トリッパーな父ちゃんは   作:ラムーラ

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息子とコイキング2

 

 

 ――マサラタウン――自宅前――

 

 今日は日曜日。会社も休みなので息子の特訓に付き合ってやろうと思っていたのだが、緊急で呼び出しの電話がかかってきてしまった。

 

「それじゃあ行ってくるけど、お姉さんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「わかってるよ」

 

 大変申し訳ないとは思いつつ、お隣の家に息子を預けていく。

 平日ならば息子も学校があるので一人にはならないのだが今日みたいに休日出勤が決まってしまうと家に一人なってしまう。

 一人でお留守番が出来ない年と言うわけでもないが、今回のように出来る限りお隣のオーキドさんの家に預かってもらっていた。

 

「シゲル君とも喧嘩せずに仲良くするんだぞ」

「うん」

「ちゃんと宿題もやるんだぞ」

「うん」

「あと草むらにも入っちゃダメだからな? 絶対一人で行くなよ?」

 

 息子は最近、コイキングがたいあたりを覚えたことで少し調子に乗っているところがある。

 なによりも大事な安全性と、ついでの努力値計算を考慮してコイキング以外のモンスターと戦わないように言い含めてあるのだが。

 息子は他のモンスターで腕試しがしたくてたまらないようなのだ。

 今までバトルの際は必ず私がそばにいるようにしていたが、ひょっとした拍子に一人で行ってしまいそうで……不安だ。

 

「もー、わかってるってば!」

「ほんとにわかってるのか? 約束破ったらドククラゲの刑だぞ?」

「う、わ、わかってるよ」

「そうか。それならいいんだ」

 

 ドククラゲの刑は言う事を聞かせたいときの最終手段である。この言葉を出せばそれだけで息子は震え上がり素直になってくれる。

 ……便利ではあるが息子のトラウマとなりそうなので使いすぎないようにしなければ。

 

「おーい、サトシー。ゲームしようぜー」

 

 家の奥のほうからシゲル君の声が聞こえてくる。

 この辺でゲーム機を持っている子供は家の子とシゲル君だけで、シゲル君はまともにゲームの相手が出来るうちの子をとても気に入っている。

 息子は息子で友達が少ないから同い年でよくしてくれるシゲル君にべったりである。

 ときどき他愛も無い理由で喧嘩していることもあるが、まぁ、仲が良い証拠だろう。

 

「ちょっとまってー、いま行くからー。じゃあお父さんいってらっしゃい」

 

「あぁ、いってくる。それじゃあナナミさん。いつもすみません。うちのサトシをよろしくお願いします」

「いえいえ気になさらないで。こちらもたびたびお世話になってますし、シゲルも同い年の友達が出来て喜んでいます。サトシ君のことは任せてください。シゲルよりずっと素直で良い子ですから大丈夫ですよ」

「いえ、あー、ほんと助かります」

「うふふ、いざとなったらお爺様も研究所にいらっしゃいますしご心配なさらず。ハマサキさんもお仕事がんばってくださいね」

 

 オーキド博士のお孫さんのナナミさんはポケモントリマーを目指す女子大生。とても優しい見た目と中身の持ち主だが、それ以上に共働きの両親の代わりに弟の面倒を見ているしっかりした娘さんだ。

 去年、息子の小学校進学に合わせてクチバから引っ越してきた私達親子は彼女を始めとするオーキド一家に大変お世話になっている。

 オーキド博士とはタマムシ大学に在籍していた以前からの知り合いだったが、まさかここまで付き合いが深くなるとは思ってもみなかった。

 

 ナナミさんには華盛りのお年頃であるにも関わらず休日を息子のようなジャリガキの相手で潰させてしまうことに申し訳ない気持ちになる。

 だが、このタウンで新参者の俺達に他に頼れるところがないのも事実だった。

 

「えぇ、もちろん。うちの子が頑張っているので、私も負けてられませんからね」

 

