特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第十四話

「ここが、地下への入り口?」

「らしいな…… ご丁寧に、術による人払いと、強固な結界まで同時に施されている」

 

 廊下に落ちていた自身の装備と、敵が持っていた装備を強奪して身を固めた二人は、地下へと続く扉の前で静かに言葉を交わした。恭二は左手に日本刀を握り、麗華は拳銃を二挺構えて眼前で自信を阻むものを見つめる。

 その扉には、恭二の言葉通り、認識阻害や結界が施されており、一般人はどころか妖魔や術師の類であったとしても簡単に通り抜けられないようになっていた。

 現に、二人もそれが「扉である」という事はかろうじて認識できるが、その形状や鍵の位置、どのような開き方をするかさえうまく識別できていない。

 

「こう言った類の術に対して効果を発揮する霊視用の呪具を身に着けていてこれだし、素の状態では発見すら難しかったかも」

「そうだな。オペレーターに持っていくように言われたが、警戒網の通り抜けや、トラップの回避以外で役立つ場面があるとは思わなかった」

「おかげで、地下があることが分かってるのに、入り口が見つからないなんて最悪の事態は避けられたんだし、オペレーター様様だねぇ!」

 

 麗華はそう言うと、雷撃を纏わせた蹴りを扉に叩き込んだ。しかし、強固な結界で保護された扉はびくともしない。

 

「ありゃ、これ破るのにかなり時間がかかりそう……」

「感じた手ごたえは?」

「さっき妖魔にぶち込んだ威力の雷撃を五、六発分ってところだね。でも、そんな事したら霊力が切れちゃうよ」

 

 恭二の問いかけに、彼女は少しばかりむっと表情で言葉を返した。施された守りを突破するのが難しいとたったの一撃で理解したからだ。

 だが、恭二は特に焦った様子もなく扉をでなぞる。

 

「外の警戒網と違って、攻撃性能は無いみたいだな……」

「まあ、さっきノックしても反応無かったし、妥当なんじゃない?」

「あれはノックじゃなくてキックだろうが…… まあ、そんなツッコミは置いておこう。漫才をやってる場合じゃ無いしな」

 

 恭二はそう言うと懐から一枚の札を取り出した。それを見た麗華は、全身を総毛立たせながら彼の元から距離を取る。

 

「は⁉ なんてもの取り出してるのさ! そんな高威力の札を結界破るためだけに消費するとか狂気の沙汰なんですけど⁉ 給料何か月分⁉」

「そんなこと言われてもな…… 札を使おうにも、さっきの妖魔みたいなやつが相手だと発動する前に潰される可能性も高いし、こっちの方がよほど無駄遣いにならなくて済む。さっきの手榴弾を投げ込んできた奴がどれくらい強いか分からんが、妖魔は確実に一緒にいるだろう。アイツの回復力を考慮すると、それなりに怪我が治っている状態で、だ。それに、相手が治癒系の術式か札を使えば、さっきの傷も完治してる可能性だってある」

 

 恭二は、麗華に対して状況をかみ砕いて説明する。その間にも、札に霊力を流し込み、発動させる準備を整えながらも。

 そんな彼の言葉と態度に、麗華は乾いた笑みを浮かべながら一歩下がった。

 

「いやぁ…… 一応、ウイルスが飛散する可能性も考えて、もうちょっと自重するっていうのは? ほら、一応この施設を壊さないようにって言われてはいるんだし」

「さっきコンクリートが一部プラズマ化するようなレベルの雷撃を放った奴にだけは言われたくない…… それに、結界を破られてすぐに破壊されるような所に制御系の機会は置かないだろう。まあいい。もう何を言っても手遅れだしな」

 

 恭二は見るものを凍り付かせるような凄絶な笑みを浮かべる。その手に握られた札は、燐光を放ち、その力が解放される瞬間であることを如実に示していた。

 それを見た麗華は、その時ようやく理解した。

 

「あ、ヤバい。恭二がキレてる」

 

 その言葉が響いた直後。すさまじい衝撃と轟音があたりに響き渡り、結界どころか階下まで一直線に猛火が突き抜けた。

 完全にぶち抜かれた、というか溶け落ちた扉を前にして、麗華は冷や汗を流す。その顔に引き攣り笑いを浮かべながら。

 

「あの…… この任務が始まる前に、感情を表に出すほど若くないみたいな事を言ってた人はどこのだれでしたっけ?」

 

 恐る恐るといった様子で、紡がれた言葉に恭二はにっこりと笑いながら言葉を返す。

 

「何を言っているんだ。こんなに笑顔なんだぞ。これのどこが怒っているように見えるんだ?」

「え、あ、うん。はい、はい。そうだね。うん」

「お前、さっきやられた時に頭も打ったのか? 二回返事を返すのは、混乱している時の反復行動にも見られ……」

「あ、違う違う。そう言うのじゃないから。気にしなくていいよ」

 

