『日本を飛び出して、初めて彼女に出会った時。俺は、この世で最も恵まれていると感じた』
『彼女は俺に全てをくれた。仲間も。夢も。名声も全て』
~ 内原光隆 カンフースターウッチー・チャン独占インタビューより ~
囀る鳥の歌。サラサラと流れる小川の調べ。それらに耳を傾けながら、微睡むような心地で紅茶を楽しむ。ギシリと軋むロッキングチェアに体重を預けながら、彼女は静かに目を閉じる。
『春の宴を耳にし、午睡を楽しむ。なんと雅なことか』
ぽつぽつと呟きながら、女性はテーブルに手を伸ばしティーカップを手にする。白いゴシックドレスに身を包んだ彼女は一口、二口。暖かな紅茶を楽しみながらふぅ、と一息を吐き――突如投げつけられたぬいぐるみで顔面を強かに打たれた。
『ミャッ!?』
手に持ったカップが地面に落ち、大きな音を立てて砕け散る。周囲の床を紅茶が濡らす中、そんな惨状を作り上げた人物。額に青筋を浮かべたこれまた女性は、ひくひくと口元を引くつかせながらゴシックドレスを着た女性の部屋に足を踏み入れる。
『グロスタシャー訛り全開で気分に浸ってる所悪いんですがねジョーンせんせー。次のナッノジーンに配布するゲームの原稿、どうなってるんですかねぇ?』
『あ、ナターシャ。あの、これはっあっつ痛っ!!?』
言葉尻を震わせる友人兼共同作業者の言葉に慌てたように立ち上がろうとし、濡れた床が思ったよりも熱く飛び跳ねてジョーンと呼ばれた彼女、ジョーン・リングストンはそのままバランスを崩してドレス姿で床にダイブする事となる。七転八倒もかくやという暴れっぷりである。
そんな友人の姿に共同作業者の彼女、ナターシャは深い溜息を吐き、彼女が座っていたテーブルに置かれた白い紙。真っ白な原稿にそのため息の度合を変えた。
『ナ、ナターシャ? 違うの、今頭の中でストーリーの流れを』
『キャラデザもシステム周りも終わったんだけど』
『ミュゥ』
声音から色が消えた友人に、これは完全に怒っていると判断。逆らってはいけないと瞬時に尊敬するアーティストの教えに従い、ドレス姿のまま地面に正座をし即座に頭を下げる。ニンジャにすら通用するジャパニーズDOGEZA。ファイナルファイトで一躍有名になったそれは、現在では万国共通の最上位謝罪である。
『……はぁ。まぁ、良くはないけど。気分はよくないけど……大丈夫か』
『え? え? ナターシャ、どうしたの?』
思っていた反応とは違う友人に付した頭を上げ、ジョーンはちらりと友人を仰ぎ見る。
『という訳なんですが。ほんとうにこの娘で良いんですか? 才能はピカイチですが、こういう娘なんで』
『あー。うん、いや。前に読ませてもらった作品がすごく良かった。あれだけ幻想的な世界観も中々ないし、君と組んでからのPCゲームも面白かったし……』
『まぁ尻を叩かれた後は筆も早いんで、お伺いした話なら問題ないと思います』
視界に入った友人はジョーンから視線を外し、ドアの向こうに居る誰かと話をしていた。知らない声。生来臆病な性質のジョーンは無意識に身を震わせながら顔を上げる。
『……ま、まぁそれぞれグループでの参加だし君も一緒で』
『お守りですかそうですか』
『PC関連に強い人員はいくらでも募集してるから(震え声)』
『えと、その。どちらさま、ですかぁ?』
ナターシャと話していたのは小柄な人物だった。サングラスをしているため詳しくは分からないが、年の頃は自分よりも数年年下だろうか。女性というよりも少女と呼ぶべき人物だ。なにやら不穏な内容を匂わせる彼女の言葉に、ジョーンは視線を泳がせながら精一杯の勇気を振り絞り声に出す。
そんな彼女の様子に何を見出したのか。少女はニヤリ、と口元を歪ませて。サングラスを外して、彼女はジョーンの問に応えた。
『第一回ナッノジーンの時も震えながら私にコピー本渡してきたっけな』
『……ふぇ? ふえええええぇぇぇ!?』
驚きの声を上げるジョーン。そんな彼女の視線に合わせるように膝を付き、サングラスを外した彼女――黒井タクミは口を開く、