最初こそ泣きべそかきながらコイキングをひたすらはねさせていた息子。それでもめげずに毎日最低5時間、欠かさずコイキングのレベル上げを続けている。

今ではボロの釣竿を持って「早く行こうよ父ちゃん」と私を帰りを急かすほどだ。

朝は6時には起きて学校に行く準備を済まし、7時ごろから8時の登校時間まで大体一時間ほど近所の水場で特訓と言う名のレベル上げ。

仕事が忙しくない場合、私の帰宅時刻はだいたい18時ごろなのでそこから9時過ぎまで。ふたたび近所の水場でコイキング相手に特訓。

ちなみに息子は10時には寝てしまうため活動時間の大半をコイキングの、ひいてはトレーナーとしての特訓に費やしているといえる。

それだけ時間をかけても一日に倒せるコイキングの数は良くて3匹程度だったというのが恐ろしい。

ひたすらコイキングをはねさせるだけの作業はひどく退屈なものだったが、それでもめげずに2年も続けてきたのだ。

我が息子ながら根性のある子だ。

そんな息子だからかコイキングがたいあたりを覚えたときの喜びようといったらなく、それからの特訓への気合の入りようも今まで以上になっている。

 

息子が頑張っているのだ、私も頑張らなければ。

 

「はい。いってらっしゃい」

 ナナミさんのほんわかした笑顔に小さく手を振って、マサラの外へと歩きだす。体の向かう先はニビシティ。

 とはいえ。私はマサラの町並みが完全に見えなくなったあたりでトキワへ向かわずに、脇の雑木林へ入った。

 あたりを見回し、誰も居ないことを確認して腰に挿したホルダーからボールを取り出す。

 

 

 

「よし。今日も頼むぞお前達。フーディン、ヤマブキの本社にテレポート」

 

 

 

 

 

 

 

 ――シルフカンパニー本社――社長室――

 

 

「社長に呼ばれてきたのですが」

 同僚に見つからないように直接社長室のあるフロアにテレポートした俺は顔にメタモンを貼り付け変装しておく。間違っても俺だとわからないように掘りの深い西洋人フェイスである。

 まぁ、流石に背格好や腹はどうにもならんが。

 このフロアには緊急の事態にそなえていつでもテレポートで来れるようにフーディンに覚えさせてある。

 何か妨害電波や念波でもないかぎり直通だ。

 

「失礼ですが所属とお名前をうかがってもよろしいですか?」

 社長室の前、複数居る秘書の一人が秘書室から出てきて受付をしてくれた。初めてみる顔だ。

 これが事情を知っている秘書長なら「あら、ハマサキさん。また社長に釣りの話で呼ばれましたか? それで今度はどこに行かれるんです? あぁ、失礼。そのお顔ということは今日はタダノさんでしたか」

 なんて声をかけてくるのだが。どうやら今日は留守のようだ。

 

「ポナヤツングスカ支部のタダノです」

 とりあえず前もって社長と決めておいた段取りで進めることにする。

「ポナンヤツグスカ支部のタダノ様ですね……はい、確かに」

「いえ、あのポナヤツングスカ支部の……」

「あぁ、失礼いたしました。ポナンヤグツスカ支部のタダノ様ですね」

「……はい」

「それでは中で社長がお待ちです。どうぞ」

(……なにも言えねぇ)

 

 

 

 電子式扉の前に立ち、コン、コンとノックをする。扉の横に備え付けられているモニターを使わないのは社長の趣味だ。ノックの方が雰囲気がでるとかなんとか。

「入りなさい」

 ガチャっと鍵の外れる音がした。自動ドアだから入れも何も無いとは思うのだけど。

「ポナヤツングスカ支部、社内安全課実務係長タダノお呼びに応じ、ただいま参りました」

「うむ、よく来てくれた。特命係長タダノ」

「……遅くなりまして申し訳ありません。社内安全課実務係長タダノ、ただいま参りました」

「ふむ? 時間に遅れてなど居ないが……まぁいい。よく来てくれた特命係長」

 特命係長というのは社長が俺に『ある種の仕事』を任せるときに使う言葉だ。実際にそういう名前の職務があるわけではないし、断じて俺がそう呼ばれたくて頼んだわけではない。

 こういう仕事をまかされることになった際に、ふと漫画の話みたいだと社長の前で漏らしてしまい、興味を持った社長にどんな漫画なのかと根掘り葉掘り聞かれて教えてしまったのが原因だ。