 彼女は彼の言葉に、勢いよく首を振った。決してそう言う事ではない、と強く示すために。

 今の恭二は、麗華をもってしても怖いと感じるほどに怒りを滾らせている。顔は笑顔だが、目には温度がこもっていない。声もどこか平坦で、先ほど彼女自身に投げかけられた言葉に宿っていた温かみというものの面影も一切ないと来ている。

 こういう時は、恭二がすさまじく怒っていると彼女は経験則で知っていた。そして何より、麗華は失念していたのだ。彼女が傷つけられた時に怒らないような男ならば、そもそも自分がなつくことなど決してあり得なかっただろうという単純な事実を。

 それに今の今まで気が付けなかった自分の察しの悪さを呪いながら、恭二が怒っているという事実に少しばかりの嬉しさと焦りを感じながら、彼女は視線を自身の相棒へと向ける。

 相変わらず薄く笑みを浮かべた恭二は、周囲に最大限の警戒を払いながら階段へと一歩踏み出した。その背後をカバーするように、顔を引き攣らせた麗華が付いていく。

 地下への入り口が、まるで魔物が大口を開けているかのように感じてしまう圧迫感をものともせず、彼は階下へと突き進んでいく。一歩、一歩進むごとに、その顔から表情が抜け落ちていくのを、麗華は小さく肩をすくめながら盗み見た。

 

「こっわいなぁ…… 私の為に起こってくれてるんだろうけど、相変わらず、シャレにならないキレ方するんだから……」

 

 能面の様に無表情になった恭二を見て、彼女は小さくぼやいた。その呟きが聞こえているのかいないのか。恭二は黙々と地下へと進んでいく。

 だがその姿に、麗華は少しだけ違和感を覚えた。

 

「あのさ、恭二。ヤバいキレ方してるのはいつものことだけど、ちょっと元気がないよ。まだ具合が悪い?」

「いや…… 少し気になることがあってな。まあ、気にするな。大したことじゃない」

「まあ、それならいいんだけどさ……」

 

 そう言うと彼女はちらと向けていた視線を地下の先へと戻した。そうして、進んでいくうちにやがて、終着点が見えて来る。

 広い空間の中には、様々な機材や巨大な培養管が並んだ異様な光景が広がっていた。

 そこには先ほどの妖魔と、白衣に身を包んだ黒髪をオールバックにした男が二人を迎えるようにして立っている。

 

「ようこそ。地獄の窯の底へ。歓迎しますよ」

 

 口元に、感情を感じさせない笑みを浮かべながら。先ほどの札の効果で所々で燃え盛る火が見え、本当に地獄の窯の中のような有様だった。

 そんな炎の中で浮かべられた笑みを、視線だけで凍り付かせてしまうのではないかと思うほどの冷たい視線で睨みつける男が一人、無言で右手に握ったサブマシンガンの銃口を突きつける。

 

「あんたが黒幕か。もうちょっといかつい奴がいてくれると思ったんだがな」

「いやですねぇ。ここは医療施設ですよ。そう言うのは、警備員やここにいる奴みたいなのが担当すべきことで、私にはとてもとても!」

 

 そう言ってオールバックの男は身をよじらせる。

 

「黙れよ」

 

 端的な言葉と共に、恭二は容赦なく引金を引き絞った。乾いた発砲音が連続で響き渡り、次々と弾丸が放たれる。

 

「酷いですねぇ。もう少し話を聞いてくれてもよろしい気がするのですが?」

 

 男は焦ったような様子もなく、パチンと指を鳴らした。それと同時に、無数のトランプが男の懐から飛びだしてくる。それらのトランプはまるで意志があるかのように宙を舞い、銃弾を遮るようにして展開された。

 そして、容赦なく放たれた弾丸が次々とトランプに着弾していく。勢いを殺された弾丸は、耳に残る金属音と共に地面へと落下した。

 

「さっき手榴弾を飛ばしてきた念動系の術式を使っていた奴はやっぱりお前か」

「ご明察です。このぐらいはやはり分かりますか」

 

 男はクスリと微笑んだ。言葉の裏に、その程度のことは分かってもらわなければ困ると言わんばかりの態度を滲ませてながら。

 

「下手くそだなぁ…… ちゃんとこいつの頭に鉛玉をぶち込んでやればいいのに」

 

 妖魔は、心底つまらなさそうに頭の後ろで手を組むと、小さく舌打ちをした。

 

「あのですねぇ…… 貴方はどちらの味方なんですか?」

「少なくとも、お前とは一応、ビジネスパートナーってやつだ。それ以上でも無いけどなぁ」

 

 あまりにもあまりな態度に対する男の呆れたような言葉に、妖魔は飄々とした態度でそう嘯いた。

 そんな言葉を受け、深々とため息をつきながら、男はくるりと二人の方へと向き直る。

 

「これのことは置いておくとしましょう。では、改めまして、私はプロフェッサー、ギルバート。以後お見知りおきを」

「いや、黒髪黒目、完全な和顔で何ほざいてるんだお前」

「おやおや、これは一本取られました。まあ、名前なんてどうでもいいでしょう? 悪党が名前を教えて身バレするとか、ギャグですよギャグ。捧腹絶倒ものの」

 

