トリッパーな父ちゃんは   作:ラムーラ

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父ちゃんのお仕事1(息子とピカチュウ3)

 

 ――マサラタウン――自宅――リビング――

 

 我が家の朝は他の家に比べるとかなりゆったりしている方だろう。

 私は5時半前には起きて朝食とお弁当の準備をする。ほとんどが前日の残り物や下ごしらえを終わらせておいたものなので時間もかからない。

 昔はこんな早い時間に起きられたことなど無かったし目玉焼き一つ焼くのにも手間取ったけれど……今ではたまご焼きの整形も慣れたものだ。

 6時には息子も起きだすのだがそれまでにコーヒーを入れて、玄関前の郵便受けから取ってきた新聞を読む余裕まである。

 我が家は二社の新聞を取っている。全国紙のポケモン新聞と地域密着型のカントー日報だ。

 お、うちの会社の記事も載ってる。あぁ、ヤマブキ、コガネ間のリニア駅建設計画に出資したこととデボンコーポレーションとの技術提携についてか。

 シルフスコープの技術と特殊な鉱石をモンスターボールの素材に加工する技術の交換ねぇ。デボンスコープでも作るのかな……。

 

「父ちゃん、おはよー」

 

 記事を読み進めているとパジャマ姿の息子が目元を擦りながら二階から降りてきた。

 

「はい、おはようさん。先に顔を洗っておいで」

 

「はーい」とまだ半分寝ぼけた声で洗面所へと歩いていく息子。すぐにバシャバシャと水の流れる音が聞こえてきた。

 

 その間に炊き上がったご飯をよそっておく。炊飯器の中から炊き立てのかぐわしい香りが食欲をそそる。

 タイマーは実に便利だ。こいつのおかげで朝を穏やかな気持ちで迎えられる。素晴らしい。

 

 きゅっ、と蛇口を捻る音とともに水の音も止み、バタバタと息子が戻ってくる。そのままいつも座っている椅子に座りテレビを着けた。

 

 ――それでは次のニュースです。

 

 平日の朝の子供向け番組が始まるにはまだ少し時間が早く、どのチャンネルでもほとんどニュースを流している。

 それを息子もわかっているだろうに諦めきれないのか一通りチャンネルを回す。

 

 ――トキワの森に生息するピカチュウの固体数が去年に比べて激減していることがポケモン省の調べでわかりました。トキワの森はカントー地方において唯一野生のピカチュウが出現する森であることで有名でしたが――

 

「うー……」

 

 諦めたのか、いつも見ているニュース番組に落ち着いた。

 

「やけに粘ったな。何か見たいものでもあったのか?」

 

「昨日、学校の友達にね、毎朝7時からやってる『おはポケ』っていう番組に今日、ワタルが出るって教えてもらったんだ。いつもはその時間特訓や勉強してるから僕知らなかったし……ちょっと早くやってたりしないかなーって」

 

「あー……」

 

 息子はついこの間まで、朝は早く起きてコイキングの特訓に出かけるのが習慣だった。コイキングがギャラドスになってからは出かけなくなったが、代わりにギャラドスのコンディションチェックやポケモンの勉強をしている。

 夜も基本的に特訓していたので、他の家の子に比べるとそういった話題に疎いに違いない。

 ……いまさらだけど、最近友達が増えたと言っていたしこの年代の子が友達の話に乗れないのは酷だったかもしれないな。いくら本人が望んだこととはいえ。

 

「じゃあ、今日は朝の勉強は――」

「っ! いい、いい、いいよ! そこまでして見たいわけじゃないから」

「そ、そうか?」

 

 さっきは明らかに残念そうな顔してたろうに。

 

「そうなの!」

 

 まぁ、自分で決めたのなら無理にすすめるつもりもない。

 

「なら、ご飯を食べたらいつもどおり学校へ行く準備をしておきなさい。今日はちょっと実践的なことをするから出かけるぞー」

「うん、わかった」

「ほら、お味噌汁だ。熱いから気をつけろよ」

 

 返事をする息子に味噌汁の入ったお椀を渡す。

 

「それじゃいただきます」

「いただきます!」

 

