こころは恋を知りました   作:カイセイ

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四 こころはかまって欲しいようです

 あたし、弦巻こころは常に楽しいことを探している。

 どこにいたって、誰といたって、それは変わらない。

 でも、毎回すぐに見つけられるわけじゃない。いつも楽しいことを探しているから、逆に見失ってしまうときもある。

 

「うーん。困ったわね……」

 

 今はまさにそんな状況。

 昼休みには校舎を駆け回って屋上に上ってみたり、校門の上に立ってみたりしたけれど、得られたのは先生の怒鳴り声だけ。

 花音にも会えなかったし、今日はあたしにしては珍しくあまり調子が出ない日らしい。

 

 悩んでいるうちに、終業を知らせるチャイムが鳴った。

 先生も生徒たちもいつの間にか退室していて、残ったのはあたし一人。

 こんな日の打開策は一つしかない。

 あたしはバッと教室を飛び出して、走った。

 向かう場所は決まっている。

 そういえば最近は一緒に帰っていないな、なんて考えると、なおさらうずうずしてくるあたしがいた。

 やっぱり、虎太郎はすごい。一緒にいるときだけじゃなくて、いないときでも、虎太郎のことを考えてるだけであたしを楽しい気持ちにしてくれる。

 

 走って走って、あたしはすぐに虎太郎の通う中学の校門にたどり着いた。

 以前中まで迎えに行ったこともあったけれど、虎太郎に恥ずかしいからやめてって頼まれて、それからはしていない。

 あれは何がだめだったのかしら?

 

「うーん……あっ!」

 

 少しだけ悩んで、やめた。

 校舎から出てくる虎太郎の姿を見て、そんなことどうでもよくなった。

 家に帰って、いや、帰り道でだって、どんな楽しいことをするか考えるほうが重要だ。

 

「こたろ…………う?」

 

 時が止まった。あたしは動けなくなった。

 あたしの知らない女の子が虎太郎の隣に立って、笑顔を向けていた。同じ制服を着ているから、きっと虎太郎の同級生だ。

 自分でも気づかないうちに、あたしは頬をぷくっと膨らませていた。

 虎太郎に友達ができるのはいいことで、嬉しいことで、あたしも歓迎しなきゃいけないことなのに。

 

 理解できないモヤモヤした感情を抱えたまま、あたしは会いに来たはずの虎太郎に背を向けて駆け出した。

 こんなあたしらしくない気持ちになるのは実は初めてじゃない。

 虎太郎が黒服さんになろうと一生懸命努力し始めた時期から、たまにこういう気持になるときがある。必死に頑張る虎太郎の後ろ姿を一番近くで見てきたくせに、最低だ。

 

 なんでかしら……。

 考えても考えてもわからない。でも、つらい。

 

 全力で駆けたあたしはいつの間にか家についていて、晴れない気持ちを抱えたまま一人きりで部屋にこもった。

 

***

 

 なんでだ、と僕は自身に問いかける。

 学校が終わって、校門でこころを待っていたら代わりに黒服さんが来て、「こころ様は先に帰られたからお前もさっさと帰って会いに行け」ってキレ気味に言われた。正直全く意味が分からない。

 おいて行かれたのは僕で、僕が文句を言うならまだわかるけれど、逆に僕が怒られる理由はないはずだ。

 

「おーい、こころー」

 

 とはいえ黒服さんにたてつくわけにはいかないので、おとなしく家に帰った僕はコンコンとこころの部屋のドアをノックする。

 そういえば昔ノックなしで部屋に入って着替えを見ちゃったことがあった。あのときは一日口を聞いてくれなかったな、なんて思い出しながらしばらく待ってみたけれど……返事がない。

 いったん出直すかと思って振り返ると、黒服さんが立っていた。

 え? さっきまでいなかったよね? とか聞こうものなら刺されるくらいの殺気を纏って。

 もちろん僕は見なかったことにしてもう一度ドアの方を向く。今日の黒服さんはすごく強引だ。

 

「こころさんやー」

 

 出てきてくれないと僕が刺されちゃうんですけどー!

 静かに呼びかける最中に、心の中のもう一人の僕が大声で叫ぶ。リアルに叫んじゃうと背中が危ないから注意だ。

 

 数秒待っていると、がちゃりと音がして、返事のないままドアが開いた。

 中にはもちろんこころ一人で、ドアを開けてくれたこころは当然僕のすぐそばに立っているってことになる。

 だから、こころの異変にはすぐに気づけた。

 いつものこころはこんな風に顔も見えないくらい俯いて、暗くなるような子じゃない。

 ちらっと後ろを確認して、空気の読める黒服さんはいつの間にかいなくなっていたから、僕は部屋の中に入った。

 

「どうしたの?」

 

 部屋の真ん中にこころを座らせて、僕も向かいに座る。

 こんな状態のこころを見るのは初めての経験じゃない。

 家の外で落ち込んだりはしないから僕や黒服さん以外は知らないはずだけれど、こころにだってこんな日はある。

 

「何かつらいことでもあった?」

 

 問いかけても、答えは返ってこない。

 いつだってそう。他の人が悲しい顔をしたときはすぐに笑顔に変えようとするくせに、自分のこととなると抱え込む。

 ほんと、自分勝手。

 

「おーい」

 

 つんつんとぷにぷにのほっぺをつついてみたり、さらさらの髪を撫でてみたりしても無反応。いつもなら、真っ赤になって怒るくせに。

 だからこそ、笑顔にしてやりたくなる。僕は少し負けず嫌いだから、弱ってるこころにだって負けてあげるつもりはない。

 

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。こころがつらい思いをしなくなるまで付きまとうから。なんたってこころは僕の一番大事な女の子だからね」

 

 言い切ったら、こころにすごい勢いで背中を押されて部屋を追い出された。いきなり前言撤回である。

 

***

 

 夕飯時になって、ケロッとした顔でこころは僕の前に現れた。

 あまりにいつも通り過ぎる笑顔だから、さっきの下を向いてたあの人はこころとは別人だったんじゃないかって疑惑が僕の中で生まれた。

 こっちは心配で心配で、ずっとうろうろしてるっていうのに……。

 

「こころ、さっきの――」

 

「虎太郎、あたし今からやりたいことがあるの!」

 

 露骨。あまりに露骨な話のそらし方。

 こいつめと思わなくもないけれど、久しぶりに見るこころの笑顔一つで許せてしまう僕はきっとちょろいんだろうな。

 

「……なにするの?」

 

「あたし、バンドでぼーかる? をするから歌を練習したいの! 虎太郎と一緒に歌ったら、楽しく練習できると思うわ!」

 

「……なるほど」

 

 うん。いつも通りだ。

 

「ところで、バンドのメンバー集めの方はどうなってるの?」

 

「明日は演劇部に行くわ!」

 

「……なるほど」

 

 ……なるほど?


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