冬が大嫌いな冷え性の人間にも冬眠は必要だと自分は思います!
「いやあああああああああああああ!!」
メリーゴーランドが漂う幻想的な景色の中、俺の羞恥な絶叫が木霊する。
ハコの魔女こと「貞子」さんに見せられてる黒歴史映像のせいでそろそろ俺の精神は崩壊しそうだ。
今なんて俺に吠えまくる犬を通りすがりの幼稚園児に追い払ってもらった映像で情けなさMAX。
こう振り返ると俺の今世って黒歴史ばっかな気がするのは気のせいじゃないな。
前世よりある意味悲惨だもん。こんなの絶対誰かに見せれらない。
幸いなのは隣にいるまどかが気を失っていてこの黒歴史映像を見ていない事だ。
もし見られていたら俺は確実に引きこもって二度とお日様の光を浴びる日が来ない自信がある。
そう考えればまだ救いだ。
ただまどかよ、気絶しているはずなのに人の制服をこれでもかというほどガッチリ掴んでるのは何故ですか?
既にシワシワ状態ですよ。君の握力マジでどうなってんの?
クリーニング確定で俺は涙目だよ。
「! ヤバ!」
黒歴史映像(&制服のシワ)に気を取られて気づかなかった。
いつの間にか俺たちの周りを「エンジェルヤッ君」たちが取り囲んでいる。
伸ばすつもりですね!?
原作まどかのように身体を引きちぎれるくらい俺をゴムのように伸ばすつもりですね!?
やめてください!子供ギャン泣きのグロ映像にしかならないから!
ゴム伸ばしならぬ俺伸ばしのために使い魔どもが俺の四肢めがけてゆっくり近づいてくる。
このままじゃ頭の中に浮かぶR-18指定のグロ展開待ったなし。
それは絶対嫌だ!どうにかしてここから逃げなくては!
頼む俺の運動神経よ!こんな時ぐらい奇跡を起こしてくれ!
「うおおおおおおおおおお!」
まどかを近くに抱き寄せつつ泳ぐ要領で必死に手足をバタつかせてみるも一ミリも進まない。
・・俺の火事場の馬鹿力はそう簡単に発揮してくれないようだ。
「ちょっ!?ヤバいヤバい!」
既にエンジェルヤッ君たちは俺に触れられそうな距離まで近づいている。このままでは伸ばされるのも時間の問題だ。
半泣きになりながら必死に手足を漕ぎまくるも前に進む所か後退すらしてるからガチ泣きしそう。
きっと第三者がこの光景を見たら相当マヌケは光景だろう。
・・ホントに泣きそうだ。
「!」
あ!目の前にエンジェルヤッ君が!
いやあああああああああああああああ!!
伸ばされるうううううううううう!!
「エンジェルヤッ君」が俺に触れる寸前、せめて自分の無残に伸びる手足を見たくなくてギュッと目を瞑る。
―――――!
突如突風が吹く。
その後すぐにガシャンと何かが壊れる音が聞こえた。
「? ・・あれ?」
痛みも伸ばされる感覚も何も感じない。
恐る恐る目を開けてみると近くにいた「エンジェルヤッ君」らしき残骸がぷかぷか浮いている。
何かに叩き壊されたように真っ二つだ。
「・・?」
再びガシャンガシャンと何かが壊れる音があちこちに聞こえたのですぐさま周囲に目を向けると似たような残骸があちこちに浮いている。
この謎の現象の正体が知りたくてもズバンと何かを切り裂く音とガシャンと壊れる音だけで姿が見えない。
一体これは何だ?
誰か助けに来てくれたのか?
マミちゃん?ほむら?