 ――これについて携帯獣学の権威、オーキド・ユキナリ教授はここ数年の間は急激にポケモンの生態系が変化するような出来事は起こっていない。おそらく人為的なものであるだろうとの見解を――

 

「あ、そういえば父ちゃん」

 

 ご飯を口に含んだままだったせいで、息子の口元からぼろっと零れた米の塊がテーブルに着地、そして飛散。あぁ、もう。

 

「こら、食べながら喋るんじゃない。零してるし、口元にもご飯粒ついてるぞ」

「う、ごめんなさい」

「で、なんだ?」

「今日、トレマガの発売日でしょ?」

「そういやぁそうだったな」

 

 トレマガとはポケモントレーナー向けの情報誌、トレーナーズマガジンの略称だ。全国のフレンドリィショップならどこでも売っているほどメジャーな雑誌だ。ポケモントレーナーならば必読とまで言われるほどである。

 ただ、マサラにはフレンドリィショップがないので購入するならトキワシティまで行く必要がある。

 

「トキワシティまで買いに行きたいんだけど、今日、ちょっと約束があって遅くなりそうなんだ。少しだけ門限を過ぎてもいい?」

「約束? 誰と何の」

「う、うん、ちょっとね」

 

 息子はあまり言いたくないのか口ごもった。どことなく恥ずかしそうに。

 

「明日じゃダメなのか?」

「多分。トレマガは明日には売れ切れてると思うし」

 

 約束のほうについてはよくわからないが、これも今日じゃなきゃダメらしいな。

 気になるが……反応を見るかぎりじゃ、悪いことってわけでもなさそうだ。

 うーん、無理に聞き出す必要もない、か?

 

 しかし、門限を過ぎるのはなぁ……。

 もうじき一人旅を始めるとはいえ、まだ息子は9才だ。あまり遅い時間に外を出歩かせたくはない。旅立ってからも夜間の出歩きはしないように言い含めている。

 それに最近、トキワのあたりでは不審者が出るらしいし。

 

 ……よし。

 

「なら、父ちゃんが帰りに買ってきてやろう」

「え、いいの?」

「あぁ。ここのところポケモンだけじゃなくて学校の勉強も頑張ってたしな」

「ありがとう、父ちゃん」

「おうよ。おっと、早く食べちゃわないと時間がなくなるぞ」

「うわわっ」

 

 慌てて箸と口を動かしだす。

 この子も隠し事をする年になったのかと思うと感慨深い。

 

「? 何、父ちゃん?」

「いや、なんでもないさ。おかわりは?」

「いる!」

 

 

 

 

 

 ――それでは次のニュースです。クチバシティの防波堤に欠損が見つかったことにより、延期されていた世界一周中の豪華客船サント・アンヌ号の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――4階――総務部

 

 

 

「開発部から新しい実験に使うマシンの発注要望が来てます」

 

 …………………………

 

「第7実験場の雨漏り修理について相見積もりは取ったかい?」

 

 ……………………

 

「この文章じゃダメだな。上から命令してるように感じるよ。すすんで協力したくなるような感じを目指そう。うん、社員じゃなくてお客様に向けて書くつもりで書き直してみ」

 

 ………………

 

「あぁ、子ども見学デーの参加希望者ならリストにまとめてあるから」

 

 …………

 

「あっと、その件ならもう手配しましたよ」

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「……おや、もう昼か」

 

 仕事がひと段落ついたと思ったら、いつの間にかランチタイムになっていた。忙しいと時間が過ぎるのが早く感じるよ、まったく。

 

「あら、ハマサキさんは今日もお弁当ですか?」

 

 鞄から弁当を取り出していると同僚の女性社員に声をかけられた。

 ちょうど手に持った弁当の包みを掲げてみせる。

 

「このとおりさ。外食するより安上がりだしね」

 

 誰かと約束していたり、どうしても用意が出来なかったときは食べに出ることもあるけれど基本的に私は弁当派だ。

 昔は違ったけれど、息子と暮らすようになってから料理の特訓も兼ねて作るようになった。

 長く続けたおかげか、今ではそれなりのものが作れている。

 とはいえ所詮は野郎と舌の肥えていないお子様、とりあえず肉があれば喜ぶ二人だったので料理の腕もレパートリーもそれなりどまり。

 ハナコさんのような他人に自慢できるレベルの弁当は作れやしない。

 まぁ、ハナコさんは食堂を経営する正真正銘のプロだから敵わなくて当然だと思うけど。

 