 なぜか社長は特命係長というフレーズを気に入ってしまった。

 流石に職務名として組み込みまではしなかったが、私をタダノとして呼ぶ際は必ずそう呼ぶようになったほどだ。

 つまり完全に社長の自己満足なのである。良い年なんだから中二病をリアルに持ち込むのは自重してもらいたい。付き合わされるほうは心底恥ずかしいというのに。

 

「あの、社長。どうか、その特命係長というのは……」

「何か不満でも?」

 こわいかおをされてしまった。

「い、いえ、なんでもありません」

 口撃力ががた落ちしたので攻めるのをやめて守るを使いやり過ごす。余計なことを言って給料を減らされるのは勘弁である。

「ならばよろしい。で、早速だが頼みたいことがある。当然断ることは許さん」

「はい」

 総務のハマノではなくポナヤツングスカのタダノとして呼ばれた時点で、少なくとも釣りの話ではないだろうとは思っていた。よって手持ちも準備も万全に整えてある。

 タダノというのは私の偽名である。もちろんポナヤツングスカ支部~というのも実際には存在しない部署だ。

 いや、書類やデータ上は確かに存在しているし、タダノという社員も社員名簿に登録されているけれど、その実態は幽霊部署と幽霊社員である。

 なんせ両方とも俺が動きやすいように作られた仮の身分であるからして。

 ちなみにタダノと言う名前はこれまた例の漫画から頂いた。

 

 普段の私はヤマブキ本社の総務二課で同僚や怖いが頼りになる上司に囲まれて仕事をしている。

 先に断っておけばハマサキはこっちの世界での俺の本名であり、社長と釣り仲間というのもまったくの偶然であるのであしからず。

 

「明け方、クチバの沖合いでわが社の輸送船からギャラドスの大群に囲まれ身動きがとれないとの通信が入った」

(ギャラドスの大群? なんでそんなものがクチバの沖合いに……)

 アニメじゃボーマンダ一匹で追い払えていたが。

 こっちじゃ現実補正とでもいうか、そんな生易しいものではない。彼らのすべてが怒り狂えば少なくとも町ひとつが無くなってもおかしくないレベルの危険度だ。

 その危険性は海を行くものならば誰でも知っているので、多少遠回りでもギャラドスの群れが出没する海域からは遥かに離れたところを通っていく。

 幸いなことにギャラドスの生息域はここカントー地方では人の活動域からずっと離れており。

 単体でならば極稀に目撃されることもあるもののクチバ周辺に群れで現れることなどなかったのだが……。

 

「その数、およそ200。さらにクチバの港にある消波ブロックの一部が数箇所、何者かによって破壊されているのも確認された」

「……それはつまり」

「うむ。もしこのままギャラドス達を刺激しようものならば津波が起きるかもしれん。いや、起きる。そうなればわが社だけでなく、クチバにも甚大な被害が出るだろう」

「偶然、ではないですよね」

「ああ。十中八九、我々への攻撃だろう。いったいどのような手でギャラドスの群れを誘導したのかはわからんが……」

「それが出来るだけの技術力と人員を持った奴らの仕業、ということですね。マケスチアインダストリアルか、ソードリ重工か……ロケット団か」

「緊急の事態だ。捜査は後回しでいい。現在消波ブロックの修繕を急いでいるが、それを待っている時間的余裕もない。君が行ってくれ」

 

「わかりました、このまま現場へ直行します」

「うむ。たのんだぞ特命係長」

 

 だから自重してください社長……。

 

 

 

 

――マサラタウン――オーキド邸――

 

「じゃあ、お姉ちゃんちょっとお夕飯の材料買いに行ってくるから留守番お願いね」

「「はーい」」

 

……5分後。

 

「よし、俺の勝ち」

「うっわあ、今のひどいよ、なしだよ。ハメじゃん」

「へっへーん、端っこに逃げたお前が悪いんだぜ」

「くっそー、じゃあいいよ、今のはシゲルの勝ちでいいからもう一回やろう」

「おう、いい――「おーい、シゲルー、居るかー? 遊ぼうぜー」――あ、ヨシカズたちだ」

「えっ……」

「そうだ、お前も来いよ」

「え、でも」

「平気だって。あいつら先にポケモン貰ったお前がうらやましいだけなんだから、ちゃんと話せばイケルって」

「う、うん……」

 

 

