特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

13 / 43
悪意の病巣 第十三話

 

「これは…… まずいね」

「ああ、まずい。それに、俺が感染しているってことは、そっちも感染している可能性が高い。さっき投げ込まれた手榴弾に何か仕込まれていたか…… あの妖魔自信がウイルスの保菌者だったか……」

 

 麗華と恭二は顔を見合わせて、そんな言葉を交わす。冷静に状況分析をしている二人だが、それでも顔に滲みだした苦渋の色は隠せない。

 

「さっきの攻撃で、お前の右腕の装置は壊れたみたいだな…… 赤くなるどころか、そもそもピクリとも反応しないぞ」

「うん…… 罅だらけで酷いことになってるし、当たり前と言えば当たり前だね」

「薬を打つまでに、腕輪が光ってからおよそ十五分ぐらいの猶予があるとは聞いているが……」

「まあ、ギリギリまで粘る利点より、リスクの方が大きいからさっさと使っちゃおうか」

「その前に、消毒はしておかないとな…… 汚れのせいで感染症を発症しましたじゃシャレにならん。それに、普通の方法でウイルスをどうにかするわけじゃ無いから、即座に再感染ってこともあり得る」

 

 恭二はそう言うと、バックパックの中からスプレー型の消毒液を取り出した。それを麗華や自身の頭のてっぺんからつま先まで、まんべんなく吹きかけていく。

 そんな風にスプレーを吹きかけられながら、彼女は小さく肩を竦めた。

 

「こういうのって、普通、治療を施す前にするものじゃないの?」

「さっきは緊急性が高かったから仕方が無いだろうが…… 治療しないと、今頃仲良くあの世行きだったんだぞ?」

「分かってるってば。言ってみただけだから、そんなに気にしなくていいよ」

「なら言うなよ…… まあいい、それよりさっさと注射をしておこう。じゃないと、相手の操り人形だ」

 

 そう言うと、二人は事前に渡されていた札と注射器を取り出した。それを恐る恐るといった様子で麗華は腕の静脈へと近づけていく。

 それを見ていた恭二は、呆れたように肩を竦めた。

 

「なんだ? 怖いのか?」

「あのねぇ…… 地面をのたうち回るような痛みが走るって言われて、怖気付かない方が難しいってもんじゃないの」

「いや、今この状況だと、痛みより相手の手駒になる方が怖い。何が悲しくてお前と殺し合いをする可能性を残さなくちゃならないんだ」

 

 恭二はそう言うと、躊躇なく血管に注射器を突き刺し、そこに収められた薬液を流し込んでいく。瞬間、彼の顏が歪み、床に膝をついた。

 

「~~~~~っ!」

 

 そして、声には出さないが、苦悶にもがく吐息を口から漏らしつつ、彼は素早く札を発動させた。

 

「はあ、はあ、ふぅ…… ありえん…… いや、本当にありえん。さっき腹に刺さってた破片や骨折の怪我よりはるかに痛い。ものすごく痛い」

「あ、ははは…… 痛みに強い恭二がそう言うってことは、かなりヤバそうだね。あの、注射打った後の札は、そっちが発動させてくれない? ほら、そっちの方がノータイムで発動できるし」

「この野郎……!」

「野郎じゃなくて、女の子ですぅ! ね、自分の相棒に痛い思いをさせるのは色々とあれでしょ? ね?」

「む、むかつくなお前…… でもまあ、しょうがない。札をこっちに渡せ。お前にまた気絶されたら、起こすのも面倒だ」

 

 その言葉を聞いた麗華は小さく息を吐くと、「良かった、任せるね」と言って微笑んだ。激痛を味わう時間が短くなり、心底安心したのだろう。

 

「現金な奴め…… ほら、とっとと注射を打て。じゃなきゃ、相手の操り人形だ。さすがに、お前を相手取るのはきついぞ。ていうか、死ぬ。確実に死ぬ」

「ずいぶんと情けないことを断言しないでよ…… ま、まあ、それは置いておくとして。注射打つから、頼むよ本当に」

「念押ししなくてもちゃんとやる」

 

 恭二は苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。続けて「そんなに信用無いのか」と言葉を返す。その言葉を受けた麗華は、「そんなことは無いけど」といった後、小さく呻いた。まあ、それはそれとして怖いのだろう。

 

「じゃあ、今度こそ打つから、後は任せるよ……」

「任された」

 

 恭二の力強い返答を聞いた麗華は、意を決して注射器を自身の身体に突き立てた。それと同時に、恭二は宣言通り札の効力を発動させる。

 そのおかげか、麗華は苦痛に顔を歪めるようなことは無く、そのまま小さく微笑んだ。

 

「良かったぁ…… 何とか痛みは無くて済んだみたい」

「俺がタイミングを合わせて無かったら、麗華は今頃床とキスをしてたかもな」

 

 恭二は小さく笑いながらそう嘯いた。それに対し、麗華もまた軽い調子で言葉を返す。

 

「かもね。でも、痛みが無かったからモーマンタイってやつ? 霊力の残りはこっちは五割ぐらいあるし、何とかなるでしょ」

「こっちは治療でガンガン霊力を消費したから、残りは三割五分ってところだ」

「長期戦は期待できそうにないねぇ……まあ、なんだかんだいって、これで体勢を立て直せたみたいだし、行こうか。こんな面倒なことをしなくちゃいけなくなった現況っていうやつに会いにさ」

「ああ、行こう。でも、次の感染に対する手段はなくなった。それに、さっきの妖魔がお前に何をして、あんな結果になったのかが分かっていない。油断するなよ」

 

