次くらいで杏子ちゃん来てくれますかね?
「よしよし優依ちゃん、もう大丈夫よ。これで傷は全て治ったわ」
黄色いクルクルさんが俺の身体に魔力を注ぎ込んでくれているので傷はおろか、さっきまでの吐き気もかなり改善されている。
おかげで女子中学生三人の前でリバースするという最悪な黒歴史は免れられそうだ。
それは良かったんだけど・・・。
「おい何でそんなに泣くんだよ?お前が泣いてるところ見るの嫌なんだけど・・。泣いてる理由は何だ?アタシが叩き潰してやるからさ」
赤いポニーテールが俺の目に手をそっと触れて溜まった涙を拭っている。
心なしか距離が近い気がするのですが目の錯覚でしょうか?
というか俺が泣いてるのはお前も含めて目の前にいる魔法少女共が原因なんですが?
何?自分もろとも叩き潰してくれんのか?
どう反応すれば良いのか困っていると俺の頭にそっと何かが触れる。
何だ?と振り返ると紫の瞳と目が合った。
「とても怖い思いしたのね優依。辛かったでしょう?今日は私の所に泊まって行きなさい。貴女が怖くなくなるように添い寝してあげるわ」
どさくさに紛れて何言ってんだこの紫ロングは?
どう解釈したらお泊りにの流れになるんだよ。
むしろお前に添い寝されたら逆に怖くて眠れないんだけど。
てか、マジで何この展開?
大乱闘からの俺に向かってまさかのティロ・フィナーレの流れ弾。
それは謎のお助け人のおかげで回避できたが当然俺はブチギレ。
そりゃそうだ。あやうくうっかりで殺されそうになったからな。
しかし今はどうだ?
その加害者共が恐怖と吐き気でグロッキーになった被害者の俺を介抱してるってどういう事?
よく厚顔無恥な様子で俺を介抱出来たな。すっげー腹立つ。
しかし、これは好機と見るべきか?
理由はどうあれ戦いが止まったんだから。
「聞き捨てならねえな。ドサクサに紛れて優依を連れ込む気かよ?」
俺の思いとは裏腹に事態は悪い方へと向き出す。
杏子がほむらを睨みながらドスのきいた声でほむらの爆弾発言にイチャモンをつけている。
しかもかなり苛立ってるのかほむらのまな板な胸倉を掴んで顔を引き寄せるというヤンキー紛いな事をしでかしていて怖い。
第三者の俺はマジビビりなのに、肝心の当事者であるほむらはそんなカツアゲ紛いな事されても全く気にしていないのか余裕のポーカーフェイス。
どうやら度重なるループのおかげでとんでもなく顔面の皮が分厚いようだ。
「私は優依の嫌がる事なんてしないわ。誘拐紛いな事をしでかした誰かさんと違ってね」
「それってアタシの事か?喧嘩売ってんなら買うよ?」
「やめなさい。相変わらず貴女は短気ね」
「! テメエ・・!」
ほむらってやっぱり天才だと俺は思う。
人の怒りを煽るというトラブル製造機な才能は魔法少女、いや人類の中でも上位に入るだろう。
比較的和やかになっていた空気がたちどころに険悪な雰囲気に早変わりさせるなんてもはや神業。
やっちまったと顔に手をかぶせる俺であったが、すぐさまガキィン、バンと非常に耳障りな音が聞こえてくる。
うわ・・また乱闘始まった・・。
顔を向けると案の定、赤と紫がドンパチやらかしていた。
俺はその戦闘を見ながらため息を隠せなかった。
はっきり言っていい加減にしてほしい。
さっきみたいにもう一度声を上げてやめさせようか・・あ、無理だ。
戦う赤と紫の顔を見た俺はすぐさま悟ってしまった。
目に映るのは般若のように顔を歪めて槍を振るう赤い狂戦士と絶対零度の眼差しで銃口を向ける紫のストーカー。
どちらも犯罪やらかしてる超ド級の問題児魔法少女。ただでさえ危険人物な二人なのに今は激おこ状態だ。
とてもじゃないけど一般人の俺が口を挟む余地なんてない。
出来る事はただ事の成り行きを見守るぐらいだろう。
現在進行形で無力感と現実逃避の真っ只中な俺はぼんやりと戦いを見る。
「・・ん?」
ここで俺はある事に気付いた。
この心底訳が分からない戦いにマミちゃんの姿が見えない。
どうやら無駄な再バトルの中に魔法少女随一のマミちゃんが加わっていないようだ。
これはチャンス!
