特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第二十話

 

*****

 

 そして、それから一時間後。

 

 病衣へと着替えた恭二と麗華は、本部に併設されている病棟にて怪我の治療を受けていた。ウイルスの治療を終えて、すぐにこれである。流石の麗華もげんなりとした表情だ。

 

「うぅ…… 寝たい…… 朝日が眩しい……」

 

 仮眠をとっただけで、一晩、ほとんど働き通しだったため、その声色はとても弱弱しい。先ほどまでは、ウイルスが体内に残留していたこともあり、ある程度気を張っていたのだが、その治療が終わったため完全に気が抜けてしまったのだ。

 そのせいで、今まで脳内麻薬が誤魔化していた疲労や眠気といったものが、完全に噴出してしまっている。

 そんな彼女の様子を医療スタッフの一人である女性、ついでに言うならケースの運搬に関わった一人でもある藤原京子が、苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「疲れてるみたいだし、もう寝ちゃったらどうです? もうウイルスの感染による支配の可能性はなくなりましたし、治療はこっちでやっておきますから」

「うん、そうする…… おやすみぃ……」

 

 そう言うや否や、麗華の意識は闇の底へと落ちていった。その姿を微笑まし気に見つめ、京子は小さく微笑んだ。

 

「この光景も、もうお馴染みですねぇ……」

「こんな餓鬼がこの場所にいる光景がお馴染みなんて世も末ですよ」

 

 だが、恭二は其れとは逆に硬い表情でそう呟いた。いつか消えてしまった命の灯、その面影と、他の誰でもない彼女らしさの滲む顔を眺めながら、静かにそんな思いを吐露してしっまったのだ。

 それを聞いた京子は、大きく目を見張ると、少し目を伏せて謝罪の言葉を述べる

 

「すいません。無神経でした……」

「いや、いいんです。こいつのことを、こっちの人たちが大切にしてくれてるからこその言葉だって、よく分かってますから。ただ、どうしても麗華がクロユリに所属した経緯を考えると、どうも、ね」

 

 難しい顔でそう言ってから、恭二はすぐに表情を和らげた。。

 

「ですが、まあ、こんな風にボケボケと寝てる顔を見たら、なんだか悩んでるのが馬鹿らしくなってくるのも事実ですよね」

「ふふ、そうですね。確かに、彼女は危なっかしくて見ていられないときもありますが、天真爛漫でうちのスタッフもよく元気をもらってます」

 

 そう言いつつ、京子はテキパキと麗華の身体を調べていく。

 

「内臓に一部損傷の跡…… 相当受け流しづらいのを貰ったみたいですね…… 打撃による攻撃でこう言ったダメージを受けるのは珍しいですから。ですが、恭二さんの治療がしっかりしているから、そこまでの大事には至ってませんね。霊力切れの影響か、一部損傷が残っていますが」

 

 クロユリの医療スタッフに選ばれるだけあって、京子の診断は適切だ。実際、打撃を受けたのも事実だし、恭二がそれに対して治療を施したのも事実だ。そして、麗華の服をたくし上げると患部を手を当てた。

 

「これなら、治癒の術を使うだけで、お腹に手を突っ込む必要はなさそうですね。霊力透過によって内臓の位置を整えて…… あとは……」

 

 ぶつぶつと口で症状や治療の手順を確認しつつ、京子は自身の霊力をすり減らし、麗華の治療を行っていく。

 それを横目で見つつ、恭二はゆるりと視線を移した。扉が開く音とともに現れたのは、先ほどケースの移動を手伝っていたもう一人の男、藤原京一は何処か疲れたような表情で恭二の元へと歩いてくる。

 

「おのれマイシスター! 俺がトイレに行っている間に楽な方の患者の治療に移りやがったな!」

「なんで俺の方は楽じゃない患者って断定できるんだよ……」

「経験則。恭二さんいい人だけど、麗華ちゃんとは別方向にとんでもない無茶をやらかす人だから、怪我の内容が普段の立ち振る舞いから判断できないことがあるでしょ。そういう訳で、とっとと診断させてもらいますよ」

 

 そう言って身体をまさぐりだした京一の顔に、すさまじい勢いで苦いものが広がっていく。その様子を、内心で「やばい」と思いながらも、恭二は素知らぬ顔で審判の時を待った。処刑台に送られる死刑囚とはこんな気持ちなのだろうと空々しい想像を繰り広げながら。

