――セキエイ高原――スタジアム
リーグ開催時期は人ごみでごった返すスタジアムも、今は人気もなくだだっぴろいだけ。
その広い空間を二人の人間が独占していた。
中央に備え付けられたステージリングでポケモンバトルをする二人の男。
その唯一の観客であるシゲルは口を半開きにして、そのあり得ない光景を見ていた。
まず開始早々、ギャラドスが10万ボルトでフィールドに沈んだ。
すぐさま現れた次鋒のプテラも何かをする間もなくれいとうビームで氷漬けになった。
次に出てきたリザードンとバンギラスはなみのりで場外に運ばれた。
「……で、ワタル君。今日こそ私に勝つと言っていたが、ここまで前回と同じ展開じゃないか。いや、むしろ弱くなっていないかい?」
呆れ顔のハマサキに対し、悔しそうな顔を浮かべる対戦者。
それはとても奇妙なものだった。
ハマサキの対戦相手はカメラ栄えしそうなマントつきの派手な衣装に身を包み、長めの髪を某野菜人のように逆立てている。
その特徴的な見た目はどうあがいても見間違いようもなく、ポケモンリーグ本部セキエイリーグチャンピオン、通称ドラゴン使いのワタルのものだ。
両者の浮かべた表情が逆ならばまだシゲルにも理解できなくもない。
が、現実にはそこらへんに有象無象といる釣り人にしか見えないハマサキがチャンピオンよりも優勢に立っているという驚きの光景なのだった。
「くっ、対先輩用に新しく育てたポケモンたちだったんですがまだレベルが足りなかったみたいですね……。相当鍛えたつもりだったんですけれど」
「うーん、確かに弱くはなさそうだったけれど前に戦ったパーティのほうがレベルは上だったね。でも、君が私に勝てないのは根本的にレベルと相性の問題だし。使うポケモンの種類を変えるかレベルで上回らない限り、多少の対策は無意味だと思うよ」
少なくとも性格の厳選と努力値振りを行っている速攻型スターミーを相手に努力値計算をしていないドラゴンポケモンで勝つのならば、まずレベルで劣っていては話にならないぞとハマサキは考えているのだが、努力値の仕組みを理解していないシゲルとワタルには察することもできない。
「うぅ……カイリューを2体減らしてリザードンとバンギラスを入れたのに」
「いや、こっちがスターミー出すってわかってるんだから水が弱点のポケモン入れてどうするのさ」
「先輩のスターミーじゃなければみずタイプのなみのりだって耐え切れるんです! 先輩のスターミーが非常識なんですよ! なんなんですかその素早さと技の威力は……」
実際、プロリーグでカンナと当たった際に、その2匹でワタルは勝利していた。だからこそ自身があったのだろう。
「いや、まぁ、そうだったとしても、そのあとはどうするの?」
「はかいこうせんで仕留めます」
「……はぁ」
「なに、ため息ついてるんですか先輩!」
「いや、相変わらずだなぁと」
(まるで成長していない……なんてことは無いけれど。手持ちにはかいこうせんを覚えさせたがるのはまだ治ってなかったのか)
「……その余裕もここまでです。次のポケモンこそ先輩対策に育てたとっておきですから」
「お、ちょっと楽しみ」
「えぇ、泣くほど楽しんでください! 現れろ! キングドラッ!」
ワタルがステージの上に投げたボールから出てきたのはみずタイプとドラゴンタイプを併せ持つキングドラ。
たつのおとしごに似たフォルムで、進化前のタッツーやシードラに比べると遥かに大きく威圧感のあるポケモンだ。
明確な弱点がドラゴンタイプしかないうえに、はがねタイプの威力を半減、みずとほのおに至っては4分の1という優れた耐性を持つ。
種族値的にも突出したステータスを持たないものの、すべての能力がやや高めにまとまっている。
それでいて使用できるわざも強力なものが多い。
「おー……。まぁ、予想の範疇、ではあるかな」
「その反応、ちょっと期待していたものとは違いますが、まぁ先輩ですし諦めます。ですが勝負は勝たせてもらいますよ! キングドラ、あまごい!」
もったいぶって出したものの、ハマサキはあっさりとした反応しか示さなかった。不満はバトルで解消するとばかりにキングドラに命令するワタル。
「む、すいすい持ちか? スターミー、でんじは!」