中二病だけど元々戦いを好まない性格のマミちゃんだ。
頼めばきっとあのバカ二人の無駄な殺し合いを止めてくれるかもしれない!
幸い問題児である紫と赤はお互い相手を倒そうと躍起になっていてこっちを気にする様子はない。
これなら容易く二人を拘束できるはず!やるなら今しかない!。
そう思った俺はすぐさまマミちゃんの姿を探す。彼女は簡単に見つかった。
そりゃそうだ。彼女は戦いに参加せず俺の傍にいるんだから。
マミちゃんは二人の戦いを静かに見ていた。
「あのね、マミちゃ・・て、お前何やってんのおおおおおおおおおおおお!?」
声を掛けようとした俺の声はすぐさま絶叫に変わる。
マミちゃんは確かに俺の近くにいた。
しかしよく見ると彼女の手前にはお馴染みのティロ・フィナーレ砲が鎮座しており、その特大の砲口は現在進行形で戦っている赤と紫に向けられている。
どう見たって杏子とほむらにティロ・フィナーレお見舞いしようとしているとしか思えない!
正義の魔法少女がまさかの不意打ちな漁夫の利を狙ってるとか笑えるかぁ!
これマジでただの殺し合いに成り果ててるじゃん!
ヤバいヤバいヤバい!急いで止めなきゃ!
≪ちょっとマミちゃんやめて!今それやったら確実に二人の息が止まるよ!≫
状況を察知した俺は声よりも確実に届くであろうテレパシーで待ったをかけると弾かれたかのようにマミちゃんが俺の方を向いた。
危なかった・・。
ここで俺が止めなかったらマジで撃ってたっぽい。
だって「ティロ・・」って言いかけてたからな!
勘弁してくれよ!
自称とはいえ正義の味方として一番やっちゃいけない事やろうとしてたぞコイツ。
俺の非難の眼差しをどう勘違いしたのか分からないがマミちゃんはにっこり微笑みかけてくる。
その笑顔はとても可愛らしいものだったが近くに特大大砲があるためその笑顔がとても薄ら寒い。
「優依ちゃん大丈夫よ!今すぐ危険な泥棒猫二匹を退散させるから、待っててちょうだい!」
「何が大丈夫だ!?どう見たってそれこの世から退散させるレベルの装備だろうが!て、そうじゃなくてもうすぐ『ワルプルギスの夜』が来るっていうのに、魔法少女消そうとしてどうすんの!?」
「それは・・・」
「うっ・・」とマミちゃんが口ごもっている。
絶対忘れてたろ。死ぬかもしれない瀬戸際なのによく忘れられるな!
俺なんて夢でも出てくるくらい死亡フラグ忘れられないのに!
「一時とはいえ杏子とコンビ組んでたんでしょ?仲直りしたくないの?」
「本当はしたいわ。・・でも佐倉さんは変わってしまった。悪い噂はいくつか聞いているわ。もうあの娘は悪い魔法少女なの。ためらってはだめ」
「それでも全く躊躇なくて怖いわ!」
「佐倉さんの協力がなくったって・・平気よ。この街を、優依ちゃんを必ず守って見せるわ」
「あのね、相手は街を壊滅させるくらい大物の魔女なんだよ。そんなヤバい奴を相手にするんだからいくらマミちゃんでも危ないよ。仲良くまでとはいかなくても協力するのは出来ないの?聞いてる限りじゃ未練があるんでしょ?」
俺の指摘は多少なりとも図星だったらしい。
気まずそうに目を逸らしつつ杏子の方を見ていて、その視線はどこか切ない感じがした。
「協力・・出来なくもないわ。ただ向こうは聞く耳持ってないでしょけどね」
そう呟くマミちゃんはどこか呆れた様子の物言いだ。その気持ちはよく分かる。
俺もマミちゃんと同じ方向をチラッと目を向ける。戦いは依然と続いていた。
「おいおいどうした?あの妙な魔法が使えないとアンタ大した事ないな」
「く・・!」
「アタシにとってはその方が都合が良いけどな?あの魔法かなり厄介だったし。今の内にアンタから潰しておくのも悪くないね」
ほむらと杏子の戦いが現在進行形で勃発している。
それの激しさは開始された時に比べて増し増しと言った感じだ。
今は杏子の方が優勢のようで余裕の表情だ。
「・・マミちゃんの言う通りだ。あの様子じゃ難しいかも・・」
それ以上は何も言えなかった。
確かに杏子の今の様子じゃ聞く耳持ってくれなさそう。
だって今日会ってから一日ずっとイライラしてるのか様子が可笑しかったし。
難易度高そう・・。
しかし、マミちゃんは今でも杏子の事を憎からず思っているようだ。
杏子が仲間に加わってくれれば喜ぶだろう。
ひとまず第一関門はクリアだ。
え?さっき殺し合ってた?
