ぱちぱち小ネタ集   作:ぱちぱち

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習作の没ネタ。
生存報告がわりです。

誤字修正、日向@様ありがとうございます!



鈴木一郎は本物《ヒーロー》になれない

 鈴木一郎はヒーローになりたかった。

 

 テレビの向こうで巨悪に立ち向かい、人の為正義の為に戦う英雄の背中に憧れた。ああなりたかった。

 

 いつからそう思っていたのかは覚えていない。2歳下の妹が生まれてきたとき、その小さい手のひらに初めて触れた時、自分はこの娘を守るヒーローになるんだと舌足らずに宣言した事を父と母によく揶揄われたから、恐らくはそれくらいの出来事だろう。

 

 幼心に抱いた憧れ、目標。第一の過ちは思春期という大人への脱皮の時に。齢を経て、成長すれば現実というどうしようもない壁に向き合いそして捨て去っていくそれらを捨てきれなかった事だろう。

 

 第二の過ちはそれを理解していて、大人というステージへと足を踏み入れる段階に入ったというのに、自身の性根に忸怩たる思いを抱いているというのにその夢を諦めきれなかった事だろう。

 

 過ち塗れの生き方を歩んできた鈴木一郎は、自身に対して一つの結論を下した。

 

 鈴木一郎は本物(ヒーロー)になれない。

 

 本物(ヒーロー)には、決してなれないのだ。

 

 

 

 

 

 皇国歴428年、12月。

 

 狐耳の麗人、織田信長が迫りくる西洋の脅威に対するため幕府を滅ぼし、大和皇国を築いてから428年が経つ。

 

 幾度かの政変を経て帝を頂点に置いた立憲君主制を敷く大和皇国は、極東の雄として大陸で栄華を誇る中華や海を挟んだ大国・コメリカの間を取り持ち、時たま敵対しながら平和な時を過ごしていた。

 

 今日、この日までは。

 

 

『こちらA班! 弾薬が足りない! チクショウ、徹甲弾が切れた!』

 

『本部、本部! 助けてくれ! 鬼だ! あいつら、鬼が! 鬼が出てきた!』

 

『もうだめぽ――』

 

 

 無線機からは絶えず悲鳴のような怒号と、けたたましい銃声の音が響き続けている。

 

 突如として現れた、空中に浮かぶ黒い球体。その球体から吐き出されるように現れた緑色の小鬼によって横浜は地獄と化したのだ。

 

 連絡を受け急行した皇軍横浜陸軍基地所属の第82連隊は、人々を嬲る様に殺傷する小鬼の姿を発見、すぐさま攻撃を開始した。だが、皇軍の攻撃は小鬼たちに有効打を与えることが出来なかった。

 

 その事実に暗澹たる思いを抱きながら、皇軍第82連隊を率いる狼人、百々大佐は険しい表情を浮かべる。手塩にかけて育てた部下たちの断末魔に頭頂部の耳を伏せそうになりながら、百々は通信士に視線を向ける。

 

 

「各地の状況は。近隣の部隊はまだ連絡を返さんのか」

 

「はっ! あ、あの黒い球体は現在、大和皇国全土に出現している模様です! 新都では黒球が現れた際、巻き込まれた少年が死亡! それ以降の情報は、錯綜しております! 司令部からは原因はいまだ不明! 調査を進めるため各部隊は治安維持に努めろとの厳命が――」

 

「原因も糞も、あの黒い玉っころと小鬼どものせいだろうが!」

 

「ひっ」

 

 

 通信士の返答に百々は堪え切れず、腰を浮かして怒号を発してしまった。お役所仕事と言ってしまえばそれまでだが、現地で命を張っている兵士たちに対してもう少し伝えるべきものがあるのではないか。司令部の青瓢箪どもは現場をどう思っているのか。つい感情を乗せてしまった百々の叫びに、通信士の怯えた声が耳に入る。

