特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第五話

 

 

 オペレーターの声を聞いて、二人は居住まいを正した。特に麗華は先程怒らせてしまったという事もあり、オペレーターの声を聞いて、ビクリと身体を震わせる。

 パイロットがヘリを飛ばす準備を進める中で、通信機からオペレーターのさらなる言葉が紡がれる。

 

『作戦の概要ですが、まず任地を霊視カメラを用いて上空から撮影した映像をあなたたちの端末と、ヘリに備え付けてある端末へと転送しますので、そちらを確認してください』

 

 オペレーターの言葉と共に、ヘリコプターの内部に取り付けられたモニターに任地である医療施設らしき建物が表示され、その建物を囲むようにして、白や黒、赤色などの線が幾重にも周囲に張り巡らされているのが映像から見て取れる。

 それを見た麗華は盛大に顔を顰めながら、忌々し気に吐き捨てた。

 

「最悪…… 探知用に捕縛用、迎撃用の術がたくさん張り巡らされてるじゃん」

「おいおい、こんなに数が多いと、潜り抜けるだけでも時間がかかる。潜り抜けるにしたって、映像を見る限りだと、いくつかの術がが絶えず動いてるから大分きついぞ。動き回る地雷原の上を走り抜けろって言ってるようなものだ」

『さらに悪い知らせが。この映像の範囲に、監視カメラなどの視界を視覚化したものを追加するとこのようになります』

 

 オペレーターの言葉と共に、監視カメラの視界も表示されたが、その範囲を見た恭二は即座に理解した。

 

「これじゃ隙間がない。監視カメラの視界に入った時点で、迎撃用の術が起動状態になるだろうし、その視界に入らないようにしても、探知用の結界に引っかかってどっちにしろ起動状態まで持ってかれる」

 

 これでは、ほぼ間違いなく警戒網を気づかれることなく突破するのが不可能だという事実を。

 そして、恭二の言葉を聞いた麗華は、思案顔でその映像を見つめた。

 

「私の雷撃で監視カメラを無効化するのは?」

「やったとしても、相手に気付かれるのは確実だ。迎撃用の術が発動して、内部への侵入が困難になる。気づかれるとしても、建物内に侵入した後じゃないと中にいる奴らに態勢を整えられる羽目になるぞ」

「だよねぇ…… 中に入ったら、まあ、確実に気づかれるだろうから、そこは気にしなくていいんだろうけど、これじゃあ入る前に気付かれちゃうよね……」

 

 どうしたものか、と二人は顔を見合わせた。

 だが、そんな二人に対し、オペレーターは自身に満ちた声でこう言い放った。

 

『いえ、内部に侵入するまでに、相手に気付かれない方法が一つだけあります』

「お、さっすがオペレーター‼ それって、どんな方法⁉」

 

 麗華は、先ほどびくりと体を震わせたことなど忘れてしまったかのように目を輝かせ、その言葉に喰らいついた。

 オペレーターは心底楽しそうな声色で返事を返す。

 

『映像を見ても分かりづらいと思いますが、上空の警戒網は他と比べて僅かに薄くなっています。この警戒網は絶えず動いていますが、ほんの一瞬だけ隙間が空く瞬間が存在します。そこに時速二百キロ以上の速度で突入することが出来れば、警戒網に捕まることなく施設屋上へと着地することが出来るでしょう』

「「は?」」

 

 麗華と恭二は、その言葉を聞いて異口同音に間の抜けた声を上げてしまう。

 一瞬、何を言われたか理解できなかった二人だが、しばらくしてその言葉の意味が理解できたらしく「はあ!?」とこれまた同時に声を上げ、猛烈な抗議を始めた。

 

「ちょっとオペレーター! それって、着地じゃなくて墜落って言ってもいいレベルだよね⁉ ていうか、そのためのヘリ移動⁉」

「さすがに無謀が過ぎるだろ…… 肉体への強化を多重化すれば、骨を何本か犠牲にして着地するぐらいならできるかもしれないけど、防護服やガスマスクまでには手は回らない。そうなったら、相手の思うつぼだ」

 

 恭二は自身が施せる強化の限界を想定してそう答えた。一人ならばともかく、二人分の装備と肉体の強化を時速二百キロの衝撃に耐えきるようにするのは不可能だと判断したのだ。

 普段なら、そこまで装備のことを気にしなくてもよいのだが、今回に限ってはウイルスに対する防壁がなくなってしまう。それでは結局、敵の傀儡になってしまうので、意味が無い。

 早々に自身に出来ることを判断し、結論に至った恭二にオペレーターは呆れたような声色で返事を返した。

 

『麗華さんはともかく、倉田さん。やろうと思えば耐えきれるんですか……?』

「頑張ればの話だぞ。頑張れば、の。 ……それはさておき、こんな無茶なこと言いだしたってことは、それなりの対策はあるんだろう?」

『はい。ヘリの中に、手のひらサイズの赤い箱があるはずですが、その中に札が二枚入っています』

「赤い箱…… これかな?」

 

 オペレーターと恭二の会話を聞いた麗華が、ヘリコプター内部に置いてあった箱を手に取った。

 

『そう、今麗華さんが手に取ったその箱ですね。その中に収めてある札は、使用することで着地の衝撃を肩代わりしてくれます』

「身代わり系の札かぁ…… 普通は大きい一撃を防ぐのに使うものだけど、まさか上空からの墜落に使うなんてねえ?」

「まあ、普通はそんなことに使わないよな」

 

 恭二は苦笑を浮かべて、麗華に言葉を返した。しかし、割と高いコストがかかる身代わり系の札を、上空からの侵入の為だけに使うという大胆さと、侵入における作戦のとんでもなさを考えると、それも仕方のないことだろう。

