この子供が起動装置なのではないか、という仮説の裏付けはすぐに取れた。子供の身体に取り付けられた機械、そこから伸びるケーブルの先にあったコンソールの操作項目がウイルスの術式起動に関するデータで埋め尽くされていたからだ。
「この機械で強制的にこの子の脳髄に干渉して、ウイルスの起動術式を発動させてるの……⁉ なんてひどいことを…… こういういかにもな非人道的実験は、創作の中だけだと思いたかったんだけど」
「残念だが、これが現実だ。早く手を動かせ、どうするにしろ、早くしないとまずことになるぞ」
あまりにも現実離れした、そして人の尊厳を踏みにじった光景に、年若い麗華は思わず体を強張らせる。悪意に満ちた探求心をありありと感じることの出来るそれは、まだ年若い少女にはあまりにも残酷に映ってしまった。
一方、恭二は嫌悪感で表情を染め上げながらも、一切止まることなく一番手近にあった別のコンソールに手を付ける。
「麗華…… 気持ちは分かるが、止まっている場合じゃ無い。この子の為にも、今は手を動かせ」
「……! ごめん、そうだね」
麗華もそれに倣って、ぎこちなさはあるが子供に繋げられた機械に繋がっているコンソールに駆け寄ると、操作を始めた。残り時間は既に二分を切ろうとしている。
彼女の表情には強い焦りが浮かびあがった。霊力が残っている状況ならば、すぐにでも電子機器の電気信号を読み取り、データだけ残して必要な部分の機能だけを破壊することが出来る。
「霊力が尽きてさえいなければ……」
だが、先の戦闘で彼女の霊力は底を尽き、その手は使えない。いざとなれば、すぐ近くでコンソールを操作している恭二の相手までしなくてはならないという二重苦の状況だ。さらに、そこに時間制限という焦りを助長する状況まで加味されてしまっては、たまらないだろう。
麗華はウイルスと刻印術式の軌道項目を自身が操作しているコンソールから発見し、「あった」と声を上げた。アクセス項目は多岐にわたり、パスワードが設けられているため操作が不可能になっている。もちろん、麗華は緊急停止のために必要なパスワードなど知らないし、それは恭二も同様だ。
これでは、どうしようもない。いざとなれば、情報が破壊される可能性もあるが、あたりの機器を片っ端から壊していくことも考えなければならない。麗華は頭の片隅でそんな事を考えながら、額から冷や汗を流し、どこかに抜け道が無いかを必死に探す。機材の周り、その配線に至るまで、一つ一つを肉眼で確認しながら。
だが、同じく危機的な状況にさらされているはずの恭二は、特に焦った様子もなくコンソールを操作し、懐から情報端末を取り出すと、それを麗華が捜査していたコンソールの接続機器に繋げ始めた。
そして
「これでよし。オペレーター、聞こえるか?」
『妨害電波の停止を確認。オーダーを』
そんな二つの声を聞いて、麗華は目を丸くした。妨害電波のせいで、オペレーターとは連絡が付かなかった筈なのに、何故連絡を付けることができているのか、と。
だが、そんな驚愕に思考を染め上げた彼女を待つことなく、状況は目まぐるしく変化する。
「起動装置と思しき装置を発見。アクセスしようとしたが、あいつらご丁寧に鍵までかけてやがった」
『当然と言えば当然ですね。分かりましたこれから端末にアクセスします。少し時間を下さい。すぐに停止させて見せます』
「急いだほうがいいぞ。今ちょうど、一分三十秒を切った」
『は? ……っ! まさか、二度目の感染を⁉』
恭二の淡々とした声色に、通信機の向こう側から、ギョッとしたような声が返ってきた。今の今まで状況をモニタリングできる状況では無かったので、それも当然のことだろう。
だが、息を飲んだのも一瞬で、すぐさまカタカタとキーボードを叩くような音が通信機越しに響き始めた。
「さすが、仕事が早い」
薄く顔に笑みを張り付けて、恭二は小さく呟いた。そんな彼の背後から、麗華がおずおずと言葉を投げかける。
「ねえ、どうやって妨害電波の解除をしたの?」
「そもそも俺がいじってたのは妨害電波の発生を制御するためのコンソールだ。いじってみれば、うちの特殊な通信を妨害できるよう、デジタル空間上に術式を多重積層してあったよ。でも、お前は真っ先に例胸糞悪い起動装置の方しか見てなかっただろう?」
「それはそうだけど…… そっちにだってパスワードは掛かってたんじゃないの?」
麗華は当然の疑問を投げかけるが、恭二は何でもないことの様にこう返した。
「もちろん、かかってたとも。だから、単純にこっちの装置をぶっ壊した。電波障害はこっちの装置のせいで発生してたみたいだしな」
「ぶ、ぶっ壊したって…… いつの間に……」
「お前が焦って、血眼になってコンソールをいじっている間にな」
そう言って不敵に笑った恭二の手元には、引きちぎられたのであろうコードの類がまとめて握られていた。それを見た麗華は、深々とため息をつく。
「はぁああ…… それで、こっちの機械が壊れるとか思わなかったんだ」
「見たところ、こっちとそっちの機会は完全に別系統で作ってたみたいだからな。その心配は全くなかった。どうせお前のことだから、いざとなったら機器類をぶっ壊そうとか考えてたんだろう?」
