トリッパーな父ちゃんは   作:ラムーラ

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息子とライバル4

 

 

 ――マサラタウン――オーキド研究所――第二資料室

 

 

 

 埃の充満していた部屋を軽く掃除してパイプ椅子と折りたたみ式の長机を組み立てた。

 少し車輪のがたついたホワイトボードを引っ張り出してくる。

 机の上を雑巾で軽く拭い、そこにテキスト類を置く。

 そうしてやっと私とシゲル君は向かい合って席についた。

 

 シゲル君の授業は彼自身の要望で今日からここで行うことになった。

 努力しているところをサトシに見られたくないからだとか。

 孫の頼みに快く部屋を貸してくれた教授だが、ていよく使っていない部屋を掃除させたかったようにも思える。少し穿ちすぎだろうか。

 この部屋は長い間使っていないのか少し黴臭いような、インクの染み付いたような臭いがするんだが……。

 

「さて、二回目の授業を始めるわけだけど……シゲル君はプロリーグの中継はよく見るかい?」

「はい、師匠」

「じゃあプロリーグのバトルで良く使われているわざやポケモンについてはある程度知っていると見ていいかな?」

「たぶん、大丈夫です」

「よし、それじゃあ早速だけど、ワタル君が私に勝てなかった根本的な理由はなんだったと思う?」

「えっと……なんだか色々あったけど、俺にはよくわからなかったです。スターミーが色んなタイプの技を使っていたこと、ヌケニンが不思議な力を持っていたくらいしか……」

「うん、まぁその年でそこまで理解できてるなら十分かな。これが家のサトシだったならスターミーが凄く強かったとかヌケニンが反則だった、で終わっちゃうかもしれないし」

「でも俺が一番わからないのは、なんで師匠は途中で勝てるってわかったのかなんです。まだポケモンを出してもいなかったのに」

「おぉ、いいところに目をつけたね。それこそが私がこれから君に教える戦い方の特徴なんだ」

「どういうことですか?」

「シゲル君。君はあの試合でワタル君が私に勝つ方法を思いつくかい?」

「……無理だと思います。師匠のスターミーはキングドラ以外のポケモンを一撃で倒していました。避けたり、先手をとろうとしてもそれ以上に素早かったし……たとえ一匹はキングドラで倒せたとしても二匹目が居るんじゃどうしようもないです」

 

 少し考えて答えてくれたシゲル君。ま、予想通りの答えだ。

 

「残念だけど、それは違うかな」

「え、でもどう考えても……」

「確かに今のポケモンリーグは力と力のぶつかり合いのような部分が大きいから、プロでもそう考えてしまう人は多いだろうね。だからシゲル君。君の答えは決しておかしいものじゃない」

「師匠は違うんですか?」

「違うね。そもそも私のスターミーが二匹ともまったく同じだと思っている時点で考え方を間違えているよ」

「えっ?」

「なんで私がスターミーを二匹持っていたと思う?」

 

 ホワイトボードに簡単なスターミーの絵を縦に並べて二つ描く。それぞれの隣にA,Bと書き入れるのも忘れない。

 

「一匹目が倒されたときの予備、じゃないんですか?」

「そういった面もるけれどそれだけじゃないね。三匹しか使えないのにまったく同じスターミーを二匹入れたってあまり意味はないし」

「意味がない?」

「わかりやすく言おうか? もしワタルがキングドラを二匹以上持っていたら?」

「あっ」

「理解できた? たとえヌケニンで倒せても続けてキングドラを出してくるわけがない。そしてすでに最初のスターミーが倒されているのに、そのスターミーとまったく同じ能力とわざを覚えているスターミーが勝てるなんて考えるのは楽観的すぎるだろう?」

「確かにそうですね。じゃあそれならなんで師匠のメンバーにはスターミーが二匹居たんですか?」

「二匹目のスターミーは一匹目と同じじゃないのさ」

「同じ、じゃない?」

「タイプの相性については、博士のお孫さんだから当然知ってるね?」

「はい」

「一匹目のスターミー、仮にAとするけど、こいつはすばやさは高いけれど、とくこうはそれほど高くない。二匹目のスターミー、こっちはBとするけど、Bは逆にとくこうはとても高いけれど、すばやさはそれほど高くなかった」

 

 二つのスターミーの絵の横にそれぞれとくこう低、すばやさ高、とくこう高、すばやさ低と記入する。

 