『君の夢を叶える機会がある。チャンスが欲しくないかい?』
サイエンス・フィクションサークルに所属する大学生、ガット・ウィラード
『再現したい世界がある。行き過ぎた科学。ただの暴力装置と化した司法。アクションと……貴女は否定するかもしれないが、銃器。それらを組み合わせたいんだ。ジオラマの世界を、現実に』
『よろしい、やれ』
小規模な劇団を運営している青年、ウィンストン・チャーブル
『人生はチョコレートの入った箱さ。開けてみるまで中身は分からない。そして、開けた後にあるのは笑顔だけ。そんな作品を生み出せれば、幸せだよ』
『それを為せるかはあんた次第だけど。私も、泣いてるよか笑ってる方が良いと思うよ』
独自に特殊効果を研究しているアマチュアの演出家、ベイ・マックス
『”ゴジラ”を見たよ。素晴らしかった、本当に素晴らしい作品だった。そして、だからこそ僕はあれを超える。斬新で、かっこよくて、テンポのある作品を、彼らの技術を盗んで作り上げるんだ』
『きっとあの人も喜んでくれるよ。次の世代に、バトンが渡ったってね』
ロマンス・グレーに憧れる黒人コメディエンヌ、ラッキー・シルバーバーグ
『わたしゃそういうキャラじゃないって自分で分かってるんだけどね。どんな女だって、一度は素敵な恋ってやつに憧れるものさ。そうだろ?』
『まぁね。どうせなら燃え尽きるくらいの恋ってのは、憧れるかな』
職業も性別も、なんなら人種まで違う彼ら彼女ら。唯一の共通項目は、唯一つ。
ウッチー達はヒーローショーを。ジョーン達は自作のファンタジー小説をゲーム化した。ガットはサークルで制作したジオラマを持ち込み、チャーブルは自分たちの演劇をCDに収めて配布を。ベイは複数の映像サークルに演出家として加わり、ラッキーは女優兼売り子としてとあるサークルに参加し、自慢の話術で売上に貢献していた。
そう。かつて行われた黒井タクミ主催のイベント、最も最初のナッノジーンに彼らは全員出展したことがあるのだ。その場でタクミと出会い、自身の作品を見せ、彼女の言葉を聞き、そしてそれを糧に彼らは研鑽を積んできた。
だからこそタクミは彼らを覚えた。リブからの話を聞いた時、最初に思い浮かんだのは彼らの姿だった。自身が広げたい、新たな世界を担う人材だと判断を下し、そして改めて彼らと語り合い、自身が思い描く計画にふさわしいメンバーだと確信した。
そして、最後にあと一人。
そこはニューヨーク州、マンハッタン。超高層ビルが立ち並ぶそこは、かつては危険地帯として。今ではニューヨークでも類を見ないほどの安全な街として今日も賑わいを見せていた。
『よ』
その一角。
『珍しいじゃねぇか』
『そうかな、そうかもね』
一定の規律が出来たとはいえごみごみとした町並みは変わらない。低所得者層が中心に暮らす界隈はあいも変わらず雑然とした印象を歩行者に与える――そんな町並みの、一軒の古びたアパートの一室。
破けたジーンズにTシャツ姿のラフな格好でタクミの来訪を受けた女は、ドアを開けた彼女にちらりと視線を向けた後、手に持ったタバコを壁に押し当てて火を消した。
『おいおい』
『構うこたねぇさ。どうせ安普請だ』
吐き捨てるように言いながら女は立ち上がり、こつこつと足音を鳴らして私の方へと歩いてくる。
『で』
病的なまでに色白の肌に、複数のタトゥーを入れた女は、私の前に立ち視線を合わせるように私の顔を覗き込む。
『俺のオーディション参加は、許可されたのか?』
『無理だろ』
『俺が演奏やるのが黒人音楽で、俺がヒップホップアーティストだから?』
『そんなレベルの話じゃねぇだろお前さんのやった事は。全米オーディション永久追放なんざお前だけだぞ』
『あんたがやってきた事に比べりゃ大したことねーだろ。あんたに銃を突きつけたくらい』
『……これで常識が通用しない訳じゃないってのがなぁ』
