――マサラタウン――自宅――
「サトシ、今日の夕飯は何がいい?」
「んー、なんでもいいよー」
仕事を終えて帰宅した私は、居間でポケモンリーグの実況中継を見ている息子に問いかけた。
が、息子はテレビに移る派手なバトルに夢中なようで生返事。
(なんでもってのが一番困るんだよなぁ……)
今日は水曜。
仕事帰りに寄ったスーパーでタイムセールになっていたものを中心に買ってきたので食材はたくさんある。
ただ何を作るかを決めずに買ってきてしまったので、いざ作ろうとして献立に悩んでしまっているのだ。
(……どうせ、大したもん作れないけどな。でも、いつもそう考えて簡単なので済ましちまってるし)
それはサトシに悪いと思ってリクエストを聞いてみたものの、何の解決もしなかった。
まぁ、それならそれで良いと思い直しスーパーの袋から食材を取り出しつつ献立を考えてみる。
「お、ひき肉とたまねぎ、それとにんじんか……もやしもあるな。あらら、ほうれんそうとえのきもか。うーん……あぁ、そういやまだ冷蔵庫にキャベツも残っていたな」
たしか豚肉も冷凍庫に入れていたはず。この食材で私が作れるものと言ったら……。
「サトシー、ハンバーグと野菜炒め、どっちがいいー?」
「ハンバーグ!」
顔をテレビの画面から逸らすことなく即答かい。さっきの生返事はなんだったんだ。そんなにハンバーグが好きか。
大変子どもらしくて良いのだが、あんまりにもテンプレすぎるのでちょっと意地悪してやりたくなってきた。
「じゃあ、お肉と同じくらいたまねぎとにんじんが入っていて、付け合せに野菜たっぷりのハンバーグと豚肉たっぷりの野菜炒めならどっちだー?」
「えっ」
やっとテレビの画面から顔を離してこちらを向く息子。しかめっつらを浮かべて悩んでる。そこまで悩むこともないだろうに。
さてさて、うちの息子はどう答えてくれるのか。
「えっと……、じゃあ、どっちかピーマン入ってる?」
「あっはっは。今日はどちらも入ってないよ。」
「ほんと!? やった!」
息子よ。お父さん、好き嫌いは良くないと思うんだ。でないと明日の夕飯はピーマンの肉詰めにしちゃうぞ? もちろんピーマンだけ残したらドククラゲの刑で。
「で、どっちがいい?」
無邪気に喜んでいた息子の顔がまたしかめっつらに。うーんと、唸りるほどに悩んだ末出した答えは。
「お、お肉の多いほう!」
「……そうか。じゃあハンバーグにしようか」
「やったー! あ! CM終わってる!?」
脱兎のごとき速さで再びテレビの前へと戻る息子。
……うちの子、ちょっと単純すぎないか? あと一年と少しで10歳だが、本当に一人で旅が出来るのだろうか? 超がつくほど不安なんだが……。
「サトシー、ご飯食べ終わったら今日の分やるからなー」
「えぇー、ギャラドスがいるからいいよー」
まったく、こいつは。親の気持ちも知らんで。
「アホ。確かにギャラドスは強いが、お前がそれを引き出せなきゃ意味ないんだぞ」
「うー、わかってるけど……父ちゃんの教えてくれることってなんだか難しいし、つまらないんだもん」
つまらん、か。まぁ確かに面白くはないだろうなぁ。正面から言われるとへこむけど。
初心者な息子に合わせて、あまり踏み込んだ話はしていないものの、バトルにおける戦術やポケモンの育成に関する理論の基礎、旅をするなら重要になる、ポケモンセンターのマナーに活用法なんて聞いてるだけじゃそう思うのも無理はないとは思う。
特に私の教える戦術なんてテレビで流れている既存のものと比べれば派手さが無いし。
今も、ドラゴン使いで有名なワタルという選手がギャラドスのハイドロポンプで相手のエレブーを気絶させた。
私の教えるバトル理論なんて突き詰めれば将棋みたいなもんだしな……。
それでも、そのときが来るまで息子にトレーナーとしての心構えやらなにやらを身につけさせておきたい。
さすがに初めての挑戦でプロになれるとは思わないが、途中で旅費が尽きて強制送還なんてことにはならないようにだけでもしてやりたい。当人からするとあれはかなり恥ずかしいらしいし。
「うぉおお、ワタル、かっけー!」