はは、あれはきっと極端の照れ隠しさ。
恥ずかしくってつい武器を向けてしまった究極のツンデレというやつだ。
そういう事にしておこう。じゃないと心折れそうだから。
ほむらは杏子が仲間になるのは反対しないだろう。
いや、むしろ対『ワルプルギス』戦において杏子が必要だと思ってるから大歓迎するだろう。
さやかは・・・ほっとこう。
どうせその内、仲良くやってそうだし。目指せ杏さや。
ただ・・肝心の杏子が承諾しなくちゃ意味がない。
問題なのは杏子が原作よりも何故かやたら好戦的という事だ。
多方面(基本さやか)にちょっかいだしまくってる。
今の感じだと杏子は協力してくれないのは明白。
仲間に引き入れるためにしっかり作戦を練りたい所だがそんな時間はない。
なぜなら今の戦い、結論だけ言うとほむらが絶賛大ピンチ。
だって紫の足に何やら見覚えのある赤い鎖が巻き付いているのだから。
間接的に杏子がほむらに触れている。
つまりほむらの十八番:時間停止が杏子には通用しないという事だ。
今の所、銃で応戦してるけど明らかに不利だ。
というかほむらの奴、ここに来てからよく魔法無力化されてないか?
攻略法でも出版されてるのかと疑いたくなるレベルだ。
そう思えるくらいベテラン勢はほむら対策バッチリされている。
「コイツはどうだい!?」
「っ!」
「うぉ・・!」
かなり重い一撃。ほむらは紙一重で躱していたがやられるのは時間の問題だ。
早急に何とかしないとほむらが危ない。
頼りになるのはやっぱり・・。
俺はマミちゃんの方を見る。
流石に大砲はしまったみたいだが戦いに介入する気がないのか傍観に徹している。
ほむらは絶賛追い詰められてピンチだというのに動く様子がない。
え?君こんな場面見ても動かないって実はそこまでほむら嫌い?
流石の俺も泣いちゃうよ?
ここでマミちゃんが動いてくればなければまずい。
これはもう俺が背中を押さないと駄目かもしれない。・・嫌だけどやるしかない。
「マミちゃん、杏子を拘束出来る?いくらほむらが挑発してしまったとはいえ、杏子さえ何とかすれば戦いは終わると思うんだ」
内心嫌々ながらもマミちゃんの方に向き直り、説得に回る。
実際、このままではどうなるか分からないのでこんな戦いさっさと終わらせるに限る。
いつ誰に見られるか分かったもんじゃないし。
実際、杏子さえ何とかすればどうにでもなる。
流石のほむらも大人しくなるだろう。・・多分。
「どう?出来そう?」
「・・ええ、出来るわ。でもその後はどうするの?」
「え?どうって?」
「今の佐倉さんは頭に血が上ってるし、下手に拘束すれば暴れ出すわよ。ヘソ曲げて風見野に帰るかもしれないわ。私はむしろ大歓迎なんだけど」
「・・・・」
充分ありえそうなので言葉に詰まる。
杏子には申し訳ないが咄嗟に脳裏に過ったのがリボンにぐるぐる巻きにされた状態で暴れまくる姿だった。
良い案だと思ったんだけど拘束した後の事なんて考えてなかった。
確かにマミちゃんの言う通り拘束したら暴れる上に更に機嫌損ねて協力とか絶対してくれなくなりそうだ。
あとマミちゃん。
遠回しに杏子に帰れって言ってるよそれ?
実は仲直りしたくないんじゃないのって疑いたくなるわ。
くそ。どうやったら杏子は協力してくれるようになるか?