「凄いですね。私も時々作りますけど、毎日はとても」

「あはは。そんなものですよ。私も一人だったら絶対作ってません。息子の食事を用意するついでみたいなもんですから」

「良いお父さんですね」

「いえいえ、お恥ずかしい。息子にはしょっちゅう文句を言われてますし、雑って」

「あらあら」

 

 そう、たいしたものじゃないのに褒められては照れる。もちろんお世辞だとわかっていてもだ。

 

「それにお弁当なら外に買いに行かなくて済む分、趣味の時間が確保できますし」

 

 そういってデスクの引き出しからルアーの詰まったケースを取り出してみせると、少し呆れ気味の苦笑を浮かべられた。むぅ。

 

 ――PIPIPI!-―

 

 お、ポケギアにメール? 誰から……社長か。ってことは呼び出されるな。

 

「おーい、ハマサキ君」

 

 ほら来た。

 

「はい、なんでしょうか部長」

「休憩中に悪いが急いで社長室に行ってくれないか」

「えっと、用件はなんでしょうか?」

「どうせ、いつもの呼び出しだろう」

 

 そう言いながら課長はデスクの上のルアーケースを指差した。

 

「まぁ、急ぎと言っていたからすぐ行ってくれたまえ。悪いな」

「いえ、そんな課長が謝ることでは……では、ちょっと失礼いたします。もし、休憩中に戻らなければ」

「あぁ、大丈夫だ。いつものようにこっちで引き継いでおくから」

「すみません。それじゃあ行ってきます」

 

 話の途中だったので同僚にも一応断っておく。

 

「そういうわけですんで」

「いえいえ、お構いなくー」

 

 まったく、社長には節度を守って欲しいもんだ、と万年人手不足にあえぐ総務部の部長の心からのぼやきを背に聞きながら私はエレベーターへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――11階――社長室

 

 

「おお、来てくれたかタダノ君。休憩中にすまないね」

 

 社長室のドアを開けてみれば幾分疲れた表情で社長が出迎えてくれた。

 

「緊急の用件みたいですが、一体何が起きたんです?」

 

 ハマサキではなくタダノと呼ばれたので趣味の話でないことは明らかだ。もっとも、そんなことは直前にもらったメールでわかっていたことなのだが。

 

「いや、何。急ぎといえば急ぎなんだが、緊急というほどのことではないよ。ただ、私のほうで時間が取れなくてね。こんな急な呼び出しになってしまったのだ」

「はぁ」

「午前中だけで会議に3つ、このあともしばらくしたら出かけないといけない。まったく、年寄りをこき使うなんてシルフは怖い会社だよ」

 

 思わず、あんたの会社だろ、と内心で突っ込む。口には出さない。シルフは怖いのだ。

 

「ははは……」

 

 ひとまず苦笑いで誤魔化しておく。

 

「まぁ、あんまり冗談を言っている場合でもないんでな。とっとと本題に入ろう」

 

 笑いどころのつもりだったのか。

 

「実は3日ほど前にポケモン省と警察からある調査を頼まれていた」

「警察と……ポケモン省から、ですか?」

 

 ポケモン省はこの国の行政機関のひとつだ。ポケモンジムの認可および取締りや、地方等に存在する国営化したジムの運営、ポケリンピックの招致、トレーナーカードの発行、新人トレーナーへ奨学ポケモンの支給(いわゆる御三家)などポケモンに関係するあらゆることを担当している。

 ポケモンセンターやトレーナー協会も管轄はここだ。

 

「いくらシルフカンパニーがポケモン関連商品の世界シェアトップといえど、国が民間企業に何のようです? まさか選挙関係ですか?」

「いや、そういったものではない。省のお役人が言うには先日、トキワの森のポケモンの生態系について調査を行った際にピカチュウが異常なほど少なくなっていたらしい」

「そういえば、今朝、そんなニュースが流れていたような……もしかすると人為的なものかもしれないとかなんとか。ですが、それと我々に何の関係が?」

 

