迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン

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第九話

 カッツェ平野。一年中霧に覆われた呪われし大地。晴れるのは年に数日、ある時期のみ。無尽蔵に湧くアンデッドの討伐は将来この地を領土にせんとするバハルス帝国の国家事業であった。アルシェ・イーブ・リイル・フルト属するフォーサイトもまた、よく資金稼ぎにカッツェ平野に赴いていた。しかしこの日はいつもと様子が違っていた。

 

 

「ハァアアア!!」

 

 ヘッケラン・ターマイトが双剣を左右からバツの字に振るう。武技〈双剣斬撃〉を受けた骸骨(スケルトン)が二、三体まとめて薙ぎ払われた。如何に〈斬撃耐性〉や〈刺突耐性〉を備えたアンデッドとはいえ、低位であれば斬撃でも倒せる。それでも後方にいた一体は耐え抜いたようだ。崩れた体勢を立て直そうと仲間の骸を足蹴にしている。迫り来る刃にヘッケランは信頼する仲間の名を叫んだ。

 

「イミーナ!」

「わかってる!」

 

 応えたのは半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナだ。引き絞った弓から放たれるのは二本の特徴的な鏃の矢。アンデッド特攻の殴打武器。それらは弧を描き綺麗にヘッケランを避け、スケルトンへと突き刺さる。瞬間、偽りの生命が終わりを告げた。物言わぬ白骨と化し周囲に散乱した。

 

「これは、何とも……切りがないですね!」

 

 全身鎧(フル・プレート)に身を包みサーコートを翻す神官、ロバーデイク・ゴルトロンが特殊技術を発動する。アンデッド退散により周囲のアンデッドが消滅していくが焼け石に水だ。空いた穴を塞ぐように新たな骸骨が躍り出る。

 

「〈火球(ファイヤーボール)〉!」

 

 アルシェが杖を振り上げ火球を放つ。最前線のアンデッドが燃え落ちるが、こちらもすぐに塞がれてしまう。アルシェはジリジリと後退し、ロバーデイクと背中合わせになった。

 

「……この量は異常」

「ですね……」

「ったく、人気者は辛いぜ」

 

 後衛の不安を吹き飛ばすようにヘッケランが明るく笑う。しかし額から滴る汗とぎこちない口元からは彼の隠せない疲労が垣間見えた。無理もない、もう幾度となく武技を繰り出しているのだから。今日のカッツェ平野は明らかに異様な空気を纏っていた。アンデッドの種類こそ変わらぬが、その数が桁違いなのだ。昼間にも関わらず、まるで新月の夜のように。夥しい数のアンデッドに気づき、パーティメンバーに撤退を指示した時にはもう遅い。減らない敵、対して次々と削られていく魔力、精神力、治癒薬と言ったリソース。今のところ四人が互いを互いに庇い合い、何とか回していたがそれもいつ限界を迎えるか知れない。

 

「ははっ、こいつは……今度こそヤバいかもな」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 

 思わず弱音を吐くヘッケランにイミーナが檄を飛ばす。

 

「無駄口叩く暇あるなら一体でも多く倒しなさい! 最悪、アルシェだけでも絶対無事に帰すんだから!」

「そんな……!」

 

 仲間の悲痛な覚悟にアルシェは絶句する。アルシェは今回のことは自分に責があると考えていた。シズ・デルタ仲介の元、恩師フールーダと再会を果たしたアルシェは彼に近況を報告せざるを得なかった。話を聞いたフールーダは「お主さえよければ戻って来ぬか? 相応のポストを用意する」と提案してくれた。一晩悩んだアルシェは妹たちのことを鑑み、これを承諾。帝国魔法省への切符を入手した。

 翌日、フォーサイトの仲間たちに恐る恐る告白した。親の借金のこと。そのために魔法学院を辞めざるをえなかったこと。いい加減愛想が尽きて親と決別したこと。フールーダの誘いを受けたこと。そして、フォーサイトを抜けるつもりだということ。妹たちを養うためには今までのような危険は犯せない。