てか、まず杏子が話を聞いてくれるようにしないといけない。
そのためには先にこの戦いを止めなければ。
「・・・・・」
ふと思いついた作戦。
はっきり言ってバカバカしい内容だ。
正直上手くいくとは思えないが絶賛ほむらがピンチな以上、躊躇っている時間はなさそうだ。
一か八かだがやってみるしかない。
作戦名「KHS」発動だ!
「マミちゃんお願いがあるんだ」
早速俺は作戦実行のためにマミちゃんに声をかける。
この作戦は俺一人じゃ絶対無理だ。マミちゃんの力が絶対必要。
「こんな事マミちゃんにしか頼めない。君だけが頼りだ」
「!? 分かったわ優依ちゃんのお願いなら聞かない訳にはいかないわ!何でも言ってちょうだい!」
「え?あ、うん・・ありがとう?」
マミちゃんの機嫌を損ねないようにお世辞混じりで言っただけなのに、いきなりやる気に満ち溢れた。
それにたじろぎつつも何とか協力は得られそうなので良しとしよう。気にしてる暇はない。
「えっと、あのね・・」
「え?それって・・」
咄嗟に閃いた作戦を耳打ちするとマミちゃんは難色を示すように顔を顰めている。
分かってる。俺だってこれはバカバカしいと分かっているさ。
だからそんな嫌そうな顔しないでくれよ・・。
今これしかないんだから。
「作戦は言った通り。頼むよ。君に全て掛かってるんだから。失敗したら俺は死ぬ!信じてくれるからねマミちゃん!」
「そこまで私の事を・・!分かったわ!必ず優依ちゃんを守ってみせるわ!」
マミちゃんから作戦承諾を得られた事だしこれで準備万端。
よし!やってやる!「KHS」決行だ!
「どうした?もう終わりかよ?」
「く・・・ !」
じりじりと壁際に追い詰められたほむらを杏子がネズミを追いつめた猫のような残酷な笑顔を向けている。
ここからだと杏子の後ろ姿が見えた。
そこで俺は動いた。恐怖を振り切るように急いで足を動かす。
ほむらが俺の様子に気付いたらしく目を見開いているが構わない。
今はやるべき事を優先させなければ!
そのまま杏子の気を引いておいてくれよ!
「・・あん?戦ってる最中だってのに何よそ見して、「杏子!」おわ!?」
杏子がほむらを不審そうに見ている背中に抱き付いた。
ミッション:杏子の背中に向かってダイブ!決まった!
「え?え?優依?何で?」
まさかの俺の乱入に酷く狼狽している杏子は面白いが、それを楽しむ間もなくその赤い衣装に腕を回してしっかり拘束する。
よし!これで逃げられない!
作戦はこうだ。
ほむらと俺が囮になって杏子の注意を引き、その隙に俺が拘束に回る。
いくら乱暴な杏子といえど非力な一般人を無理やり引き剥がそうとはしないはず!
仮に失敗してしまえばマミちゃんがフォローしてくれるから安全だ!
K・・杏子
H・・捕獲
S・・作戦
これが作戦「KHS」の全容だ!
・・・ええ。分かってますよ。俺もこの作戦の杜撰さとバカバカしさを。
けどこのアホな行動が実際効果テキメンらしい。
杏子は顔を真っ赤にして固まっている!
アホな作戦だと思ったけど案外これはイケるかもれしれない!
このままテンパりながら大人しくしててくれよ!
「どうしたんだよ優依?いきなり抱き着いてくるなんて随分積極的じゃん♪」
「・・あれ?」
しかし成功を喜ぶ暇もなく杏子が俺の方に振り向いて一瞬腕を離しそうになるもそのまま腕をガッと掴まれて阻止された。
さすが、魔法少女の中でずば抜けた冷静さがある赤。
すぐさま落ち着きを取り戻し、抱き着いたまま俺に話しかけてくる。
どっかの青にもこの冷静さを見習ってほしいわ。
まあ、コイツさっきの苛立ちなど嘘のような今は上機嫌になっているけど情緒不安定だから不安だ。
て、違う違う!プランA(杏子の拘束)がダメならプランB(杏子を説得)に変更!
これよりプランBに移行する!