画面を見つめる息子の瞳はいつものように輝いてるに違いない。こちらに向いたその小さい背中は世間の厳しさで潰れてしまわないだろうか。
いや。案外、驚くほど大きくなって帰ってくるかもな。あの人の子どもなんだから。
「あんまり画面に近づきすぎるなよー。目が悪くなるぞー」
さて、とりあえず野菜を洗うか。
――ピピピ、ピピピ――
流し場の前に立ち、腕まくりをしたところでポケットから聞きなれた電子音が。
「ん? ポケギアに……メールか。相手は……あらま、シゲル君とは珍しい」
息子とよく遊ぶシゲル君には、いざと言うときのためにこのポケギアの番号とアドレスを教えてある。
しかし、彼から連絡が来たのはこれが初めてだ。
「なになに…………へぇ」
なんというか、予想外な内容ではあったが……悪くない。
むしろ先のことを考えるとわたりに船である。
ちょうど、息子の再び伸び始めた天狗の鼻を叩き折るいい機会になるかもしれない。
息子がコイキングをギャラドスに進化させてから2週間。
息子にはトキワまでならば一人で遊びに行ってもいいと許可を出した。
まだ早いかとも思ったが、せっかく進化したギャラドス。
好奇心旺盛な息子がいつまでもコイキング相手で満足できるはずも無く、また私の帰りをおとなしく待っていられるはずもない。
それならばと、先に制限を設けたうえで許可したのだ。
そして許可を出した途端、息子は毎日門限ギリギリまで1ばんどうろへ遊びに出かけるようになった。
毎日どこかしらに小さな怪我をして帰ってくるが、楽しくてしかたないようだ。
驚くことにすでにりゅうのいかりを習得させたようだ。コイキングのときの成長速度と比較すると段違いである。
……旅に出るときにはハイドロポンプとかはかいこうせんとか覚えてやしないだろうな。
いや、それはないか。このあたりのポケモン弱いし。ゲームで言うところの経験値も少ないはず。
すでにギャラドスの成長は伸び悩み始めているし。息子はギャラドスで無双するのが楽しくてまだ気付いていないが、そろそろそのことを感じ始める頃合だろう。
うん。息子に勉強に対するやる気を出させるには、やっぱりライバルの存在が一番手っ取り早いな。
シゲル君に了承の返事を送る。
すぐさま感謝のメールが届いた。うーむ、うちの息子と同い年だというのにこの行動力と危機感、そのうえ律儀。出来た子だなぁ。
――おおっと、ワタル選手のギャラドス、はかいこうせんの反動で動けないっ! そこへスリーパーのサイコキネシスが炸裂ぅっぅぅ!」
「が、がんばれ! 負けるな!」
――これはー!? ギャラドス耐えたーっ!? 凄まじい耐久力です! ああっと、反撃のりゅうのいかりぃーっ!! スリーパー、倒れたァァ! どうだ、起きるか、あーっと立ち上がれないっ!
「やったー!」
白熱する実況中継ではしゃぐ息子を見ていると、やはりどうにも比べてしまう。子どもっぽいというか。いやいやまだ8才だし、うちのこは年相応でシゲル君が早熟なだけか。
……でも、あと1年と少しで一人旅させるわけだし……うーん。
まぁ、あの人もふだんはこどもっぽいというか、天然なところが多分にあったし、大丈夫といえば大丈夫なのかもしれないけど……。
とりあえず、やるだけやってみるか。うまくいけばシゲル君が息子からやる気をひきだしてくれるはずだ。
「とうちゃーん、試合おわったけど、めしはー?」
「おぉ、すまん。今すぐ用意する」
「えぇー、腹減ったよー」
あぁ、なんにしろ今は晩飯の準備が先だな。
私は、むくれる息子のうらみがましい視線をなんとかするために野菜との格闘を再開した。
――オーキドポケモン研究所――実験室
マサラタウン。とくにこれといった特徴のない、良く言えばのどかな、悪く言えば田舎の町。
この町は町はずれに研究所がひとつあるのみで、他に目立つものは何も無い。
が、その唯一このマサラで目立っている研究所こそが世界的に有名な携帯獣学の権威、オーキド・ユキナリ博士の研究所であることは意外と知られていない。
「ふーむ。金色のコイキングというだけでも興味深かったが、進化すると赤くなるとはのう。ぜひとも一度じっくり調べてみたいもんじゃ」
