特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第十五話

 

「ほらほら、どうしたどうした。これで終わりなのか?」

 

 そこから僅かに離れた場所で、妖魔が猛々しい声を上げて麗華へと肉薄する。その過程で体を人間に近い者から、虎のようなものへと作り替え、鋭い爪で目の前の獲物へと襲い掛かった。

 

「っ! この!」

 

 麗華は寸でのところでそれを躱し、すれ違いざまに銃弾を妖魔の頭部へと頭部へと叩き込む。

 しかし、妖魔はそれを意に介したような様子もなく、その尻尾を蛇へと変貌させることで、背後へと回り込んだ麗華へと追撃を放った。

 その追撃を、ゴロゴロと地面を転がりながら距離を取ることで躱すと、彼女はすさまじい威力の雷撃を放たんと霊力を充填させる。

 

「させると思っているのか? あぁ⁉」

 

 だが、妖魔はすぐさま比重の軽い人間の身体へ戻ると、ふわりと地面に着地し、そのまますさまじい速度で反転した。

 妖魔が虎の肉体のままなら比重が重く、確実に地面を抉り、余計な力を発生させて僅かに動きが鈍っただろうが、人の身体で着地したことによってそのロスを殺したのだ。そして、跳躍に際して再び獣のものへと自身の肉体を作り変え、その膂力で再び麗華へと迫る。

 

 まさに変幻自在。

 

 妖魔は攻撃の最中に肉体を作り替えることで、重心や筋肉の配列を変えて、即座に最大威力が出せるように調整し続けている。三階の廊下での戦いよりも、確実に動きの精度が上だ。

 

「さっきは本気じゃ無かった、ってこと?」

 

 麗華は、右手に握った銃身でその一撃に込められた力をうまく受け流す。その力を回転力に変え、霊力の放出によってすさまじい勢いを生み出した。

 そのすべてを左手に握った銃にのせ、相手をなぐりぬくように抉り込ませながら、銃弾を叩き込む。反動と衝撃で左手に握られた銃身が粉々に砕け散り、彼女は武器を失うが、相手から距離を取ることに成功する。

 それを受けた妖魔は舌打ちをしながら、背後へと後退する。

 

「そっちも、両腕が使えると、ずいぶんと言い動きをする。最初の奇襲で、腕をもぎ取ることが出来なかったのは痛手だったなぁ」 

「お互い、一番の痛手はあの時に相手を仕留められなかった事でしょ!」

「あっははは! 違いない!」

 

 妖魔は、はしゃいだ子供のような笑い声をあげると、身体を蛇に変えて、遮蔽物の合間を縫うようにして身を潜めた。

 麗華は地下に置かれた機材の上へと飛び乗ると、素早くその上を移動しながら視線を巡らせて、蛇に変化した妖魔を探す。

 

「いない⁉ どこに……」

 

 彼女が驚愕の声を上げたのと同時に、ビキリと彼女の足元の機材が軋むような音を立てはじめたのだ。

 瞬間、ゾワリと麗華の全身が粟立った。そして、本能的に、彼女は自身が飛び乗っていた機材から飛び降りる。

 ぐしゃり、と彼女が数瞬前まで立っていた機材がひしゃげながら上空へと浮き上がった。機材の中身を食い散らかしながら、空中へと飛びあがった存在のせいで。

 そして、それを為した妖魔は人の形に戻りながら、口元を拭う。

 

「げっふぁ…… まっずいなぁ…… 金属とか生物が食って良い者じゃないんだぞ?」

「鉄分接種には効果的だったでしょ。機械には貴金属が含まれてるっていうし、金も接種できたんじゃない? あれ、適量なら体にいいらしいじゃん」

 

 麗華は皮肉たっぷりに言葉を紡ぐ。内心に走った動揺を押し隠すように。

 あと一秒でも遅かったら、間違いなくやられていた。彼女は背筋を流れていく冷や汗の感覚を覚えながらも、そう結論付ける。

 そんな麗華の思いを知ってか知らずか、妖魔は意気揚々と言葉を紡ぎあげる。

 

