特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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感染する悪意のマリオネット症候群 第十七話

 

 爆熱と爆風で飛び散った破片が、活路を強引に切り開いたエレインの背中へと襲い掛かった。

 防ぐ余裕のない彼女は、自身の急所と藤次がそれに巻き込まれないように庇いながら、背中でそれらを受けとめる。

 

「つぁ……! いったいわね!」

 

 その表情を苦悶で歪ませながら、エレインはワイヤーを繰り、攻撃をしてきた男の手にあるアサルトライフルへと巻き付けた。

 

「その物騒な得物、よこしなさい!」

 

 そして、痛みと怒りが滲みだした雄叫びと共に、彼女はアサルトライフルを男の手から強引に引きはがし、自身の手元へと引き寄せて見せる。

 新たな武器を手にしたエレインだったが、状況が好転したとは言い難い。元より操られている人間は、単なる一般人。下手に鉛玉を浴びせようものなら、即座に命を落としかねないため、不用意に発砲することが出来ないのだ。

 故に、彼女は歯噛みをしながら即座に銃をワイヤーで体に括り付けるだけにとどまった。

 

 さらに、

 

「銃火器持ちが、ざっと四、五人ってところかしら……」

 

 エレインは自身の魔性の制御を手放したことで集まる視線を敏感に察知し、その位置取りから他の火器を装備した人間がいると推察した。

 そして、その過程を裏付けるかのように彼女が視線を感じた場所から、銃声が鳴り響く。

 短い間隔でなり続ける銃声と比例するかのように、エレインの肉体を掠めるようにして次々と弾丸が放たれる中で、彼女はワイヤーを操り自身に当たるであろう軌道を描く弾丸目掛けて瓦礫を飛ばし、致命的なダメージを防いで見せた。

 だが、弾丸を防ぐことに成功してもその表情が晴れることは無く、むしろ険しくなる一方。

 

「少なくとも、今感じる視線の主の中に黒幕はいない、か…… 流石に、今の私を直接視界に入れるほど相手も馬鹿じゃないわよね」

 

 そう忌々し気に呟きながら、エレインは眉を顰めながら迫りくる弾雨を躱し、或いは障害物の影や家屋の内部を通り抜けることで射線を切ってやり過ごしつつ首謀者が居る可能性の高い場所へと駆けていく。

 だが次の瞬間、彼女はぞくりと背筋に寒気が走ったのを感じ、咄嗟にその場を飛びのいた。

 

 直後、彼女の頬を掠めるようにして一発の弾丸が通り抜けていく。

 咄嗟に弾道から発射方向を割り出し、素早くその場所めがけてアサルトライフルの弾丸を数発発射するエレインだったが、

 

「あの隙間を通して狙撃したの? 馬鹿げてるわね……」

 

 彼女の頬を掠めたであろう弾丸がどんな軌道を描いたのかを理解した瞬間、すぐさま射撃を取りやめた。

 小さく毒づいた彼女の視線の先には、立ち並ぶ建造物の間にある数センチにも満たないような隙間があり、狙撃を受けた位置から飛びのいたことで完全に射線が遮られてしまったことを悟る。

 だが、エレインには驚愕で足を止める余裕など与えられなかった。

 ほとんど息をつかせる間もなく別角度からの狙撃が彼女のわき腹を掠めたからだ。

 

「っ……!」

 

 その狙撃もまた、数センチにも満たないような隙間を通して行われたもの。それが路地を全力で駆けるエレインへと数秒おきに襲い掛かってくる。

 

 さらには、銃火器持ちが建物の屋根の上を走りながらの銃撃を行い、その他の人間たちは大小さまざまな物品を空高くに投擲することで、彼女めがけて文字通り雨のような攻撃が降り注いだ。

 エレイン一人なら、或いはウイルスの感染に対する対処を行うためのリソースを攻撃に回せるのなら、容赦なく反撃に徹することが出来るだろう。しかし、黒幕であるアイリスはそれらを許さないように、絶妙なバランスで状況を動かし続けている。

 

「流石に、やってらんないわね……!」

 