「調べるって何すんのさ爺さん」
「そりゃ一日の食事量や睡眠時間が普通のギャラドスと違うのかとか、うろこの手触りも同じなのかとかひげの長さを計ってみたりと、色々あるわい」
出来るだけ自然な状態のポケモンを研究したいというオーキドの考えに基づいて設計されたこの研究所は、ポケモンを放し飼いできる広大な敷地と小規模な実験棟で出来ている。
その小さめな実験棟の一室でオーキド博士とその孫、シゲルが話をしていた。
内容は最近マサラで話題の赤いギャラドス。
「しかし、わずか8才でコイキングをギャラドスに、それも他のポケモンの助けなく進化させるとはサトシ君は凄いのう」
そして、そのギャラドスの使い手で若干八才にしてコイキングをギャラドスに進化させた天才トレーナーと噂のサトシについてだった。
「たしかに凄いとは思うけどさ。サトシは毎日、頑張ってたし……まぁ、俺だって本当に進化させるとは正直思ってなかったけど……もしかしたらとは思ってたよ? あんだけ毎日バトルしてれば進化しても普通じゃないの?」
少し面白くなさそうにシゲルが言う。
「うーむ。まぁ、普通はそうなんじゃが、実はコイキングがギャラドスに進化する過程については学会でもよくわかっておらなくてのう。十数年間育て続けても大きくなるだけで進化しなかったという例もあるんじゃ」
「え、そうなの? でもサトシはコイキングが絶対にギャラドスに進化するって信じてたぜ?」
するとオーキド博士は驚いた顔をした。が、それは一瞬のことで向かい合って話すシゲルにも気付かれなかった。
「ほー。もしかすると自分のポケモンのことを信じるサトシ君にコイキングが応えたのかもしれんの」
真面目な口調ながらどこか茶目っ気を含ませたオーキドの言葉にシゲルは反応した。
「なに、そんなことあんの?」
「うむ。進化というのはポケモンごとに条件は異なるんじゃが、いくらか共通していることがあっての。それはある程度のバトル経験じゃったり、特殊な鉱石との接触反応だったりするんじゃが、その中にポケモンの意思もあるようだというのが最近の学説にあっての。それによれば、ポケモンが進化したいと思っているかどうかが進化への鍵になるそうなんじゃ。じゃからコイキングがサトシ君になついていて、彼の思いに応えたいと思ったのならばそういった可能性もあるかもしれん」
「あの口をパクパクさせてはねるだけで何考えてるのかさっぱりわからないコイキングが?」
「うむ。じゃから、もしそうなのだとしたらサトシ君はポケモントレーナーとして凄い才能を持っておるかもしれんのぅ。こりゃ再来年の旅立ちが楽しみじゃわい」
「……」
うむうむ。と感心した様子の祖父を前にシゲルは複雑な感情を抱いていた。
親友が認められるのは良い。それにともなって彼が人気者になるのも、まあいい。サトシにトレーナーとしての才能があるだろうことも認められる。
それらはむしろ彼のことを親友だと思っている彼からすれば喜ばしいくらいだ。
ただ、それを自分の祖父が褒めていることがなんだか悔しかった。
実は、多少乱暴な言葉遣いをしていても彼は自分の祖父のことを尊敬していた。
自分の祖父がマサラで唯一の有名人であることも誇らしかったし、ポケモンとの共存を真摯に、そして真剣に研究するオーキドの理念はとても素晴らしいものだと思っている。
何より、日中、共働きで両親が居ないとき、姉のナナミの次にシゲルのことを構ってくれたはオーキドだった。
普段、意識などしないし自覚もそれほどなかったが、彼は結構なおじいちゃん子なのだ。
そんな尊敬する祖父がサトシを褒めている。シゲルは自分が同じようにオーキドから褒められたことがあったか思い返してみるが、そんなこと一度もなかった。
自分は尊敬する祖父の孫である。それなのに祖父に先に認められたのは自分ではなくサトシ。
それがなんだか面白くない。
彼自身はまだわかっていないが、正確にいえば妬ましいのだった。
「……なぁ、じいさん」
「なんじゃ、シゲル?」
「俺もポケモンもらえないかな?」
「うーむ……わしはポケモンを持つのに早すぎるということは無いと思うんじゃが、こればっかりはのう。マサラじゃ昔からの決まりごとじゃし、町長の兄でもムリヤリ変える出来ないじゃろうなぁ」
