特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第十七話

 

******

 

 それは、二人が地下に向かう少し前の事。

 

「策って何さ?」

「あの妖魔と戦った時、お前の身体から力が抜けた時があっただろう? あれは十中八九、妖魔の能力だろう。その対策を考えずに相手するのは、いくらなんでも無謀が過ぎる」

「まあ、それはそうか。このままあっちに突っ込むって言われたら、どうしようかと思ってたし、聞かせてよ」

 

 麗華の言葉に、恭二は小さく頷いた。そして、真剣な表情で先の戦闘で起こった事象についての考察を述べていく。

 

「まず、俺が今回の策で重要視しているのは、さっきの戦闘で身動きが取れなかったお前が、札の発動自体は出来たことだ」

「ああ! あの時は咄嗟に札を使ってたけど、確かに霊力を使う分には問題なかった気がする」

「そ、まずはそこが重要なところだ。それさえできれば、お前なら何とか出来るだろう」

 

 恭二は簡潔にそう述べた。その言葉に、微塵の疑いも無いといった様子で。

 しかし、麗華は訝し気な表情で言葉を返した。

 

「でも、例え霊力が使えても、私の術式は雷だからあいつ相手だとあんまり効果が無いよ?」

「だろうな。でも、誰があの妖魔相手に雷を撃てなんて言ったんだ?」

「じゃあ、札を使う? それでも、仕留めきるだけの攻撃を当てるのは難しいんじゃない?」

「もっともな指摘だが、それも違う」

 

 恭二はきっぱりと彼女の言葉を切り捨てていく。それには、麗華も少しばかり頬を膨らませるが、すぐに彼の言わんとしていることを理化したのか、それも一瞬で萎んでいった。

 

「まさか、自分に?」

「そう言う事だ」

「えっと、つまり、えーっと? 自分の身体を微弱電流を流して強制的に動かせってこと?」

「大正解。お前も、かなり頭が柔らかくなってきたな」

 

 恭二の素直な賞賛に、麗華は少しだけ顏を緩ませるが、すぐにその無茶苦茶な要望に対しての文句を並べたてる。

 

「って、い、いやいやいや! 流石に無茶が過ぎない? 体内に流れる電気信号を再現するのってそれなりに神経使うし、それを使って、普段と同じぐらいの精度で体を動かすのは無理があるってば!」

「でも、それを使わなきゃいけない時が絶対に来る。仮に地下で戦闘をするとしたら、妖魔の相手はお前。もう一人の伏兵の相手は俺だ。逆は無い。理由は分かるな?」

「まあ、残りの霊力を考えたら、治癒を行っていた恭二も強化を使える回数が限られるし、流石にそっちが無強化であれを相手にするのは無理だから、そうなるのは分かるんだけどさぁ……」

 

麗華は、頭の片隅で自分たちと相手の戦力を思い描く。恭二の攻撃手段や、白兵能力を考えると彼一人に妖魔の相手をさせるのは難しい。

 

「でも、別に一対一での戦いにする必要はないんじゃない? 相手は確実に二人以上だし、二対複数で相手すればいいじゃん」

「そうもいかない。最後に放り込まれた手榴弾は、明らかに念動系の術者の手によるものだ。それも相当な使い手のな。あのレベルの奴だと、霊力の多い俺達みたいな人種の人体に直接力を作用させられる。其れなのに、連携を取ろうとしたら、そこを狙って確実に崩される。それで同士討ちでもしたら目も当てられないぞ」

「うぅ、それもそうだね…… 今回は残りの霊力も少ないから、普段よりも簡単に干渉されちゃう可能性もあるし、連携を重視するとある程度近くで戦わなきゃいけないし、確かに無理っぽい」

「そう言う事だ。だから、今回は基本的に一対一、ないし、一対複数の相手をしなくちゃいけないことになる」

 

 淡々と恭二の口から語られた事実は、ズシリと麗華の心にのしかかる。援護は期待できないし、援護することもできない。

 

「心配するな。俺が念動使いをさっさと片付けられれば、後は二人で戦っても問題は無いし、どうとでも料理できる。アイツは俺たちに手札をさらし過ぎた」

「それ、相手にも言えることだよ。私の手札以外に関しては、だけどね」

 

 ニヤリと笑いながら紡がれた言葉は、自身に満ち溢れたものだった。恭二は「おー怖い怖い」と、茶化すように肩を竦める。

 

「まあ、だからこそお前に任せるんだ。あの時と違って、両手が使えるんだからその点は心配してない。そこで問題は最初に戻る」

「妖魔のアレ、だよね。電気流して強制的に動かすのは分かったけど、相手は確実に殺すつもりで詰めてくるよね? だとしたら、全力で攻撃してくる」

「その通り。そこがあいつを攻略する上で一番重要だ。その力を受け流して利用できれば、大きなダメージを期待できる」

 

