特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第十九話

「あら、お帰りなさい。思ったよりも速かったわね」

 

 クロユリの本部。その医療セクションでそんな言葉を投げかけたのはエレインだった。疲れているのか、彼女の顏には隈がうっすらと浮かび上がっている。

 そんな彼女の視線の先には、空気の循環器が取り付けられている強化ガラス製のケースに入れられた麗華と恭二の姿が映っていた。

 当然、そんな待遇を受けていることに不服そうな少女は、すこしだけむくれた表情で言葉を返す。

 

「ただいまぁ…… この箱に入れられて移送されるの、なんか精神的に来たよ…… それに、オペレーターの説教が延々と続いたし」

「何かヤバいのに感染しただけなら、防護服を着てストレッチャーにでも載せて搬送するけど、今回は事情が特殊でしょ? 動きを封じるっていうのと、厳重に感染に関する管理をしなくちゃいけないっていう観点から考えると仕方ないのよ。あと、後者については自業自得だと思うわ」

「でもさーぁ……」

「でもじゃないの。どうせ、移送される前とその途中でも似たような文句を言ってたんでしょう?」

「鋭いな、エレイン。まったくもってその通りだ」

 

 恭二はやれやれとケースの中で肩を竦める。だが、麗華は半眼になって彼のことを睨みつけた。

 

「いや、拘束されるって聞いてたから、手錠とか掛けられるのかなぁ、とか、拘束符でぐるぐる巻きにされるのかなぁ、とか思ってたのにこんなけったいなケースの中に詰め込まれるとは思ってなかったんだってば! 動物園のサルにでもなった気分なんだけど」

「いや、お前はやろうと思えば素の身体能力でも掌底でコンクリートを割れるだろう。どちらかというとごりらぁあ!」

 

 その言葉尻は悲鳴と化した。麗華が恭二めがけて拳を振るったのだから当然である。

 

「仮にも、乙女に向かって! ゴリラ呼ばわりするとか! 恭二は、ホンットにデリカシーっていうものが欠如してるんじゃない⁉」

「分かった! 悪かった、謝るからドつこうとするな!」

 

 彼女は目の前にいるデリカシーが足りていない男めがけて、何度も何度も怒りの籠った拳を振るった。それらを恭二はあまり広くないケースの中で器用によけ続ける。

 しかし、それにも限度はあるようで、何度か拳が直撃し、「痛い!」と小さな悲鳴が上がっていた。

 その様を少し微笑ましそうに見つめながら、エレインは小さくため息をつく。

 

「元気ねぇ…… そっちも相当無茶をやらかしたんでしょう? もう少し、落ち着くとか、身体を休めるとか…… もっとこう、あるでしょう」

 

 呆れを大々的に滲ませたその声色の向こうで、青い瞳の中に少しだけ何かを懐かしむような色が浮かび上がる。しかし、彼女は小さく首を振ってそれを振り払うと、二人目掛けてピシャリと言葉を放った。

 

「まあ、とにかく! 二人とも、じゃれ合いはそのあたりにして、さっさとウイルスとか怪我の治療をさせなさい! 分かったら動かない!」

 

 その鋭い声色に、ケースの中にいた二人はぴしりと身体を強張らせた。そして、異口同音に「怖い怖い」と呟きながら居住まいを正す。

 その様を見て、今度は少しばかり頭が痛くなってくるエレインだったが、それでも必要な作業へと取り掛かることにした。これ以上この光景を見せられていると、疲労を蓄積するだけだろうと判断したからである。

 

「はあ…… 最初からおとなしくしててくれれば良かったのに。はい、じゃあゴリラ二匹がおとなしくなったところだし、まず感染隔離室まで移動させるわよ」

 

 エレインは近くで作業をしていた自身の部下に向けてそう言葉を掛けた。その一言で、二名の部下はテキパキと二人の人間が入ったケースの移動に取り掛かる。

 その様を眺めながら、恭二は小さく疑問を投げかけた。

 