 そして、診断結果という名の死刑宣告が京一の口から紡がれる。

 

「あんた、ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかはいないぞ。俺は、いつでも大真面目極まっている。今回もこう言った無茶が無ければ、最後の戦いのとき、霊力が足りなくて詰む可能性があったんだから仕方がない」

「ああ、くそ! 俺と京子の奴が入ってきたときに、外傷実例の見本市と言われただけのことはあるな、こん畜生!」

 

 京一は荒々しく悪態をつく。だが、すやすやと眠っている麗華のことを思ってか、その声は恭二にのみ聞こえるような小さな声で紡ぎ出された。もっとも、その鋭さに満ちた言葉は、小さいながらもしっかりと鼓膜に突き刺さることとなったが。

 

「あんたも治癒の術式に適性があったから、こっちの研修もばっちり受けさせられたんでしょう。なら、自分の症状は分かってるはずだ。手榴弾の破片を体の中に残したまま傷口を閉じ、戦闘を続行するなんて狂気の沙汰ですよ」

「急所や大きな血管に近い所の破片は摘出してあるよ。だから、ものすごく痛いという事を除けば、そこまで大きな問題にもならない」

「ええい、くそ。ああいえばこう言うなアンタ。どっちにしろ、これは一回傷を開かないとだめだ。局部麻酔と、手術室の準備しないといけないから、安静にしててくださいね!」

 

 そう言うと、京一は慌ただしく駆け出していく。その背中を見つめ、自分より二つほど年嵩のはずなのに、妙に若々しさを感じるその後ろ姿に、恭二は妙に感心してしまった。

 

「なんでこう、京一からは若々しさを感じるんだろうなぁ……」

「京一から感じられるのは、若々しさというより馬鹿馬鹿しさだと思いますよ。麗華さんと似たタイプなんです」

 

 麗華の治療にあたっていた京子が辛辣の一言に尽きる言葉を投げる。その言葉を聞いて、恭二は「なるほど」と呟きながら小さく頷いた。

 確かに、タイプとしては近い所があるかもしれないと即座に納得出来てしまったからだ。なんというか、麗華も京一も時々、びっくりするぐらい真直ぐなところがある、と。

 そうやってしきりに恭二が頷いていると、京一が手術の準備を終えたらしく、処置室へと戻ってきた。

 

「じゃあ、お腹を開ける準備が済んだので、さっさと手術しに行きましょうね」

「あ、はい。じゃあ、麗華の事、頼みましたよ」

 

 恭二はそう言うと、京一に運ばれて手術室へと消えていく。

 そんな慌ただしい二人の背中に向け、京子は軽く手を振って答えた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 次に麗華が目を覚ましたのは、翌日の昼頃だった。

 

 快眠を得られたことによって、すっきりとした目覚めを得ることの出来た麗華は、思いっきり伸びをして、身体の筋を伸ばす。

 

「んー! よく寝たー」

「おはよう、ずいぶんと寝てたな」

 

 麗華は声の方向へと視線を向ける。その先では、恭二がペラペラと冊子のページをめくって時間を潰しているのが見て取れた。寝癖が付いているので、どうやら彼もつい先ほど起きたところらしいと彼女は検討を付ける。

 そんな彼女に向けて、恭二はゆるりと微笑みながら言葉を紡いだ。

 

「ウイルスの感染拡大自体は食い止められたらしい。あと、起動装置として機械に括り付けられていた子供は、無事に目を覚ましたそうだ。だが、その研究データは大本がまだ握ってる。これから、エレイン達が頑張ってウイルスに対する対策をさらに講じたり、オペレーターの人たちが情報を集めていくことになる」

「ちょっと問題は残ってるけど、そればっかりは大本を叩かないとどうにもならないからねぇ」

 

 麗華はそう言って、頭の後ろで腕を組んだ。恭二はぺらりと手元の冊子をめくりながら、横目で彼女のことを見やる。その口元に、微笑を浮かべながら。

 

「まあ、なんにせよ。俺たちは五体満足で戻ってこれた。お互い、命にかかわるような状態じゃないし、ウイルスも完全に除去された。あいつらなら、対策はばっちりと取れるだろう。お互い、まだまだ長生きできそうだな」

「そ、よかった」

 