 もしポケモンの乱獲や密漁で法に触れる行いをしているものがいたとしても、それを取り締まるのは警察の仕事である。

 私がタダノとして働くときは私以外に対処が出来ず、かつシルフカンパニーに対して、何らかの損失が出た、もしくは出る可能性のある場合だけ。正義の味方ではないのだ。

 

「8日前の深夜、トキワの森でロケット団らしき集団が目撃された。警察が向かったときには既に逃げ去られたあとだったが、現場に妙なものが残されていたそうなのだ」

「妙なもの?」

「うむ。我が社が頼まれたのはその遺留品の調査、解析だ。警察やポケモン省でもお手上げだったらしい。ロケット団がらみなのでおよそポケモン関連だろうと」

 

 ロケット団は逃げるのが本当に速く、そして上手い。退くと決めたらあっという間だ。そして痕跡もほとんど残さない。

 後手に回ってしまう形なので、唯一の手がかりに警察は外部や民間に協力を頼んででも時間が惜しいのだろうな。

 遺留品を残したという奴はロケット団の中でもよほどのまぬけか、ひよっこに違いない。

 

「なるほど。確かに我が社はポケモン関連の道具に関してならば世界一の技術力を持っていますしね。ですが私をお呼びになったということは、何か?」

「そうだ。我が社の研究チームによって、その遺留品には極至近距離に存在するポケモンの持つわざの威力を、わずかにだが上昇させる機能がそなわっていることがわかった」

「すごいですね。我が社でもまだ実用化に至っていない威力アップアイテムですか」

 

 あっちでのゲームでいう、もくたんやきせきのたね等に相当する道具だろうか。

 

「あぁ、うちでも研究開発のプロジェクトが進行中の代物だ。が、残念なことに試作品を作ることすら難航している。どうにも技術的にブレイクスルーが必要らしい」

「なんだかもったいぶりますね。つまり、私に何をさせたいんですか?」

 

私の言葉に社長は、なんてことないかのように答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁに、簡単さ。ちょっくらやつらのアジトを突き止めて技術を奪ってきてくれたまえ」

 

 

 

――ヤマブキシティ――シルフカンパニー本社――社長室

 

 

 

 

「その、今、なんと?」

 

社長のあまりの発言に思わず聞き返してしまった。

 

「聞こえなかったかね?」

 

「いえ、あの、ちょっと信じられない発言を聞いたような気がしまして。あと、とんでもない無茶振りをされたような気も……」

 

他社の技術を奪って来いなどと、世界一の技術力を持つ企業の社長が言っていいことではないだろう。

自社の力を信用していないとも取れる発言だ。そのうえ犯罪行為である。

 

「君ならロケット団から技術を奪ってくることもできるだろう?」

 

「お言葉ですが社長。存在するかどうかも判明していないアジトに、いきなり潜り込んで来いと仰られても……。そもそも連中のアジトはそこらじゅうにあります。幹部クラスの団員でもそのすべてを把握しきれていませんでした。今回は遺留品がどこのアジトで行われている研究の結果なのかを調べるところから始めなければいけないので相当な時間がかかりますよ」

 

「そういった研究をしていたアジトに心当たりは無いのかね?」

 

「……無い、ですね。自分がシルフに来てから始まった研究なんだと思います」

 

「しかし、警察じゃ気付かないような手がかりも君なら見つけられるだろう? 連中に関して君ほど詳しい人間は居ないわけだし」

 

「探してはみますが、正直期待は出来ないかと。ロケット団の痕跡を残さない手際は徹底していますから」

 

「だが、今回はこのとおり遺留品が残っているじゃないか。可能性は低くないと思うんだがね」

 

「たしかに今回のようなケースは珍しいですが、だからこそ既に手を回し終わっているとも考えられます」

 

「ふむ。まぁ、探すだけ探してみてくれないかね。一週間だけでいい」

 

「それは構いませんが……そもそも何故、奴らから技術を奪う必要があるんでしょうか? ことポケモンに関してならシルフの技術力は世界一です。今はプロジェクトが滞っていてもうちの優秀な研究者と技術者たちなら近いうちに成功させると思いますが」

 

「はっはっは、シルフの社員の優秀さは私が一番知っているさ。シルフは今までも、そしてこれからも世界一のポケモン関連メーカーだ」

 

