特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第十話

 放たれた一撃。

 それに対して、麗華は妖魔が想定していなかった程のスピードで彼の腕を掴んだ。

 ぐるり、と妖魔の視界が反転する。

 彼の抱いた思いは、ただ一つ。単純に「速すぎる」というもの。先ほどまでの動きから、麗華の肉体のスペックをしっかりと確認していた妖魔は、強化が掛けられていない筈の彼女がすさまじい速度で動いたことに驚いたのだ。

 そして、そう認識した瞬間には既に麗華は投げの体勢に入っていた。妖魔のスピード、投げの勢いに加え、霊力の放出によって最大限加速されたそれは、まともに喰らえば、この妖魔であってもただでは済まない。

 しかし、確かに驚愕を顔に浮かべはしたが、ニヤリと妖魔の口元が歪む。

 

「甘い!」

 

 投げの動作に入るという事は、それだけ体が密着するという事だ。普通の人間なら、ここまで綺麗に投げの動作に入られてしまえば、反撃の目は無いが、彼は人間ではない。

 ずるりと、彼の臀部から生えた蛇が麗華の首に巻き付かんと、鎌首をもたげる。

 だが、それでも麗華の顔に恐怖が見えない。

 彼女の動きを見ていた妖魔は、今から自身がやろうとしていることをしっかりと理解できる程の実力があるはずだと分かっている。

 だからこそ解せない。麗華から流し込まれる電流は、確かに妖魔の動きをある程度阻害できるが、首をへし折ろうとする蛇の動きから身を逸らすには足りないことは理解できているはずなのだ。

 コンマ一秒以下の時間で、妖魔はそれだけの思考を巡らせた。

 だが、次の瞬間。

 

「だから、させないって言っただろうが!」

 

 そんな叫び声と共に、すさまじい速度で何かが飛来し、麗華の首に巻き付こうとした蛇を弾き飛ばす。

 そして、自身の力を全て利用され、地面に叩き付けられる瞬間、彼は見た。

 左腕を振りぬいた体勢で、地面に膝をついている恭二の姿を。

 つまり、投げつけられたのは、彼の持つライオットシールドの破片だったのだ。

 それを理解したのとほぼ同時に、妖魔の視界は床の中に深々とめり込んだ。人外の力を超人的な技術で華麗に受け流し、地面へと容赦なくめり込ませた麗華は、素早くそこから離れる。

 

 そして、地面にめり込んだ妖魔に注いだまま、背後にいる恭二へと声を掛けた。

 

「大丈夫? 結構派手にぶっ飛ばされたけど」

「一応な…… 左腕の骨が砕けたのがすさまじく痛いが」

「骨が折れた状態で、左腕を振り回したんだ…… いや、バッカじゃないの⁉」

「必要に迫られたからしょうがないだろう…… まあ、そのせいで筋繊維がぶちぶちと千切れたけど、必要経費だ。必要経費」

 

 恭二は何でもないことのようにそう言い切るが、骨が筋肉を内側から引き裂き、はれ上がった左腕は痛々しいものだった。

 先ほど投げたものはライオットシールドの破片。つまり、それが砕けてしまうほどの衝撃を左腕が受けたのだから、当然の結果ともいえる。

 背後に視線を向けはしないものの、恭二の現状が手に取るように分かり、麗華は歯噛みをした。

 

「ああ、もう! なんでまだ起き上がってくるかな!」

 

 その苛立ちをぶつけるように、身体をゆらりと起こした妖魔に向けて、剣呑な視線を叩き付ける。

 しかし、妖魔はそんな視線など全く気にせずに、だらりと全身から力を抜いていた。頭部からは、だらだらと血が流れ落ち、首もおかしな方向にねじ曲がり、顔のほとんどが潰れてしまっている状態で、彼はかすれた声で言葉を紡ぐ。

 

「なるほど…… 失策だ。完璧なタイミングでの援護を小娘に出来るんだから、おっさんにも出来て当然と考えるべきだったなぁ」

 

 先ほどの怒りに満ちた表情はなりを潜め、唯々冷徹な声色で紡がれる言葉。

 それに対して、「まずい」と恭二は身を固くした。

 

「さっき、そっちの小娘が異常に早く対応できたのは、強化を施していたから。さっき雷撃を身に纏っていたのは、強化の際に発生する燐光を誤魔化すためってところかなぁ」

 

 どちらも正解。

 吹き飛ばされた恭二が、麗華とすれ違うタイミングで強化を施し、纏った雷で発動の兆候を覆い隠す。それが二人の取った連携だったのだ。

 だからこそ、その種を言い当てられてしまった麗華は小さく顔を顰める。

 

