特定事象対策機関 クロユリ   作:田口圭吾

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悪意の病巣 第九話

 

 

 麗華は、素早く左手に握った特殊警棒を蛇の口にかませて押し返そうとするが、すさまじい力で逆に押し返される。

 

「――――っ!」

 

 彼女は息を飲んで、その力を横へと逸らした。

 狙いが逸らされた蛇は、それでも余裕そうな態度を崩さず、再び麗華の首を食いちぎらんと鎌首をもたげる。

 しかし、首を引き戻した時の力を利用して、麗華が素早くその頭を雷撃を叩き込みながら押しのけるが、蛇はそんなことは関係ないと言わんばかりに、麗華の右腕を締め付けた。

 バキリ、とすさまじい音が響く。それと同時に、麗華の右腕の肉が裂け、砕けた骨も露出し、鮮血があたりに舞い飛んだ。

 

「いっぁあ!」

 

 襲い掛かったあまりの激痛に、麗華は悲鳴を上げた。

 すさまじい力と雷撃への耐性。それだけで厄介この上ないというのに、右腕も使い物にならなくなった。その事実に、痛みに彩られた彼女の表情は青ざめる。

 蛇は彼女が痛みで気が逸れてしまった隙に、特殊警棒をすさまじい咬筋力で食いちぎった。

 そして、再びその喉笛を食いちぎらんと鎌首をもたげる。

 

「させるか!」

 

 しかし、恭二はそれをみすみす見逃したりはしない。既に彼は、自身に強化を施しながら全力で駆けだしていた。

 そして、襲ってきた人間の一人が持っていた日本刀を蹴り上げ、右手に取ると、彼は流れるような動作で蛇の頭部へと突きを放つ。

 その一撃を蛇はその驚異的な咬筋力で押し止めた。まるで、「無駄だ」と言わんばかりに蛇は口唇を歪める。

 だが、恭二はそれを意に介することなく、日本刀の柄尻を殴り飛ばした。

 その衝撃で、蛇はたまらず後方へと吹き飛んでいく。

 だがそれ見届けた恭二には、喜びの表情は無い。むしろ、ひどく忌々し気な表情で刀身が砕けてしまった日本刀を投げ捨てる。

 

「くそ、ダメージを逃がされた…… それより麗華! 右腕は大丈夫か?」

 

 だが、すぐに麗華の傍によって、その右腕に治癒を施しながらそう言った。

 激痛に顔を顰めながら、麗華は言葉を返す。

 

「腕、全然動かないや…… ちょっと、まずいかも」

「悪いが、今は止血と痛み止めぐらいしかできそうにない」

「みたいだね……」

 

 彼らの視線の先で、吹き飛ばされた蛇の身体が黒い靄のようなものが吹き出し、膨れ上がり始めていた。それが形作っていくものを見ながら、治癒に回せる時間がそれほどないと二人は悟ったのだ。

 回復用の札を用いるにしても、目の前のそれは許しはしないだろう。何より、片手を使えないため、札を取り出そうとすれば、武器を手放さなければならない。それでは、今目の前の相手に対処が遅れてしまうのだ。

 おぞましく体を変化させ続けているそれに、視線を向けたままで二人は言葉を交わす。

 

「変化…… というよりは、身体を作り替えてない? あれ」

「しかも、雷撃に対しての耐性が強い…… さっきの妖魔と同一存在と見ていいだろうな…… 動体反応が無かったのは、さしずめセンサーに引っかからないサイズの動物に変化していたってところか」

 

 体を作り替え続けている何かから視線を逸らすことなく、麗華と恭二は言葉を交わした。

 その間に、通信機から声が響く。

 

『妖魔の情報解析を進めています。その間に死なないでください!』

「了解」

 

 その言葉に返答を返しながら、恭二は締まっていたサブマシンガンを取り出し、実弾の込めてあるマガジンへと差し替える。

 そして、身体を作り替えていた妖魔は、「大正解」といって口元を歪めた。

 自身の推測に対して、肯定が帰ってくるが、それもブラフの可能性を考慮し、恭二は気を張り詰める。

 妖魔は、髪の毛は黒と黄色、白が混ざりパターンを作り出す派手な頭をした人間の男の姿で、二人の視線の先に立っている。異様な風体をしたそれは、悠然と顔を上げた。

 そして、彼は口元にいやらしい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

 

「いやいや。まさか、早々に種が見破られるとは思わなかったよ。さっきのも、そっちの女の子の首を食い破る気だったんだけどねぇ」

「うちのバカ娘をそうそう殺らせるわけにはいかないからな。精一杯邪魔させてもらったよ」

 

