特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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感染する悪意のマリオネット症候群 第十四話

 彼は若干情けない返答を返しつつも、部屋に置かれていた椅子を手に持ち、全体重を掛けてマコトの身体を押さえつけた。それにより、彼女の身じろぎが弱まり、僅かに処置がしやすくなる。

 そこに、医療用のゴム手袋を着用したエレインが近づき、まず、その顎の関節を外して噛みつきを出来ないようにした。関節が外れる際のガコリと言う音に、藤次が僅かに体を強張らせるが、彼はそれを何とか抑え込んで自分のすべきことに集中する。

 そんな様子をちらりと横目で見つつ、エレインは的確に関節を外し、腱を断ち切っていく。彼女はそれと同時に、ワイヤーに食い込み血を流していたマコトの身体に治癒の術を施していき、その傷を塞ぐことにも努めた。

 

 だが、そんな二人の行動をあざ笑うかのように問題が発生する。

 まるで、ホテルの中が一斉にひっくり返されたかのように、階下あるいは階上で何かが割れるような音や争うような音が響き渡り始めたのだ。

 

「エレインさん、これって……」

「ええ、間違いなくこれがこの事態を引き起こした犯人の次の手ってところでしょうね。負傷者を連れてねぐらに閉じこもれば、内側からそれを瓦解させるなんて、いい趣味してるわ」

 

 心底忌々しそうな表情で、エレインは小さく歯噛みをする。この音から、ホテルの他の部屋に立てこもった生存者たちの間でも、自分たちと同じことが起こったのだろうと察してしまったからだ。

 

「でも、どうやってこんなことを? エレインさんが言うには、何らかの条件を満たさないとこんな風に人が操られるような状態にはならないんですよね?」

「そこが問題なのよね…… 今のところ、こうなった二人の共通点は怪我をしたってことぐらいだけれど、そもそも最初に襲い掛かってきた人間は怪我らしい怪我なんてしていなかったから、それが条件っていう訳ではない筈なのよ」

 

 だからこそ、エレインは解せないのだ。

 

「それに、連中の動き…… 本気で殺しに来るなら、もっとやりようはある筈…… これだけのことが出来るなら、もっと早く大人数を連れて襲わせるくらいのことは出来たはずよ」

「相手は、僕たちをなぶり殺しにしようとして楽しんでいる精神異常者か何かですか?」

「そんなのが相手だったら、もう少し楽に対処が出来たかもしれないけど…… 違うわね。何らかの意図をもって、生存者たちを段階的に追い詰めているような気がしてならないわ」

 

 二人は会話をしながら、確実に処置を進めていく。藤次は骨が折れ、関節が外れ、腱が切れる音が響くたびに体を少し震わせるが、それでも自身の役割を放り出すようなことはしなかった。

 明らかに肉体を破壊することを目的とした施術を見て、顔色を悪くするだけで目線を逸らしたりしない彼に対し、エレインは思った以上にタフな人間であると評価を上方修正する。

 そんな一見すると異常としか言いようのない状況の中で、二人は言葉を交わし続けた。

 

「仮に、仮にですよ。もし、エレインさんの言う通り、相手が段階的に生存者を追い立てているとして、その目的はなんですかね? それに、こう言った孤島を選んだ理由は?」

「そうね…… 妥当な線としては、実験かしら。そう考えると、不可解な点も納得できる。第一段階でパニックを起こし」

「第二段階で、立てこもった人間をさらなるパニックに陥れるってことですね」

「そう言う事。理解が早くて助かるわ…… もしこれが国家や組織を相手取った場合におけるモデルケースだと考えるなら…… 事態はもっと悪い方向へ動いていくことになるかもね」

 

 その一言と共に、オサムの番へと移っていた処置の最終段階が完了し、最後にガコリと鈍い音が響き渡った。何度も響き渡ったその音に、いい加減慣れてきたのか藤次は体を震わせることはしない。だが、未だに顔を顰める程度にはその音に苦手意識を持っているらしい。それでも大した順応力ではあるが。

 そんな藤次であっても、エレインの言葉は無視できなかったらしく、不安げな表情で問いを投げかける。

 

「まずい方にと言うと、どんなふうにですか?」

「考えても見なさい。集団であやつられた人間が、組織だって国の施設を襲う光景を。それはちょっとした紛争を引き起こすには十分すぎるくらいの事じゃないかしら? 例え、それが同盟を結んだ国家間であったとしてもね。だから、ちゃんと臨んだ効果が得られるか、この事態を引き起こした犯人は何処からかこの事態を記録、観察しているはず」