ギュッと腰に腕を回して杏子の顔を見上げる。
ちなみに目はさっき目薬を使ったからうるうると涙を溜めた状態だ。
・・まさか前にシロべえが言っていた事をやる羽目になるとは・・。
ただこの目薬。思った以上に効果があるみたいだ。
杏子が驚いたように目を見開いて少し慌てた様子だ。
「杏子!もうこんな戦いやめようよ!(ほむらが)傷つくだけだよ!」
ぶっちゃけ今の俺の状態を想像すると気持ち悪すぎる。今はさっきと別の意味で吐きそうだ。
あと、セリフが思った以上に棒読みになった気がするし。
自分の大根役者ぶりに内心辟易しそう・・。
赤い瞳が気まずそうに俺から目を逸らしている。・・マジで?
こんなポンコツな演技で止められんの?
杏子ってひょっとしてマミちゃん並にチョロい?
「・・泣くなよ優依」
杏子が俺の目に溜まった涙を優しい手つきで拭っている。
「杏子がお願い聞いてくれたら泣き止むかも(うわ、俺気持ち悪!)」
「・・・・。優依のお願いは出来るだけ聞いてやりたいけど向こうはやる気みたいだぜ?」
「へ?・・ひい!?」
杏子が視線を向けた先、そこには殺気全開の紫の化身がいた。
今にも飛び掛かってきそうな雰囲気で持っている銃がカタカタと音を出している。
手を出さないのは一応様子を見ているからだろう。
ただあまりにもその様は恐怖を感じさせる異様な様子だったので本格的に涙が零れてきた。
俺のそんな様子に杏子あやすように背中をさすってくれているがそれ所じゃない。
「今すぐ佐倉杏子から離れなさい優依。さもないと身体に穴が空くわよ」
「ひぇ・・ほ、ほむらさん・・?」
様子見が終わったらしい。
ほむらが迷いのなくなった手つきで銃をこっちに向けている。
ちょっとでも妙な動きをしたら発砲されそうだ。
ほむらの事だ。
その気になれば俺もろとも杏子を始末しに行きそうだ。
どうしよう!?まさかのピンチだ!
すぐにマミちゃんに助けを・・ん?
頭に妙な感触を覚えて上を見上げると杏子が俺の頭を優しく撫でている。
「優依、もう少し我慢してくれ。今すぐアイツをぶっ潰してやるからな?」
「え?ちょぉい!ストップストップ!」
俺の頭を優しく撫でた後、槍を握り直してほむらの元へ行こうとしたので慌てて肩を掴んで阻止する。
身体から漏れだす殺意はほむらの行く末を暗示しているようで不吉だ。
「マジやめて杏子!やめてくれたら杏子のお願い一つ聞くから!」
咄嗟に出た言葉に後悔したが背に腹は代えられない。
ここで杏子を止めないと再び乱闘が開始される。それは駄目だ!
どうせ杏子の事だ。お願いは食べ物関係だろう。
ご飯奢るくらい造作もない。作るのだって造作もない。
俺の財布が軽くなるだけならむしろ儲けものだ。
「・・・本当か?」
「へ?」
「どんな願いでも良いんだな?」
「あ、えっと俺の出来る範囲でお願いします・・」
咄嗟に言った言葉に杏子が思ったよりも食いついていたらしく、真剣な表情でじっと俺を見つめてくる。
その眼差しが余分に熱を含んでいるように見えて思わず後ずさりそうになるも腰に腕を回されているため、離れる事は出来なかった。
「じゃあ優依、さっそく叶えてくれよ」
「え?ここで?一体何の願いって・・え?うぉ!?」
「アタシと一緒に来い!これから先ずっとだ!」
そう叫んだ杏子は俺を抱き上げて、地面を蹴る。
公園の景色はあっという間に過ぎ去り、気づけばどこかの建物の屋上にいた。
ちょっとでも足を滑らせればジ・エンド間違いないのだが杏子はそんな事お構いなしに駆けていく。
あれ?俺ひょっとして杏子に拉致られた?
「ちょ!?俺これからどうなんの!?」
「どうって、アタシと一緒に暮らすんだよ。さっきもそう言ったろ?」
あ、ヤバい。これはマジの目だ。
俺を見下ろす目は本気と書いてマジだった。
そんなにサンドバックが欲しかったのだろうか?
勘弁してくれ!俺は魔女と違って貧弱なんだから!
必死に暴れるも怪力自慢のポニーテールの腕はビクともせず、そういえば俺がいる所は落ちたら即死間違いなしな高さの屋上だったので思うように身動きが取れない。
自重しないと死ぬ!
