「ノイズの発生? こんなタイミングでかっ!?」
風鳴弦十郎の声に、報告したオペレーターは萎縮するように小さくなりながら頷きを返す。
そう、こんなタイミングで、だ。ツヴァイウィングのライブ兼ネフシュタンの鎧の起動実験が始まろうとするタイミング、正にそのタイミングでの凶報に、その場にいる大方の人間はそれが嘘であってほしいと願った。
だが、願ったところで実際に起きている現実は変わらない。ノイズに対応できるシンフォギア装者二人はライブ準備のために動かせる状況ではない。いや、もうこうなればライブを中止して――
その考えが弦十郎の頭をよぎった時。
「俺が行こう」
「……良いのか?」
部屋の片隅で壁にもたれかかっていた男が、常と変わらぬ口調で口を開く。白を基調とした騎士装束。そして腰に佩いた聖遺物――牙狼剣を持つ、初老の男。
いや、初老などではない。あの男は、自分と同じ年齢なのだ。20年来の友の姿に、弦十郎は歯噛みする思い出そう尋ねる。
彼の姿は、己の罪だ。彼という防人に全てを託すしかなかった、己達の罪なのだ。
止めなければ行けないという心の声を押し殺した弦十郎の言葉に、彼は出会ってから変わることのないニヒルな笑みを浮かべて肩をすくめる。
どうという事はない。言葉にならずとも伝わるその言葉に、弦十郎は僅かに笑顔を浮かべて、指令を下す。
それがどのような結果になろうとも。彼らは後悔だけはしないだろう。
親友とは、そういうものなのだから。
高速で移動していく光点を眺めながら櫻井了子は内心の笑みを噛み殺す。
成った! 己が作の成就を確信した彼女は密かに、他者から見ても違和感が無い程度に指を滑らせ、安全弁への仕掛けを起動させる。あの感働きのいい男が近くにいる間は念の為に抑えていたが、風鳴弦十郎だけが相手ならば隠し通せる自身が彼女にはある。
舞台上ではすでにライブの準備が整い、開演も間近。開演してしまえばもはや誰が何をしようがデュランダルの起動は止められない。そうなれば、少なくとも完全聖遺物という鎧を己は手にする事ができる。
あわよくば、あの男を焦らせて鎧を纏わせることも……いや、これは流石に欲を張り過ぎているか。
表面上は冷静に実験の準備を進めながら、櫻井了子は心の中でそう一人ごちた。あわよくば、あくまでもあわよくばの話だ。あの男の寿命を少しでも削れれば御の字。それ以上の期待は持たないようにするべきだろう。
そう……少しでも……
頭の中を過る、グラスを交わした光景。
『恋する女は、きれいだ』
『なに、口説いてるの?』
『いいや……お前の想い人を、羨んでるのさ』
一瞬だけ止まった指を再び動かしながら、櫻井了子は何も言わずに作業を続ける。
ライブが、始まる。
その時の調子を言葉にするのは、天羽奏にとって簡単なことであった。
最高、ただこの一言で全てが済んでしまうのだから。
翼と並び、空をかける翼のように両手を広げる。視界に広がる全てが観客と空で分かたれるこの光景に、天羽奏はたしかに今、生涯でも有数の満足感を覚えていた。
頭の中を過るたくさんの言葉。ファンへの感謝。相棒への思い。支えてくれた仲間の言葉。そして。
『諦めるな、生き残れっ!』
己の心の奥底。一番深くて熱い場所にある、その言葉。絶望の底の底にいた自分に差し伸べられた、黄金色に輝く右腕。いつもは飄々とした態度の師が、険しい表情で、大きな声で呼びかけてくるその姿。
全部が無くなった後の私の、心の中の原風景。それはいつだって、あの時の、師に抱き抱えられた瞬間だった。
だから、彼に師事をした。強くなる手段の最短の道のりだった事もある。でも、本当は彼の側に居たかったのだ。限界を超える程に制御薬「LiNKER」を体に打ち込んだのもそう。復讐の力が欲しかったのは間違いないが、それと同じくらい……あるいはそれ以上に彼の側に居たいという気持ちがあったのだ。
情念、ではない。この感情は、情念と呼ぶには青臭く、親愛と呼ぶには熱すぎる。なんだかわからない、ぽかぽかとした感覚。でも、この感情の為なら死んでしまっても後悔はないという、そんな不思議な想い。
唯一、胸に残ったこの感情を歌に込め、天羽奏はマイクを握りしめる。動けすぎるほどに動く体。喉から溢れ出る、どこまでも飛んでいけそうな声。割れんばかりの歓声の中、天羽奏と風鳴翼は2対の翼になる。
そのまま飛んでいくが良い。どこまでも。どこまでも。
そして――だから。