「……なるほど」

 

 納得がいった藤次は少々顔を青くしてその言葉に頷いた。昨日味方だったはずの人間が武器を持ち、徒党を組んで襲い掛かってくるというのはそれだけのことを引き起こしかねないと即座に理解できてしまったからだ。

 

「と、言う事はこの島はその兵器の実験場に選ばれたわけですか」

「そう言う事になるわね。しかも、ご丁寧に曇り空の日を狙ってきてるから、衛星で事件を察知することは不可能。逃走に使えそうな船は爆破するという徹底ぶり。計画的だし、無駄が無い。ただ、あの嵐は少し不可解だけど」

 

 そう言って彼女がちらりと視線を向けた先では、未だに不気味な嵐が島の近傍を這うようにして停滞していた。

 

「あれを不審に思ったうちの人間が、誰かをこっちに差し向けてくれるとありがたいけれど…… どれだけ時間がかかるか分からないし、やっぱり救助は望み薄ね」

「そうですね…… このホテルも随分と騒がしくなってきましたし、出来るだけ早く移動しないと……」

「ホテルがダメとなると山の中に分け入るぐらいかしら? そうすれば、多少は時間を稼げるとは思うけれど、今この部屋にいる生存者の面々を考えると…… やっぱり厳しいわね」

 

 出来るだけ民間人を安全な場所へ、そう考えはしても状況の特異性がそれを許さず、エレインは小さく歯噛みをした。そんな彼女の言葉に頷きながら、藤次も深刻そうな表情で言葉を紡ぐ。

 

「ええ。それに加えて、いつ僕もあんな風になるか分かりません。怪我をしたこともああなる条件に関係があるなら、僕だってそれに当てはまりますからね」

「それが一番の問題よ。どういう条件で操るための土壌を整えているか分からない。もしかすると、私もああなるかもしれない。そうなると、戦闘能力の面から考えて、生存者全体の命を危険に晒すことになる。それだけは、何とか避けないと……」

「こうなると、本当におじいさんが行ってたみたいにゾンビ映画みたいですね。僕らは差し詰め感染者か何かでしょうか」

「この期に及んでまだそんな冗談をいう余裕があるとは恐れ入ったわ…… 正直、温厚そうな腹ペコキャラか何かだと思っていたのに」

 

 確かに顔色は悪くなってはいるが、それでもこんな状況でまだ冗談を言う余裕がある。そんな藤次のタフさは、エレインからしてみても中々のものだと思えるものだった。だが、何処か呆れたようにに緩んだ彼女の顔から、何かに気が付いたかのようにして少しずつ表情が抜け落ちていく。

 彼女の背後で、藤次が先ほどの言葉に対してぶつぶつと反論をしているが、そんなことは一切耳に入っていない様子で思考の海へと沈んでいった。

 

「まって、ゾンビ映画……? 吸血鬼とグール、いえこれに関しては今回当てはまらないわね…… ウイルス…… そうよ、ウイルス! もしそれを媒介に何らかの術を施しているなら、結界で遮断したとしても、元株さえあればその縁を辿って術式の発動くらいは容易にできるわ」

「どういうことですか?」

「まず、呪いや支配の術式などはある程度の前準備が必要って言ったけど、遠隔からそれらの効果を発するには、術者と対象に何らかの縁を結ばなきゃいけないの」

 

 エレインはそう説明しながら、自身の鞄から採血用の道具を取り出し、それをマコトの腕へと突き刺した。少しずつ血液が器具の中を満たしていき、所定の量を超えた時点で彼女は針を引き抜いた。

 

「例えば…… 有名どころだと藁人形とかがそうね。あれは呪う相手の髪の毛という縁を手繰って効力を発揮するの。それと同じ要領で、ウイルスの元株とそこから分裂して増えた子株の縁を辿って効力を発揮してるんだとしたら……」

 

 確証はまだないが、それでもほぼ確信をもって彼女は言葉を紡ぎ続ける。そしてそのまま、血液の入った容器を小型の機器に差し込むと、手元の情報端末と有線接続を行い、表示された映像を見て禍々しく笑った。

 