 恭二も口元に笑みを浮かべたまま、仕舞っていたサブマシンガンを取り出し、心臓に向けて構える。それと同時に、妖魔もまたその体に雷を纏わせた。

 表面上は穏やかな態度を取っているが、その実、互いに心穏やかではない。

 後見人を務めている娘を殺されかけた恭二は言わずもがな、先ほどの奇襲を防がれた事は妖魔にとっても喜ばしいことではない。

 目障りなクロユリの機関員。その片割れを葬るための奇襲だったが、それを脅威と認定していなかった人間に覆された。それほどの屈辱はそうそうないだろう。人であれ、妖魔であれ、自身のミスで引き起こされた事態には冷静でいられないものだ。

 

 それ故に、妖魔の心中は穏やかではない。

 

 ぞくり、と背筋が粟立つような殺気が妖魔から放たれる。

 瞬間、妖魔はすさまじい勢いで、恭二との距離を詰めると、その頭部へと左の拳を突き出した。

 

「じゃあ、お前から死ねよ」

 

 右頬の肉を切り裂かれながらも、恭二はぎりぎりのところで致命傷を回避する。怒りの矛先が自分であろうことを予測していた恭二が、何とか回避を間に合わせたのだ。

 

 続く二撃目が放たれる。

 

「身体強化!」

 

 それを、自身の肉体へ身体強化を重ねることで、何とか回避。

 防御の隙などありはしないし、本来なら反撃など不可能だったであろう状況。

 だが彼は、経験則から妖魔の動きを予測し、サブマシンガンの照準を頭部へと合わせた。

 

「さっきの言葉に関しては、丁重にお断りさせてもらう」

 

 その言葉と同時に、発砲。

 一分間あたり八百発のレートで放たれる弾丸が、次々と銃口からせり出し、その顔面をそぎ落としていく。

 だが、妖魔は構わずに追撃を放った。

 それは、広範囲を薙ぎ払うようにして放たれた回し蹴り。

 それにはたまらず麗華と恭二は後方へと飛んだ。そうして距離を取りながら、恭二は現状を確認していく。

 まず、麗華の腕だが、先ほどの攻撃のせいで治癒しきることが出来ていない。戦闘能力は恭二より高いが、現状を鑑みると、接近戦の能力は彼よりも落ち込んでいるのは確実だ。

 だから、恭二は麗華に視線を向ける事すらせずに言葉を紡ぐ。

 

「麗華、援護に徹してくれ」

「……本気で言ってる?」

「本気も本気だ。今のお前に接近戦を任せる方が恐ろしい」

「…………分かったよ」

 

 彼の言葉は合理性に基づいたものだが、麗華はどこか不服そうにそう返した。その裏側にある感情がどうであれ、今はそうするほかないと理解はしているのだろう。

 そして彼女は、妖魔から距離を取るようにして後方へと下がった。

 それを見て、二人の眼前にいる敵はクスクスと嗤う。

 

「いいのかなぁ? 相方を下げちゃって。お前よりは、あっちの方が強いんだろう?」

「慧眼、恐れ入るよ。その減らず口を閉ざしてくれれば、なおのこといいんだが」

「そんなつまらないこと言わないでくれよぉ」

 

 妖魔は、すさまじい速度で恭二に接近すると、拳と蹴りを多彩に織り交ぜ、容赦なく攻撃の雨を降らせる。

 対して恭二は、自身のライオットシールドに強化を施した。

 

「耐久強化」

 

 ライオットシールドと妖魔の拳、或いは蹴りがすさまじい轟音を立てながらぶつかり合う。

 その力を何とかいなしつつ、時に回避を交え、恭二はサブマシンガンの引金を引きながら振り下ろした。

 頭部から股下にかけて一直線に叩き込まれた弾丸は、人間ならば確実に死に至らしめただろうダメージを与える。しかし、相手は人間ではない。まして、顔面に何発もの弾丸を喰らってなお立っていたのだ。

 その程度で倒れるはずが無い。それを理解していた恭二は、弾切れを起こしたマガジンの交換に移る。

 

「させるか」

 

 マガジンの交換に置いて生じる隙を見逃すほど妖魔は優しくはない。そんな甘い判断を下した頭蓋を砕かんとして、容赦のない拳が頭部へと繰り出される。

 その一撃を何とか躱す恭二だったが、生じた隙は致命的なものとなった。

 次いで放たれた追撃は、タイミング、速度、恭二に生じた隙。そのすべてを完璧にかみ合わせて放たれ、寸分たがわず彼の頭蓋を砕く。

 

「私を忘れるなって話!」

 

 はずだった。

 麗華の言葉が聞こえたのと同時に、彼の右目を弾丸が抉る。

 

 あり得ない。それが妖魔の抱いた結論だ。

 

 発砲音と弾丸が着弾するまでの時間を考えて、明らかに恭二が回避動作に入るのと同時に弾丸が放たれていた。加えて、弾丸の軌道は先ほどまで彼の頭部があった場所。

 一歩間違えば、その弾丸は恭二の後頭部を抉り飛ばしていた。

 味方を殺す可能性が限りなく高い、そんな射撃をするなどと誰が考えるというのだろうか?