「なあ、エレイン。お前、ウイルスの解析をしたって言ってたよな。だったら、気付いてたんだろう? アレが単純にウイルスに術式を刻んだ者じゃなくて、妖魔由来のものだったってことは」

「ええ、もちろん。でも、普通に考えたら分かることでしょう? 普通のウイルスは、術式をきちんと発動させるだけの霊力を生成したりなんてしないんだから」

「ま、それはそうなんだが……」

 

 恭二は少しだけ歯切れが悪く言葉を濁した。その姿を見て、麗華は強烈な違和感を覚える。そんなことは麗華とて言われずとも可能性としてあるだろうとは思っていたし、目の前の男がそんなことが分からないような鈍い奴ではないと長い付き合いから知っていたから。

 だからこそ、眉を顰めながら彼女は彼の顔を覗き込んだ。

 

「恭二、どうかしたの? そんな当たり前な事を確認するなんて、恭二らしくないと思うんだけど」

「ああ、そうだな…… 少し疲れてるのかもしれない。まあ、今は少し休ませてもらうさ。大仕事の後だし、二、三日は休みが貰える。だろう?」

「まあ、流石にそれくらいは最低でも貰えるんじゃないかしら。貴方たちは特に激戦が繰り広げられた訳だしね。私は、さんざん激戦を繰り広げたうえで、ウイルスの対策に奔走する羽目になったワケだけれど……」

 

 恭二の言葉に、エレインは恨み言をぶつぶつと呟いた。どうやら、仕事がひと段落ついて、久しぶりのまとまった休みが台無しになったことを思いだしてしまったらしい。

 これはまずいと、恭二は自分たちの入っているケースを移動させているエレインの部下に、こんな言葉を投げかけた。

 

「急げ急げ! あいつが癇癪起こしかけてる」

「「合点承知!」」

 

 ノリのいい二人の医療スタッフはそう言って恭二と麗華の入ったケースを運んでいった。麗華も少しだけ心配そうな色を残したままだが、苦笑を浮かべてから「きゃー」とものすごく棒読みで悲鳴もどきを上げる。

 そんな彼ら彼女らの様子を見て、エレインは消え入りそうなほど小さな声で呟いた。

 

「まあ、多分あれで伝わったでしょう。今回ばっかりは、殴られても仕方ないわよ。小太郎」

 

 様々な事情を加味し、様々なしがらみに苦慮しながら、今回の人選を為した男を頭の中に思い描きながら。普段の様にボスとは言わず、その名前を口に出してエレインはそういった。

 そして、やれやれと首を振ると、何かを思いだしたかのように小太郎のいる部屋の方へと視線を向ける。

 

「そう言えば今ごろトンちゃんと連絡とり合ってる頃かしら」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 クロユリの機関長である小太郎は、自身の部屋のモニター越しに、でっぷりと太っているが趣味のいいスーツを身に纏っている男と向き合っていた。

 彼はクロユリのスポンサーの中でも、随一の財力と発言力のある男で、名を細川栄一と言う。名は体を表すとは言うが、どうやら彼には当てはまらないらしいことが一目見て分かる体つきをしているため、機関のメンバーからはトンちゃんだの豚さんだのというあだ名をつけられている始末だ。

 そんな彼は嫌味たっぷりに言葉を紡ぎあげる。

 

『まったく、あんな若い子を行かせるなんて、他のスポンサーの文句を聞き流すのも面倒なんだから、やめてよねぇ? そっちは僕なんかより、ずっとずっと爺なんだから、文句が出ることぐらいは分かるでしょ』

「それでも、あの二人が今回の任務に最適だと判断したんだ。今回は、事が事だから、現場での判断能力に優れた恭二君と、若くて判断能力に少しだけ欠けるけど実力なら申し分なしの麗華ちゃんを行かせる。これ以上の組み合わせはそうそうないよ」

『はっ! 狸だよねぇ? ま、そう言う事にしておいてあげる。精々頑張りなよ。八年前みたいにならないようにね』

 