「なるほど…… ウイルスの構造に術式を組み込むことで、支配を行っていたわけね。この計測値を見るに、微弱ではあるけど霊力の生産も…… それを用いての術式の発動をしている。厄介極まりないけど、これなら反撃の方法はある」

「でも、エレインさんは噛みつかれていたわけですし…… 感染しているんですよね? その状態でどうやって反撃を……」

「このウイルスは自己複製をして増えて行っているわけだけど、個々の霊力の生産能力は低い。ある一定以上までウイルスが増殖するか、ウイルスが霊力を一定以上まで生産してため込むかのどちらかの条件を満たさないとああいう風にはならないわ。それまでにウイルスに対して何らかのアプローチをすれば問題は無いわ」

「ワクチンとかを作る時間も設備もここには……」

 

 藤次は言葉を濁しながらも、現在の状況を的確についたものだ。通常のウイルスに対するワクチン作成など、常識的に考えて時間が全く足りていないし設備も無い。

 

 こんな無い無い尽くしの状況で、どうウイルスに対処するというのだろうか。

 

 そんな疑問が彼の顔にありありと浮かび上がっていた。

 

「私が使える治癒の術式はね。なにも怪我を治すだけが使い道じゃないわ。相当レベルで使いこなせるようになれば、怪我の塞がるプロセスを改ざんして強制的に変異を起こすもよし、細胞を異常活性させてエネルギーを使いつぶさせるもよしと、中々便利なものなのよ? ただ、今回は…… 死滅させるのは設備もなしだと厳しいわね…… 流石に術とウイルス自体に対策はされてるみたい。精々変異させるのが精いっぱいってところかしら」

 

 そう言いながら、エレインは目を細めて自身の体の中にあるウイルスに霊力を用いて干渉を始めた。その体は、よほど注意をしてみなければ分からないほど微かではあるが、燐光を帯びる。

 体内でウイルスに対しての変異を行うという、実に危険な作業をしている彼女を見て藤次は少し顔を引き攣らせながら言葉を紡いだ。

 

「それは…… 怖いですね。いろいろな意味で」

「怖いのは当たり前。技術っていうのは人を救うけれど、それと同じくらい人を殺すものなのよ。それが欠片も怖くないなんて言うやつは、何処か頭のネジが外れてる飛んでもない異常者か、よほど調子に乗っているガキかのどっちかよ」

 

 エレインはどこか苦々しさを含んだ口調で言葉を紡ぎ、薄く目を細めた。その瞳に映る感情の色はいかなるものか。藤次はそれを察することが難しかったが、一つだけ理解できたことがある。

 その感情の色はきっとよくないものを滲ませているのだろうという事だ。それを察せられる程度には藤次は鈍くなかったし、エレインの発した声色も固いものだった。

 なんと言葉を返せばいいか分からない藤次が固まっているうちに、エレインは次なる言葉を紡ぎ出す。

 

「体に負荷は掛かるけど、何とかあっちの連中みたいにならずに済みそうだってことが分かっただけでも僥倖ね。でも、ホテルに立てこもっていた何組かが内側から食い破られたみたいだし、そろそろ移動しないとホテルの中が戦場になるわよ」

「次は何が起こると思いますか?」

「戦術的に見て、第二段階までで事の首謀者は十分すぎるほどの成果を得ているわ。なら、あとは後始末をするだけでしょう? 私なら、証拠は残さない」

 

 その言葉の意味するところを悟り、藤次はピクリと眉を動かしながら視線をさまよわせる。冷や汗をじっとりと滲ませながら、彼は小さくこう呟いた。

 

「まずいですね」

「ええ、まずいわ。今操られている人間は何らかの形で殺されるでしょうし、そう言った運命にある彼らが一斉に私たちに襲い掛かってくるでしょう。それに、さっきも少し言ったけど実験が目的なら島全体の監視、及び記録位はしているはず。どこを通っても私たちは敵に発見されることになる」

「逃げ場なし…… もう、僕たちは終わりですか?」

 

 思わず漏れてしまった藤次の弱音が、エレインの耳朶を打つ。そのどこか縋るような響きに応えるべく、彼女は力強く言葉を紡いだ。

 

「いえ、まだ手の打ちようはあるわ」

 

 そして、その言葉と共にエレインはゆるりと立ち上がる。

 

「手品の種は割れた。そろそろ、こっちから打って出ないとね」

「まさか…… 一人で操られた島民全員を相手にするつもりですか?」

「ええ、そうよ」

 