・・・・・・・まさか。
不吉な予感がしたが俺の心の安定のためにその考えを一先ず頭から追い払う。
それはともかくこの謎の現象は使い魔を倒しているのはラッキーだ。
ここは無暗に動き回らないでゆっくりメリーゴーランドを楽しみながら魔女を倒してくれるのを待っておこう。
それは一番安全そうだ。
軽い現実逃避と錯乱状態のせいでロクに頭が働かずガシャンガシャンと使い魔が倒されていく中、俺は景色を堪能していた。
うん、やっぱり景色だけは幻想的だ。
「・・ん?げ!」
結界内のメリーゴーランドに感心していたら生き残っていたらしい使い魔と目が合う。
「・・・・」
一瞬の静寂の後、何を思ったのか使い魔は俺の元へ猛スピードで近づいてきた。
早い!逃げられない!もともと逃げられないけど!
「ちょ!来ないで!誰か助けてええええええええええ!!」
結界内に木霊する俺の絶叫。
普段なら軽く無視されるがどうやら今回は珍しく俺のSOSは叶ったらしい。
―ガシャン―
目を塞いで使い魔の攻撃に備えていたが再び壊れる音がする。
「・・・あ」
不思議に思ってゆっくり目を開けると俺の目の前に何かが立っていた。
その周辺には使い魔の残骸らしきものがぷかぷかと浮いている。
その何かは形からして人のようだ。
そいつは俺を守るように背中を向けて立っている。
白いマントをなびかせたその姿はさながら西洋の騎士と言った方が相応しい。
「・・・・・」
少しだけこちらを振り返ったその騎士は女の子の割に短い青色の髪にフォティッシモの髪飾りがついていた。
俺はそいつにとっても見覚えがある。
てか、病院で会ったし現時点での最大の懸念もとい重要人物。
その名も・・!
「『美樹さやか』だあああああああああああ!!」
この時発した声は本日一番の声量をしていたに違いない。
その証拠に結界全体に揺れを感じた。だが今の俺にとってはそんなの些細なことだ。
どう見てもあれ魔法少女なさやかちゃんじゃないですかああああああああああああああ!!
あやうく再び叫びそうになったがすんでで止める。
しかし俺の心の中は絶叫の嵐が発生中だ。
最悪だ!やっぱり契約していたのね!これほぼ魔女化確定じゃないか!
ひょっとしたら契約してないかもという俺の儚い希望は潰えた!
マジでほむらになんて言い訳しよう!
今後の事で顔を青ざめる俺を魔女に襲われた恐怖で青ざめていると勘違いしたらしいさやかは安心させるためにニコッと笑っている。
その笑顔は今の俺にとっては死神の笑顔に見えた。
「はああああああ!」
死を呼びそうな笑顔で笑ったさやかはすぐさま真剣な表情に戻って魔女の方に突撃していく。
それに対して魔女はさやかに俺にしたような精神攻撃をしようとするもそれより先に背後に回りこまれそのまま一太刀くらう。
壁に叩き付けられた「貞子さん」はめげずにもう一度何らかの映像を映し出そうとするもその前に再びさやかの剣をお見舞いされる。
それが何度か続き次第に魔女が可哀想になってくるほど一方的な虐殺に変わっていく。
俺はそんな哀れな光景をまどかを抱きしめつつ呆然と見つめていた。
うわあ・・こうして見るとさやかって案外強い。
あ、そういえばあの「貞子さん」の倒し方って何も考えずに攻撃する事だっけ?
さすが魔法少女一の脳筋!
頭を空っぽにするのはかなり得意なようだ。
そう考えればこの魔女との相性は非常によろしい。
ついでにプライベートの方も頭空っぽになってくれると非常に助かるのだが。
ガチでそんな事考えてる間に戦いの方は終盤に入ったらしい。
「これでトドメだぁ!」
そう叫んで繰り出された一撃は頭上から「貞子」さんの頭をかち割り地面に叩き付け大きな土煙が起こる。
その直後ベチャッという何か不吉な音がしたが俺はそんな事知らないし聞いてない。
女の子の頭的な何かが落ちたなんて見てない。絶対気のせいだ。
ほぼ一方的な攻撃での勝利。
そういえば原作のさやかって魔女との戦闘時、一方的な攻撃で叩きのめして勝利してたな。
あまりに苛烈な攻撃で魔女が可哀想になるほどだった気がする。くわばらくわばら。
魔女を倒したので幻想的な光景だった空間が歪み、俺が呆然とする間に元の工場に戻っていた。
この部屋どこか見覚えがある。
そうだ、ここはどうやらまどかが逃げ込んだ部屋だ。
という事は扉の向こう側にゾンビ共が・・!?