「マミちゃん助けてええええええええええ!!」
「優依ちゃん!」
俺の絶叫が夜空に響き渡るその時、視界が真っ白になる。
周りに煙が充満しており、景色が真っ白だ。
その拍子に俺の身体にリボンが巻き付き、杏子の腕から逃れる事が出来た。
「ゴホゴホ・・」
煙たくて思わずむせる俺を拘束するリボンはそのまま身体を引っ張りながら空中を横断する。
「優依ちゃん!」
遠くからマミちゃんの声がする。
声のする方に顔を上げるとマミちゃんが近くの建物から俺を見上げていてその手にはリボンをしっかり握っていた。このまま行くとマミちゃんのマシュマロにダイブしそうだ。
物凄く恥ずかしいが無事助けてもらえたから無心になろう。
やっぱりマミちゃんは頼りになるなぁ。
「マミちゃんありが・・「優依に触るなぁ!!」!?」
「きゃあ!」
マミちゃんの手を掴む直前、突如目の前に赤い光が視界に走る。
その光によってマミちゃんは建物から突き落とされ、俺は後ろに引っ張られる。
「チッ、油断も隙もねえな」
背中越しに杏子の声が聞こえる。
顔が見えないからどんな様子か分からないが、かなり苛立っているらしい。
声が不機嫌そうに低いし、回された腕にはかなり力が込められている。
「杏子?」
「ああ、そうだよ。それよりマミが起き上がってくる前に行くぞ」
「え!?だから! っ!」
拒否する前にいつの間にか持っていた猿ぐつわで口を塞がれる。
おかげでくぐもった声しか出ない。
「んー!んー!」と意味のない声しか出せない。
「大人しくしててくれよな」
絶対これ疑問形ついてない。ほとんど命令形に近い声だった。
杏子がそのまま俺の抱えるように身体に手を回してくる。
どうしよう!?このままじゃ俺サンドバック確定だ!
絶対やだ!助けて!マミちゃん!ほむら!
誰でもいいから助けてえええええええええええええええ!!
≪優依!目を閉じるんだ!≫
「!」
頭の中に響く声。パニックになりかけたがすぐさま目を閉じる。
「!?」
その直後、瞼を閉じても分かるほど激しい光が襲う。
一瞬何だこれと思ったがすぐさまこれの正体を思いついた。
これはアレだ。「ピカリンライト」のエグイ光だ!
俺には分かる!だって実際食らったからな!
アレを使った時は冗談抜きで目が溶けるかと思った程だ。
魔法で視力を強化してる奴はキツイだろう。
「う・・!?」
案の定、効果テキメンだったらしく、杏子が苦しそうに呻く声が聞こえてくる。
ガタンと何かが倒れる音がするからひょっとして立っていられなくて膝をついたのかもしれない。
俺の拘束していた圧迫感が消えている。
俺はその機会を見逃さず杏子から離れるため目を瞑りながらも這いながらも距離を取る。
光が徐々に弱まっていくのが瞼の下からでも分かる。そして光が完全に消えた。
恐る恐るゆっくり目を開けて見えたのが杏子が膝をついて手で顔を覆っている姿だった。
「チッ・・一体何なんだよ?」
「間に合って良かったよ」
「!」
声がする方に杏子が顔を向ける。
視力が回復していないからか、目を閉じたままだったがいつでも動けるように体勢を整えている。
その姿はもはやベテランの老戦士のような風格だ。
「いきなり乱暴にして悪かったね。でもこうでもしないと君は止まらなかっただろう?」
「・・・誰だ?」
警戒心むき出しで槍を構えているが俺はほっと安心している。
さっきの光は絶対「ピカリンライト」だ。
これを持っているのは俺と製作者のアイツだけ。
それにこの声はやっぱり・・。
「自己紹介がまだだったね。初めまして佐倉杏子。僕が噂のシロべえだよ」
ようやく俺は声のする方に顔を向ける。
そこにいたのはシロべえだった。思わぬ助っ人に泣きそうだ。
「随分と暴れてくれたね?でも僕が来たからにはこれ以上そんな横暴は許さないよ」
見計らったかのようなタイミングで杏子に話しかけるシロべえ。
その姿は普段も憎たらしい様子とは打って変わって冷酷な雰囲気だった。
おお!シロべえに溢れる強者っぽい雰囲気!・・たださ。
「さあ、ここからは僕のターンだよ」
何で俺の後ろに隠れながらそんな強気な発言出来んの?
張り倒されたいの?
シロべえも参戦!
※ただし超ビビり中