 モニターの向こう側にいる男は、厭味ったらしくそう言うと、くるりと自身の座っていた椅子を回した。その背に向けて、小太郎は小さく笑いながら言葉を投げかける。

 

「今回の件、スポンサーの方々の意見をなんとかまとめてくれたみたいだね。助かったよ。やっぱり、世界でも指折りの富豪ともなると、発言力も違ってくるみたいだ」

『分かっているのなら、もう少しだけ敬意を払ってくれてもいいんじゃない? こっちがどれだけそっちに投資してると思ってるのさ』

「そう言われてもねぇ? 俺にとって、君は小便を漏らしていた小さな子供のままさ」

『昔の話をこねくりまわすのはやめてくれないかなあ!』

 

 椅子をくるりと回して背を向けていた男は、モニターの向こう側でぐるりと振り返り、つばを飛ばしながら怒鳴り散らした。

 そんな彼の姿を見て、小太郎は大笑する。

 

「昔話は爺の特権なんだ。やめろって言われてやめられるものじゃ無いさ。ウイルスの製造工程と研究データは奪取できたから、次に似たような手を用いられても、ある程度の手を打つことが出来る。それだけでも上々だ。二人はよくやってくれたよ」

『すでに、ウイルスのデータは悪意の大本に渡っていた以上、そのデータは値千金の価値がある。まあ、精々諸外国との外交カードの一枚としてうまく使わせてもらうさ』

「ま、そこら辺の交渉は任せたよ。昔っから、どうにも権謀術数とかが苦手でね」

 

 小太郎はそう言って目を細める。モニター越しにそれを見た男は、『どの口がほざいているのやら』と毒々しく吐き捨てた。そして、深々とため息をついて、真剣な眼差しへとシフトする。

 

『そっちが抱えている優秀なオペレーターたちが居てなお、起動装置とやらがあった施設からデータ転送された場所が見つからなかった。事態を起こした連中の大本にたどり着けなかった、ていうのはどういう事情があっての事?』

「まあ、気になるか…… じゃあ、出血大サービスで教えよう。スポンサーの中で真っ先にこの情報を手にするのは、栄一君だ」

 

 そう言って小太郎は、無表情になって手元のコンソールを操作する。そして、とあるデータにアクセスするとそこに収められていた映像を栄一の元へと転送した。

 

『……? なに、揶揄ってるの? これと言って目立つようなものは何もないよ、この映像には』

 

 その映像はとある山奥の無駄に広い空き地を映し出しているのみで、目ぼしい所はどこにも存在していなかった。それ故に、栄一の顏には戸惑いが浮かび上がる。

 

 その反応を見て、小太郎は小さく頷いた。

 

「そう、目立つようなものは何にもない。だからおかしいんだ。それで、こっちにある画像を見てもらおうか。ネットでも見ることの出来る、衛星写真の画像だよ。更新日は丁度昨日の日付だ」

『これは……』

「そう、おかしいんだ。昨日まであったはずの建物が、痕跡を一切残すことなく消え去っている。ちなみに、衛星から逐次データは送られて、保存されている訳なんだけども、そっちのデータを漁ってみると、一瞬でそれだけの建物が消失してるんだよ」

 

 「不思議だよねぇ」と最後に付け加えられた言葉を最後に、一瞬だけ場を沈黙が支配した。だが、頭の回転の速い栄一は、ねっとりとした口調とともにその映像を睨みつける。

 

『こんなことが出来るのは、空間転移を行えるような高等な技術を持った術士か、或いは神隠しを行える相当な力を持った神か…… どちらにせよ、厄介な相手だねぇ……」

「そう言う事。今回の問題、相当根が深い」

 

 蠢いている影の大きさは、未だはかり知ることは出来ない。

 一つだけ確かなことがあるとするのなら、相手は強大で厄介な存在であるという事ぐらいだろう。

 

「ほんと、厄介な話だ」

 

 何処か疲れたような声色が、ぽつりと浮かび、煙のように溶けていく。

 

 許されざる悪意は絶えることを知らない。

 

 

 

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