こころは恋を知りました   作:カイセイ

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五 こころは手錠を使うようです

 金曜日の放課後というものは、いつもより少し心が軽くなる。

 土日は学校が休みというのもあるし、僕にとってはこころと一緒にいられる時間が増える二日間でもある。

 こころは昨日言っていた通り演劇部に向かったらしく、僕も僕で用があるので今日こころに会うのはもう少し我慢ということになりそうだ。

 それにしても、何故演劇部なんだろう……。

 昨日はあれから二人で楽しく歌って、結局そのことについては触れられなかったから、僕の知る情報は他にない。

 演劇部の人をスカウトでもするのだろうか? ううむ、やはりこころの思考を完璧に理解するのは難易度が高いな。

 

 悩みながらも、僕はスタスタと歩を進める。

 目的地は初めて行く場所だ。でも、それなりに名が知れていて、入ったことはなくとも通りがかったことがあるので迷いはしない。

 迷う、といえば花音さんは方向音痴って言ってたけれど、どの程度なんだろうか。さすがに行ったことがある場所くらいは迷わず行けるのかな?

 

 新しく加わったメンバーについて思案していた僕は、『CiRCLE』と書かれた看板がかかった建物の前で立ち止まる。

 ここはこの辺りで活動するバンドが練習したりライブを行ったりする、いわゆるライブハウスというやつだ。

 こころたちがバンドを結成して、ちゃんと演奏できるようになれば利用することになる場所で、今日はその視察。

 メンバー集めの方はどうしてもこころに任せっきりになっちゃうし、手伝うと言った手前僕だけ何もしないわけにはいかないから。

 気が早すぎるかもしれないしバンドが上手くいかない可能性だってあるけれど、こころなら大丈夫だと思う。善は急げ、だ。

 

 それにしても、ライブハウスなんて初めて来るな。

 挨拶して、ちらっと中を見て回って帰ろうと思っていたけれど、ちょっと緊張する。

 

「入らないの?」

 

 戸惑っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、立っていたのは二人の女の子。

 僕が少し強い口調で言われてとまどっていると、さっきの声の主とは違う方から声を掛けられる。

 

「すいませーん、うちの蘭がツンツンしちゃってー」

 

 ゆったりと話したのは白髪の女の子。

 もう一人の、赤メッシュを入れた女の子は蘭という名前らしい。

 

「ツンツンしてない」

 

「してたじゃーん」

 

「してない」

 

「してたくせにー」

 

 もはや僕を置いてけぼりにして会話を続けるこの二人もバンドを組んでいるんだろうか。

 気になるけれど、二人だけの世界が形成されているせいで入り込めない。

 仲いいな。

 

「蘭はデレたらかわいいからゆるしてあげてねー」

 

「デレないし可愛くもないから」

 

 邪魔をしないように息を殺して二人の仲睦まじい姿を眺めていた僕にようやく視線が戻る。

 友人にいじられ続けた蘭さんは顔を赤くしていて、僕は噴き出すのを必死でこらえた。

 きっと面白い子なんだろう。

 

「二人はバンドをしているんですか?」

 

 白髪の子のおかげで少しだけ打ち解けた感のある蘭さんに聞いてみた。

 

「そうだけど、アンタも?」

 

 やっぱり、まだ言葉に棘がある気がする……。

 嫌われてるのかな?

 

「蘭のこれはいつも通りだからー」

 

「……何の話?」

 

 僕の気持ちを察してか、白髪の女の子が補足してくれて、僕は内心で「なるほど」と呟く。

 当の蘭さんは訝しげに首をかしげていたけれど、おかげで僕はまた会話を続ける。

 

「僕はバンドのサポートをする予定です。まだ結成もしてないですけど、今のうちに色々知っておこうかと」

 

「そうなんだ。それならあの人が詳しく教えてくれるよ」

 

 そう言って蘭さんは受付のお姉さんを指さす。

 愛想は悪くても良い人なんだってわかって僕は笑った。白髪の女の子が何故かどや顔をしているのが見えてまた笑った。二人は本当に仲がいい。

 

 それからすぐに二人とは別れて、受付のお姉さんと話をした。

 やっぱり、すべてのバンドが上手くいくとは限らないみたいだ……それでも、こころだったらって信じたい。

 そういえば、さっき話した白髪の女の子の名前、聞いてなかったな。それに、あの二人の所属するバンド名も。

 でも、なんとなくいつかまた会えそうな気がした。

 

「お」

 

 スマホが震える。こころからの連絡だ。また一人メンバーが増えたらしい。

 僕は急いで家に帰ることにした。

 

***

 

「……それで、なんでこころは手錠なんか持ってるのさ」

 

 家に帰ると、玄関で迎えてくれたこころは何故か手錠を持っていた。

 左手に掲げてドヤ顔をする姿はとても可愛いけれど、同時に何故か悪寒がする。

 

「薫にもらったわ! 演劇で使った小道具らしいわ!」

 

「……なるほど」

 

 薫さんって誰、なんて野暮なことは聞かない。「薫は薫よ!」って言われることは目に見えている。僕は同じ轍を二度は踏まないのだ。

 演劇部に行くって言ってたし、きっと新しく加わったバンドのメンバーが薫さんなんだろう。そして、その薫さんに手錠をもらったと。

 

「そんなのもらってなにに使うのさ」

 

「そ、それは……」

 

 純粋に気になって聞いたつもりだったが、こころは言葉に詰まる。

 心なしか顔も赤くなっている気がするし、後ろめたい理由でもあるのかもしれない。

 

「この前虎太郎が他の女の子と仲良く喋ってたって話をしたら、そういうときはこれを使えって言って薫がくれたわ」

 

 少し間を開けて、ようやくこころが話を続けたかと思えば、今度は声が小さすぎて聞き取れない。

 いつもは大きすぎるくらいなのに……珍しい。

 

「聞こえなかったんだけど……もう一回言ってくれない?」

 

「薫がくれたわ!」

 

「いやそのま――」

 

「――薫がくれたわ!」

 

「……なるほど」

 

 もう一度は言ってくれないみたいだ。

 諦めて家の中に入っていくと、こころも後ろからついてきた。

 じゃらじゃらと鎖が物騒な音を立てているけれど、気にせず僕はテレビをつけた。

 映ったのは歌番組で、出演していたのはカラフルな髪と衣装が印象的なアイドル。

 アイドルバンドなんて今時珍しい。

 

「……可愛いな」

 

 この青い髪の子、こころみたいに見ているこっちまで元気にしてくれる笑顔だな、なんて思って呟くと、かちゃりと音がして両手の自由を奪われた。

 振り向くと、気配を殺して後ろに立っていたこころの瞳はハイライトを失っていた。

 

 ――ついていたはずのテレビは、いつの間にか消えていた。

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