恭二の神妙な表情に、麗華もまた真剣な表情で頷き返す。先ほどの不自然な脱力が戦闘中に起これば、今度こそ命を落とすかもしれない。

 

「分かってる。それに、手榴弾を飛ばしてきた伏兵も、相当な使い手だろうしね」

 

 監視カメラを完全に破壊されたため、麗華たちの位置取りを完全に把握することは難しかったにも関わらず、完璧なタイミングで手榴弾を飛ばすその技量を鑑みるに、実力が並大抵のものでは無いことは明らかだ。

 

「ああ、だから一つ緊急時の策をお前に預けておこう」

 

 

 

*****

 

 

 

 薄暗い地下室、この施設の最新部で、二つの影が視線を合わせることもなく言葉を交わす。

 

「どうする? アンタが追撃をしなくていいって言ったんだよなぁ? それで、相手に立て直す隙を与えちゃ世話ないと思わないか?」

「まあ、それも予想の範囲内ですよ。このウイルスの対抗策も、あそこの医療部門の面子なら容易に用意できるでしょうしね…… あ、これ笑うところですよ?」

「嘲笑って良いっていうのなら盛大に笑ってやるが」

「嘲笑われるのは嫌いですねぇ」

 

 そう言って、オールバックの男はマグカップのコーヒーを啜った。

 

「ふぅ…… しかし、監視カメラが使えないのは痛いですね。相手の雷撃使いは相当な腕前と見えます。最初は的確にカメラの電気系統だけ破壊されましたから。それに、雷撃に強いあなたの全身を丸焦げにするぐらいですしねぇ?」

「丸焦げになってない。レアかミディアムレアぐらいだ。そこの所、間違えるなよ。なぁ?」

 

 些か、険悪ともいえる雰囲気でオールバックの男と妖魔が睨みあう。

 しかし、男はすぐにため息をついて言葉を紡いだ。

 

「まあいいでしょう。こちらからウイルスに刻んだ術式の反応がなくなったのも事実。ですが、いくらクロユリの医療部門と言えども、僅かな時間で完全なワクチンを作成するのは難しいでしょう。元より、ワクチンを作りづらいウイルスと、疫鬼の力をベースに今回のウイルスを生み出した訳ですし」

「あぁ怖い怖い! そんなことを断言できるなんてストーカーか何かか?」

「そう言われても仕方ありませんねぇ。でもほら、才能への挑戦ほど心躍るものはありませんから。こういった見極めも楽しいものですよ」

 

 男は、心底楽しそうに言葉を紡いだ。そして、何処かうっとりとした表情で、つうっと目の前にある設備の上に指を滑らせていく。

 

「幸か不幸か、この実験場のデータは既にボスの方へと転送してあります。おかげでデータのことを気にする必要はなさそうです」

 

 そう言って男は自身の目のまえにあるパソコンや設備を見つめた。それぞれにこの施設で行われた貴重な実験データが詰まっているが、そのほとんどのデータを転送してあるため問題は無い。

 そこまで思い浮かべたところで、設備の上を滑っていた男の指が、ウイルスの培養管の上でぴたりと止まった。

 

「しかし、このままでは、この施設は放棄することになりますねぇ…… この子たちが無駄死にしてしまいますし、ここは、盛大に花火を打ち上げたいところですが……」

「それはいいなぁ! でも、連中がそれを許すとでも?」

「どちらでも構わないでしょう。今回の実験の目的は既に達せられています。なんにせよ、この施設とももうすぐお別れですねぇ。まあ、それは仕方のないことと割り切って、運動不足の解消にいそしみましょう。しばらく、運動の出来る機会はなさそうですからね」

 

 そう言うと、男は下弦の月を思わせるような笑みを口元に浮かべ、ウイルスの培養管のその奥で、ぼこりと泡を立てながら培養液の中に浸かっているそれを見つめた。

 

「起動装置はこちらの手から離れることになりますが、データがあるならまた作り上げることも可能です。しばらく地下に潜ることになりますが、お互い慣れたものでしょう?」

「狭苦しいとこは苦手だけどな…… まあ、アンタの言う通り、運動不足にならないよう精一杯暴れさせてもらおうか」

 

 暗闇の中で、二つの影は緩やかに蠢いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 

 一方、状況を外部で分析していたオペレーターは、ドローンの映像に、恭二と麗華がうつり込んだのを見て安堵の表情を浮かべていた。

 

「良かった…… 二人とも、何とか無事だった……」

 

 固唾を飲んで事態の推移を見守っていたオペレーターは、戦況を映し出している映像から視線を落として安堵する。自分の担当しているコンビが完全に復活したことが分かったことで、何とか精神的な落ち着きを取り戻したようだ。

 しかし、すぐに気を引き締めると、真剣な表情でモニターを睨みつける。状況は最悪を脱しただけで、予断を許さない状況であることに変わりはない。少しでも気を抜いてしまえば、きっと二人はその喉笛を食いちぎられるだろう。

 

「妨害電波さえなければ…… いえ、それを言っても仕方がありませんね。二人が行動できる状態なら、それを前提として儀式呪法の構築状況や、包囲網を作り替えて…… それに、通信が回復した時のことも考えないと……」

 

 そうして、再び彼女の手がキーボードやコンソールの上を慌ただしく行き来する。確実に、敵の息の根を止めるために。

 

「おいたのツケは、しっかり払わせてあげます」

 

 その瞳に、仲間を傷付けられたことの怒りを滾らせて。

 

 

 

 

****

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。