 恭二は自信満々にそう言い切ったが、麗華の表情は芳しい者とは言えなかった。

 

 そして、不安げな声色で言葉が紡がれる。

 

「さっきも言ったけどその状態で、あの妖魔の全力の一撃を受けきれるかな……」

「安心しろ。俺は、お前に出来ないことをしろなんて言った覚えはないし、今までで一度もない。保証してやる。お前のセンスはピカイチだ」

「……よくもまあ、はずかしげもなく人のことを褒められるね。分かった、やるよ。どっちにしろ、やらなきゃ生き残れないんでしょ?」

 

 麗華の心底嫌そうな言葉に、恭二は大笑する。

 

「頼りにしてるぞ」

「こんな時だけ調子がいいんだから…… もう、どうなっても知らないよ」

「いざというときは、助けてやるから安心しろ」

「逆に、私が恭二を助けるようなことにならないことを祈るよ」

 

 そうして軽口を言いあいながら、二人は戦いへと歩みを進めたのだ。

 

 

 

******

 

 そして今、何処か冷め切った言葉を投げつけるのと同時に、麗華は戦闘の影響で砕けた機材の破片を手に取った。その行為に内心で疑問を抱きながらも、恭二は彼女に聞こえないくらいの小さな声で言葉を紡ぐ。

 

「まったく、何が普段と同じ精度で体を動かせない、だ。ばっちり動かせてるじゃないか」

 

 出来ると確信してはいたが、いざ見せつけられると苦笑が浮かぶ。才能の違いをまざまざと見せつけられた気分で、少しばかり複雑ではあるが、勝利を収めたという事実に笑みを浮かべた。

 そんな恭二めがけて、麗華は普段と変わらぬ様子でとんでもない提案を投げかけた。

 

「どうする? 私、霊力使い果たしちゃったからこれで縫い付けとく?」

 

 そう言って、麗華は近くに落ちていた機材の残骸、その中でも特に大きく、先端のとがった金属片を足で小突いた。

 

「物騒だな⁉ お前が問題児呼ばわりされるのは、そういうところだぞ…… そういうところだからな?」

 

 何処か戦々恐々とした声色で彼はそう呟いた。時折見せる彼女の冷淡さは、やはり過去の記憶が関係しているのかと、恭二は内心で複雑な思いを抱く。だが、それを奥備に出すことなく、彼は懐から拘束符を取り出した。

 

「こっちは、札を発動するくらいの余裕はあるから、俺が拘束して回る。お前はサポートを頼んだぞ」

「了解っと。とりあえず、今はあっちで潰れてる妖魔を警戒しとくから、そっちは頼んだよ」

「そうしてくれ」

 

 恭二はその言葉に小さく頷くと、手近にいたギルバートめがけて手にした札を発動させる。それと同時に光の帯が伸び、地面に崩れ落ちた犯罪者の身体を拘束していった。

 その様を横目で見ながら、麗華は拳銃に新しいマガジンを装填し、妖魔が機材に押しつぶされている壁の方へと視線を向ける。

 

「今のところ動きは無し、か…… あれだけダメージ与えたんだし、どっちにしろ、あと一分くらいは動けないだろうけど」

 

 裏を返せば、一分ほどあれば身動きが取れる程度には回復する可能性があるというのだから恐ろしい。

 拳銃を握る手に力を籠め、彼女はあたりに視線を巡らせる。まだ伏兵が居ないとも限らない。だが、油断なく警戒を続けている彼女の心配を裏切るように、着々と恭二の作業は進んでいく。

 

「よし、拘束完了。あっちの妖魔みたいに肉体を変化させられるような奴でもない限り、そうそう簡単に抜け出せないだろう。拘束用の術が打ち破られない限り、霊力が外に漏れる心配もない」

「なら安心、とはいかないでしょ。右腕のそれ、赤くなってるよ」

 

 麗華の言葉の通り、恭二の腕輪は赤く発光しており、二度目の感染という危機にさらされていることを示していた。

 だが、彼の表情に驚きはない。むしろ、当然のこととして受け入れている。

 

「まあ、あれだけ出血を伴う怪我をして、ウイルスに感染してないっていうのもおかしな話だからな。そう言う事もある」

「それで済ませていい問題じゃないと思うけど?」

「想定出来たことだろ? それよりも、さっさと仕事を済ませるぞ」

 

 恭二がそう言うと、麗華は心底頭が痛そうに眉間に寄った皺をもみほぐす。

 