「えっと……?」

 

 質問があるかな? と見てみるとシゲル君は首をかしげている。まだ説明を続けないといけないか。

 

「Aは確実に先手が取れる。けれどあまり攻撃力は高くない。だからみず、こおり、でんきと3タイプの攻撃技を覚えさせて相手の弱点を適確につけるようにしたんだ。BはAが倒しきれない敵も倒せる、かもしれない。けれど、先手を取られやすいし安定感に欠ける」

 

 Aの絵の横に覚えているわざを書き加える。

 

「……でもそれだとAが先手を取ったけどそのまま倒されて、Bは先手を取られて負けることがありませんか?」

「何も考えずに出せばそうなってしまうね。だからAにはでんじはを覚えさせていたんだ。まひ状態にすればすばやさは最低になるからね。後から出すBでも先手が取れるようになるし、たまに敵の身体が痺れて動けないこともある。それならBが一撃で倒せなかったとしても倒しきるまで攻撃できる、かもしれない」

 

 Aのわざにでんじはを書き足す。

 AとBの絵の説明文を書いた側とは反対側に敵と描いて〇で囲む。空いているスペースに『すばやさA>敵>B』と書く。

 解説しながらでんじは先に書いた敵マークにAから矢印を書いて上にその上にでんじはと書く。

 敵マークの上にでんじは使用後、A>B>敵と書く。

 次に敵側から攻撃と書いた矢印をつくり、Aの絵にバッテンをかいた。。

 

「でも、それでもまだ運任せですよね? 逆転されてしまう可能性も大きいんじゃ?」

「そうだね。だからヌケニンにはかげぶんしんとバトンタッチを覚えさせていたし、Bのスターミーにはみがわりを覚えさせていたんだ。まぁ、ワタル君とバトルするときはルール上の問題でヌケニンのバトンタッチは意味が無いんだけどね」

 

 Bのわざ欄にみがわりを記入する。ヌケニンは、まぁ描かなくてもいいだろう。

 こちらが何も言わずとも自分のノートにホワイトボードの絵を書き写しているシゲル君。勉強熱心で大変よろしい。こっちもやる気が出るというものだ。まるで受験中の学生のようだけれど。

 ただ、ノートが自由帳なのは小学生らしいというか、ご愛嬌というか。

 

「そのバトンタッチとみがわりってどんなわざなんですか?」

 

 無駄なことを考えながら見ていたら、ノートから顔を上げて質問してきた。

 

「あぁ、それは知らないのか。バトンタッチはポケモンの使った一部のわざの効果を次に出てくるポケモンに引き継げるってわざなんだけど、詳しくはまた今度教えてあげよう。この場合はかげぶんしんを次のスターミーに引き継いでみがわりさせて安全性を高めるのが目的さ。

 みがわりは自分の体力を削って相手の攻撃を代わりに受け止めてくれる分身を作り出すわざだね。こいつを使えば一撃で倒れるようなわざも防げる。ただ使うだけじゃジリ貧になりやすいわざだけど、でんじはやかげぶんしんと組み合わせれば強力な効果を発揮してくれるんだ。みがわり、かげぶんしん、でんじは。これらの技は覚えられるポケモンも多い上に、考えてつかえばとても強力な効果を得られるわざだから覚えておいて損はない。まぁ、わざについてはそのうち詳しくやるからまだいいけどね」

 

 ボードの空いたスペースにでんじは+みがわり=効果倍増と書いておく。

 

「……すごいです師匠。俺、プロの試合見ててもそんなに考えてやってるなんて思ったことも無かったです……」

「まぁ、これくらいで感心されても教える側としては困るかな。もっと万全を期すなら二匹目のスターミーを他のポケモンにしたほうがずっと効率はいいからね。そのうえでヌケニンもテッカニンに変えればずっと安定したパーティになる。ヌケニンはすばやさが高くないから完封できない相手に出すと速攻でやられることも多いし」

 

 正直、ヌケニンは元々別の目的に使っていたのを遊び心で入れてみただけし。ガチで勝ちに行くようなメンバーじゃなかった。ワタル君の性格から十中八九覚えさせていないと確信していたけど、キングドラだってどくどくを覚えられるのだ。ヌケニンのとくせいは状態異常ややどりぎのたねなどの効果ダメージまでは防げない。