 エレインとてそれにいつまでも甘んずるようなことは無く、ワイヤー以外にも殴打、蹴り、投げといったありとあらゆる方法で操られた人間への反撃を繰り出していた。

 それによって相手の初動の遅さを見切り、ある程度の人数に対して行動が困難なレベルまでダメージを与えているが、それでも島民のほとんどが操られている現状では焼け石に水と言ったところだろう。

 だが、それでも彼女の眼は死んでいない。その瞳の奥で、冷静に思考を巡らせていた。他でもない、こんな悪夢のような現状を作り出した黒幕を仕留めるために。

 

「ライフルの狙撃音は同じ…… 同時に行われる狙撃は無い…… なら、相手の数は多くない」

 

 その結論に達した彼女の瞳は、煮えたぎる怒りと不快感が滲みだし、おどろおどろしい色を湛え始めていた。

 

 

*****

 

 

 引金を引き、即座に移動する。そんな行動サイクルを繰り返していたアイリスは、建物の隙間や、壁のなどを蹴ることで縦横無尽に島を駆け巡りながらも、腕に括り付けた端末に送り届けられる島に仕掛けたカメラの映像を見てうっそりと嗤った。

 

「ふふ…… 順調に手傷が増えて行っていますね。ウイルスの影響を殺すためにリソースを削がれているから、治される様子もない。足手纏いを切り捨てるか、襲い掛かってくる人間を殺しつくしてしまえばなんとでもなるでしょうに、本当に馬鹿な人。ああ、いえ、正確に言うならばそもそも人じゃありませんし、馬鹿な人外とでも言うべきでしょうか?」

 

 そう言いながらも、彼女は一見無造作に見えるような動きでライフルを真横に構え、その引き金を引き絞った。

 だが、放たれた弾丸は恐ろしい程の精密さをもって、微かな隙間を縫うようにしながらエレインの元へと迫る。それを寸でのところで彼女は躱し、狙撃手であるアイリスを探すため再び走り出した。

 それを端末で確認しながら、アイリスは目を細めながら思考に耽る。

 

「ふむ…… 流石にしぶとい。狙撃に即座に対応して躱す反応速度と言い、狙撃位置を素早く特定して距離を詰めてくることと言い、厄介極まりないですね」

 

 狙撃、操った人間を用いた攪乱と奇襲。様々な手段を用いて攻撃を仕掛けているが、未だに仕留めキレていないことも考慮すると、いずれ発見されてしまう可能性も十分にあり得る。

 

「下手に接近されると、視線誘導や精神干渉に逆らい難くなる…… そろそろ仕留めたいところですが……」

 

 そう呟きながら、アイリスが再び端末に視線を落とすと、そこでは全身の至る所から血を流しながら仁王立ちをして立ち止まるエレインの姿が映し出されていた。

 その映像を見たアイリスは一気に警戒を高める。

 ただ立ち止まった。

 諦めて立ち止まった。

 そう思えるような相手ならどれだけ楽だったのだろう。だが、いま彼女が相手をしているのは、一癖も二癖もあるクロユリの医療部門統括者だ。

 何を仕掛けてくるか、何を企んでいるのかも分からない。

 

「身体能力向上開始」

 

 故に彼女は、自身の身体能力を術式によって強化する。わざわざ言の葉を紡ぐことでイメージの補強を行いながら。何を仕掛けられても即座に対応できるように。

 限界まで警戒心を高め、限界まで研ぎ澄まされた彼女の感覚が空を切る何かを捉えた。

 

「……っ!」

 

 咄嗟にアイリスは体を捻り、髪を数本とライフルを切り取られながらも、何とか地面から迫りくるそれを、紛れもなくエレインが操っているであろうワイヤーを躱す。

 

「見つかりましたか……!」

 

 確かに彼女は迫りくるワイヤーを躱した。

 だが、致命傷を避けられたとは言えども、もっと重要なことがある。

 それは、アイリスがエレインの射程圏内に踏み込んでしまったという事だ。

 

 

*****

 

 

 ぞくり、と背筋が凍るような殺気を纏うエレインは、ワイヤーから微かに感じた手ごたえに獰猛な笑みを浮かべる。

 

「もう逃がさない……!」

 