玄関先で待っていたのは二人の男の子だった。

「あー! シゲルっ! なんでそいつがいるんだよ!」

ぽっちゃりした男の子がサトシを指差す。

「う……」

「なんでって家でいっしょに遊んでたからに決まってんだろ」

「サトシがいっしょなら俺遊ぶのやーめた」

痩せ気味の少年がふてくされた声で言う。

「はぁ? 意味わかんね。別にいいじゃん、サトシが一緒でも」

「俺知ってるぜ、そいつ、ポケモン持ってるくせに草むらに入れない臆病者だぞ」

「っ!」

「何言ってんだ。草むらには入っちゃいけないって父ちゃんたちに言われてるんだからしょうがないだろ」

「なんぢょ、ポケモン持ってないと入っちゃいけないってだけなんだから持ってるなら入ってもいいじゃん」

「そうそう、なのにポケモン持ってて草むらに入ろうとしないのは変だよ。ポケモンはバトルさせて強くするもんだろー」

「お前らこそ何いってんだ。別にそんなこと決まっちゃいないだろ。自分達が10才まで自分のポケモンもらえないからってひがんでんじゃねぇよ」

 

マサラタウンでは10才から自分のポケモンを持つことを許される。だが、サトシはクチバに住んでいたころにコイキングを貰ったので引っ越してきたときにはすでに自分のポケモンが居た。

それが地元の子たちには羨ましくて仕方なかった。

余所からの子と言う点に妬みも加わりサトシは地元の子どもたちの中では村八分にされていた。仲の良い友達はいまのところシゲルだけだった。

シゲルはオーキド博士の研究所で様々なポケモンを見慣れていたので、サトシがポケモンをすでに持っていることをさほど気にしていなかった。

むしろ初めてのポケモンがコイキングであると知ったときは哀れんだ。ギャラドスに進化させたいんだと聞いたときは無理だろうとも思った。

が、サトシの特訓を知り根性のあるやつだと感じ、心の中では応援していた。

 

「なんだと!? シゲル、てめーふざけんなよ。あぁ、そうか。おまえおじいさんがエライ人だからめずらしいポケモンもらえるって余裕ぶっこいてるんだな」

「はあっ? じいちゃんはかんけーねぇだろ」

「うっせぇ、もういいよ、これからはおまえも遊びにさそってやんねぇから」

ぽっちゃりの言葉に頷くがりがり。

「臆病者は臆病者どうしで遊んでればいいさ」

「意味わかんね。なんで俺が臆病者なんだよ」

「臆病者と遊ぶやつは臆病者だ」

「だーかーら。意味わかんねぇって言ってんだろ。お前らサトシがどんだけ頑張ってるかも知らないで勝手なこといってんじゃねぇよ」

「うるせぇっ」ドンッ

ぽっちゃりがシゲルを突き飛ばした。

「いってっ!」

「シゲルっ!?」

「何しやがるっ! デブっ!」ドンッ

「ってぇ、な、何しやがるこのバカ」ドッ

「つっ、やりやがったな!」ドカッ

「ちょうどいいや、おまえ、いつも偉そうで気に食わなかったんだ」痩せ気味の少年も加わりシゲルに殴りかかった。

「てめっ」

 

おどろいたサトシは必死で痩せたほうに飛びつき動きを止めようとするが、生まれてこの方取っ組み合いの喧嘩はほとんど経験の無いサトシ。特別力の強いほうでもない。

たいして相手は痩せ気味とはいえ取っ組み合いの喧嘩は日常茶飯事の田舎暮らし。あっさりと振りほどかれてしまう。

手の空いた痩せ気味の少年はぽっちゃりに組み敷かれたシゲルを蹴飛ばしに行く。

それを止めさせようとするサトシだったが、そのたびに振りほどかれ自由になった痩せ気味の少年はシゲルを蹴りに行く。

シゲルはぽっちゃりとの体重差で押し負けてしまい、うまのりで殴られていた。鼻血も出ているが泣いてはいない。むしろぽっちゃりを睨みつけ、下から何度も殴りつけている。

が、痩せ気味がキックするたび、抵抗する力も弱くなっていく。

 

初めての親友が目の前で自分のせいで傷ついていくのをサトシは黙ってみてられなかった。

 

 

「くそっ! わかったよっ、僕が草むらに入ればいいんだろう!」

 

それはドククラゲの刑よりも嫌なことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 


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