 もっとも、元の世界ではその脅威性を知られきっているから対策も取られているが、この世界じゃヌケニン対策なんてどれだけの人がしていることか。チャンピオンですら知らないのだ。事実、昔使っていたときは本当に猛威を振るってくれたものである。

 

「効率?」

「同じポケモンに異なる役割をさせるよりも違うポケモンに異なる役割をさせたほうが何かと都合がいい場合が多いって話なんだけど、これは今回は置いておく。だからノートに書かなくてもいいよ」

 

 そもそも、スターミーが手持ちに二匹も入っていたのは、ちょうど個体値と性格に恵まれたのが二匹も手に入って浮かれていたときにワタル君と初バトルすることになって、そのまま変えていないだけだし。ヌケニンが入っているのだってちょっとした遊び心からだ。

 このパーティは出す順番が半ば決まってしまっているうえに弱点も多いからワタル君相手以外じゃ危なっかしくて使えない。

 

「まだ上が……。聞けば聞くほどワタルさんが師匠に勝てるとは思えなくなってきます」

「そんなことはないよ。このあいだの試合ならワタル君が勝つ可能性もあるにはあったさ」

 

 そんな驚いた顔しなくても。彼だってチャンピオンなんだし、出してきたポケモンのレベルもそんじょそこいらトレーナーじゃ足元にも及ばないくらい高かったというのに。

 バトルする前はあんなに私の実力について懐疑的だったのが凄い変わりっぷりだ。悪い気はしないけど。

 

「例えばポケモンを出す順番を変えるだけで随分と違う結果になっただろうね」

「でも、ポケモンの順番を変えたところでワタルさんが師匠に勝てたようには思えないです」

「じゃあ、ちょっと解説してみようか。まずスターミーをキングドラで早めに潰す。そして次に出てくるヌケニンを相性で有利なリザードンかプテラで抑える」

 

 ハマサキ、ワタルと名前を書き。その下にそれぞれの手持ちの名前を書く。それぞれの名前を矢印で結んでいく。順番を記入するのも忘れない。

 

「さっき言ったとおり二匹目のスターミーは最初に出したスターミーより素早さが低いんだ」

「……えっと?」

「最後のカイリューは種族値とレベル差で素早さを上回っていたから先手を取れた。そして高いとくこうを活かしたれいとうビームでカイリューは倒せた。けれどワタルのポケモンの中でプテラより早く行動できるかとなると少し怪しかったんだ。プテラは種族としてならスターミー以上にすばやく動けるポケモンだからね。どちらのスターミーもすばやさが増す育て方をしたけれど、それでも元々の差っていうのは大きいからね」

 

 すばやさ、プテラ>スターミーBと空いたところに小さく書く。うーん、てきとーに描いていたからそろそろスペースが足りなくなってきたな。

 

「だから最後のスターミーにはプテラを当てて、こわいかおやちょうおんぱを使えば勝てたかもしれない。ちょうおんぱは命中率に不安があるけど、混乱させればあとは何とかなるかもしれない。アイテムの使用は禁止だからすぐさま回復されることもないしね。こわいかおだったならもっと確実だ。すばやさをがくっと下げてしまえば他のポケモンたちでも先手が取れる。そうなれば私のスターミーは耐久力がわりと低めだからギャラドスのはかいこうせんかカイリューの10万ボルトあたりで倒されていたんじゃないかな?」

「はぁ……」

 

 む、理解が追いついてない、か? ボードは色々書き足したせいでほとんど埋まってしまった。うーむ、我ながら汚くなってしまったな。なにがなんだかわかり辛い。次はもっとわかりやすく描けるようにしておこう。

 

「プテラのレベルがもっとずっと高ければかみなりのキバと言う手もあったかもね」

「そう都合よく行くものですか? 師匠のポケモンが出る順番がわかってでも居ない限り……あっ」

 

 ちゃんと付いてこれていたか。凄いね。

 

「気付いた? 安定性の理由でこの三匹はほぼ出す順番が決まってしまっているんだ。ワタル君はヌケニンの存在を知らなかったとはいえ、最初に速攻型スターミーが出てくるのは何度も戦ってわかっていた。だからキングドラを用意していた。だったら最初にキングドラを出していればあとは有利に戦えたかもしれない。そうありえない話ではないだろう?」