魔女を倒したからさすがにもう襲ってこないよね・・?
周囲を見渡してみるとこの部屋にいるのは俺と魔法少女のさやか、そして気絶したまどか。
「・・・・・・」
何ていうか気まずい。まどかは気を失ってるから実質さやかと二人きりみたいなものだ。
しかもそのさやかは恐れていた魔法少女の姿。
最後に俺とさやかが会ったのは病院の屋上近くの階段。
しかも契約するしないで押し問答していたのだ。
最終的にさやかに押し切られる形で契約されたんだ。
契約する、しないで揉めた上に必死で行った説得が上手くいったと思った途端まさかのどんでん返しの展開でまんまと契約されてしまったのだ。
俺にとっては裏切りに近い。ショックはまだ引きずっている。
さやかの方も負い目があるのか目が泳ぎまくってる。
・・お互いどんな顔して話せばいいんだ?
「や、やー、間一髪だったねー。遅くなっちゃってごめんごめん」
先手はさやか。どうやらこの空気に耐えられなかったらしい。
軽く頬をかきながらおちゃらけた雰囲気でこの微妙な空気を壊しにかかっている。
「・・・・・・・」
だが俺はそれに答える気は更々ない。
そうそう許せるはずがないというのもあるが、ある衝動が俺の中に渦巻いている。
油断すればそれはすぐさま爆発するから危険な状態だ。
ゆえに無視。
今の俺の感情は怒り3、とある衝動7の構成になっている。
会話なんてすれば爆発する可能性が極めて高い。
さやかには悪いが無視を決め込むしかない。
「まあ、心境の変化と言いますか、何ていうかその・・」
「・・・・・・・」
「・・ごめん優依」
しおらしく謝るさやかをそれでも無視する俺。
悲しそうに目を伏せているさやかに罪悪感はあるが自重のためにもだんまりを貫く。
今のさやかが何かリアクションを起こせば起こすほど俺は危険だ。
出来る事なら構わないでほしいがさやかの性格上無理だろうな。
・・結構キツイ。まどか気絶してないでさっさと目を覚ましてくれ!
「! ・・貴女は・・!」
「え?・・美樹さん・・?」
俺にも一応天の助けはあるらしい。
「ほむら!マミちゃん!」
絶妙なタイミングでやって来たのは制服姿のほむらとマミちゃん。
普段なら遅いわボケとキレる所だが今回はこのタイミングの登場のおかげで気まずい流れが遮断されたから見逃してあげよう。
電話に出なかったのは許さんけど。
「「・・・・」」
その遅刻二人はさやかの姿を見て状況を察したらしい。
みるみる内に険しい表情になってジッと睨んでくるから居心地悪そうにさやかは身をよじっている。
これからどうなる?
一応さやかに助けられたからフォローに回った方が良いのか?
そんな事を考えている内に事態は動いた。
ほむらがひとしきりさやかを睨んだ後、ゆっくり俺の方に近づいてくる。
あれ・・?ひょっとして俺からお叱りですか?
ヤバい!何の言い訳も考えてないぞ俺!
「神原優依どういう事?」
「すみませんでしたほむら様!これでも頑張って止めたんですけどさやかが勝手に契約しちゃいました!」
氷のような視線と声に耐えられなかった俺は速攻で思いついた言い訳を多分に含んだ謝罪を述べる。その際、気絶しているまどかを対ほむらの用の盾にして防御の姿勢だ。
卑怯とか最低とか勝手に言えばいい!俺は命が惜しいんだ!
さあ、まどかの前では貴様はどう攻撃に出る!?
来るならかかってこい!