すいすいという特性を持ったポケモンは雨天時にすばやさがあがる。先手を取られては何かと面倒だと考えたハマサキは先手の取れるうちにまひ状態にしてしまうことにした。
「ちっ、避けろキングドラ! あぁっ!?」
「よしっ、スターミー、れいとうビームだ!」
スターミーの赤い核から瞬時に冷却エネルギーを伴った光線が放たれる。
それはキングドラの腹に直撃し、その周辺を凍らせた。だがそれ以上広がらない。
キングドラは倒れることなくスターミーの攻撃を受け止めたのだ。身震いだけで氷を剥がし落とし、反撃の準備に入っている。
「くっ、キングドラ! りゅうせいぐん!」
「避けるんだスターミー! 当たりそうなのはれいとうビームで押し返せ!」
キングドラの体から不可知のエネルギーが立ち上る。そしてキングドラの眼がギラリと光ったかと思った次の瞬間、空から大量の隕石のようなものがステージに降り注いだ。
ひとつひとつは決して大きくない。精々がサッカーボールくらいだろうか。が、赤く燃え滾ったそれが高度から大量に落下してくる見た目の恐ろしさと、ドゴンッドゴンッドゴンッと断続的な衝突音がステージに響くたび、クレーターが出来ていく様は衝撃的だった。
観客席に座っていたシゲルですら度肝を抜かれた様子で椅子から転げ落ちているほどだ。
一方、ステージの上で降り注ぐりゅうせいぐんを必死で避けようとするスターミーだったが、運悪く逃げる方向すべてが流星の着弾地点となっていた。
着弾の余波で、行動を遮られが身体が鈍る。そこへ最後の一発が直撃した。それは赤い核を見事に打ち抜き、スターミーの身体を場外へと吹き飛ばした。
「うわ、急所にあたった……、えぇ!? そいつスナイパーかッ!?」
倒れ伏すスターミー。レベル差を考えればギリギリで絶えるだろうと思っていたハマサキの予想は読み違いで外れていた。
「どうです先輩。俺だってはかいこうせんばかりじゃないんですよ? だてに本部のチャンピオンやってませんって」
「うーむ。確かに驚かされた。けど悪いな。この試合、たぶん私の勝ちだ」
立った自分のポケモンが倒されたばかりだというのに、本当に申し訳なさそうに言うハマサキ。
「勝利宣言にはまだ早いですよ。僕はキングドラを含めて2匹。先輩もあと2匹でしょう」
6対3。手持ちを6匹つれたチャンピオンに釣り人がわずか3匹の手勢で挑む。何も知らない人が失笑ものだ。笑い話にもならない。
けれどハマサキはこのルールで今のところ一度もワタルに負けたことが無かった。
それどころか最初の一匹目を倒されたのですら今回が初めてのこと。
毎回、一匹目に出す速攻型スターミーにワタルは負けていた。
ドラゴンタイプに拘るワタルが自分の弱点を知らないはずもなく、スターミーの弱点である10万ボルト、その長所を失わせるでんじはをポケモンに覚えさせてある。
……だが、種族値と性格に恵まれ努力値を計算して振ったことでプテラですら及ばない素早さを手に入れたスターミーがどうしても抜けなかった。
しかし、今回は今までとは違う。あの散々辛酸を舐めさせられた忌々しい星型の悪魔はキングドラの前に倒れた。
そしてワタルはまだ自分が最も信頼する切り札を温存している。相手があの悪魔でない限り、チャンピオンになってからは無敗のポケモンだ。
「確かに数の上では同数だが……ワタル、お前の最後のポケモンってどうせカイリューだろ?」
ワタルが最も信頼する切り札。それが最低でも75レベル以上はあるだろうカイリュー。
そのことは周知の事実であり、自分とのバトルで彼がメンバーから外すわけがないだろうという読みだ。
いまさら隠すことでもなく、ワタルもそれを認めた。
「えぇ、まぁそうですが」
「で、そのキングドラが持ってる四つ目のわざは、はかいこうせんだと思うんだがどうだ?」
「だとしたらどうだって言うんですか」
「いや、これが勝ち抜き式でなければわからなかったんだけどな。まぁ、そのなんだ。先に謝っておく。すまん。……出番だ、ヌケニン」
「……なんですか、そいつ?」
現れたのは表情の読めない黄土色の……おそらくむしタイプのポケモン。
足は無く、ふよふよと宙に軽く浮いている。羽はあるようだがまったく動いていないのでそれとは異なる、何か別の力で浮かんでいるようだ。