 

 

「……すまん、君が悪いわけではないのだ」

 

 

 深く呼吸を行い通信士にそう告げると、思わず漏れ出たグルルルという唸り声をかき消して、百々は座り心地最悪の簡易椅子に座りなおす。この硬い感触と痛みが、今は何故か心地よく感じる。

 

 もちろん、それは錯覚だ。自身も痛みを感じているという思いが、胸に去来する虚無感と罪悪感と無力感を誤魔化す逃避的な錯覚だ。司令官として、本来なら唾棄すべき逃避行動である。

 

 けれど、どうしろというのだ。

 

 良く訓練を積み、整備された装備を持つ精鋭5000名がまるで藁のように死んでいくこの現状を。共に戦った戦友たちが何もできずに刈り取られていく事実を。それをまざまざと見せつけられ続ける地獄を耐えきれる精神なぞ、どんな名将でも持ち合わせてはいないだろう。

 

 誰か。誰でもいい。神でも悪魔でも構わない。

 

 この地獄を覆す助けを。

 

 連隊を預かる司令官として、それが恥ずべき行為であると分かっている。分かっていながらも、百々は瞼を閉じ、深くそう願う。

 

 その願いが通じたのかは定かではない。

 

 

「し、司令」

 

「……どうした。近隣の部隊と連絡がついたのか?」

 

「いえ、そうではないのです。あの。こんな事を報告して良いのか分からないのですが――」

 

 

 けれど、彼の願いは叶えられた。

 

 

「通信機から……その」

 

「ヒーローが来た、と――」

 

 

 

 

 

 手渡された無線機ごしの妹の声に、彼の意識が無線へと向けられる。

 

 

『お兄ちゃん! 本当に大丈夫なの!? さっきまで大怪我してたんだよっ!?』

 

 

 自分を心配してくれる妹の声に、彼の口から苦笑が漏れる。こんなにもまっすぐ心配されたのは小学校以来かもしれないな。そう心の中で独り言ちる。

 

 

『オロチマル。一花くんの言う通り、無理は禁物だ。君に、おんぶにだっこになっている身で言うべきではないかもしれんが――限界だと感じたら、すぐに教えてくれ。後は我々大人がなんとかする』

 

 

 一花と入れ替わるように声が切り替わる。落ち着いたこの声は確か総軍司令部のお偉いさんだった筈だ。彼の言葉にオロチマルと呼ばれた彼は短く答えた。

 

 

――突っ込みます。

 

 

 そこまで言って無線から意識を離し、彼はバイクのアクセルを開けて速度を上げる。

 

 目の前に広がる小鬼たちの群れへと向かって、真っすぐに。

 

 

 

 

 

 つい先刻。それこそ10数秒前まで戦場を包んでいた銃撃の音は唐突に止んだ。

 

 敵を倒したわけではない。なんならあのクソッタレの黒玉から今も元気に緑色の小鬼は湧き出てきている。弾が切れた訳でもない。銃弾が碌に効かないあの小鬼どもを皆殺しにするには心許ないが、配給兵の必死の献身によって兵士たちの手元にはまだまだ弾薬が残っている。

 

 では、なぜこんな地獄の窯のような戦場で、音が無くなっているのか。小鬼と皇軍の兵士、両者が揃って動きを止めたのか。

 

 それは、たった今。この銃弾と血しぶきが舞う戦場に、バイクに跨って突っ込んできたバカが居たからだ。

 

 そのバカは皇軍兵士の銃撃を背後に浴びながら、サーキットでタイムアタックをするかのような勢いで小鬼の群れにバイクで突っ込み、100発近く銃弾を浴びせてようやく仕留められる小鬼を軽々引き潰して、小鬼の群れのど真ん中に穴を開けた。

 

 余りの急展開に思考が停止した皇軍の兵士と、恐らくあちらも事態を把握しきれなかったのだろう小鬼の目の前で、バカは悠々とした動きで流線型をした見慣れないバイクを降りる。そこでようやく、皇軍の兵士はそいつの姿を見た。