 逃げ回りながらも、彼女は相手がどのように自身の居場所を入手しているかを冷静に分析していた。まず、エレインの体質と先ほどの相手の同行から考え、直接視認しているという可能性はほぼゼロ。

 次に、探知系の術式を用いている可能性もあったが、その可能性も低いと彼女は考えていた。探知系の術式はあらかじめ仕掛けておく設置型と、術者を中心にして周囲を探る自発型の二種類がある。

 前者の場合は熟練の術者でも数秒の時間を要するため、逃亡中に仕掛けられたという可能性は限りなくゼロに近い。事前に島中に設置されていた可能性もあるが、クロユリに属している職業病故か、そう言った不審な術式の有無は島に入ってから何度か確認したためほぼほぼ無いと断定できた。

 ならば後者の場合はどうかと言われれば、その可能性も低いと彼女は断定できる。設置型と違い、自発型は即座に術の発動が行えるが、その術式の発動を察知されやすいというデメリットがあるからだ。今まで彼女はそう言った術の発動の片鱗を感じなかったからこその断定。

 故に、残る手段として考えられるのは鏡やカメラと言ったものを利用して、位置の把握を行っているという可能性が一番現実味を帯びてきた。

 

「もうこれ以上好きにさせない」

 

 だからこそ、エレインはそれを確かめるべく、いくつもの行動をいくつも積み上げた。

 防御に必要なリソースを削り取り、ワイヤーを可能な限り排水溝や塀の影と言った地面すれすれの死角へと滑り込ませながらまるで蜘蛛の巣のように周囲へと張り巡らせた。

 この段階で、直接の視認や探知系の術式を用いていた場合、彼女の行動は完全に相手に把握されていただろう。だが、その行動に対する反応や対策らしき行動が見られなかったことから、彼女は攻勢へと転じた。

 エレインは容赦なくワイヤーを手繰り、手ごたえのあった場所までに仕掛けておいたワイヤーを一気に跳ね上げる。

 狙撃のタイミング、狙撃の音、相手の攻撃のタイミング。ありとあらゆるものを考慮し、彼女は限界ギリギリまでワイヤーを伸ばし、相手を絡めとるための蜘蛛の巣を形成していたからこそできる芸当。

 そして、自らを立ち止まることで餌とし、相手の警戒心を煽ることで敵の行動を煽り、強化を施すために紡がれた言葉を、いやその呟きによって生まれた空気の振動を、移動の際に生じる音の振動を、練り上げられた霊力の揺らぎを彼女はワイヤーから敏感に察知していただ。

 

 そして、エレインの手によって手繰られたワイヤーは、ありとあらゆる障害物を建造物を切り裂いていく。

 深く冷たい彼女の怒りを表しているかのようなその鋭い切れ味をもってして、黒幕であるアイリスへの最短ルートを作り出したばかりか、その姿を炙り出していた。

 既に行く手を遮る障害物は無く。

 アイリスのライフルによる狙撃も無い。

 操られた人間が、エレインに対して行動をとろうとするが、遅い。

 

 そのすべてを置き去りにして、エレインは張り巡らせていたワイヤーを手繰りながら、一気にアイリスの元へと肉薄する。

 

「初めまして、ロクデナシ。標本にしに来てあげたわよ」

「初めまして糞ビッチ。さっさと死んでいた方が楽だったでしょうに」

 

 そして、遂に対面した両者の、対面してしまった両者の言葉の応酬に、空気が軋んでいく。まるで悲鳴を上げるかのように。

 両者とも、自身の得物に指を掛け、抜き身の殺気を隠そうともせずに言葉を紡ぐ。

 

「酷いわね。私、これでも貞淑なつもりなのだけど? それに、非戦闘員相手にあんな大量の人間をけしかけるなんて、どんな神経をしているのか解剖してみたいわ」

「生憎と、貴女のような藪医者に解剖など死んでもされたくはありません。それに、それは不可能でしょう。だって、ことが終わるころには貴女の腕はもう二度と動かなくなっているでしょうから」

 

 あくまでも、表面上はにこやかに笑いながら、じりじりと間合いは詰められる。

 

 

 そして、両者の殺気が高まり、最高潮まで上り詰めた時、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

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