「じゃあ、なんでワタルさんはキングドラを最初に出さなかったんでしょう?」

「まぁ、結果からみれば判断ミスしたってことだろうね。きっとリザードンやバンギラスで止めておいて残りの二匹にキングドラを温存しておきたかったんじゃないかな? でもバトルは水物だからそういうこともあるさ。実際、私もキングドラの特性を読み違えてしまったし」

「……なんていうか、見てたときは凄すぎてよくわからなかったけれど、こうして話で聞くとテレビで見てる試合とは随分違いますね」

「まぁね」

 

 あれはどちらかといえばプロレスに近いしなぁ。十分に己を鍛え上げた選手たちが真っ向から見てて面白いを闘いをする。本人達は決して弱くないし、むしろ強いからこそできる戦い方だけどショービジネス的な部分があるあたりとか近いと思う。

 勝利や効率と言う面で考えると最高のものとは限らない場面が多々見られるし。ただ、不思議なのは本人達もそれが勝利への最短距離だと思っている場合も多いことだ。

 いや、こっちの世界で実際に暮らしてみると、私みたいなバトルをゲームのように捉えた考え方のほうがおかしいというのも肌で感じるところではある。

 私の教える戦い方は元がゲームだっただけあって詰め将棋に近いところがあって、ルールや定法を知らなければ横で見ていてもあまり面白いものじゃなかったりするけれど、勝つのが目的だからとても効率的だ。ただ、こっちは現実だからそのままでは使えないことがあったりして、そういった部分を見つけるたびにすり合わせをしていかなければいけないのが難しいところだ。

 

「さて。じゃあ私とワタル君のバトルを参考にして、私のバトルで一番重要だったところがどこか答えられるかな?」

「えっと……多すぎて、どれなのか……」

「そんなに難しく考えなくていいよ。全部ひとまとめにしてみればいい。どれも結局は同じところにあるから」

「……知識、ですか?」

「正解。途中で判断力や読みなんかもあったけれど、何をするにしてもまず一番必要なのは知識だ。私の戦い方はそれが無いとそもそも成り立たないからね。ヌケニンの特性なんて、それこそポケモンによほど詳しくない限り知らないことだろう? でも知っていれば簡単に対策できる」

 

 少し迷ったようだが、さくっと正解に辿り着くあたり理解力のある子じゃなかろうか。こちらも随分とやりやすい。うちの息子はわからないの連発だからな。

 ……そういえばシゲル君はわかりませんをほとんど使わないな。全部、よく自分で考えて、その上で何かしら答えている。多少なりともこちらで誘導したところはあるとはいえ……本当に小学生だろうか。実はふしぎなくすりを飲まされて見た目は子ども、頭脳は大人な名探偵だったりしないよな?

 

「知識を基に有利な状況を構築する。それが私が君に教えるポケモンバトルだよ」

「……知識で、戦う」

「研究者も目指す君にはうってつけかもしれないね」

 

 シゲル君は本当に頭がいいように思える。オーキド博士の影響か、説明を理解できるだけの下地もあるようだ。家の息子とはまた違う才能の塊かも。

 

「ただ覚悟は決めておきなさい。知識で戦うと一言で言っても、それには膨大な時間と努力が必要になる。さらにどれだけ知識を蓄えようと終わりはない。情報っていうのは常に増え続けるものだからね。そのうえ、詳しくは教えられないけど、この考え方は何千人、何万人という人間がそれぞれ膨大な時間をかけて作ったものなんだ。それを君が自分のものとして使うのなら、そこからさらに自力で発展させなきゃならない。」

 

 よくわからないって顔だな。まぁ、最初はそれでいいんだ。いつか、教えたことだけに頼るんじゃなく自分でさらに努力していくことが大切なんだと気付くための言葉だし。

 

「とにかく、強くなりたければ強くあり続けるように努力しなさいってことだ。出来るね?」

「はい!」

「いい返事だ。じゃあまずは主にカントー地方に生息する伝説も含めたポケモン151匹を覚えるところから始めようか」

 

 シゲル君がノートに書き写し終わったのを見計らって、ボードに描いたものをすべて消す。

 とりあえず図鑑順で教えていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マサラタウン――スクール――教室

 

放課後。一日の授業を終えて子ども達が元気良く教室を飛び出していく。

そんななかでシゲルは一人机にしがみ付いて学校のものとは違うテキストとにらめっこしていた。

 

「……ピカチュウ、カイリュー、ヤドラン、ピジョン……」

 

眉を寄せてぶつぶつとポケモンの名前を呟いている。

 