オーキドの答えを聞いたシゲルは小さく「そっか」と呟くと肩を落とし、目に見えて落ち込んだ。
そんな孫の様子にオーキドが声をかけた。
「ふむ。シゲルよ、自分のポケモンが居ないからと言ってポケモントレーナーとしての修行ができぬわけではなかろう?」
「え?」
「ポケモンさえいればトレーナーは名乗れる。じゃが、上を目指すのならばそれだけでは足りん。バトルを重ねてポケモンを強くするのも上を目指す方法のひとつじゃが、それだけでも足りんよ。ポケモンだけでなく自分も強くならねばな」
「自分も?」
「うむ。プロのトレーナーや強いトレーナーは皆自分も磨くことに貪欲なんじゃぞ。そしてトレーナーとしての強さは知識と経験じゃ」
「知識と経験……」
「そうじゃ。どのようにポケモンと関わるにしても、自分のポケモンの面倒を見るのは自分じゃ。食事、トレーニング、育て方ひとつとってみてもすべてトレーナーが決めねばならん。ましてポケモンを強く育てたいのなら、それなりの育て方を考える必要があるじゃろう。それには知識と経験が必要じゃろう。これはバトルにも言える」
そこまで言っオーキドは顎に手を当てて考えるようにして続けた。
「うむ、経験は旅に出るのが一番じゃな。じゃが知識に関しては旅に出ずとも蓄えることが出来るじゃろ」
「知識か……なぁ、それは爺さんが教えてくれるのか?」
このオーキドの助言は彼自身が昔凄腕のトレーナーだったことから来ているのだろう。そしてオーキドが凄腕トレーナーだったことを知っているシゲルは期待を込めてきいたのだが。
「うーむ、それでもいいんじゃが……」
言葉尻を濁すオーキド。直後、どこからか彼の助手の声が聞こえてきた。
「教授! まだ休憩中ですか!? ちょっと来て欲しいんですがっ!」
「とまぁ……最近は研究が忙しくてのぅ。ちょっと教えてやれそうに無い」
「じゃあ、どうしろってのさっ」
「うむ。実はひとつこころあたりがあっての」
「こころあたり?」
「そうじゃ。以前、わしがタマムシ大学で教鞭をとっていたときの教え子が近くに住んでいての。彼に教わるといい。学者ではないがトレーナーとしての知識ならばプロでも通用するほど持っておる。さらにポケモンバトルに関してならばわしの知る限り右に出るものはおらん」
シゲルは心底驚いた。まさか自分の祖父にここまで言わせる人物が居るなんて。それもすぐ近くに。
「だ、だれ?」
「ハマサキ君じゃよ。いやぁ、彼の卒業論文は非常に興味深かった。まさかわしの提唱したタイプ別分類法にあのようにかぶせてくるとは思わんかった」
「……ハマサキ?」
「なんじゃ? わからんのか。今さっき話題に出たサトシ君のお父さんじゃよ」
「えぇっ!?」
「まぁ、当然彼も自分の息子にトレーナーとしての知識を授けとるじゃろうが……」
「教授ー!? まだですかー!」
そのとき、再び助手の先ほどよりも切羽詰った声がした。
「おーう、いまいくぞーい」
「サトシの父ちゃん……」
「まぁ、わしとしては強制する気は無いからの。おぬしの好きにするといい。ひょっとすると友達と遊ぶ時間を減らすことになるかもしれんし、そもそも引き受けてくれるかもわからん。第一、今から学ぶことに早すぎるということはないが、旅に出てからでも遅すぎるわけではないからの」
「……」
「じゃが、何もせんでおればそれまでの間に多少の差ができることも確かじゃ。よく考えて決めなさい」
「うん」
「それじゃワシはもういくぞい。いい加減助手がシビレを切らしておるじゃろうし。シゲルもそろそろ帰りなさい。ナナミが心配してしまうからの」
そう言うとオーキドは部屋を出て行った。
一人残されたシゲルは黙って考えてみた。
果たして、自分はどうするべきなのか。
このままでは親友においていかれる。そして、祖父の感心もサトシに向き続けるだろう。
(……なんだ。考えるまでもないじゃないか)
そうしてシゲルはポケギアを取り出した。頼る相手がサトシの父親だということに若干の抵抗を感じないわけでもない。
けれど、このまま置いていかれるのだけは嫌だった。