息を整える。体力には自身があったはずなのに、鼓動がやけにうるさく聞こえる。
緊張している、そう。これは緊張なのだろう。まるで自分の体が自分のものでないかのような感覚。だけれど、体はよどみなく動き、喉はなめらかに声を響かせる。
風鳴翼は普段以上に動く自身に困惑しながら、しかし喜びを持って歌を歌い、踊る。
己は剣であると思っていた。いや、今もそう思っている。
けれど。
『たく、仕方ねぇなぁ、翼は。ほら、一緒に片付けるぞ』
『マジメがすぎるぞ、翼』
自分にとって大事な人達は、民を守る剣ではなくただ一個の風鳴翼を見て。語って、共に笑い合ってくれた。歌ってくれた。戦ってくれた。
だから、歩ける。前を向ける。飛び立てる。
時たま、悲しくなる思い出はある。泣き虫で臆病な自分が、足をとるときだってある。けれどそれだって、いつか乗り越えてみせる。どこまでだって飛んでいける翼を私は。私達二人は、持っているのだから。
私達はツヴァイウィング。風鳴翼と、天羽奏の2対の翼。
この会場の外に広がる空のどこまでも。歌を、翼に乗せて。
どこかで聞いてくれている、優しい誰かの元へ届くように。
だから――歌おう。
私達の歌を――
そして舞台は幕を開け。物語は唐突な始まりを告げる。
ある男の、終焉もまた。ここに、始まった。
鳴り響くサイレン。ざわめく司令室。
どうしたっ! 身を乗り出し叫ぶ風鳴弦十郎の言葉に、オペレーターの言葉が飛ぶ。
「上昇するエネルギー内圧に、セーフティが持ちこたえられません!」
「このままでは聖遺物が起動、暴走します!」
ジリジリと音を立てるネフシュタンの鎧。まずい、と風鳴弦十郎が叫ぼうとした、その瞬間。
ドグワァアアアアンッ!
臨界を迎えたエネルギーは、爆発という形でその内圧を開放し。
弦十郎達が居る指令室をたやすく飲み込むと、そのまま天井を吹き飛ばし――ライブ会場へと達する。
キャアアアアッ!?
観客の悲鳴。何が起きたのか分からず立ち止まるツヴァイウィングの二人が爆煙を注視していると、視界の隅をふわり、と黒い煤が横切っていく。
「……ノイズが、来る」
ポツリと呟き、天羽奏は視線を走らせる。
死は、やがて空から現れた。
飛行する緑色のノイズ。視界に入ったそれに目を奪われた二人の眼科で、煙の中から紛れるようにノイズの群れが現れる。
「なっ」
またたく間に近隣の人々に襲いかかるノイズの群れ。近くに居た人々は炭素に変えられ、その生命を散らしていく。
不味い、と思ったときには、すでに彼女の口は歌を紡いでいた。
「奏! まだ司令達から連絡がっ」
「この場に剣と槍を携えているのは私達だけだ!」
シンフォギア・ガングニールを身に纏った奏に翼の声が飛ぶが、人の死を前にした天羽奏の行動を止めることは相棒の言葉であっても出来はしない。そして明らかな緊急事態。僅かな躊躇の後、風鳴翼は剣を纏う。
【 まぼろし? 夢? 優しい手に包まれ 】
アームドギアの槍を携え、歌いながら奏は戦場を走る。視界を埋め尽くすノイズの群れ。その全てを引き付けんとばかりに奏は槍を振るう。
【 眠りつくような 優しい日々も今は 】
視界の端で奮闘する相棒の姿。時限式の自分と違い、純正の装者である相棒ならばこの程度の有象無象は問題がない筈。
むしろ自分のほうが相棒の足を引っ張りかねない……等と弱音は吐かない。時間が切れたとしても、抗う術はある。
【 儚く消えまるで魔法が解かれすべての日常が奇跡だと知った 】
今は、少しでも数を減らす。時間を稼ぐ。ノイズの注意を引きつける。
自分が稼いだ一分一秒が、誰かの命をつなぐ一分一秒に変わる。ならば、諦めてやるわけにはいかない。
投擲した槍を大量に複製し一度に複数の敵を貫く。消耗が激しいが、今の状況では質より量。面を制する一撃で、数の有利を覆す。
「奏!」
「ああっ!」
こちらの意図が伝わったのか、相棒が跳躍する。千ノ落涙、相棒の扱う技でも広範囲を薙ぎ払う技は、先の自分の一撃と相まって会場内を埋め尽くすノイズを大幅に削る。
イケる、これなら。己が槍で竜巻を起こしながら奏はそう内心で皮算用を弾く。が、とらぬ狸について考えたのがいけないのか。急激に抜けていく力は、奏に時間切れを悟らせる。
「ちっ、時限式はここまでか――はっ!?」
一瞬。完全に動きを止めた奏をノイズの体当たりが襲う。とっさにアームドギアで防ぐも体格差のある相手を押しのける力は、弱体化した奏にはない。