「熱しやすく冷めやすいって感じ? さっきと全然感じが違うんだけど」

「俺が一番嫌いなタイプだ。温度差で風邪を引きそうになる。どうせなら、イキリ童貞みたいなテンションで最後まで貫き通してほしかったんだけどな……」

 

 さらり、と恭二は言葉に毒を織り交ぜた。先ほどと同じように、冷静さを失わせようという魂胆だったが……

 

「残念ながら、俺は非童貞かつ非処女なんだ。よってイキリ童貞の定義に当てはまらないってわけなんだよねぇ」

 

 妖魔はそんなことを意に介さずに、ゴキリと捻じれていた頭部を元に戻すと、ふらつきながらも、恭二たちの元へと近づいく。

 

 一歩、一歩、確実に。

 

「騙されたよ。さっき、そこの小娘に下がるように言ってたけど、それは俺に警戒させず、接近戦を挑ませるためのフェイク。おかげで、綺麗に投げられたからなぁ」

「さて、何のことやら? 俺にはさっぱりだ」

 

 そう言いながら、恭二は素早く数枚の札を懐から取り出した。

 とぼけた態度を取ってはいるが、先ほどから正確に自身が行った小細工を言い当てられているため、内心では冷や汗を流しながら目の前の難敵を睨みつけている。

 

「もう少し、札は取っておきたかったんだが…… あいつ、頭に上る分の血までなくしたみたいだな」

「だね。余力を残す事とか、考えてる暇はないかも」

 

 相手の動きが早いのと、即応性が術式よりも劣るという事があり、札を使ってはいなかったが、この状況では使わなければ抵抗むなしく殺されるのが落ちだ。

 なにせ、銃撃で倒すことが出来ず、麗華の会心の一撃も妖魔を沈めるには至らなかった。しかも、二人は片手を潰され、治癒をする暇も与えられていないと来ている。状況は限りなく悪いと言って良いだろう。

 そもそも、恭二が妖魔を煽っていたのは、相手に冷静さを失わせるだけが目的では無かった。

 

「さて、今度は悪党らしく、もっと狡猾に行ってみようかぁ?」

 

 妖魔がそう呟くのと同時に、尾のような蛇を近くに落ちていたあるものに巻き付け、すさまじい勢いで投げ飛ばしてくる。

 それは、先ほど二人が拘束した人間の内の一人だった。

 恭二が真っ先に煽りを入れたのは、こう言った事態を防ぐためだったが、今ではそれも無意味なことと化している。

 

「あいつ!」

 

 操られ、襲い掛かってきたとは言えども、相手は単なる一般人。麗華は、顔色を変えて、すさまじい勢いで飛んできた成人男性の肉体を空中で掴んだ。

 そのまま、勢いを殺すためにぐるりと体を回転させながら着地し、発生した力を見事な体捌きで床に逃がした。

 

「馬鹿、誘いに乗るな!」

 

 恭二の切羽詰まった声が響いた。

 その投げ飛ばされた人間の裏側にはりつくようにして、妖魔も地を蹴っていたのだ。それは先ほど、麗華と恭二が互いの身体を目隠しとして使っていた戦法を単騎で行ったもの。

 まるで意趣返しでもするかのように、弾丸を思わせる速度で麗華へと肉薄する。今度は、加速に霊力の放出までも絡めて。

 眼前に迫る妖魔のを前に、彼女は抱えた人間の身体を庇うようにしながら、霊力を放出して限界まで体を逸らした。

 先ほど、強化を施し、ライオットシールドで妖魔の攻撃を受けた恭二は、できうる限り力を背後に逃がしていたにも関わらず、左腕の骨が砕けてしまったのだ。 

 今、麗華に施された強化の効果は既に切れてしまっている。攻撃をもろに喰らえば即死。よくて重体は免れない。下手をすれば、ザクロのように肉体が弾け飛ぶ。

 それを理解できているからこその対応。

 麗華を庇ったによって生まれた僅かな時間に滑り込むようにして、恭二が札を発動させた。その札、結界符の効果により、結界が生成され、麗華の身を守る。

 

 だが、一撃。

 

 たった一撃でその守りは砕け散った。

 その反動で後方へと飛ぼうとしている妖魔に対し、恭二は躊躇いなく追撃を放ちながら言葉を紡いだ。

 

「おいおい…… 一応、ロケットランチャーぐらいは砕けず耐えるだけの強度はあるはずなんだが。お前、九鬼さん程じゃないけど、とんだ馬鹿力だな」

 

