特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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感染する悪意のマリオネット症候群 第六話

 

 突如響いた爆音に、一同は身を強張らせる。だが、エレインだけが目を大きく見開いて、その爆音の意味に真っ先に気が付いてしまった。

 

「まずい…… 港の方からだわ.船を潰された」

 

 エレインの静かなつぶやきに、真っ先に反応したのは藤次だった。

 

「連絡も出来なくて、船も潰されたんだとしたら、この島は完全に外部との連絡手段が断たれたってことになりますよね……」

「ええ、悪い冗談だと言って欲しいくらいよ。でも、まだ最悪の事態ってわけじゃないわ。最悪の事態っていうのは……」

 

 エレインはそう言いながら視線を通りの先へと向ける。藤次も傷口を抑えながら店の入り口から顔を覗かせ、彼女の視線の先を追うように通りを見渡すと、その表情を凍り付かせた。

 そこには、先ほどのロクと同じようにうつろな目をした男たちが、ゆらりと体を揺らしながら手に凶器をもって通りを横切っていったからだ。

 

「ああいうことを言うのよ」

「あれって!」

「ええ、この人と同じでしょうね。店の中に戻るわよ。あいつらがこっちに気付く前にね」

 

 そう言って、エレインは拘束したロクを店の中へと引きずり込んだ。それと同時に、吾郎目掛けて言葉を投げかける。

 

「このあたりで、立てこもれそうな頑丈な建物に心当たりはある?」

「お、おい! なんであの人たちまでロクさんと……」

 

 多少は動揺が残っているようだが、それでも努めて冷静さを保ちながら状況を確認しようとしている吾郎に向けて、エレインは人差し指を口元で立てる。

 

「静かに。今から言う事がどれだけ悪いことであっても、冷静さを保って頂戴。これはここにいる全員に言っているわ」

 

 そう言ってエレインは、店の中にいる一人一人の人間の顔を見回した。その中でも、最も若く動揺が激しいゲンの近くにしゃがみ込み、彼女は静かだが、力強い声色で言葉を紡ぐ。

 

「おじいちゃんとおばあちゃんと、まだまだ一緒に過ごしたい?」

 

 その言葉に、ゲンは震えて声も出せる状態ではなかったが、力強く頷いた。それを見届けると、エレインは小さく頷いて言葉を続ける。

 

「そう…… なら、その覚悟を大事にしなさい。さっき通りの先にいたのは、ここで倒れているロクさん、だったかしら? 彼と同じ状態の人間が、凶器を持ってさっき通りを横切っていったの」

「そ、それって……」

「そう、今現在島中でそこに倒れている彼と同じ症状・・の人間が徘徊していると考えた方が良いわ」

 

 エレインの口から静かに紡がれた恐ろしい事実に、彼女以外の全員が身を強張らせた。そして、先ほどのロクの様子が頭の中でフラッシュバックする。全身に大小様々な傷を負いながらも、まるで痛みを感じていないように立ち上がり、エレインに再び襲い掛かったその姿が。

 そんな存在が島中に徘徊している。それを思い起こし、全身に冷や水をぶちまけられたかのような悪寒を感じた藤次は思わず唾を飲んだ。そして、自身に食い込んだナイフの刃を思いだす。その荒々しい振りのナイフは彼の腕を切り裂き、いや、抉り割いた。

 直に感じたその異常な膂力。ナイフで切られるなど、初めて体験した藤次ではあったが、それでもそれが異常だと判断できるほどの力をロクは持っていた。

 先ほどの出来事を思いだしただけで、応急処置を施された藤次の腕の傷がズキズキとうずく。先ほど命を失いかけたという事実を訴えかけて来るかのように。

 額に汗が滲みそうになるのを必死に堪えて、藤次は震えているゲンの横にしゃがみ込んだ。

 

「まあ、最悪明日の昼頃までどこか頑丈な建物にでも立てこもれば、フェリーが来てこの島の異常を察知してくれるし、何とかなるんじゃないかな。なりますよね?」

 

 前半は己自身やゲンに。後半はエレインに問いかけるように、祈るようにその言葉は紡がれた。

 だが、エレインの表情は硬い。

 

「そうね…… そうなることを祈るわ」

 

 その言葉に、声色に、何より表情に希望的観測の余地はない。だが、それを言及出来るほどの精神的余裕も藤次には無く、ただ小さく「そうですか」とだけ返して彼は立ち上がった。

 それを横目で見ながら、エレインは静かに言葉を紡ぐ。

 

「どちらにせよ、ここは立てこもるのに向いていないわ。早く移動しないと…… なんでこんな風に人が凶暴化するかも分かっていないもの。一応、確認しておくけどこの人は、こんなことをするような人間だった、或いは酒癖などが悪かった。なんてことはあったかしら?」

「いや、それは無い。元からかなり穏やかな人だったし、酒も飲まん。まして、犯罪に手を染めるような人間じゃあなかった」

 

 吾郎は力強く断言した。普段から付き合いがあったらしく、その言葉は自身に満ちたものだった。それだけに、ワイヤーで拘束され、ピクリとも動かなくなったロクの姿を見て、悲しそうに目を伏せた。そんな吾郎の肩にタエがそっと手を添える。

 エレインは二人が比較的落ち着いていることを確認すると、少しだけ安心したように息を吐いて言葉を紡いだ。

 