会うたびに交わす会話に辟易としながら、一封の封筒を彼女に手渡す。怪訝そうな表情でこちらを見る彼女に努めて表情を隠しながら私は背を向ける。
彼女の起こした出来事は、私にとっても一つの教訓だった。そして、彼女の起こした出来事が切っ掛けで彼女の仲間たちは正当な評価を得る機会を得た。
――本人を除いて。
『こんなつまんねぇ会話は今日で終わりだ。じゃあな、スリル』
『……エムで良いさ、あんたなら』
『おう……待ってるよ』
背中に視線を受けながら、彼女の部屋を去る。
今回の企画に私が設けた条件は3つ。未だに世に評価されていない才能を持ち、新しい分野の開拓者になりえる存在。
そして、私の主催した夏の陣と冬の陣に関わった人物であること。
最初の2つは簡単だ。今回の企画は言ってみれば前2つの項目を持つ人間を見つけ出す、世に送り出すためのものだからな。今回は最初から目星をつけていたが、もしこの企画がうまく行けば――勿論自信はあるが――全米オーディションのように第2、第3と繰り返してもいいだろう。
対して3つ目。この項目を設けた理由はまぁ色々あるが、一番大きな理由としてはやっぱり前世のコミケに参加した記憶があったりする。あそこで実力を磨いてプロになったって人間を結構知ってるからな。好きこそ物の上手なれ、と言葉にもある通りだ。大概の人間は研鑽なしじゃ一流になんてなれないし、好きでもない作業を続けていけるほど人間ってのは我慢強くない。特に趣味の分野では、な。
今回の企画で、あのイベントには商業からの視線も向けられるだろう。金の匂いを憂う趣味人には悪いが、人は認められたいって欲求を持つ生き物だ。作品を作る才能とそれを世に出す才能ってのは別物で、そういった埋もれた才能に視線を向ける人間が、しかも世に送り出す能力を持つ人間が増えればチャンスは広がる。
そして、そういったチャンス。商業的な成功が見えると人は夢を持つ。自身の持つ趣味で食べていけるのではないか。このモチベーションがあるかなしかじゃ、業界の発展速度はまるで違うんだよ。
例えば日本だと、最近は飛翔と日曜日の成功を受けて漫画雑誌が増えているらしい。漫画家を志す人間の数も増加しているという。これは漫画という『趣味』が職業として認知されたという事でも有る。恐らくここ数年でアニメに携わる人間も、ゲームに携わる人間も倍増じゃない速度で増えているだろう。夢だけに全ブリ出来るのは一部の特殊な開拓者だけだからな。これは、当然のことだと思う。
つまり今回の企画が成功した場合、その恩恵は計り知れないものになるんだ。企画の趣旨としてドラマ、映像関連に関わる人間ばかりに声をかけたが、恐らく成功すれば全米オーディションのように後追いで各国でも似たような事が行われるだろう。
そして、その時。その企画の趣旨がドラマ以外のなにかだったとしても不思議ではない。
そうなれば、文化の発展速度は今の比ではないだろう。様々な趣味が趣味として肯定され、認められる。
そんな世の中が、きっと来る。
「JUST BEGUN! フッフー♪」
頭の中を過ぎった男、内原の映像にかつての世界で聞いた歌を口ずさむ。前世ではよく見た顔のコメディアンが今生ではアクション俳優を志している。めぐり合わせとはわからないものだ。
相方の彼はブルース・リーのファンだろうか。そういやこの世界ブルース・リーとか居るのかな? 居るんならあってみたいがもう亡くなってるか。そういやカンフー映画とかどうなってるんだろ。
『お、おい、タクミ!』
そう考え事をしながら気分良く歌っていると、背後から呼び止める声が響く。聞き覚えのある女性の声。普段は低く抑えられたその声はやたらと高く、上ずっている。
どうやら、待つ必要はなかったか。振り返り、息を切らせたエムに笑顔を見せ、声をかける。
『よう、さっきぶりだなエム。いや……スリル・レディ』
『お、おま! これっ!』
先程否定された呼び声。ステージ上だけで彼女が名乗る別人格の名前に眉を険しく寄せながら、彼女は――マーシャ・ムーアはそう切れ切れに叫びながら私が渡した封筒を見せる。