「う、そ、そうだけど……」
麗華はすっかり自身の思考回路を熟知してしまっている恭二の言葉に、小さく身を縮こまらせた。
「それが間違いだ。そもそも、こう言った機械のプログラムなんて俺たちが分かるわけがない。かと言って情報を入手できないのも困る。だから、餅は餅屋だ」
「で、オペレーターが通信できるように、電波障害の元を取り除いた、と」
麗華のどこか疲れたような言葉に、恭二は「その通り」と言って軽い調子で頷いた。真面目なことを言ってはいるが、彼の態度は完全に仕事終わり酒を飲みに行こうとしているオッサンのノリそのものである。
その事実に、件のオッサンを保護者に持つ少女は心底頭が痛そうな表情になった。
「そんなんだから、問題児コンビのヤベェ方とか言われちゃうんだよ……」
「失敬な。俺は必要な事を片っ端から行って、問題を片付けて行っているだけだ。お前と違ってな」
言外に、オカルトがらみの犯罪者に対して、過剰なダメージを与えようとしていることに対する含みを持たせた言葉は、麗華の心にチクりと刺さる。
「お小言は御免ですよーだ……」
「拗ねるな拗ねるな! 必要な時ならしてもいいが、必要ないときはしなくていいってだけだ。責めてるわけじゃ無い」
むくれた麗華に対し、恭二は小さく苦笑を浮かべながらそう言った。
二人がそんな会話を続けていると、通信機越しにどこか疲れたような声が響く。
『起動装置の停止を確認…… 何とか間に合いました』
「一分二十九秒…… 本当にぎりぎりだな。助かった、ありがとう」
笑みを浮かべて、彼は小さく感謝の言葉を述べる。その隣で、麗華もほっと息をついた。
「終わったぁ…… 今回も生き残れたぁ」
麗華は安心したように、近くの機械へと体重を預けた。そんな彼女の様子をしり目に、恭二は一瞬目元を和らげるが、すぐに表情を引き締めてオペレーターに言葉を投げかける。
「オペレーター、地下の動体反応は、俺たち以外のものはあるか?」
『いえ、お二人以外の反応は確認できません。概ね、その施設の制圧は完了したとみて間違いないかと。しかし、伏兵の可能性も捨てきれませんので、油断はなさらぬように』
「了解。麗華、お前ももうちょっとだけ気を引き締めろ」
「了解。じゃあ、もう少しだけ頑張ろうか。この子も、早く助けてあげないといけないし。こんな胸糞悪い機械から解き放ってあげないと」
麗華はそう言って、培養液の中に浸かっている子供の姿を見つめた。
その姿を見た恭二は何かを思いだしたかのように顔を顰める。
「本当に、胸糞悪いよな……」
そして、数秒間黙り込んだかと思うと、通信機に向けて言葉を投げかけた。
「ああ、そうだ。拘束対象は、二名。片方は妖魔で体を作り替えることが出来る奴だ。人体に干渉して何らかの不調を引き起こす力も持っている。もう片方は…… 念動使いで、手品師みたいに武器を取り出して戦うやつで、態度が鼻につく慇懃無礼な蛆虫野郎だ」
「恭二、なんかものすごく私怨が籠ってない? そんなこと言うなんて、珍し…… くも無いけどさ」
「こちとら、腹にトランプで風穴を開けられたからな。恨み言の一つでも言いたくなる」
麗華の微妙な表情に、恭二はさらりとそんな言葉を返した。内容は私怨に塗れた汚いものであったが。
そんな彼の言葉を聞き届けたオペレーターは、生真面目な態度で言葉を返した。
『了解、最上級の護送車を手配しておきます。倉田さんは二度目の感染をなさっているとのことですが、麗華さんの方はどうなっていますか?』
「正直分からないんだよねー 作ってもらった腕輪が完全にぶっ壊れててさぁ」
『分かりました。感染の可能性はあるという事ですね。では、医療部門での検査と治療を受けるまでの間、こちらで拘束させていただくことになります』
オペレーターの言葉に、麗華は露骨に顔を顰めた。
「仕方がないとはいえ、拘束されるのは嫌だなぁ……」
「そう言うな。どうせ、本部に帰るまでそこまで時間はかからないだろうしな。あと、オペレーター。データを漁っていたから分かってると思うが……」
『そちらの起動装置として利用されていた子供の保護の準備は整っています』
「それを聞けて安心した」
恭二はそう言うと、ゆっくりと息を吐いた。そんな風に少しだけ気を緩めていると、彼の隣にいた麗華がゆっくりと口を開く。
「恭二」
「ん? どうした」
「お疲れ様」
「ああ、そうだな…… お疲れ様」
ふっと二人は微笑みあって、互いの労をねぎらった。そんな中、恭二は何かを悪いことを思いつたらしく、不気味な笑みを浮かべる。
「ところで、オペレーターと出発前に何かあったみたいだが、あれ、何だったんだ?」
「今それを言う⁉」
麗華は、そんな恭二の言葉におろおろと慌てながら、通信を切断しようとする。
だが、一歩遅かった。
『ああ、そう言えば。任務前のアレについて、まだお説教をしていませんでしたね」
「あ、はい……」
麗華は思わず居住まいを正した。すぐ隣にいる恭二を恨めし気に睨みつけながらも。
それを見て、普段悪戯を仕掛けられている分の仕返しに成功した恭二は、楽しそうに笑うのだった。
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