 藤次の投げかけた問いに、エレインは泰然とした態度でそう返した。そこに一切の気負いはなく、また油断らしいものも見当たらない。純粋に、ある程度の勝算があるからこそ、それを掴み取りに行こうとしているのだろう。

 現に凶器を手に持った十数名ほどいた人間を片っ端から彼女は軽々と片づけて見せた。操られた人間程度なら彼女は物の数では無いだろう。

 

 問題があるとするならば

 

「狙撃をしてきた相手はどうなりますか? もし、あの明らかにヤバい操られたひとたちをどうにかエレインさん一人で制圧できたとしても、さっきみたいに体に大穴が空けられたら?」

「それが唯一かつ最大の問題点ね。それを考慮して、私が今回の事態を引き起こした奴に勝てる可能性は五十パーセントってところかしら。覚悟と準備さえ出来ていれば、撃ちぬかれるのとほぼ同時に治癒を施してダメージを限りなく抑えられるけど、それでも痛みで集中力が乱れるのよね」

 

 事の首謀者。それが誰なのか二人は知らないし、どこから狙撃してくるかも分からない。

 それ故に、いつ、どこから、どのようにして自分に攻撃を仕掛けられるかが分からないというのがネックなのだ。

 

「でも、それにも問題はあるわ。相手は私が単騎で相手取ろうとすれば、確実に貴方たちが孤立しているってことがバレる事になる。貴方たちの方に余った戦力を投入するぐらいのことはするでしょう。そうなれば貴方達は確実に敵の手に落ちる。特に、貴方は特異な体質をしている可能性が高いから、見る人が見れば最優先目標が貴方に切り替わることも考えられるわ」

 

 エレインは淡々と言葉を紡ぎながら、藤次の顔を覗き込んだ。

 緊張、不安、混乱、そして恐怖。様々な感情が顔を覗き込まれた彼の中を駆け巡り、彼の喉をからからに乾かしてく。藤次が体験した不可思議な体験。それは、オカルト事象の中に身を置いているエレインですら稀少と断定するようなものだ。

 そんな降ってわいた能力のせいで、自身の進退が窮まる可能性が高いなど、彼からしてみれば厄ネタ以外の何物でもない。

 

 ごくり、と唾を飲む音が小さく響いた。

 

 それとほぼ同時に浴室のドアが開く音もあたりに響く。

 その中からマリが歩み出てくるのを見て、藤次は先ほどまでの緊張を振り払うかのように、慌ただしい様子で彼女へと駆け寄った。

 

「あ、ストップ。もうちょっとだけ待っていてくれないかな? 身動きは出来ないようにしたけど、まだ、見せられるような状態じゃないから」

 

 そう言いながら、藤次は咄嗟にベッドの布団を剥り、エレインの方へと投げ渡した。先ほどまでは皮膚がズタズタになっていたが、エレインの治療によって皮膚に出来た傷はきれいさっぱり消え去っている。エレインの事情をほとんど知らないマリがそれを見れば、不審がられてしまうのは確実だ。

 この状況下で、不審がられてしまうのはあまりよろしくはない。

 小さな不和が命取りになる。それは、エレインが自身の術を出来るだけ隠そうとしていたことからも、藤次はよく理解できていた。

 そんな彼の投げ渡した布団の意図はしっかりと汲み取られ、マコトとオサムの身体にそっと被せられる。咄嗟とは言えども、先ほどまで極度の緊張状態で唾を飲んでいた人間と、状況を出来るだけ客観的に述べた結果それを与える原因となった医者と言う即席のコンビの連携は中々のものだった。

 それを確認した藤次はほっと小さく息をついて、マリの元に駆け寄り、その視線の高さを合わせるようにしゃがみ込む。

 

 

 そして、彼はようやく気が付くことが出来た。そう、気が付くことが出来てしまったのだ。

 

 

 やや俯いた彼女の顔を覗き込んだ時、藤次はぞっと背筋が凍るような思いを抱く。

 なぜなら、その瞳は他の操られた人間たちと同じように、何処か虚ろな色を湛えて彼の瞳を見つめ返したのだから。

 

「え?」

 

 チリチリと脳裏に火花が散ったような感覚が、この島で既に数度目になる感覚が彼を襲う。

 マリはニチャリ、と子供がするべきではない、何処か粘着質な笑みを浮かべ、彼女は藤次の喉笛を食い千切った。

 

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