そんな彼女の様子に。ああ、そういえば夏の陣で初めて会った時もこんな顔だったなぁ、と口元をにやけさせながら、私は口を開いた。
『チャンスさ――あの夏の日に渡せなかったそれを。確かに届けたぜ、エム』
その言葉に、彼女は何も言えなくなったのか。目を見開いたまま、息を弾ませながら私の顔を見る。そんな彼女に私は右手を差し出した。この右手を彼女が握ってくれるかは分からない。だが、仲間のために私に銃を向けた彼女はきっと、私が求めている最後のピースになる。
集められた7グループのクリエイター達は各々がそれぞれ違った持ち味を持っている。ウッチー達ならアクションに、ジョーン達なら脚本に、ガット達なら構成、ウィンストン達なら演技と。そして、誰も彼もが既存にはない新しい何かを求めて、作ろうとしている。
勿論集めただけでは意味がない。それらの集団を有機的に動かさなければただの小規模な集まりの集合体だ。彼女たちに目的を、目標を与え、そしてそれらを評価し、世間に公開し、世に知らしめなければならない。
そうだな、一ヶ月ごとにテーマを決めて彼らに協力した作品を作ってもらうのが良いか。それらを作成しているシーンを撮影し、放映する。完成した作品を見るのではなく、作成していく過程を視聴者達は見ていくのだ。そこに至るまでの苦悩や戦い。メイキング映像ってのはいつの世代でも需要があるもんだ。ただそれだけを目的に考えてもこの企画で放映される番組は面白いことになるだろう。
まぁ、この企画のメインの目的はそっちじゃないんだがな。何度か繰り返しているがこの企画の目的は唯一つ。各ジャンル、未だにジャンルだと認識されていないものも含めてそれらの第一人者を発掘し、世に知らしめる事だ。
彼ら参加者に対する報酬は、この企画に参加した時点で得ることが出来る。なにせ予定通りにいけば抜群の知名度が手に入るんだからな。それこそあっという間に。
後は簡単だ。この番組内で折に触れてこう言えばいい。「自分はこういう事をやりたい」ってな。そうすれば、その目的に共感した後援者なり仲間が出てくるだろう。私が聞いた分だけでも魅力的な話が多かったんだ。それらは簡単な事だろう。
で、こっちは私に対する依頼主であるリブ監督の件。新しいアイディアを、という事なんだが。うん。
まぁ。目の前にいるエムを含めた7人がそれぞれのやりたい事をやれば嫌でも新風が吹き荒れると思うんだよな、絶対に。というかそれを見越してこの企画立てたんだけどさ。企画を見せた段階じゃリブ監督はまだ半信半疑だったけど、ボビーおじさんの方はこの企画自体に興味津津だったし話が潰れることはないだろう。
ということで、だ。
『……ん』
私の右手を取ったこいつも含めて、7つのグループによる既存の固定概念を破壊するための試みは、ここに始動するのだった、と。
そうだな。さっき思い浮かんだ歌に合わせて――セブン。
この企画の名は、カルチャー・セブンとしよう。
今からの7ヶ月。楽しみになってきたな。口元を歪めながら、私は握られた右手を強く握り返した。
『いでででぇ!』
「あ、ごめ」
使用楽曲:JUST BEGUN(バブルガム・ブラザーズ)これBGBで一番好きな歌かもしれない
ジョーン・リングストン:モデルは世界一売れた魔法学校の話の作者かもしれない
ナターシャ:ジョーンのお守り兼デザイン担当。モデルは特になし。彼女たちはゲーム制作チームとして参加している
ガット・ウィラード:モデルはガンカタの方かもしれない
ウィンストン・チャーブル:フォレスト・ガンプは名作でしたね。モデルは誰でしょうか。
ベイ・マックス:モデルはロボットじゃありません()
ラッキー・シルバーバーグ:この人だけ女優がモデル
マーシャ・ムーア:モデルは90年代、黒人一色だったHIP-HOPに白人として実力だけで認められたアーティスト。。。かもしれない。性別は女に変わってる。