「あー、やばい! 覚えきれねぇ……なんだよ151匹も一週間で覚られるわけねーじゃん。名前だけならまだしも特長とか特性とか体長とかそいつしか覚えないわざとか、そんなのまで覚えろとか、マジありえねー!」

 

シゲルがうがぁっと両手で頭を抱え出した。相当フラストレーションが溜まっているようだ。

一週間、小学生が寝る間も惜しんでポケモンの名前とその詳細を一致させて覚える作業を繰り返していればこうなっても仕方ないのかもしれないが。

 

「そもそも、サンダーとかフリーザーとか実在してるかどうかもわかんないようなポケモンまで覚える必要あんの? ミュウとかミュウツーなんて聞いたこともねーぞ……」

 

そもそもポケモンが151種類もカントーに生息していたことからして彼には驚きだった。

カントーで正式に確認されていたポケモンの種類はその半分くらいだったはずなのに。

この疑問についてシゲルは、ハマサキから宿題を貰ったその日のうちに祖父に確認を取っていた。

すると祖父は「わしはおよそそのくらいの種類がカントーには生息しているものと見込んでいるんじゃが……誰から聞いたんじゃ? ハマサキ君? あぁ、まぁ彼ならそれほど不思議でもないかものぅ」

と言い、ますます疑念が深まっただけだった。

仮にカントーに151種類近くのポケモンがいるとしてそのことを当然のように語るハマサキは何者なのだろう? まだ幼いとはいえ、シゲルにだって明らかに変であることくらいわかる。

ただ、ハマサキが凄腕トレーナーであり、それらを自分に伝授してくれてるいま、余計なことを言って辞められるのも困るから突っ込まないだけなのだ。

 

「だからって、学校の宿題もあるのにこんなの覚えきれないって……けどやんねーと、ドククラゲの刑だとか言ってたし……うあぁ」

 

ふと窓越しに外を見る。さほど広くない校庭ではサトシのギャラドスが子どもたちの遊び場になっていた。きゃいきゃいと騒ぐクラスメート達に囲まれて、サトシもまんざらではない様子だ。

遠目からでもわかった。

親友が楽しそうなのはいい。でも自分がそこに混ざっていない……。

いや今、自分が望んでいることは、他のクラスメートと一緒になって彼の周りにいることじゃない。

胸を張って対等の立場であると誇れることだ。

 

「ぐぬぬ……やっぱここまでやってんだし、サトシにだけは負けたくないな」

 

一人ぼっちの教室がやけに寂しく感じられてシゲルは帰り支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

――マサラタウン――スクール――校庭

 

たくさんのクラスメートに囲まれたサトシは、複雑な心境だった。

ギャラドスに進化させる前は余所余所しかったクラスメート達が今は我先に質問をしてくる。

 

「なぁ、どうやって進化させたんだ?」

「こいつ、言うこと聞くの?」

「近づいても大丈夫なの? ギャラドスって凄く凶暴なんでしょ?」

「テレビで見たギャラドスは青かったけどお前のは赤いんだな、なんでだ?」

「かっけー、マジかっけー! いいな、いいなー!」

 

最初は彼らもおっかなびっくりだった。けれどギャラドスがサトシの言うことをよく聞いて守っているのを見て好奇心が抑えきれなくなったらしい。

今ではギャラドスの巨大な身体をぺたぺたとその小さな手で触ったり、ゆらゆら揺れる尾っぽに捕まったりと好き好きに遊んでいる。

その中にはコイキングがギャラドスに進化したときのふとっちょとやせぎすも居た。

 

自分の育てたギャラドスが人に褒められるのは嬉しかった。なんだか自分も認められているうような気がした。

自慢のギャラドスだ。毎日毎日、はねさせてきたせいか外に出していると時々はねてしまう癖がついているけれどそこも愛嬌に思える。

コイキングのときから愛情を注いで育てたのだ。最初は弱すぎて泣きたくなった。何が起きてもほとんど変わることのないまぬけ面にも苛立った。

でも、長く世話をしているうちに愛着が沸いてきた。特訓中にわるあがきで傷ついた身体を傷薬で直してあげると尾ひれを激しく振って喜ぶし、好きな餌をあげれば表情も少し喜びに変わる。

毎日、わるあがきを命じて怪我させているのがなんだか辛くなってきたとき、たいあたりを覚えた。コイキングが自分の気持ちを感じて頑張ってくれたような気がしてさらに愛着が沸いた。