 たった一言。それだけだったが、麗華はほっと息をついて口元に笑みを浮かべる。ようやく日常に戻ってくることが出来たと、歓喜を滲ませながら。

 そして、こんな穏やかな日を迎えられるのが無性に嬉しくなり、麗華は無邪気に隣のベッドで体を起こしている恭二へと声を掛けた。

 

「ところで恭二。なに読んでるの?」

「外傷の症例をいくつかと、クロユリで行われた治療の例をいくつかな。こういうのは、現場で俺が治癒系の術式を使うときに役立つし、これと言って時間を潰せそうな雑誌も無かったから読んでたんだよ」

 

 それを聞いた麗華は「まじめだねー」と呟いてから、少し疑問に感じたことを率直にぶつけることにした。

 

「時間を潰すなら、情報端末を使ってネットに接続でもしてれば良かったのに」

「生憎、俺は動画とかには興味はないし、文章は基本的に紙媒体で読みたい人間なんだ。よって、ネットの類は無し。まあ、これは実務でも役に立つし、紙媒体だし俺が求める読み物としてはピッタリだ」

 

 そう言って、恭二はピラピラと小難しい症例などが書かれている冊子を揺らした。これには、流石の麗華もあきれ顔である。

 

「恭二もぎりぎりネット世代でしょー もうちょっとこう、時代に適応する気はないわけ? ていうか、せっかくの休みなのにそんなもの読んでて気が重くならないの?」

「俺なりに適応してるから問題ない。だけどまあ、せっかくの休みにこんなもの読んでるのも気が引けるっていうのも確かだ」

 

 恭二はそう言うと、ベッドから体を起こして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「もう昼だし、お前も起きたし、腹減ったから飯を買ってこようか?」

「お、いいねぇ! じゃあさ、向かいのショップでチーズバーガーを……」

「昨日喰ったばっかりだろ…… だから、今日はそれ以外でな」

「えぇ…… いいじゃん、恭二のけち」

「いや、育ち盛りの娘がバーガーばっかり食ってるっていうのもなぁ……」

 

 恭二は微妙な表情で顎を撫でる。栄養が偏り過ぎてはいないだろうかと、思案しているのだ。

 思い悩んでいる彼の様子を見て、麗華は「それなら」と提案をする。

 

「今日は自炊する? 久しぶりに私が何か作るよ。いつもは恭二が作ってるからね」

「あー それもいいかもなぁ…… で、何作るつもりだ?」

「もちろん、チーズインハンバーグを!」

 

 自信満々といった様子で紡がれた言葉に、恭二は心底頭が痛そうにため息をついた。

 

「それは外さないんだな…… 分かったけど、ある程度野菜もとれよ」

「交渉せーりーつ! ってね。じゃ、買い出しに行こうか。挽肉はキッチンに置いてなかった筈だからね。他のメニューはそっちで決めちゃおう」

「その前に、財布取りに行って…… あと、服も着替えないとな。今の格好だと、病室を抜け出してきたっていうのがバレバレだ」

 

 そう言うと、二人は顔を見合わせて頷きあい、気配を殺して病室を抜け出していく。

 二人はそれなりに重傷を負っていた。そしてその治療をしたのだから、もちろん安静にしていなければならない。だが、食欲には勝てなかったらしく、二人そろって病室を脱走するという暴挙へと踏み出したのだ。見つかったら、もちろん怒られる。

 

「今俺たちに必要なのは、病室で安静にしている事じゃなくて十分な食事だ。よってこれは仕方ない。そうだな?」

「そうそう。早くご飯食べたいなぁ……」

 

 だが、そんなことは知らんとばかりに二人はそんな言葉を紡ぎあげた。基本的に恭二は真面目ではあるのだが、必要ないと思ったことはとことんしない、従わないという困った悪癖がある。そして、元からじっとしていることの出来ない質である麗華と一緒に脱走を企てたのだ。

 そうして、それなりに広さのある病棟を横切り、その途中で監視カメラに向けて口元で人差し指を立てることも忘れず、本部の居住スペースへと二人は歩みを進めた。

 その途中で、恭二は何かを思いだしたかのように立ち止まると、麗華に向けてこう言った。

 

「すまん、ちょっと用事を思いだしたから、先に行って着替えと金の準備を頼めるか?」

「分かったけど、用事って何?」

「でっかい方の雉撃ち」

「雉……? まあ、よく分からないけど、とりあえず準備しておくね」

 