「でしたら技術を盗んでくるなど、真面目に研究している彼らの顔に泥を塗るような行為では」

 

「とんでもないぞ! いいか、ハマサキ君。我が社の技術力は世界一だ。同じものを作らせたなら我が社が一番品質の良いものを一番早く開発するだろう。だが、ロケット団はこうして既に実物を所持していた。君はやつらがこれを真っ当な手段で作り上げたと思っているのか?」

 

「まぁ、まずそれはないでしょうね」

 

「あぁ。ロケット団の持っているものがどこから出ているものなのかは君がよく知っているはずだ。ある筋から、我が社がわざ威力上昇アイテムの研究開発を始めたほぼ同時期にロケットコンツェルンもほぼ同様の研究に着手していたことが判明している。これは技術力で勝るはずの我が社がロケットコンツェルンに遅れをとったということだ。これが他の企業ならば疑いはしない。我が社の努力不足かもしれないし、運が無かっただけかもしれないし、相手が一枚上手だったのかもしれない。

だが、ロケットコンツェルンとなれば話は別だ」

 

「やつらはロケット団と繋がっているのだろう? いや、ほぼ同一の組織と考えても構わないのかな」

 

そのことは私が一番よく知っている。

 

「ええ。証拠はありませんが」

 

私の合いの手に構わず社長は話を続けた。

 

「ロケット団は非道な研究を平気で行う。合法か非合法かを問わず、ポケモンの乱獲や生体実験など当然のようにだ。それは時に法に則って研究を続ける我らよりも進んだ技術の獲得に繋がっている。今回の件もその一つだと私は睨んでいるのだよ。もしも、そんな不正の結果が我が社よりも先に世に出回ればどうなる。シルフはあの犯罪者どもに負けたも同然。奴らの行いを知らない世間一般の評価もロケットコンツェルンの技術力はシルフに勝るというものになりかねん。それは我慢ならん。この事態を見過ごすことこそ我が社の研究員たちに対する背信行為だとすら私は思う」

 

世間の人々はロケット団とロケットコンツェルンの繋がりを知らない。だから製品が世に出回っても、単純にシルフがロケットコンツェルンに先を越されたと思うだろう。

別に製品の発売が多少遅れたとしても、それだけでシルフがロケットコンツェルンに負けることはない。

が、正々堂々の競争ならばともかく、反則行為を行った相手を見逃す理由にはならないということか。

まぁ、それ以上に社長個人が面白くないというのが大きそうだが。

 

「今、この件に関わっている人間でロケット団とロケットコンツェルンの繋がりを知っているのは君と私だけだ。つまり、我が社の名誉を守り、奴らの不正を正すことが出来るのも我々だけだ」

 

抑揚をつけ、少しばかり語気を強めて話す社長。

聞けば聞くほど、彼の語る言葉がどんどん重みを増していく。私はそう錯覚しそうになった。この感覚は久しぶりだ。

社長は熱意を言葉にしている。本心であるのは間違いない。が、行為そのものは意図的だ。

サカキもそうだった。まぁ、奴は意図せずとも人を惹きつける男だったが。

 

「これはシルフカンパニーの社長として君に命じる必要のあることだ。そして君はシルフの社員として従わねばならない。君にとってはある意味古巣を叩くようなものだから、気は向かないかもしれないが……」

 

「いえ、お気になさらずに。今の私は奴らとは無関係ですから」

 

気付いたところで、このまま社長の話術に乗せられて困ることもない。自覚している分だけ気恥ずかしいことくらいだ。

個人的には大人の中二病に付き合うのは少々気が進まないのだけれど、仕事となれば話も別である。

お給料を貰って居る身だし、過去の所業を隠してもらっているおかげで息子は平和に暮らせている。

……どうせなら大義名分を掲げて気持ちよく仕事がしたい。ならば乗せられてもいいじゃないか。

ふいに……なんとも自分が情けなく感じて、こんなところは息子に見せたくないなと思った。

 

「そうか。頼んだぞ特命係長!」

 

「はい。社内安全課実務係長タダノ行ってまいります」

 