 右目を抉られた衝撃と驚愕による僅かな硬直で、妖魔の動きが鈍る。そのせいで、彼は恭二に放った追撃を飛んで躱されてしまった。

 その跳躍のタイミングに合わせるように、地面を雷撃が走る。

 この妖魔にとって、雷撃は大したダメージにならない。だが、動きを僅かに阻害する程度の効力は発揮する。それによって、飛んで距離を取った敵へ追撃を完全に果たせなくなった。

 

「クソ、痛いじゃないかぁ!」

 

 苛立ちに任せた咆哮。

 

 一方、距離を取ることに成功した恭二は、しっかりとサブマシンガンに新たなマガジンを装填していた。そして、彼はニヤリと笑う。

 

「さっき、させるかとか聞こえた気がしたが、気のせいだったか?」

 

 その顔は実に憎たらしく歪んでおり、それを見た妖魔の脳天へと一気に血が上った。

 ビキリ、という音を立てて、彼の尾てい骨のあたりから蛇が生えていく。先ほどと同じように体を作り替えたのだ。

 

「その軽口、いつまで続くかなぁ!」

 

 恭二の露骨な挑発を受け、完全に堪忍袋の緒が切れてしまったのだろう。妖魔は、肉体を異形のものへと変質させることでさらなる手数を増やした。

 攻撃の手数を増やしてきたことは、麗華と恭二にとってマイナスだが、妖魔が冷静さを失っているのはプラスに働く。それらを総合してみてみれば、差し引きゼロよりもプラスに傾くだろう。

 恭二はそう判断して、サブマシンガンによる射撃を再開した。

 妖魔は放たれる弾丸を躱し、或いはその肉体を用いて叩き落しながら、すさまじい速度で距離を詰める。

 それは床から跳び、壁を、天井を蹴って、縦横無尽に駆け巡り行われたもの。その最中、撃ちぬかれた右目の修復を施しつつも、妖魔はすさまじい速度の蹴りを恭二の首元へと叩き込む。

 それを耐性を低くすることによって躱す恭二。

 同時に、彼の背後、つまるところ妖魔にとっての死角から弾丸が放たれる。

 

「ぐっ!」

 

 放たれた弾丸は、妖魔の腹部、胸部、頭部を的確に捉え、抉り飛ばした。

 しかし、そのダメージにひるむことなく、蹴りを放った際の遠心力を利用することで、尾のように形成された蛇が鞭のようにしなり、恭二へと放たれる。

 

「とっとと死ね!」

 

 その一撃に、彼はライオットシールドを滑り込ませたが、トラックが衝突したのかと思ってしまうほどの轟音が鳴り響いた。

 当然、そのような衝撃を真っ向から受け止める形となった恭二も無事では済ない。

 それこそ、交通事故にでもあったかのように、地面を跳ねながらすさまじい速度で吹き飛んでいく。

 

「―――――っ!」

 

 衝撃で声を上げる事すら出来ず、彼の身体は宙を舞う。

 だが、麗華は吹き飛んでくる恭二の肉体を、自身の拳銃の銃口を隠すためのブラインドとして利用し、残りの弾丸を撃ち尽くした。

 その弾丸の内、妖魔は数発を躱すことに成功。残りを体に喰らいつつも、着地と同時に再び地を蹴った。

 射線を隠していた恭二の身体が、先ほどよりも離れたために、弾丸を視認できる距離が伸びた。

 だから、妖魔は弾丸をある程度避ける分だけの余裕を得ることが出来たのだ。

 麗華は、その結果に顔を顰めながらも、身体に紫電を纏わせる。

 そして、吹き飛んできた己の相棒を、半身を逸らすことで躱し、銃を投げ捨てた。

 

 札を引き抜く暇がない。

 銃に弾を装填する時間もない。

 故に残った一本の腕を正面に構える。

 圧倒的に不利な状況。だが、その目に恐怖は無い。

 むしろ、口元に笑みすら浮かんでいる。

 

「来なよ」

 

 そんな言葉を紡いだ不敵な少女に向けて、妖魔は右腕を叩き付けるように、容赦なく振りぬいた。

 

 

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