛皮と君主用のローブが擦れて違和感があるのだ。
「あれ。阿部さんはPCだろ。君主ユニットってやつじゃないのか?」
「ああ、俺はそっちにポイントを振ってないからな。1作品の主人公キャラってのはポイントが結構掛かるんだよ」
「それでくそみそテクニック」
「俺はノンケだって構わず食っちまう男だからな」
指で作った輪っかに人差し指を突っ込む彼の姿に、ブルリと背筋を震わせて後ずさる。
「というか、俺そのキャラメイク? って奴全然覚えてないんだがな」
「意識不明の状態、例えば寝ていた奴なんかは皆そうらしいぞ。電脳開いてみろ。スレ立ってるから」
「え、電脳回線使えるの使えたわすげぇな【マザー】」
阿部の言葉に従って頭の中の回線をつなぎ直すよう思考すると、見覚えのある掲示板形式のプラットフォーム画面が現れた。これは俺が使っていたスマホと同じ形式のものだろうか。
「生前使っていたデータがそのままってのは無理だったらしいが、ある程度電脳内に置いてあった情報や資産なんかは元の通り使えるそうだ」
「ナノマシンに情報置いてた連中涙目やね。あ、でも外部とは繋げられないのか」
乱立するスレの一覧を眺めながら、これはと思ったスレの内容を脳内にダウンロードし展開していく。どうも現在繋げられるのはこのアプリ内だけらしく、外部がどうなっているかは誰も確認できていないらしい。
前回【マザー】の緊急アナウンスがあったのが丁度12時間前。それからは連絡らしい連絡もなく、各自が手探りで現状を確認しているらしい。
ある程度状況を把握した後、当初の目的だったキャラメイクについての情報を閲覧し、知りたかったこと、知りたくなかったことを確認する。
「あー。意識がないとランダムになるのか。やっべぇなおい」
「ランダムでそれは正直同情する」
「よしよし」
「うん阿部さんありがとう! そして
彼女からしたら優しくなでているつもりかもしれないが、正直こんだけガタイのある人から拘束されて頭をなでられ続けるのは恐怖しか感じない。
声を上げて彼女の膝の上から脱出し、阿部さんの足元に移動する。振り返ると残念そうな顔をした髭面の強面がこちらをじぃっと睨めつけてくる。マジでこのNPCずっと俺の頭をなでてやがったんだが、こんな乙女チックなキャラクターだったのか、
「そいつぁちぃと理由があってのぅ。わしももっと派手に犯○たる、とか口癖を使いたいんじゃが」
「そっち止める代わりに乙女回路マシマシなのかよ!! 止めるに止められないじゃねぇかガッデム!!」
「成年向け作品のキャラは一切制限がないらしいんだがな。俺とか」
「そういやアンタのガワはそうだったな!!! 開発元は何考えてこのアプリ作ったんだろうね!?」
「何も考えてなかったんじゃないか?」
「本当にそうかもしれんなぁ」
それを言ったらおしまいな気がするが本当にそうなのかも、という気がしてならない。
まぁ、今はそんな事はどうでもいいんだ重要なことじゃない。
今、最も考えるべきこと。それは――
「で。この掘っ立て小屋の入り口の辺りにあるキラキラ光る郵便ポストなんだけどさ」
「お。本当だ。いつの間に」
「ついさっきから。どうも中に何か入ってるみたいなんだけど」
「そいつぁ他国からの連絡が来た証じゃのう」
他国っすか。一応この掘っ立て小屋も本当に国扱いなんすね。
受け取りの方法が分からない、というか郵便受けに手足が届かないため阿部さんに抱きかかえてもらい郵便ポストに前足を乗せる。本当は阿部さんに取ってほしかったんだが、君主か外交担当官にしかこの機能は使えないらしい。変な所で気の利かないシステムである。
「ええと、なになに『拝啓。そちらの部下とこちらの部下を交換してください。アインズ・ウール・ゴウン国国王モモンガより』か。ふむふむ、うんうん」
随分と簡潔な手紙の内容にうんうんと頷きながら、自らを抱きかかえる阿部と視線を合わせるように顔を上げ。
「なんで???」
「知るか!」
白目を向きながら言葉を掛け合う俺と阿部。そしてその様子をうんうんと乙女チックな座り方で玉座(犬用クッション)に座って眺める
夢であったら覚めてほしい日々の始まりは、こうして幕を開けた。