現れたきり身じろぎ一つすることなく宙に浮かんでいる。
「あら? ワタル、お前チャンピオンのくせにこいつを知らないのか?」
「お、俺にだって知らないポケモンくらいいますよ! 世界じゃ毎日のように新種が見つかってるんですから」
「……まぁ、こいつの入手法を知ってる奴なんてそう多くはないし仕方ないかもな。じゃあ、ワタルいい機会だから覚えておくといいぞ。ヌケニン、つるぎのまいだ!」
「キングドラ! 積まれる前にハイドロポンプで吹き飛ばせ!」
ヌケニンが宙を舞う前に、キングドラのハイドロポンプがその身体にヒットした……ように見えた。
ヌケニンの身体を圧縮された大量の水がすり抜けていく。
「どういうことだ!? なんで、キングドラのハイドロポンプが……」
「よし、ヌケニンもういっちょつるぎのまい」
「くっ、はかいこうせん!」
キングドラの口から圧縮された無色の光線が放たれるが、またもやヌケニンの身体をすり抜けていく。
「あぁ、言い忘れてたがこいつゴーストタイプ持ちのむしポケモンだぞ」
「……いや、だとしてもハイドロポンプがあたらないのはおかしい……キングドラ、りゅうせいぐん!」
「まぁ、他に手が無いなら妥当な選択だが、それも無駄なんだよな。ヌケニン、かげぶんしんだ」
キングドラの呼び寄せた流星がヌケニンの周囲に降り注ぎ、そのうちいくつかは直撃もした。
しかし、攻撃が終わってもヌケニンの姿は変わらずそこにあった。
そしてゆっくりとヌケニンの身体がぶれていき、やがてヌケニンそっくりの分身がステージに現れる。
「なんでこうかがないんだ……? かげぶんしんが先に発動したわけでもないのに?」
「こいつのとくせいさ。ふしぎなまもりって言うんだが、こうかがばつぐん以外じゃダメージを受けないっていうものでな」
「なんですかそれ。反則じゃないですか」
「まぁ、だから先に謝ったじゃないか。すまんって。まぁ、代わりにどんな攻撃でも食らえば一撃で沈んじまうんだがな」
「くっ、俺のキングドラじゃどうあがいても倒せないってことか」
「そういうこと。もうそろそろいいかな? ヌケニン、シザークロス!」
「……戻れキングドラ。お前はよくやったよ」
勝る素早さで逃げ切ろうとするキングドラだったが、シャキーンシャキーンと両サイドから迫り来るヌケニンとその分身に追い込まれ、ついにステージの上へと倒れ伏した。
キングドラをボールに戻して労うワタルだったがその表情はなんともいえないものだった。喜んでいたら、そこに水をかけられた。
これが実力ならともかく相性での完封であったため、なんだか釈然としないのだ。
「先輩の使うポケモンはあいかわらずエグイのばっかりですね」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。こんなもんでエグイなんて言ってたら世の中やっていけないぞ?」
「そんな台詞を本部のチャンピオン相手に吐けるのはあなたくらいですよ」
そう言ってボールをステージの上に投げるワタル。現れたのは大きな身体とそれを持ち上げるこれまた大きな翼を持ったポケモン。強大な力を秘めていながら愛嬌のある顔立ちとおなかの縞々がチャーミング。
「お、出てきたなカイリュー」
「えぇ、こうかがばつぐんならダメージは通るんですよね? ならカイリューそらをとぶこうげき!」
「おっと、分身のほうに突っ込んだか。本来ならここでバトンタッチさせたいんだが、勝ち抜き戦だからな。ヌケニン、シザークロスで迎え撃て!」
バサッと空中に身を翻し、一回転すると翼を大きく広げて止まるカイリュー。大きくバンッ!と空気を翼で叩き、高速でヌケニン目掛けて落下していく。
選んだのはワタルにとって運良く、本体のほうだった。
対するヌケニンはシザークロスの構えで迎え撃つ。
しかし、すばやさで劣るヌケニンはシザークロスを放つ前に、落下してきたカイリューの爪が先にかすり倒れてしまった。
「ついに最後の一匹、ですね。あなたに負けてから修行に明け暮れ、6年。チャンピオンなってもあなたには届かなかった。けれど、それも今ここで終わらせる!」
手元に残っているポケモンは一番信頼しているカイリュー。
「まぁ、なんだ。盛り上がってるところ悪いけど、あえて言わせて貰おう」
――デュワ!