「昔、金が体にいいって信じて、摂取しすぎたから死んだ馬鹿な貴族だか、王族だかが西洋にはいたらしい。馬鹿な話だと思わないか? それと同じ末路を辿るのは御免だなぁ」

「そのままその末路を辿ったら? 私は歓迎するよ。ついでに馬鹿笑いもしてあげる」

「怖いなぁ…… 近頃の若いのは、なんでこうも血の気が多いのやら」

 

 妖魔は喉の奥で、くつくつと嗤う。この瞬間という快楽に耽り、むさぼっているのを隠そうともしない。彼にとって、この血沸き肉躍るような戦いが、化かし合いが楽しくて仕方がないのだろう。

麗華はそんな妖魔に対して、嘲笑を浮かべた。

 

「楽しくて仕方が無いって顔してよく言うよね。その二枚舌、切り落として豚に食わせてあげる」

「食われるのはそっちの方だ」

 

 二人がそう言うや否や、雷撃があたりを抉り、焼きながら、すさまじい爆音と共に両者は激突した。

 

 

 

 

「元気ですねぇ、若い子は。おかげでこちらの馬鹿も昂ぶっちゃってるじゃないですか」

 

 そう言ってギルバートは、困ったような笑みを浮かべ、肩を竦める。

 余裕綽々といった態度の彼は、それを裏付けるかのように傷一つ負っていない。

 一方、恭二は僅かに息が上がり、身体のいたるところに血の跡が付いていた。

 

「はあ…… もう少し、懐に入れてくれてもいいんじゃないか?」

「嫌ですよ。貴方、肉を切らせて骨を断つを地で行く戦い方をするじゃあないですか」

 

 ギルバートは「おー怖い怖い」と喉の奥で呟き、目の前の男へと視線を向ける。まるで、実験動物を見るかのようなその視線が、恭二の神経を逆撫で、彼の眉がピクリと動いた。

 

「相も変わらず不愉快な視線だな。その眼球を抉り落してやりたいよ」

「おやおや、口汚いですねぇ。あちらにいる娘さんが真似してしまったらどうするんですか?」

「安心しろ。そのことに関しては、たぶんもう手遅れだ」

 

 恭二はそう言いながら、飛来してきたトランプを切り捨てた。いや、弾いたといった方が正しい。彼の言う防弾トランプとは、どうやら斬撃も通さないようだ。

 だから、彼は左手に握った日本刀を、自身の脇へと寄せて腕を大きく後ろへと引いた。そして、足裏へと霊力をかき集め、踏み込みと同時に放出。

 放たれた弾丸の如きスピードで、彼は一気にギルバートとの距離を詰める。

 当然、飛来する無数のトランプが恭二の手を、足を、胴を抉り飛ばすが

 

「まあ、長期戦は嫌でしょうし、こうなったら気にしないですよねぇ!」

 

 ギルバートの言葉通り、全く意に介することなく、止まることもなく、彼の元へと肉薄した。

 

「身体強化!」

 

 そして、強化の施された恭二の筋肉が音を立ててうねり、すさまじい速度の突きが放たれる。それは、ギルバートの周囲を舞っていたトランプの防壁すら貫通し、彼の眼球へと迫った。

 

「っ! やりますねぇ…… そうこなくては、そうでなくては!」

 

 しかし、寸でのところで致命傷を免れたギルバートは、頬からたらりと血を流しながらも、長い舌でそれを舐めとった。そして、興奮が抑えきれないらしく、頬を染め上げ、大きく息を吐く。

 その様を見ていた恭二は心底からこう思った。

 

「気持ち悪い」

「気持ち悪いとは失敬ですねぇ…… これは気持ち悪いのではありません。気色悪いというんですよ」

「……何が違うんだ?」

「言葉の、ニュアンス……?」

「お前も分かっていないのかよ……」

 