 

でも、そんなコイキングと自分のことを認めてくれている人間はほとんど居なかった。子どもだけじゃない。マサラの大人の中にだって自分と自分の父親を馬鹿にするような人がいたことも知っている。「息子に最初のポケモンとしてコイキングを与えるなんてどうかしている」だとか「ギャラドスに進化するなんて信じられない、新手の虐待じゃないの? いくら父親の言うことだからって馬鹿正直に従うこともないのにね」だとか。

偶然通りがかって耳にしたおばちゃん同士の噂話だったけれど、自分の努力と大好きな父親を否定されたようで悔しくて。

ハマサキが帰ってくる前に誰も居ない家で泣いたこともあった。

いや、引っ越してきてからしばらくはほぼ毎日そうしていた。

 

だからこそ、そこから自分を連れ出してくれた親友が今、ここに居ないことが寂しかった。

 

「あいつ、どうしたのかな……」小さなつぶやきが口から出ていった。

 

最近、シゲルはサトシとあまり遊ばなくなった。サトシは自分の周りに人が増えて遊びに誘いづらくなったのだろうか?と思い、自分から誘ってみたがちょっとやることがあるから、と素気無く断られてしまっていた。

自分は何か親友を怒らせるようなことをしただろうか。身に覚えはない。でも、きっと何かあるんだろう。……ダメだ、わからない。

 

こうなったら直接話をして訊いてみよう!

 

と悩みに結論づけたサトシはちょうど校門を出て行こうとするシゲルの後姿を見つけた。

 

クラスメート達に「ちょっとごめんね」と声をかけて走り出す。

 

その後ろをギャラドスがはねるように追いかけた。クラスメートたちの悲鳴が聞こえて一瞬振り返ったが、誰も怪我などはしていないようだ。

 

「ご、ごめんよー!」

 

とひとつ謝ってそのままシゲルに追いついた。

 

「シゲル!」

 

「ケーシィ、ベトベ……、ん? あぁ、サトシか。どうした」

 

後ろから声をかけられて振り向いたしシゲル。サトシの後ろから自分に向かってはねてくるギャラドスに驚かないのはさすがである。

 

「どうしたじゃないよ。最近忙しそうだけど、なんかあったの? たまには一緒に遊ぼうよ」

 

相手の様子を窺うような声音だが、本音も漏れている。そのことに気付きつつもシゲルはいつもどおりの答えを返した。

 

「あー、悪い。今は遊んでる暇ないんだわ」

 

「今はって……何してるのさ?」

 

「それは……」

 

言いよどむシゲル。対して訝しげな表情のサトシ。

 

「教えてよ。なんなら手伝うからさ」

 

ややって、シゲルが口を開いた。

 

「お前には言えない」

 

「……なんだよそれ」

 

友達だと、それ以上の親友だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。まるで崖から突き落とされたかのように、冷水をバケツで頭からひっかけられたかのように。

一気に気が重くなっていくサトシ。底まで辿り着いた末に待っていたのはムカムカとした感情による上昇だった。

 

「サトシ。お前のことは友達だと思ってる。けど……だからこそお前の手伝いは要らない」

 

が、それを止めるような発言がシゲルから出てきた。さらに再度の拒絶もついている。

 

「わけわかんないよっ!?」

 

それはサトシの心を落ち着かせるどころか更なる混乱の渦に叩き込んだだけだった。

 

「お前、ポケモンマスター目指してるんだろ?」

 

が、友人のそのさまを見てもなおシゲルは淡々と続けた。確認を取るようなそれに、サトシも頷いて返す。

 

「そうだけど?」

 

「俺も目指してる。そういうことさ」

 

そう言い残して立ち去るシゲルの背中をサトシは呆然と見詰めることしかできなかった。

 

たった今、親友の言った言葉の意味。勉強は苦手なサトシだったけれど、それはすぐさま理解できた。

 

きっと、彼は今、努力しているのだ。自分がコイキングを特訓させていたときのように。

あの時、見かねたシゲルが「何か手伝おうか?」と言って、サトシはこう答えたのだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど手伝わなくていいよ。ポケモンマスターになるのならこれくらい自分でやらなくちゃ」と。

 

 

 

 

 

――この日この時から二人はライバルとなった。

 

 

 

 

 


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