「10年早い」
悪魔、再臨。
――セキエイ高原――スタジアム内ポケモンセンター――
バトルを終えてセキエイのポケモンセンターの待合室。
バトルで傷ついたポケモンたちを回復させるために預けたところだ。
ワタル君とのバトルはいつものごとく私の勝利で終わった。
最後にもう一匹のスターミーを出したときの彼の表情は筆舌につくしがたい。
あんなにもスターミーがトラウマになっていたとは知らなかった。
まぁ、大学時代に出会ったときから同じように倒していればこうもなるか。
「まぁ、アイテムの使用と所持が禁止ってルールでやったらどうしてもこうなっちゃうって」
「ですが、どうしても俺はドラゴンポケモンであなたに勝ちたいんです! 故郷の誇りと伝説のドラゴン使いとして!」
「なら、もう少しパーティのコンビネーションを考えないと」
「ですが、そのコンビネーションを発揮する前にやられてしまっては……」
「タイプ一致でもないうちのスターミーのれいとうビームならもっとレベルあげればカイリューで耐え切れると思うけどなぁ」
「これ以上に、ですか……?」
「うん。ワタル君のカイリューにはまだ先があると思うよ。で、その子を軸にしてパーティをもう一度考え直してみるといい」
「本当に容赦ないですね……ここまで育てるのにどれだけ苦労したと」
「うん、まぁでも色々工夫すれば案外いけるものだよ。頑張りな」
「はい……」
主にしあわせたまごとか、交換とか。
私のスターミー達もすべて人から貰ったものだし。ジョウタローの奴、元気にしてるかな? ヒトデマンの研究論文で博士号を貰ったって聞いたけど……。
「ところで先輩」
「うん?」
「その子が先輩の言っていた例のお子さんですか?」
「あぁ、いや。この子は息子の友達さ。ただ今日から私の弟子になる子だから先に高レベルのバトルを見せておこうかと」
「先輩が弟子を取るんですか!?」
「何もそこまで驚かんでも……」
あ、いや、しかし、なんて言葉を濁すワタル君。
柄じゃないってのは自覚してるから、そんなに動揺しないでくれ。軽く凹むじゃないか。
「君、名前はなんていうんだい?」
「し、シゲルです」
「そうか、シゲル君だね。君は手ごわい相手になりそうだ」
「えっ、あぅ、いえ、その……」
言われた方のシゲル君は目を白黒させて慌てている。
「ワタル君。リップサービスもほどほどにしてくれ」
「割と本気なんですが……」
そのとき、ポケモンの治療が終わったことをつげるアナウンスが流れた。ワタルが呼び出されている。
「あっと、すいません先輩。ちょっとこのあと用事があるんでポケモンたちを受け取ったらそのまま失礼します」
「あぁ、わかった。いや、忙しいのにつき合わせて悪かったね。急な頼みだったのに訊いてくれてありがとう」
「いえ、俺も勉強になりましたし、一匹とはいえあの悪魔も倒せましたからね。本当は最近チャンピオンとして調子が良かったんで今日こそ勝てるかも、と思ってたんですけど、それも慢心だったと気付けて良かったです。ですが、次は俺が勝ちますよ」
「あぁ、楽しみにしてる」
私の返事にニヤリと笑って立ち去っていくワタル君。
相変わらず派手で変な身なりだけど、不思議と似合う立ち振る舞いだ。などと私は感心していた。
「……オジさん」
「うん?」
「オジさんって何者なの?」
「うーん……。サトシの父親、でいいんじゃないかな?」
「このこと、サトシは知ってるの?」
「多分知らないね。教えたことないし」
「なんで?」
「教える必要がないし、むしろ生きていく上じゃ邪魔になると思うから、かな。出来ればこのことは秘密にしておいてくれないか?」
「……よくわかんないけどサトシに秘密にしなきゃいけないのはわかった。でも、なんで俺には教えたの?」
「君は私の弟子になるんだ。自分がどんな人間に師事するのかを教えておくほうが何かとやりやすいだろ?」
ちょっと意地悪くウインクしてみせる。
「オジさん、本当にあのサトシのお父さんなの?」
「……違うように見えるのかい?」
「わかんねぇ。でも何でも直球なサトシとは似てない、気がする」
「そっか」
「なんか変なこと言ってごめんなさい。とにかくこれからよろしくおねがいします師匠」
「うん。よろしく。じゃあさっそく家に帰って授業を始めようか」
「はい!」
元気があって大変よろしい。
――教える側も教わる側も初めての授業だったせいか詰め込みすぎたようだ。
次の日、シゲル君は知恵熱を出して寝込んでしまった。各所に謝りに行っていたら会社に遅刻した。
息子には変な目で見られたし、どうにも調子に乗りすぎたようだ。
とりあえず授業は週一でゆっくりやっていくことにしよう。