 

 それは革ジャンのようなスーツを身に纏った奇妙な男だった。頭にはバイクのヘルメットのような兜を着け、顔の部分はへのへのもへじが記されている。両手には青く染められた籠手が嵌められている。バイクに乗るにも、戦場に現れるにも余りに不釣り合いな格好。皇軍兵士の中でどよめきが大きくなる中、一人の兵士が興奮を乗せながら口を開く。

 

 

「オロチマル……オロチマルだ! 変身ヒーロー、オロチマルが来た!」

 

 

 恐らくは20台だろう青年兵士の、童心に帰ったかのような声音にどよめきが更に大きくなる。その名前を知っているもの。知らなかったもの。それぞれに反応は違えど、どよめきは困惑から歓喜へ切り替わっていく。

 

 変身ヒーロー、オロチマル。それは、おおよそ10年ほど前までテレビで放映されていた人気ヒーローシリーズの主人公の一人だ。敵である巨悪軍団の旗印であるドクロに×字を入れた鎧を纏い、蛇のようなヘルメットを身に着けた青年、青柳大蛇(あおやぎおろち)が日本各地をバイクで駆け回り、巨悪軍団を討伐する勧善懲悪のストーリーで人気を博していた。最初に叫んだ青年兵士は、オロチマルが主人公だったシリーズを見ていた世代なのだろう。

 

 そんな皇軍の兵士たちを尻目に、オロチマルと呼ばれた男はぐるりと周囲を見回す。いきなりの乱入者に小鬼たちは戸惑っていたようだが、意を決したかのように最も最寄りに居た小鬼が、手に持ったさび付いたナイフを振り上げ、オロチマルへと襲い掛かった。

 

 子供のような見た目からは想像できない機敏さと力強さで振るわれるそのナイフは、数多の皇国兵士を冥府へと送った恐るべき一撃だ。歓喜に湧き上がっていた皇国兵士の一部が悲鳴を上げる。危ない、オロチマルと誰かが叫ぶ。

 

 けれど、ナイフはオロチマルには届かない。

 

 攻撃を察したオロチマルは振るわれたナイフを左手で握り締めた。受け止めたのではない。握ったのだ。

 

 そしてそのまま、持ち手の小鬼ごとナイフを持ち上げ、そして地面に向かって小鬼を叩きつける。たったそれだけで、数多の皇軍兵士を屠った小鬼の兵士は地面に広がる赤いシミへと姿を変えた。

 

 

「オロチ流忍術」

 

 

 それを眺めていた別の小鬼がオロチマルに襲い掛かる。その動きを一顧だにせず、オロチマルは胸の前で両手を使って印を結ぶ。

 

 

「蛇隠れ」

 

 

 その言葉と共に、オロチマルの周辺に居た小鬼たちが自身の影から飛び出してきた黒い蛇に飲み込まれる。他のヒーローとは違いオロチマルの必殺技は銃や剣などではなく、青柳大蛇(あおやぎおろち)自身が磨き上げた忍術なのだ! 小鬼たちの影から生み出された黒い蛇は周辺に居る別の小鬼たちにも襲い掛かる。

 

 瞬く間に混乱していく小鬼の群れから、他の小鬼よりも装備の良い、特別な個体だろうと推察される小鬼が飛び出してオロチマルに襲い掛かる。彼こそを脅威だとみなしたのだろうその2体の小鬼を、オロチマルが蹴りで迎撃する。

 

 

「オロチ流忍術 蛇刀脚」

 

 

 オロチマルの蹴り足は刀をも上回る切れ味を持ち、2体の小鬼は空中で胴を二つに分断されることになった。

 

 拳を振るう。敵を投げる。蹴りをを入れる。呼び出した蛇と共に、オロチマルはそれまでの皇軍兵士が小鬼たちにされていたかのように小鬼たちを藁のように刈り取っていく。

 