 軽い調子と態度で言葉を紡いで入るが、ギルバートという明らかな偽名を名乗った男は隙だらけのように見えて、隙が無い。

 先ほどの動きから見せたように、そもそも彼は防御のために体を動かす必要があまりない。そして、その反応速度は銃弾の軌道にトランプを滑り込ませることが出来るほどに鋭敏だ。そもそも、身体の動きは求められないからこそ、その動作一つ一つに無駄があっても問題にならない。

 それに、彼の隣に控えている妖魔がにらみを利かせているために、容易に踏み込むことは出来ず、その妖魔は麗華がにらみを利かせることで、同時に踏み込ませてはいない。

 先程、二人でも互いに重傷を負った相手が一匹に加えて、仮称ではあるがギルバートという男を相手にしなければならない。

 たらり、と麗華の額から汗が流れ落ちる。彼女の脳裏に、先ほど目を覚ました時に見た、血まみれで、ボロボロになってしまった恭二の姿がよぎった。僅かに過ったイメージが、彼女の脳裏にこべりつき、集中力を乱していく。

 緊張と最悪の想像のせいで、麗華は喉の奥がひりついていくような思いを抱いた。

 だが、恭二はそんな彼女の様子を知ってか知らずか、静かに言葉を紡ぐ。

 

「そっちは任せるぞ。なに、いつも通りやればいい。こっちもそうする。お前もそうする。そうだろう?」

「……恭二に励まされるなんて、私も焼きが回ったかな」

「まだ二十歳にもなってない小娘が何言ってるんだ…… 行くぞ」

 

 その言葉が合図となり、二人は同時に左右へと別れた。恭二はギルバートの側面へ、麗華は未だ全貌の開かされない妖魔の側面へと回り込むように。 

 そして、コンマ一秒のずれもなく、二人は同時に攻撃を放った。

 

「ふむ…… 良い判断ですねぇ」

 

 小さく、「なるほどなるほど」と呟きながらも、ギルバートはそう評価する。

 

 短絡的に二人が先ほどの様に互いの身体を目隠しとして利用する戦法を取ったなら、彼は負荷が大きいが直接相手の身体に干渉してバランスを崩すつもりだった。

 そうすれば、僅かな感覚のずれで連携が為されず、恭二と麗華は味方の攻撃で地に伏すことになっていただろう。

 だが、早速その目論見は外されてしまう形になる。そしてそれを為した二人の判断力に、ギルバートは小さく笑みを浮かべながら、トランプを自身に迫る男めがけて飛ばした。

 殺到する無数のトランプを銃弾で撃ち落とし、或いは回避しながらも、恭二は眉を顰めた。

 

「……何が楽しいんだ。お前」

「それは、もちろん、貴方のような才能ある方と戦えることでしょうとも。最近は運動不足でしたので、それの解消にもってこいでもありますから」

 

 そう呟きながら放たれているトランプは、本来は武器として成り立たないものでありながら、先ほどから銃弾を弾き飛ばし、よけ損ねた分が恭二の頬を切り裂いている。

 文字通り肌で感じた威力は、直撃すれば間違いなく臓腑まで達すると思わせるだけのものを秘めていた。その事実に彼は小さく舌打ちをする。

 

「は、そうかい。口の減らないやつだな。それに銃弾防ぐとか、そのトランプ何で出来てるんだ? 強化してるわけじゃ無いだろう。他人の霊力がこもってるものは、念動で相当動かしにくいはずだからな」

「今はやりの防弾トランプというやつですよ。通販で売っていたので衝動買いしてみました。軽いから動かすのにも霊力をあまり使わずに済むのでまさに一石二鳥といった感じですよ」

 

 ギルバートは小さく舌を出しながら、トランプを左右に振って見せた。その態度一つ一つが恭二の癇に障る。だからこそ、盛大に顔を顰めながらも自身の肉体に強化を施して、トランプの嵐の中へと飛び込んだ。

 襲い来るトランプを日本刀ではじき、強化した膂力で地を蹴り、縦横無尽に駆けながら正面、背面、側面と四方八方に回り込んでその肉体を切りつけていく。

 しかし、下手な人外よりも素早く、そして鋭い恭二の攻撃を、ギルバートは寸でのところで防ぎきる。そして、お返しと言わんばかりに攻撃へと転じた。舞い飛んだトランプが咢を思わせるような形を描き、恭二へと食らいついた。

 それを背後に飛びながら躱し、片手に握っているサブマシンガンを連射しながら距離をとる。だが、銃弾の雨もギルバートが構築しているトランプの防壁の前には無力で、甲高い金属音と共に地に落ちていった。

 それを見た恭二は、僅かに切れた頬から血を流しながら、忌々し気に吐き捨てる。

 

「厄介だな……」

「喜んでいただけたようで光栄至極。それでは、踊っていただきましょうか?」

 

 恭二とギルバート、二人の言葉が火花を散らした。片や殺意、片や愉悦に満ちた言葉。

 そして、それが合図だったかのように、両者は再び激突する。

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