 私は敬礼して返事をした。

ノリに付き合うのなら最後まで、なんて開き直った態度からなのだが、この敬礼が昔、今から忍び込もうとしている組織の下っ端だったころに叩き込まれたものだと気付いて、慌てて腕を下げた。

 

 

……なんとも締まらないものである。

 

 

 

 

 

――マサラタウン――オーキド邸――リビング――

 

 

 

「いい? ポケモンをケアしてあげるとき、そのポケモンによって喜ぶ方法っていうのは違うの。間違った方法だと返ってストレスになっちゃうこともあるわ。そうね、例えばジュゴンは氷水で冷やしてあげると喜ぶけどナゾノクサに同じことをすると体調を崩しちゃったり」

 

ナナミは目の前の少年に自分の知っている知識を語り聞かせながら、床に寝そべるコラッタの背中を小型のブラシでブラッシングしている。その手つきはとても優しい。

コラッタもリラックスした様子でされるがままで、ときおり気持ち良さそうにあくびをしている。

 

「うん……なんとなくだけど、わかる。父ちゃんも似たようなこと言ってた」

 

ナナミの言葉に耳を傾け、彼女の手元を熱心に見詰めているのはサトシだ。

 

「でもね、どんなポケモンでも喜んでくれる魔法みたいな方法があるのよ」

 

「どんなポケモンでも?」

 

「そう。しかもとっても簡単なの」

 

美人のお姉さんの茶目っ気たっぷりなウインクに、サトシは少し赤くなった。

照れ隠しのように早口でたずねる。

 

「どんな方法なの?」

 

ナナミはその問に答える前にブラッシングの手を止めて、コラッタの背にやんわりとてのひらをあてた。

 

「こうやって、やさしく手で撫でてあげるだけ。簡単でしょ」

 

「撫でるだけ?」

 

「そうよ。傷を治療することを手当てって言うでしょ? 病気になったときや、辛いときは誰かにそばにいてもらうだけでも不安が和らぐものよ。それはポケモンだって同じ。だから手を当てて、自分がそばにいる、ついててあげるって教えてあげるの」

 

サトシは自分が風邪をひいて寝込んだときのことを思い出した。休みの日でも仕事にいくことがあるほど忙しい父親が、そのときばかりは仕事を休んでそばにずっと居てくれた。

熱が出て頭が痛み、汗で寝巻きがはりついて寝苦しく、ぐずってしまった。そのとき落ち着かせるように、額に乗せられた父親の手のひらはひんやりとして大きかったのをよく覚えている。

 

「病気や怪我をしていなくても、直接触れ合うことは大事よ。バトルのときだけ呼びだすんじゃポケモンも寂しいでしょ」

 

「うん……そうだね」

 

「最近は連れ歩きっていってボールから出して一緒に出歩く人もいるわね。怖がる人もいるから、何匹も出したままにしたり、大きいポケモンを街中で連れ歩くのはまだ難しいところもあるけど、私はいいことだと思うな」

「連れ歩き……ギャラドスは大きすぎるかな?」

「そうねぇ。ちょっと連れ歩くには大きすぎるわね。でも、ときどき撫でてあげるのはギャラドスも喜ぶと思うわ」

「うん、毎日撫でてるよ!」

「あ、でもポケモンによって撫でて良いところと悪いところもあるから気をつけてあげてね」

「えっ」

「たしかギャラドスも触ると嫌がるところがあった気がするわね」

「ど、どこ?」

「ごめんなさい、忘れちゃった」

「えー」

 

ふてくされたサトシに苦笑するナナミ。

 

「トリミングをしてげるときもね、ポケモンが落ち着いて受けられるようにまずは優しく撫でてあげることが大事なのよ。私は貴方を傷つけるつもりはありませんよって最初に教えてあげるの」

「へぇー」

「じゃあ、サトシ君。この子を撫でてあげてみて」

「うんっ」

 

コラッタの背に向けてそろそろと手を伸ばすサトシ。

自分のギャラドス以外のポケモンに触れるのは初めてのことだ。ほんの少しだけ、おっかなびっくり。

ふぁさっとした少し固めの毛並みと暖かい体温を手のひらで感じると、笑顔になった。

 

「あったかいや」

 

そこでふと、ナナミが思い出したように口を開いた。

 