「分かったわ。それを確認できただけでも充分よ。確認したいことは確認できたわ。今から、ホテルまで移動しましょう。あそこはコンクリート製の建物で頑丈だし、周りも鉄柵で囲まれているから、立てこもるならあそこが良いわ」

「だけど、そうなると私みたいな足の悪い年寄りは足手まといになる、わよね?」

 

 落ち着いている。落ち着いてしまったがゆえに、タエが真っ先にたどり着いてしまった結論に、エレインの表情が初めて強張った。

 

「…………それは、何を言いたいのかしら?」

「私は、さっきも動けずに立ちすくんでいたでしょう? あれじゃあ、足手まといになるわ。だから、置いて行ってくれないしら。それに、私は吾郎とは違ってそこまで足腰が強い訳じゃないのよ」

 

 その言葉の一つ一つを聞きながら、ゲンは不安そうに視線をさまよわせた。幼い彼にはタエが何を言おうとしているか分からなかったが、それでも不穏なものを感じたのだろう。子供は、意味は分からずとも、こう言ったことには敏感で、どうしようもない程に悟ってしまうものだから。

 何処か悟りを開いたようなタエの声色に、何を言おうとしているのか悟った他の面々は、それぞれ表情に苦いものを浮かべた。そんな中で彼女はさらに言葉を紡ごうとする。

 

「だから私は…… ここに」

 

 残る。そう続こうとした言葉を吾郎が差止めた。

 

「結論を急ぐもんじゃねぇぞタエ。ゲンが泣いちまうだろうが」

「だけどねぇ……」

「おじいさんの言う通りですよ。もし、さっきの言葉の続きを言おうものなら、僕、怒りますからね。じゃないと僕の左腕の犠牲はどうなるんですか」

 

 藤次の言葉に、タエは怯んだ。先ほど身を挺して庇ってくれた若者の前で、命を捨てるような言葉を吐き出そうとしているという事実に思うところはあったのだろう。それを好機と見て、畳みかけるようにエレインがタエの耳元で囁いた。

 

「私は、自分から死のうとする人間が大っ嫌いなの。もし、私が考えているような事をあなたが考えているとしたら…… それで私の手元が狂って、お孫さんと家族、そしてあなたの命を救ったお客さんの命を守ることが出来なくなるかもしれないわね。冷静さを失って」

 

 その言葉を聞いて観念したのか、タエは小さく肩を落とす。そして、力なく微笑むとエレインや藤次に向けて言葉を紡いだ。

 

「お客さんたちはお人好しね…… そこまで言うなら、私たちの命貴女に預けるわ。貴女が一番この状況の中で冷静に動いていたみたいだからね」

 

 不穏な考えを捨てた様子のタエに、吾郎はホッと息をつき、状況を理解しきれていなかったゲンもそれを見て体の力を抜いた。

 藤次もそんな光景を見て安心したように表情を緩める。しかし、店の外から悲鳴が響き、その表情はすぐに引き締まった。

 

「悲鳴が近い…… 長居しすぎたわね。吾郎さん、この店に裏口はあるかしら?」

「ああ、もちろん。あるにきまってるじゃねえか。厨房の奥だ。ついてきてくれ」

 

 そう言って店の奥へと消えていった吾郎の後を追うようにして、タエの手を引くゲンが続いた。藤次もそれに続こうとしたが、ふと、エレインがロクの近くにしゃがみ込んで何かをしているのが見えたので、訝し気に振り返った。

 

「エレインさん、何をしてるんですか?」

「少し、気になることがあってね…… でもいいわ、今は時間が無いからこれだけで。行きましょう」

 

 そう言うと、彼女はさっと立ち上がる。そして、藤次と共に吾郎の後を追って店の奥へと消えていった。

 

 

 

 

*****

 

 

 暗闇の中で、モニターを見回していたアイリスは満足そうに微笑んだ。そのモニターには、大欄島の各所の映像が映し出されいる。

 

「島の制圧状況は、上々といったところでしょうか。これならプロモーションとして十分な効果が望めそうですね」

 

 彼女は白髪を揺らしながら、その口唇を歪める。

 

「これなら、あの人もきっと満足してくれるでしょう。ああ、楽しみで仕方ないわ!」

 

 そう言った彼女の表情は恋する乙女、と言わんばかりのもので、頬は紅潮して実に幸福そうな笑みを浮かべていた。しかし、モニターの映像の内の一つを目にした途端、アイリスの表情は激変する。

 

「あら、あらあらあらあら…… この顔は知っています。知ってるいわ…… クロユリの医療部門統括者だもの、あの人のお気に入りですもの」

 

 モニター越しに揺れる金糸のような髪が揺れるエレインの後ろ姿を食い入るように見つめながら、彼女は狂気に染まった目をぎらつかせている。

 

「社長も人が悪い…… 知っていて島の中に足を踏み入れさせましたね。本当に、あの人って苦手です。きらいじゃあないんですけど……」

 

 しかし、冷静な思考は出来るようで、こう呟いた。

 

「まあ、いいでしょう。そんなことはどうでもいいです。殺して差し上げますよ。エレインさん」

 

 どろり、と粘ついた声で紡がれた声が、不気味な響きを持って暗闇の中へと消えていった。

 

 

******

 

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