しかし身構える俺の予想とは違い、ほむらの怒りは別にあるようで首を横に振っている。
「そんな事はどうでもいいのよ」
「え?どうでもいい・・?え?」
いやあんた、さやか本人が目の前にいるのにどうてもいいって・・。
だがそんな事言う余裕は俺にはない。
何故ならほむらは今まで感じた事ないくらい凄まじいオーラを発しているのだから。
どうやらマジギレという奴らしい。
何故だ?他に怒る事なんてやらかしたのか?
心当たりならいくつかあるけど・・どれだ?
! ひょっとしてまどかを盾にしてるの怒ってるとか?
ありえる!急いでピンクをほむらに渡さないと!
「すみませんでした!魔女に襲われて流れでこんな感じになってしまいましたがこの通りまどか様は無事ですので貴女様にお返しいたします!」
「まどかが無事ならそれでいいわ。それよりどうして貴女は巴さんにだけ連絡して私にはしなかったのかしら?私が怒ってるのはそれよ」
「え?・・はあ!?怒ってんのそこ!?お前にはまどかが連絡してたろ!緊迫した状況で同時に連絡したら二度手間じゃん!」
「そうよ暁美さん、優依ちゃんは悪くないわ」
思わぬ所から援護が来た。
ほむらから俺を守るようにマミちゃんがすっと前に立ってくれる。
マミちゃんが庇ってくれるからおかげでほむらの責めるような視線に晒されなくなったのは良いが、仲が良いとは言い難いこの二人が再び火花を散らしてしまい空気が非常に悪い。
「何が言いたいの巴さん?」
「簡単な事よ。まさかのピンチに慌てていた優依ちゃんは心の中で真っ先に思いついた人に連絡した。それが私だっただけじゃない」
「・・それはつまり優依は無意識に頼ったのが貴女だって言いたいのかしら?」
「あら、そんなつもりで言ったんじゃないわ。まあ、強いて言えばこれこそが積み重ねてきた信頼というものよ。それほど付き合いのない暁美さんと違ってね」
「・・・・・・・っ」
勝ち誇ったマミちゃんの笑みはとても綺麗だがどう見てもほむらに挑発してるとしか思えない。
その笑顔を第三者として見るのはいい。
しかしそれを向けられた当事者は屈辱以外の何物でもないだろう。
現にほむらは耐えるように拳を震わせて俯いている。
「それより今は美樹さんの事よ」
余裕綽々といった様子でさやかの方に向き直るマミちゃん。
ほむらはこのまま放置するつもりらしい。恐ろしい事だ。
置いてけぼり感があったさやかはボーっとしていたが、いきなり自分に振ってくるとは思わなかったのだろう。ビクッと肩を揺らして挙動不審な様子で目が泳がせている。
「な、何ですか・・?」
「美樹さやか、貴女自分が何をしたのか分かっているの?」
何故かマミちゃんの前に躍り出たほむらがキツイ口調でさやかに問い詰めた。
それはきっとまどかを心配させるさやかが許せないほむらなりの(まどかに向けた)愛情なのかもしれない。
しかし個人的にはさっきのマミちゃんの口喧嘩の腹いせにさやかに八つ当たりしてるようにしか見えない。
だって凄くイライラしてるの肌で感じるもん。
短慮にも程がある。ほむらはもう少し冷静だと思ったけどとんでもない。
暴走紫の汚名は当分返上出来なさそうだ。
それにしてもこれはまずい事になった。
だって八つ当たりしてるのがよりにもよってあのさやかだぞ?