 彼の感心したような声があたりに響く。

 元の人外としても飛びぬけている膂力に加え、霊力の放出による加速。それは、相当な火力を誇る携行用のロケットランチャーをも上回るものにまで押し上げている。

 彼の場合その厄介ごとに対する苦汁よりも、感心が勝ってしまったのだ。そんな生ぬるいとも言えるような言葉とは裏腹に、追撃の手は悪辣極まっているが。

 引き抜いたうちの札の内、結界符は既に使ったが、次いで発動させた二枚の拘束符から光の帯が妖魔の退路を断つようにして背後へと回り込み、後退させまいと動きを阻害する。

 そこに麗華も取り出した札を発動させ、強烈な冷気が、氷が妖魔の身体を包み込んでいった。

 

 しかし

 

「痛いなぁ…… 何をするんだ。酷いじゃないか」

 

 バキリ、という音と共に氷の縛めが砕け、妖魔はゆらりと体を揺らした。

 そんな様子を見ていた麗華は、目を細めながら言葉を紡ぐ。

 

「あれをきっちり倒さないと、下に行かせてくれそうにないねぇ」

「あいつの目的が時間稼ぎの場合、目的は達成されていることになるけどな。簡単に逃げられるような囲いはしてないから、他の誰かが下にいるとして逃亡を図るにも時間はかかる筈」

「じゃあ、時間を掛けたら逃げられるかもしれないってことでしょ」

「そう言う事だ。要は早く片付けるに限る」

 

 軽口を躱しながらも、長期戦は危険だという、共通の認識を二人は持ち合わせている。

 その中で、恭二は麗華の様子を伺いながら思考を巡らせた。

 先ほど、投げ飛ばされた人間を庇ったことや、諸々の態度から分かるように、彼女は直情的で傷つく人間を放って置くことが出来ない。

 

 それを念頭に考えて、恭二は「麗華が民間人を庇って無茶をしないうちにどうにかしないとまずい」という結論に至った。

 

 彼らが闘っている廊下は、妖魔が投げ飛ばすのに丁度いいものが多すぎる。

 だからこそ先ほども後退を阻止し、拘束された人間が密集している場所から近づかせなかったのだが、それでも妖魔の手が、いや、尾のような蛇がそれに届く射程範囲だ。

 まだ、飛んでくる可能性があると考え、麗華は重心を低くしている。

 また人間が投げ飛ばされてきたら、間違いなくそれを助けに動くことは想像に難くない。

 

「やれやれ、先が思いやれられる」

 

 そして、妖魔もそれに気付いているであろう事実に、恭二はまたため息をついた。

 相手の弱みを嗅ぎつけ、的確についていく。それがこの妖魔の得意とするところなのだろう。

 ニタニタと悪辣な笑顔を浮かべ、彼は臀部から生えた蛇をさらに伸ばし、増やしていく。

 

「げ!」

 

 麗華が露骨に顔を顰める。それは、有体に言って最悪な事態だ。

 何せ、それは単純に投げつけられる人間の数が増えるという事だ。それは麗華が、救うために対応しなければいけない人間が増えるという事を意味している。

 そして、その仮説を裏付けるかのように、妖魔は次々と人間へと蛇を伸ばしていく。

 

「この、やめろ!」

 

 麗華は切羽詰まった声で叫んだ。。

 雷撃は効果が薄いため、先ほどのように札を使用したいところだったが、発動までに一瞬の間がある札では間に合わないと悟り、雷撃以外の選択肢が掻き消えた。

 だから、今まで施設の電気系統を破壊しないために、ある程度の手加減をして放っていたそれを、最大限の威力を開放して彼女は放つ。

 

 閃光。そして、何かが解けるような音が響く。

 

 雷撃が通り抜けた場所が、一部プラズマ化するほどの威力を秘めた雷撃。それには、流石の妖魔も顔色を変えて腕を交錯させる。

 直後、全身の血の気が引いてしまいかねないような異音と、すさまじい爆風が廊下を駆け抜ける。そんな中でも恭二は薄く目を開けて、決して状況から目を離さない。

 

 だからこそ、

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 消し飛んだ窓枠や、天井、最早三階と四階の区別がつかないほどの破壊がもたらされた建物。

 其れほどの一撃だというのに、未だ立っていたそれに対し、信じられないような視線を向ける。

 振るわれた腕や全身の皮膚は、高電圧によって発生する熱によって焼けただれているものの、未だ脅威といって良い殺意を滾らせながら、妖魔はニタリと嗤う。

 

「さて、第二…… ラウンドだ、なぁ?」

 

 

 

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