こころは恋を知りました   作:カイセイ

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二 こころはバンドに決めました

 次の日、うっすらと星が見え始めた頃。

 『やることができたわ』という連絡が来て、珍しく一人で先に弦巻家に帰っていた僕に、後から帰ってきたこころは玄関先で宣った。

 

「わたし、バンドを組むことにしたわ!」

 

 普通ならば頭に疑問符が浮かぶ状況だろう。

 けれど長年こころと一緒に育ってきた僕は違う。そう簡単にこころの発言に「は?」なんて言ったりしない。

 こころと同じことを思いつくレベルまでは至らなくても、どういう経緯でその発言や言動に至ったかを理解できるのだ……五割くらい。

 

 今回の発言は、昨日のこころの「世界を笑顔にするわ」という宣言と関係があるに違いない。

 僕と二人で話し合った時には弦巻家の力をもってしても流石に実現不可能だろうものだったから僕がやんわりと断って、結局その日のうちにいいアイデアは出てこなかったんだけど。

 

「バンドで世界を笑顔に……ってことだよね? おもしろそうだね」

 

「虎太郎もそう思うわよね! 今日はさっそく花音と二人でライブをして、とっても楽しかったもの!」

 

「…………は?」

 

「見に来てくれた人たちもみんな笑顔になってくれたし、最高だったわ!」

 

「…………」

 

 僕は言葉を失った。あと「は?」って言っちゃった気がする。

 いや、気にしないことにしよう。今のはノーカン。

 それよりも、だ。

 

「聞きたいことがありすぎるんだけど……まず花音さんって誰さ」

 

「花音は花音よ? ドラムができるわ」

 

「……なるほど」

 

 今日のこころは興奮しているせいかいつもよりはちゃめちゃだ。

 巻き込まれた花音さんって人が心配になる。

 こころって割と強引なところがあるからな。最終的には何故かうまくいくことが多いし、その人も悪いようにはならないと思うけれど、僕みたいに巻き込まれ慣れてないだろうから少しだけ心配だ。

 

「じゃあ次は……二人でライブをしたって言っていたけど、どういうこと? バンドってドラム以外にももっと人がいるとはずでしょ? ギターとかベースとか……こころはボーカルだろうし……」

 

「虎太郎はバンドのことよく知ってるのね! 確かに、バンドにはギターとか、ベースとかを弾く人が必要みたいよ! 二人で演奏してあれだけ楽しかったんだから、人数が揃ったらもっともっと楽しくなるに違いないわ!」

 

「……なるほど」

 

 あんまり会話がかみ合っていない気がする。まあとりあえず、今日は二人でライブをしたらしい。

 こころのことだしきっと路上ライブだろうから悪目立ちしていなかったか心配だ。こころは可愛すぎて、何をするにしても目立ってしまうのだ。僕としては心配である。

 

「虎太郎は何か楽器はできるの? やったことがなくても、新しいことに挑戦するのはきっと楽しいわ!」

 

「楽器も楽しそうだけど、僕は裏方の仕事がしたいかな」

 

 目立つのはあまり好きじゃないし、僕のやりたいことはこころを支えてあげることだから。

 

「それなら虎太郎にはうらかたのお仕事をお願いするわね! ……ところで、うらかたのお仕事って何かしら?」

 

 こてん、とこころは首をかしげる。あざといと思ってしまいそうになるけれど、彼女は素でこれをやるから末恐ろしい。将来が心配になる。

 ほんの少しおバカなところもこころの魅力の一つだ。

 

「うーん、一言で説明するのは難しいな……簡単に言うと、バンドが上手く機能するように影でサポートする、みたいな感じかな?」

 

「バンドを助けてくれるのね!」

 

「うん。僕はそういうのが好きで、楽しいんだ」

 

 楽しいという言葉にこころが笑顔で反応して見せる。

 やはり彼女には説明じみた言葉よりも心の内をさらけ出した言葉のほうが性に合っているらしい。

 

「そう。虎太郎が楽しいなら、それが一番ね!」

 

 金の瞳を煌めかせたこころがどうしようもないくらい可愛くって、僕は思わず彼女の金髪を撫でた。

 ふわり、と柔らかな感触。手入れが行き届いていることがよくわかる。

 

「……ぁ……ぅ……こ、こたろー?」

 

「あ」

 

 ゆでだこみたいに真っ赤になってうつむいてしまったこころを見て、僕ははっと正気に戻る。

 嫌だっただろうか。怒らせてしまっただろうか。こころに限ってないとは思うけれど、これが原因で距離を取られでもしたら、僕はもう生きていけない。

 

「ご、ごめん! こころ!」

 

「い、いいいいいのよ! 気にしないで!」

 

 悪い予感は当たってしまった。

 シュバ、なんて擬音がぴったりなほどの速さでこころは僕の手が届かないくらいの位置に移動した。

 気にしないでと言ってくれたものの、依然顔は紅潮したままで、ぐるぐると目を回している。いつものこころじゃないことは明らかだ。

 

「あ、そ、そろそろ寝る時間かしら? 明日はバンドのメンバー探しもあるし、早めに寝たほうがいいわよね!」

 

「……晩御飯は?」

 

 帰ってくるのが遅かったとはいえ今はまだ六時。いくらなんでも寝るのは早すぎる。

 

「そ、そうね。忘れてしまっていたわ。それに、お風呂にも入っていないわ。虎太郎も一緒に入りましょう」

 

「へ?」

 

「あ」

 

 徐々に薄れつつあった顔の赤さが、再び全盛期に戻る。

 今のは自爆だ。

 でも、僕のせいでこころが挙動不審になってしまっていることは間違いがない。

 

「あ……お、お風呂に入ってくるわ!」

 

 そう言い残して、こころは部屋を出て行った。

 今日はもう、こころに会うのは自重しよう。

 幸い、家が広すぎて会わないでおこうとすれば出くわすことはなかなかない。

 

「なんであんなことしちゃったかなぁ」

 

 他に好きな人がいるのに、僕に頭を撫でられてうれしいはずがない。

 後悔先に立たずだ。今更何を言っても遅い。

 

 反省した僕はそれからこころと顔を合わせることもなく、悶々として過ごした。

 明日になって、忘れてくれているといいな。

 

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