反応しないはずがない。
「はあ?転校生のあんたにとやかく言われる筋合いはないわよ!」
案の定、ほむらに対して印象最悪なさやかは食ってかかってくる。
マミちゃんが穏やかに話を進めようとしたのにこれじゃぶち壊しだ。
どうしてくれるんだ紫このヤロウ。
「落ち着いて美樹さん。もう分かってると思うけど魔法少女になるという事は命がけなのよ?昨日の事だって優依ちゃんに助けられなかったら私は死んでいたわ。命を落とすリスクの事は考えてたの?」
「マミさんまで・・。これでもちゃんと決めて考えたんです。だからその・・」
「どうせ勢いで契約したのでしょう?」
「勝手に決めつけないで!あんたに何が分かんのよ!」
何がしたいんだほむらよ。
これじゃ会話もとい罵り合いが激化していく一方じゃないか。
唯一あの中で冷静なマミちゃんなのだがほむらの方に怪訝な表情を見せているだけで諌めるつもりはないらしく何も言わない。
まあ、そうだよね。
魔法少女の真相を知ってしまったから後輩が出来た事を素直に喜べないしほむらの気持ちも理解できる。
ある程度他の時間軸の話も聞いていて、その中にはさやかの魔女化も含まれている。
むしろ懸念が出来てしまったと思ってるのかもしれない。
なんせあの魔女化皆勤賞のさやかだ。
魔法少女を注文すればアンハッピーセットの魔女化がついてくるという全くいらないおまけ付き。
青だけ返品できないかな?
「優依!大丈夫かい!?」
三人の口論が響く中、まさかのタイミングでシロべえがやって来る。
このタイミングは空気読めと言われる瞬間だが俺としてはベストタイミングだ。
この重苦しい空気から脱する絶好の機会と言える。
だから俺が結界に引きずり込まれた際、手を離しやがった事は許してあげよう!
「シロべえ!ナイスタイミング!」
タタタと俺の元に走ってくる白い相棒にグッと親指を前に突き出す。
「はあ?何言ってんの?頭はともかく身体は怪我なさそうで良かったよ」
人の小馬鹿にしてんのか心配してんのかよく分からない返事が返ってきたが気にしないでおこう。
今日の俺は心が広いんだ。どんな事が起きても流せるぞ。そうじゃないとやってられないから。
「それで今はどういう状況なんだい?」
「ほら、あれ見て、あれ」
説明するより実際見た方が手っ取り早い。そう思った俺は顔を向ける。
それにつられてシロべえも同じ方向に視線を向けた。
目線を向けた先には今尚壮絶な女の戦いが続いている。
「あんたなんかに口出しされるいわれはないから引っ込んでてよ!」
「そうはいかないわ。貴女は魔法少女として絶望的に向いてない。もってせいぜい二週間と言ったところね」
「! 言わせておけば!」
「やめなさい二人とも!」
今尚続くドロドロした女同士の喧嘩。
まあ、喧嘩といっても主に青と紫の罵り合いといった感じだ。
そしてそれを黄色さんが仲裁しようと間に入っているが罵り合いが止まる気配は一切ない。
「うわ、女の戦いだね」
「まさしく」
シロべえと一緒に地面に座って修羅場を見学する。気分は昼ドラを観ている時のそれだ。
ただしお互い見ているものは絶対違うだろう。
シロべえは全体を見ている感じだが俺はひたすらじっとさやかを見つめている。
それはもう瞬きすら忘れてしまうくらい一心不乱といった感じにだ。
一瞬でも目を離してないけない。
謎の義務感にかられた俺はただひたすらさやかを見つめ続けた。
「やっぱりあの時に美樹さやかは契約してしまったんだね」
「うん」
「これはとんでもない失態だ。最優先はやっぱり彼女の魔女化回避かな?」
「うん」
「・・優依、駄目だからね。こんな時に空気読めない事しないでよね」
「・・・・うん」
どうやらシロべえは俺の考えてる事を察しているらしい。
珍しく釘をさすその声は酷く低い感じだった。
釘を刺されてしまったので迂闊な事は出来ないが流石の俺もそこまで空気を読めないわけではない。
こっちに絡んでこないのであれば全く問題ない。
しばらくは好きなように罵り合いをさせてあげた方がいいだろう。
じゃないと下手に止めて思わぬ飛び火がこっちに来るかもしれないから。
「優依!」
「!」
だというのに先ほどまで言い争いをしていたさやかが何故か泣きそうな顔でこっちに走ってきて俺の肩をグッと掴む。余裕がないのか加減なしのマジモードな力で掴んでくるので思わず顔を歪める。
「ごめん優依!これでも悪かったって思ってるんだ!あんたはあたしを危ない目に遭わせないように止めてくれたんだよね?あんたは他にも恭介の腕を治す希望があるって言ってくれたのに・・あたし・・」
いたたたたたた!痛い!マジで痛い!