 だが、何処か呆れたような二人の態度を気にせず、オペレーターはさらに言葉を紡いでいく。

 

『着地についての問題点をご理解いただけたようで何よりです。次に着地地点ですが、東棟の屋上へと着地してもらいます。その時点で、監視カメラの視界に捉えられることになりますので、即座に屋内に侵入してください。また、麗華さんは敵の電気系統を破壊する際は出来るだけ監視カメラのものだけにしてください。ウイルスの保管施設の電源が落ちるたり、証拠となりうるデータが消し飛ぶことは避けたいので』

「ん、りょーかい」

『分かっていただけたようで何よりです。次に、侵入したのちの動きについてですが、各階の制圧をできればベストですが、そのような時間は残念ながらありません。なので、防火シャッターを麗華さんが雷撃を用いて起動させ、要所のルートを閉鎖しながら進んでください』

「分かったけど、私の仕事、ちょっと多くない?」

 

 オペレーターから次々と放たれる作戦内容に、麗華は少しだけ不満そうな表情でそう返した。

 それに対して、少しだけ気づかわしげな声が通信機の向こうから返ってくる。

 

『雷撃を使えて、電気系統をうまくいじくれる時点で、こう言った時に負担が大きくなるのは仕方のないことです。その分、今回の任務が終わったらたっぷりと手当てが出るので、それでおいしいものでも食べてください』

「ま、それならいいや。頑張って仕事するよ」

「お前、軽いなぁ」

 

 オペレーターの言葉を聞き、あっさりと不満を引っ込めた麗華を見て、恭二は苦笑を浮かべた。だが、それをすぐに引っ込めると、オペレーターに対して彼は問いを投げかけた。

 

「それは置いとくとして、施設の概要と目標の存在する地点については?」

『まず東棟は五階と屋上からなる建造物です。事前の調査と、エレインさんが持ち帰った情報から、目ぼしい情報をさらったところ、施設の地下にウイルス研究用の施設を秘密裏に増設したらしく、そこを目指すことが第一目標になります』

 

 恭二は目を細めて、それらの情報を吟味する。そして、何かを思いだしたかのように、オペレーターに問いを投げかけた。

 

「最後に、周囲の封鎖や俺たちが失敗した場合についてはどうなってる?」

『それについてですが、機動隊やSATからこちらの事情に詳しい人間を数名引き抜いて、各種ポイントについています。その中にクロユリの下部構成員を数名配置し、数百枚単位の結界用の札を発動させ、当該地域を物理的及び霊的に封鎖します。そして、失敗した場合は……』

 

 オペレーターは僅かに言いよどむ。しかし、彼女は情報の伝達係であり、二人をサポートする存在だ。故に、一切の感情を排してオペレーターは言葉を紡いだ。

 

『儀式呪法により、結界内部を焼き払うことになるかと』

「まあ、妥当だな」

「そうなっちゃうよねぇ」

 

 恭二と麗華は驚くこともなく、そう言い切った。この任務を聞かされた時点で、失敗した時の対応がどういうものになるか、おおよその見当は付いていたからだ。

 麗華を危険な目にあわせたくはないと、恭二は常々思っているが、当人が覚悟を決めて任務に挑んでいる時点でそれにどうこう言う事は無い。

 まして、適当な態度を取ることが多くても、人一倍正義感が強い気質の麗華にとって、ウイルス研究所は叩き潰すべき標的だ。どうこう言っても、任務に選ばれた時点で、それを為すのは彼女の中で決定事項になっているであろうことは、付き合いの長い恭二にとって容易に想像がつくことだった。

 

「ま、そう言う事ならとっとと片づけて、安心して帰れるようにしたいよな」

「賛成っと。そうしないと、施設内にいる一般の人たちまで巻き添えにしちゃうしね」

 

 麗華は目を細め、真剣な表情で言葉を紡いだ。それは、彼女にとって最も避けたい事態だ。それで、もしもいつかの自分のような思いをする人間がいるのなら。そう考えるだけで、麗華は顔を顰めてしまう。

 年不相応の覚悟や実力を持ち合わせていても、表情に大きく出てしまうのは、やはり若さゆえのものなのだろう。それを察して、恭二は彼女の背中を軽く叩き、柔らかい声色で声を掛けた。

 

「気張るなよ。さっきまでの威勢はどうした」

「気張ってなんかないよ。ちょっと思うとこがあるだけだから。そっちこそ、任務が始まる前は心配そうな顏してたじゃん」

 

 また心配をかけてしまったことを察してか、何処か拗ねたような表情で麗華はそう返す。言外に、「私の事、信用できないの?」と言わんばかりに。

 その様子を見て、先ほどのような少しばかり重苦しい雰囲気が霧散したことを確認し、恭二は小さく微笑みながら言葉を返した。

 

「まあ、俺は一応お前の保護者だからな。危ないことに関わることになりそうなら、顔の一つや二つ顰めもする。まあ、仕事には私情を持ち込んだりはしないさ。そんなことが出来るほど若くもないしな」

「ふーん、そう」

 

 麗華はその返答を聞いて、複雑そうでありながら、満足そうな色を混ぜ合わせた微笑みを浮かべ、座席の背もたれに体を預けた。そんな彼女と同じように、恭二もまた背もたれへと身体を預ける。

 二人とも、最早質問などは無い様子で、任地までの移送を待つばかりの体を取り始めた。

 

『まったく…… これだから、貴方たちは…… では、これよりあなた方の端末に任地のマップ情報を転送します。移送は間もなく開始されるので、任地につくまで念入りに確認しておいてください』

 

 通信機越しにオペレーターのどこか呆れたような声が響く。

 

 

 

 それから間もなくして、彼らを乗せたヘリは上空へと舞い上がった。

 

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