弾き飛ばされた奏。幸いにも空いたノイズとの距離に、息を整えようとして――彼女は見た。
逃げ遅れた一人の少女の姿を。
瓦礫に囲まれ、俯く少女の姿を。
かつて瓦礫に埋まり。助けを求め、黄金色の腕に手を伸ばした自分の姿をそこに、天羽奏は見た。
駆け出したのは、恐らく無意識によるものだろう。気づいた時、天羽奏は槍を振り払い、大きな声で「駆け出せ!」と少女に叫んでいた。
自分が限界を迎えている。後は翼に任せ、自身は援護に回るべき。もしくは連絡の取れない司令や二課の面々と合流し。頭の中でつらつらと様々な言の葉が走る。
そして、その全てに対して天羽奏は否を唱え、前を向く。槍を持ち、ノイズの群れをにらみつける。
自身が限界を迎えている、だとか。仲間に後を託す、だとか。
そういうことではないのだ。天羽奏の戦いは、そういうことじゃないんだ。
【 曇りなき青い空を見上げ嘆くより風に逆らって…輝いた未来へ帰ろう 】
向かい来る死。背に負う命。自分のような出来損ないの翼にはかち過ぎる荷物を、だけれど天羽奏は笑って背負う。
そんな小さな理由は――生きることを諦める理由にはならない。
動きの止まった奏をノイズの集中砲火が襲いかかる。槍を回転させて弾くが、力を失ったギアは少しずつ、少しずつ削れ剥がれていく。
死が、間近に迫る感覚。だが、それすらも彼女が膝を折る理由にはならない。
【クッ…… きっとどこまでも行ける見えない翼に気付けば 悲しみにはとどまらずに高く舞い上がれ! 】
大型ノイズの噴射液を浴び、ついに装甲が砕け散る。雄叫びを上げるように奏が吠え、そして。
「あっ」
ピシャン、と何かが破裂したような音。
激しい戦闘音の中。なぜかよく通るその音に、思わず後ろを振り向いた奏の視界の中。
胸を貫かれ、血に塗れた少女は――ゆっくりと地面に沈み込んでいった。
「おい、死ぬな! 目を開けてくれっ!」
急速に閉じていく視界。ぼんやりとする思考。なぜかクリアに届く女性の声。
「生きるのを、諦めるなっ!」
立花響は纏まらない思考の中、女性の声に従って、想いまぶたをこじ開ける。
開けた視界の先には、きれいな女性の姿があった。煤にまみれ、傷だらけの。でも、とてもきれいなひと。自分の顔を見ながら泣き笑いを浮かべる、きれいな女性だった。
きれいなひとは、なにかを呟いて、私の頭に手をおいて、静かに立ち上がる。
なんだろう。なにか、大切なことを。聞かなければいけないことを、この人は言っているような、そんな気がする。
まぶたが重い。でも、寝てはいけない。目を開けろって言われた。あんなに必死な声で、あんなにきれいな人が叫んでいた。
それだけの理由しかないけれど。けど、とても大事なことなんだって思って。槍を掲げる彼女を、見逃してはいけないと。なぜか思ってしまって。
そして、私は――見て、聞いた。
黄金色の風と、歌を。
【 行け疾風のごとく 】
その歌は、強い風と共にやってきた。
【 宿命の剣士よ 】
黄金色の風と共に、やってきた。
【 闇にまぎれて 】
奏が。翼が。少女が。ノイズが。そして、どこかで事態の推移を見守る誰かが、それを見て、聞いた。
【 なにゆえ戦うのか それは剣に聞け 】
力強い声だった。温かい声だった。
【 正義だとか愛など 俺は追いかけない 】
熱い声だった。悲しい声だった。
【 闇に生まれ 闇に忍び 闇を切り裂く 】
そして何よりも――
【 遥かな古から受け継いだ 使命だから! 】
優しく強い、歌だった。
「お師さん!」
「せんせい!」
教え子たちの声が飛ぶ。無機質なはずのノイズが一斉に同じ方向を向き、攻撃を開始する。統一だった攻撃。およそノイズらしくないそれらに、しかして相対するは黄金騎士。
こことは異なる地球にて、最高の称号と讃えられた黄金の騎士――牙狼。
【 行け!疾風のごとく 魔戒の剣士よ 月満つる夜に金色になれ 】
ただの一振りでその全てを防ぎきり、その全てを切り裂いて牙狼は征く。
【 雄々しき姿の 孤独な戦士よ 魂を込めた 】
牙狼剣に火をともし、またたく間に有象無象を切り裂き。
【 怒りの刃叩きつけて 時代に輝け 】
天に向かって、騎士は吠え猛る。
【 牙 狼 ! 】
黄金の風は闇を切り裂き。
そして……静かに地に伏せた。
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