「サトシ君はどうして急にポケモンブリーダーの勉強をしようと思ったの?」

 

今、行っているナナミの特別授業はサトシから願い出たものだ。

 

ポケモンマスターを目指してるってお父さんから聞いていたけど、と続けたナナミにサトシは少しだけ落ち込んだ顔で答えた。

 

「勉強が苦手なんだ」

 

疑問が顔に浮かんでいるナナミを無視してサトシは続ける。

 

「本を読んでるとだんだん頭が痛くなってくるし、机にじっと座ってるのもあんまり好きじゃない。だから、前はずっとコイキングと外でバトルしてた」

「でも、いつのまにかシゲルもポケモンマスターを目指して父ちゃんに勉強を教わってた。あいつ、難しい本もたくさん読んで毎日必死に勉強してる。学校の休み時間もだよ」

「シゲルの勉強ってさ、ぼくよりずっと先に行ってるんだ。前、父ちゃんにシゲルに教えてることと同じことを教えてって頼んだら、教えてくれたけどほとんど理解できなかった。ぼくのほうが先に教わってたのにさ」

「なんとか追いつこうと思って、頑張って勉強してみたけど……ぼくが進んだ分以上にシゲルは先に進むんだ」

「父ちゃんは『お前は身体で覚えるほうが得意なタイプだ。旅に出ればぐっと伸びるだろうから、今はあんまり気にしなくてもいい』って言うんだけど……」

「それでも、毎日頑張るシゲルを見てたら、このままじゃいけないって思っちゃうんだ。ギャラドスがいるからぼくの方が先にトレーナーになってるけど、すぐ抜かれて置いてかれるかもって」

「だから、勉強で敵わないならもっとギャラドスと特訓しておこうと思って毎日、くさむらやトキワシティでバトルしてるんだけど……同じポケモンばかり相手にしてるからか、最近はギャラドスがあんまり成長しなくなってきてるっぽくて」

「何か、他に出来ることはないかって考えたの。そしたら父ちゃんが前にバトルでもコンテストでも、ポケモンは生き物だから育て方が大事って言ってたのを思い出して」

 

だからナナミお姉さんにお話を聞こうと思ったんだ、とサトシは言った。

 

「……サトシ君は凄いんだね」

 

黙って話を聞いていたナナミは驚いていた。そして感心していた。

 

「凄くなんかないよ。シゲルはもっと――」

 

「ううん、凄いよ。自分で何をすればいいか、どうすればいいのかってちゃんと考えてるもの。そして行動できてる」

 

「でも……」

 

俯きがちに暗くなるサトシの頬を両手で包み、持ち上げる。

 

「ほーら。下向いてちゃだめ。もっと自信をもって? サトシ君はきっと凄いトレーナーになれるから。ね?」

 

「う、うん」

 

「よし!」

 

クルッポー、と壁に立てかけられた時計が鳴った。16時だ。

 

「あら、もうこんな時間なのね」

「あっ、ごめんなさい、ナナミお姉さん。ぼく、このあと友達と約束があるんだ」

「これから? もう夕方近いわよ?」

「うん。クラスメイトがトキワのトレーナースクールに通ってるから一緒に付いていって、少しだけ見学させてもらうの。もしかしたらレンタルポケモンでバトルもさせてもらえるかもって」

「あら。それじゃあ今日はここまでね」

「うん! ナナミお姉さん。今日はありがとうございました」

「いいえ、トレーナーの勉強、頑張ってね」

「はい!」

 

玄関から飛び出していった少年を見送って、ナナミは呟いた。

 

「……ライバルは手ごわいわよぉ、シゲル」

 

ナナミの背後、階段のてすりのしたから隠れていたシゲルが顔を出した。

 

「気付いてたのかよ、ねーちゃん」

「当然じゃない。私のところからはあんたの、そのツンツンした頭が丸見えなんだもの」

「髪型のことはいうな!」

「まったく。サトシ君のことが気になるなら直接話せばいいのに。二人とも意地になって会いたがらないんだから。遊びたいなら前みたいに一緒に遊べばいいじゃないの」

「そんな暇ない!」

「ま、精々がんばりなさい? お姉ちゃんは応援してるからね」

 

そういってナナミは微笑んだ。

 

 


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