 やがて、数百は居た小鬼たちの姿は消え。固唾をのんで見守っていた皇軍兵士たちの目の前で、オロチマルは小鬼たちを吐き出していた黒い玉の中へと向き合う。

 

 これを放置すればまた小鬼が這い出るかもしれない。それでは元の木阿弥となるだろう。

 

 故に、潰す。

 

 

「オロチ流忍術 秘伝」

 

「秘伝だあああぁ!!!」

 

 

 印を結ぶオロチマルの周辺を黒い稲妻のようなオーラが迸る。彼のテレビでの活躍を知る青年兵士が狂ったように叫ぶ。

 

 テレビ画面の向こうでありとあらゆる悪を駆逐したオロチマル最強の忍術が、現実世界で放たれる。

 

 

「黒渦蛇神拳!」

 

 

 オロチマルから迸る黒い稲妻は蛇の姿をとり、黒球へ向かって放たれる。一瞬、見えない壁のようなものに遮られた後黒蛇は黒球の中へと飛び込んでいった。

 

 その黒蛇の後を追うようにオロチマルが駆ける。黒球に彼が飛び込んだ後、数十秒ほどだろうか。黒球から、なにかサッカーボール大のものが飛び出してきた。

 

 皇軍の陣地に向かいゴロゴロと転がってくるそれは、王冠を被った緑肌の小鬼の生首であった。

 

 恐らくは小鬼の王であろうその生首に皇軍兵士たちが息を呑む中。黒球から姿を現したオロチマルは周囲を見渡して、声を張り上げた。

 

 

「……中は掃除したんで、しばらくは大丈夫だと思います!」

 

 

 良く通る声だ。そして、思った以上に若い声だった。

 

 

「あと、女の人が連れ込まれてました。酷い姿なんで、中に入る際は衣服と。出来れば女性の兵隊さんで、助けてあげてください」

 

 

 前線の異常に気付いた百々が駆け付けた時には、王冠を被った恐らく小鬼の王の首を前線指揮官に預けて、オロチマルはバイクに跨っている所だった。彼は後を皇軍に任せて、この場を去ろうとしているのだ。

 

 

「待ってくれ! オロチマル!」

 

 

 叫び、百々はこの場を去ろうとしているオロチマルに駆け寄った。礼を言わなければ。この地獄から彼を、仲間を助け出してくれたヒーローに。司令官として、軍人としての責務の前に彼を突き動かしたのは、純粋な感謝の念だった。

 

 

「ありがとう。君のお陰で、我々は助かった。本当に、本当にありがとう」

 

「あ。いえ、その、はい。間に合ってよかった、です」

 

 

 百々の言葉にオロチマルは視線を逸らし、非常に言いにくそうな敬語で応える。若い。声変わりは迎えているようだが明らかに10代だろう彼の受け答えに内心驚愕しながら、百々は努めて優しい声音を出す。

 

 

青柳大蛇(あおやぎおろち)くん。君の功績に見合うかは分からないが、必ず上と掛け合って報酬を出させる。ヒーローである君には不服かもしれんが、我々の誠意をぜひ――」

 

「あ、や。その。自分、名前は鈴木一郎です、で、ですから青柳大蛇(あおやぎおろち)じゃなくて」

 

 

 百々の言葉を遮るように、オロチマルは――鈴木一郎は、明らかに偉そう連隊指揮官のオーラに小市民として怯えながら、自分にとって絶対の事実を口にした。

 

 

「俺、あ。自分、ですね。本物(ヒーロー)じゃなくて、ただの偽物(コスプレ)なんで……オロチマル名義でお礼とか言われても、困るんです。肖像権とか」

 

 




最近は匿名でオリジナル書いてます。でもしかしたらこれの焼き直しをどっかで書くかもしれません。
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