「ほんと、これだから…… それはもうしょうがないとして、赤くなってからどのぐらいたったか覚えてる?」

「ざっと三分と四十秒ほどだな。要は、余裕をもって動きたいなら、あと五分でこいつらが仕込んだウイルスの情報を持ち帰れるようにしないといけないってことだ」

 

 恭二はそう言いながら、懐から札を取り出すと警戒しながら機材に押しつぶされた妖魔の元へと足を進める。時間が無いと誰よりも理解しているだけあって、その動きには一切の無駄が無かった。

 そして、取り出された札を見て、麗華は呆れたようにため息をつくことになる。

 

「それ、拘束に使うような札じゃないよね……」

「逆に聞くが、あいつが普通の拘束符で動きを止められるほどやわな奴だとでも思ってるのか?」

「……思って無いけどさぁ。もうちょっと、ねえ?」

 

 そう言いつつ麗華は恭二が発動させようとしている札を見つめた。それは、彼女が先の戦闘で使っていた氷結符の上位互換ともいうべき札で、生み出される冷気は絶対零度に迫るほどのものだ。本来、拘束などに用いることが出来るようなものでは無いが、今回相手にした妖魔の生命力を見て、使用しても問題ないと判断したのだろう。

 だからと言って、やはり拘束の為だけに使用していいような安いコストのものでは無いのは確かである。それに、その札を見た麗華は思うところがあった。

 

「なんでさっきの戦闘でそれ使わなかったのさ、持ってたの知ってたから、いつ使うのかとずっと思ってたのに」

「まあ、あそこに転がってるやつ相手だと過剰な威力だし、使うにしても避けられそうな場面が多かったからなっと」

 

 そう言いながら、恭二は札に霊力を流し込み、その効力を発動させた。それと同時に、すさまじい冷気が生じ、妖魔の肉体とその周囲を凍り付かせていく。

 

 しかし

 

「し…… ねぇ!」

 

 最後のあがきと言わんばかりに、妖魔の身体から蛇が伸びる。その標的は、札を発動させた恭二だ。だが、彼は焦らない。それどころか、避けようともしなかった。

 

「残念だったな」

 

 その言葉と同時に、数発の銃弾が蛇の頭頂部へと叩き込まれる。それによって勢いが殺され、遂には恭二の元へとその咢が届くことは無かった。それが届く前に、冷気による凍結が追いついたからだ。

 それを確認したらしく、ほっと息をついた麗華は、形のいい眉を吊り上げて声を荒げた。

 

「ちょっと、ちゃんと避けれるものはよけてってば! なんで私が迎撃しなきゃならないわけ⁉」

「サポートは頼んだって言っただろ? 信頼の証だ」

「よく言うよ……」

「なんだよ、あそこで避けたら、集中が逸れて札の効力が中途半端になる可能性もあったわけだし、必要経費だろ? 必要経費」

「でも、恭二なら誤差の範囲に収められるでしょ……」

「その誤差の範囲が怖い相手だから言ってるんだ。油断できる相手じゃないからな。ほら、分かったら愚痴を言って無いで次に行くぞ。こいつらを潰したからって、俺が操られない保証は無いんだからな」

 

 恭二の言葉に、麗華は「う」と小さく唸って、その言葉に渋々頷いた。

 

「まあ、例の起動装置とやらを抑えれば何とかなる、と思う。こればっかりは賭けだがな」

「ずいぶんアバウトだけど、ホントに大丈夫? シャレになってないんだけど」

「こうでもしないと勝てそうに無かったからしょうがないだろう。お前と違って、俺は凡人なんだ」

「……どの口が言うのさ」

 

 恭二は淡々と「この口だ」と返しながら視線を巡らせる。

 

「それより、さっさと起動装置を探すぞ」

「だね、ただでさえ時間無いんだし」

 

 麗華もそれに倣ってあたりを見回した。機材や培養管が立ち並ぶ中で、どこかに起動装置らしきものが無いかを探すために。

 そして、二人の視線がこの地下空間の奥にある扉を捉えた。それと同時に、恭二と麗華はその扉めがけて疾走する。

 二人は蹴破るようにその扉を潜り抜けると、その先には先ほど二人が闘っていた空間よりもいくらか手狭だが、人ひとりが容易に収まってしまいそうな培養管や機材が立ち並んでいた。

 

 その最奥に鎮座する巨大な培養管の中に、唾棄すべき悪行が浮かび上がっている。

 

「まさか、これが…… 起動装置?」

「だとしたら、相当悪趣味だな」

 

 二人の視線の先では、齢十にも満たないような子供が培養液の中に浸っていた。その体のいたるところに機械が取り付けられ、規則正しい電子音のオーケストラの中で。

 

 ただ、静かに。

 

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