 麗華はイマイチピンとこなかったが、とりあえず頷いて自室へと急ぎ足で向かっていった。

 その背中を穏やかな表情で見送ると、恭二は見るものに恐怖を感じさせる程の怒りを身に纏い、ある場所へと歩き出す。

 

「ちゃんと話を聞かせてもらわないとな」

 

 

 

*****

 

 

 

 それから十分以上経ち、麗華は既に私服に着替えて準備を済ませていた。

 

「ちょっと遅いなぁ…… 何してるんだろ」

 

 自分の部屋の前で時計を確認していた麗華は、ぼそりとそう呟いてみせる。元より恭二は、時間にとても厳しい所があり、所用があると言っても十分以上人を待たせるような事をしない人間だ。それを知っているだけに、麗華の中に少しずつ疑問が広がっていく。

 

「ちょっとしたようなら、五分も経たずに終わらせてくるはずなんだけど…… もしかして、怪我の具合が? でも、うちの医療スタッフの人たちが動かしちゃいけない状態の人を動ける状況で放置するわけがないし……」

 

 ぶつぶつと状況を確認していく。

 しかし、そんな彼女に言葉が投げかけられた。

 

「お前、俺のことを心配し過ぎだろう…… なんだ、そんなに信用が無いのか」

 

 それと同時に、自身の考えが杞憂であったことを知った。声の主が恭二で、ゆったりとした様子で麗華の元へと歩いてきていたからだ。

 そんな彼の様子をジト目で睨みつけ、彼女は言う。

 

「いや、だって恭二って平気な顔して怪我を隠してたりするじゃん。もしかしたらどこかで倒れてないかと心配で心配で」

 

 口調は少しふざけているが、それ以上に冷たい響きがその言葉に含まれている。そして、何処か探るような視線で恭二の身体を睨みつけた。

 

「もしかして、今回も怪我を隠して動いたわけじゃ無いよね?」

「多少なりとも無茶をしたのは事実だが、お前が心配しなくちゃいけないほどの事でもない。なんでそんな冷たい目を向けられなくちゃならないんだよ」

「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」

 

 麗華のジト目とともに向けられた言葉に、恭二は「ふむ」と顎を撫でてから、自分の胸にそっと手を置いた。

 

「で? 何か思うことの一つや二つぐらいはあるんじゃない?」

「うーん…… そうなだな。平たい」

「はぁ…… もういいですよーだ」

 

 これ以上本人に追及しても意味が無いと考え、麗華は追及の手を緩めた。

 

「ま、恭二に聞いても話してくれなさそうだし、後で京一に聞いてみるよ」

「あ、はい」

 

 恭二は白目をむきたくなるような思いで、不自然にならないようにそんな言葉を紡いだ。

 

 内心では「あいつ、黙っててくれるかなぁ」などと考えながらも、普段通りの様子を装って。

 

 かくして、互いに思うところはあれども、二人は束の間の日常へと戻っていく。

 

「今日もいい天気だね」

「ああ、そうだな」

「でも、データ自体は敵の手元にある」

 

 だが、それでも心の中に僅かな蟠りがあった。それに対して、恭二は静かに目を細める。

 

「……ああ、そうだ」

「だから、とっとと連中の大本を叩かないとね」

「まあ、それまでにはまだ時間がかかる。だから、俺たちもまだまだ鍛えないとだめだが…… 今は休もう。せっかく何とか守り抜いた平和なんだ」

 

 本部の外へと出た二人は、燦燦と降り注ぐ日光に目を細めた。一歩建物から足を踏み出せば、車のエンジン音や、クラクションの音、疎らに聞こえる人の気配が感じられる。

 

 瀬戸際でさらなる大惨事を食い止める事に成功し、この日常を守ることが出来た事に、二人は少しばかりの安堵を覚えた。そして、自分たちの食欲を満たすという実に個人的な願いの為に、二人はそろって歩き出す。

 

「ま、なんにせよ、今回も最悪の事態だけは回避できたみたいだし、リラックスタイムに突入だ!」

「元気だなぁ、お前……」

「そりゃあもう、休みは満喫しないともったいないじゃん! あ、そうだ! 帰りにゲーセン寄らない? 久しぶりにシューティングやりたくてさぁ」

「お前、昨日あれだけぶっ放しておいて………」

「リアル銃器は別腹だよ!」

 

 そんな他愛のない言葉を交わしながら、二人の姿は雑踏の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 当然のことながら、後で病室からの脱走を怒られたのは言うまでもない。

 

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