 恭二は疲れたようにため息をつきながら、その脱力した言葉とは裏腹に、恐ろしい速度の突きの雨を降らせる。その一つ一つの言動も、相手の油断を誘うためのフェイクだ。言葉のトーンや所作、攻撃の動と静を使い分け、相手の油断を誘う。

 だが、ギルバートにはそれがほとんど通じずに、大きな隙を作ることが出来ずに距離を取られた。だが、無傷で、という訳にはいかなかったらしく、その体にはいくつかの傷が刻まれている。

 それをしげしげと見つめながら、彼は小さくため息をついた。

 

「怖いですねぇ…… 少しでも油断をすれば、そのまま食いつぶされてしまいそうだ」

「釣れないくせによく言うよ。お前はもっと油断してくれていいんだけどな」

「そうも言っていられません。防弾トランプの守りも突破されてしまいましたから」

 

 そう言って、彼は恭二の日本刀に貫かれている己の武器を見据える。

 

「防弾トランプの種はケプラー繊維。銃弾も防げるし、斬撃に対する耐性もある優れもの。ですが、刺突には弱い。いやはや、あっさりと見破られてしまうとは」

「強化が施されてないなら、銃弾を防げる素材を頭の中で羅列して、後は片っ端から試すだけだ。オリハルコンとかが織り込まれてなくて本当に良かったよ。オカルトの絡んだ物質だったら、突破は難しかった」

「あれはコストが高いですからねぇ…… 悪の組織というのも、お金がかかるんですよ。貴方たちにはスポンサーが居ますが、こちらはそれを見つけるのも一苦労ですから。というか、スポンサーが居ても手に入るようなものでは無いでしょうそれは」

 

 ギルバートはそう言って小さく肩を竦めた。そして、新たにトランプを手品師の様に手元から取り出すと、口元を歪める。

 

「ですが、まだまだおかわりはありますし…… それに、貴方の先ほどの特攻は些かダメージの交換効率が悪かったようですね。結果的に、貴方の受けたダメージの方が多い」

「……みたいだな」

 

 恭二は淡々とそう返した。その表情に、少しばかり苦いものを浮かべながら。実際問題、ギルバートの言葉は状況を正しく映し出すものだったからだ。

 先ほどの突貫により、腹部を一か所トランプが貫通し、銃を握っていた右腕は腱が断たれてしまっている。決して少なくない失血と、怪我による痛み。断たれた腱。

 これでは、銃を撃つことは不可能だ。さらに、治癒にいくらかの意識を割けば、その隙をついて目の前の男が自身を殺しに来るのは確実である。

 

 それを正しく理解した恭二は、それでも少しばかり顔を歪めた程度の反応しか返さなかった。それ以上の反応を返す必要が無かったからだ。詰まるところ、不利な状況ではあるが、勝ちの目はあると確信しているという事に他ならない。

 そんな男の僅かな表情の変化を、ギルバートは目を細めて注視をする。そして、その意味を正しく読み解くと小さく笑みを浮かべた

 

「……実に面白い」

 

 そして、静かに。本当に静かにそう呟くと、彼は一瞬だけその顔から表情を消した。だが、すぐに堪えきれないような笑みをこぼすと、ゆるりと右手を上げる。

 それと同時に、周囲にあるトランプ、妖魔の破壊した機材の破片やネジ、といった軽量の物体が一斉に浮き上がった。

 

「ですが、精々楽しませてもらいますよ。なにせ、最近本当に退屈で退屈で、仕方がありませんでしたから」

 

 言葉と共に、浮き上がった凶器と狂喜の雨が、一斉に恭二めがけて降り注いだ。それを、先ほどの強化の影響が残っている己の肉体を限界まで酷使し、機材の影へと転がり込む。

 次の瞬間、ガリガリとすさまじい音を立てながら、彼が隠れた金属製の機材が大きく削り取られた。その音を背後に聞きながら、恭二は自身の負った傷に出来る限りの処置を施していく。