激痛が肩に走り、さやかの謝罪がほとんど耳に入らない。
なんかしおらしい事言ってるっぽいが握力はしおらしさの欠片もない!
謝罪の前に離してくれないと許す以前の問題だからこれ!
「ねえ、お願いだからこっち向いて?」
向けるか!そんな余裕ないわ!
ほぼ握り潰されてると言っても過言ではない俺の肩の方が心配だ!
殊勝な顔してるけど肩にかかる握力半端ない!ギリギリいってるぞ!
「さやか離してくれ!」
「離さない!・・ねえ、どうしたら許してくれる?」
まずは離して!話はそこからだから!
あまりの痛みに声すら出なくなっているのを俺がわざと無視してると勘違いしたらしいさやか。
とっても傷ついたような表情で瞳がゆらゆら揺らいでいる。俺の方が泣きそうなのに勘弁してほしい。
「あたし、優依に嫌われちゃったの・・?」
すっと俺から手を離したさやかは泣きそうな顔で項垂れている。
万力のような力から解放された俺はようやくさやかの姿を間近に見る事が出来た。
いや見えてしまったのだ。
俺の中に蠢く衝動を抑えるためにあえてさやかに近づかなかったのにこれでは意味がない。
「・・・っ」
俺の目の前で泣くのを必死に我慢するさやかをまじまじと見る。
やはり遠距離と至近距離では見えるものが全く違う。
くそ!遠くだから何とか自制が出来たのにこんな至近距離に耐えられるわけがない!
何とか耐えるように拳をギュっと握ってみるも力をこめ過ぎたのか手が白くなるだけだ。
は!さやかがペタンと女の子座りして本格的に泣きそうになっている!
く!駄目だ!もう限界・・!
俺はとうとう自分の中にある衝動が溢れ出してきた。
「優依・・?」
俺はすっとさやかの前に立ち、大きく息を吸い今まで溜め込んでいたものを外に出すように大きく口を開き、そして叫ぶ。
「可愛い!最高だあああああああああああああああ!!」
本日何度目になるか分からない叫び声をあげながら俺はさやかに抱き着いた。
今の俺のテンションは最高潮だ!
「え?ひゃあ!?ゆ、優依!?」
さやかが何か言っているがそんな事気にしてられない!
なんてたって諦めていた肉眼でさやか(魔法少女ver)が見るという夢が叶ったんだからな!
不謹慎だけど幸せだ!魔女化コース一択だけど眼福だ!
「何!?え?え!?」
混乱するさやかなどお構いなしで俺はとくとさやかの衣装を観察する。
うむ!やはり可愛い!流石俺の中で好きな魔法少女衣装二大巨頭の一つ!
(※もう一つは杏子の衣装)
さっきまで感じていた衝動は可愛い魔法少女衣装に身を包んださやかを愛でまくりたくて感じていたものだ。
流石にシリアスな展開で空気読まない事はしたくないので遠巻きに見て満足しようと努めていた。
話なんてしたら速攻で衣装褒めちぎりに移行しそうなので自重の意味も込めて黙っていたのだ。
全てはさやかが悪いんだ!俺はこんなに我慢していたのに!
我慢していた分、存分に堪能しまくらなければいけない!
後ろで白い奴が「あーあ、やっちゃった。僕は知らないからね」とか言ってるけど俺の方が知るか!
今はこの素晴らしい衣装を存分に絶賛しなければ!
「さやかマジ最高!」
テンションが最高潮に達した俺は人目なんて気にせず魔法少女さやかを愛でまくる!
キャッホオオオオオオオオオオ!!
優依ちゃんの好きな魔法少女衣装は杏子ちゃんとさやかちゃんのもの。
彼女がその衣装をまとった二人を見るとハイテンションになりますw