 僅か数秒にも満たない時間だったが、何とか止血だけは済ませることが出来た。だが、それまでだ。それ以上の治療を施すような暇を与えてくれるほど、ギルバートは優しい相手ではない。

 恭二が身を隠していた機材を削り取った金属片やトランプの大群は、まるで意志を持った生き物のようにうねりながら、二股に分かれて、挟み込むように襲い掛かってくる。それを見た恭二は即座に理解した。

 

 逃げ道はある、と。

 

 だが、それは相手がわざと残した逃げ道だという判断を同時に下した。その逃げ道を使ったとして、突破できなくはないが、ダメージは確実でリターンはゼロ。

 

 ならば、と彼は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「誰がお前の誘いに乗ってやるかよ…… 反応強化、身体強化、開始」

 

 反応速度の強化により、恭二の視界に映るもの全ての動きが緩慢になる。次いで施された身体強化により、その緩慢な視界の中で、彼はいつも通りの速度で動くことが可能となった。

 多重の強化により、残り少ない霊力がすり減っていくが、構うものかと恭二は行動に移す。

 そんな中、彼が行ったことは酷く単純な事だ。自身が身を隠している機材に手を掛けて、思いっきり力を入れたというだけの話。

 

 ミシリ、と機材を地面に固定していた金具が嫌な音を立てた。その音を聞いたギルバートは、口元に浮かべた笑みを極限まで釣り上げながら、本能の赴くまま側面へと跳躍する。

 

 瞬間、彼が立っていた場所を薙ぎ払うかのようにして、重さ百キロは優に超える機材が吹き飛んでいった。

 

 恭二の予測通り、ギルバートは彼の逃げ道を限定することで、確実に仕留めるつもりだった。だが、結果はこの通りだ。ギルバートから見ても、残り少ないであろう霊力を、相手の予測を超え、活路を見出すために、迷いなくすり減らした。

 凡人ならば、その選択は間違いなく躊躇するだろう。例え、状況の打開に繋がるとしても、残り少ない虎の子の霊力を切るのには少なくない勇気が必要だ。しかもその勇気は、蛮勇として終わるリスクもある。その判断が間違いだった場合、さらなる窮地に陥ることになるからだ。

 

 だが、ギルバートの目の前にいる男は違う。自身の命を確実につなげたばかりか、的確に相手の嫌がる行動を行い、次に繋げて見せた。

 そして、繋げられた次の攻撃は、もう彼の目の前にまで迫っている。血走った獣のような眼光と、心臓めがけて突き出された日本刀という、これまでにない程分かりやすい組み合わせで。

 

「御見事」

 

 ギルバートの口から、自然とそんな言葉が漏れた。単純な戦闘能力においては、確かに麗華よりも見劣りするが、その判断能力はとても厄介なものだった。彼が知りうる限り、クロユリの面子の中でさえ、ここまでの割り切りを見せる男はそうそういないだろうと思わせるほどに。

 

 だが、それだけだ。

 

 ギルバートは自身の周囲に漂わせていたいくつかのトランプや機材の破片を寄せ集め、日本刀の軌道を急所から逸らした。それでも、右の肺を深く抉り飛ばされたが、その痛みに目を見開きながらも、彼は防御に用いたそれらを、自身の身体を切り裂いた体勢ですれ違った男めがけて殺到させる。

 生き物のようにうねる金属片の群れは、その狙いに違うことなく恭二の身体めがけて襲い掛かった。完全に刀を振りぬいた体勢ゆえに、そのままでは攻撃を避けることなど到底かなうはずも無い。

 

 それでも、ギルバートの目の前にいる男の口元に浮かんだのは……

 

「馬鹿め」

 

 勝利を確信した人間の笑み。

 

 

 

 そして次の瞬間、すさまじい雷撃がギルバートの肉体を貫いた。

 

 

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