 

「……勝手なことばかり言ってすまない」

 

 そう俯くアルシェを仲間たちは明るく受け入れてくれた。

 

「良かったじゃない!」

「大出世だな、おめでとう」

「おめでとうございます。しかし、お父上には神の愛をお教えする必要がありそうですね」

 

 皆自分のことのように喜んでくれ、またアルシェの親には怒りを示していた。アルシェの晴れの舞台だ、せっかくなら最後にドンと稼がせて見送ってやろう。パーティメンバーの見解が見事に一致した。この辺りが彼らが普通のワーカーとは違う所以であろう。そこで、フォーサイト四人での最後の狩場にカッツェ平野を選択した。実入りが良い割には危険が少ない。そのはずだったのだが、甘かった。ワーカーとはいつ如何なる時も死の危険と隣合わせなのだと改めて思い知らされた。四方を死の群れに囲まれながらアルシェは震えた声で懺悔する。その目元には光るものが込み上げていた。

 

「ごめんなさい……私の、せいで」

「何言ってるのよ? らしくないじゃない!」

「……え?」

 

 いつの間にか側に寄り添うイミーナがアルシェの細い肩を抱きウインクする。

 

「そうです、我々はアルシェさんが抜ける前に一稼ぎさせていただこうと思っただけです」

「ロバーの言う通り、だっ!」

 

 ロバーデイクがアンデッド退散を、ヘッケランが武技を発動。またいくつかの骸骨が薙ぎ払われた。ヘッケランが背後のアルシェを振り返る。

 

「胸を張れよ、妹さんたちを迎えに行くんだろ?」

「……うん!」

 

 アルシェが顔を上げる。その瞳はまるで〈獅子の如き心(ライオンズ・ハート)〉を受けた後のように輝いていた。自分は良い仲間を、そして良い兄姉を持った。もう迷いはない。絶対に皆と共に生きて帰る。

 

「なっ──」

 

 そんなアルシェの決意を嘲笑うかのように悍ましい絶叫が轟く。運命というものがあるのなら、それは残酷だった。人骨の集合体が周囲のアンデッドを押し退け顔を出す。それは竜の形をしていた。それは魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとって最悪だった。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)!?」

「チッ、不味いな……」

 

 魔法に対して完全耐性を有する最強のアンデッド。ミスリル級冒険者チームに相当するフォーサイトならば決して勝てない相手ではない。しかしそれはあくまでも万全の状態であれば、の話である。既に満身創痍、さらにはアンデッドの大群。その上、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)まで現れては為す術がない。全滅は必至かと思われた。

 

「逃げ切るのは無理、か」

 

 小さく呟くヘッケランは腹を括った。

 

「アルシェ、悪いがイミーナも連れて逃げてくれ! コイツ見た目通り細いから何とか行けるだろ?」

「……え」

「はあ? 何言ってるのよアンタ!?」

 

 アルシェならば〈飛行(フライ)〉で空中から逃走できる。そこにイミーナも連れて行ってくれと頼んでいるのだ。人一人くらいならば何とか運べるだろう。

 

「ここは俺とロバーで時間を稼ぐからさ」

「……そうですね、全滅よりは幾分マシでしょう」

 

 片手で謝罪のポーズを取るヘッケランにロバーデイクが頷いて返す。アルシェは逡巡したがやがて観念したように〈飛行(フライ)〉を唱えた。下唇を噛み、涙を必死に堪えていた。

 

「ねえ、何で……嫌よ! 私も一緒に──」

「頼む、惚れた女一人くらい守らせてくれ」

「ッ──」

 

 その言葉にイミーナは何も言えなくなった。抵抗をやめたイミーナはアルシェに軽く持ち上げられる。二人がふわりと宙に浮いた。霧の向こうへと消えていく。

 

「さてと……悪いな、ロバー」

「いえ、良いのですよ。待つ人がいる少女と未来ある女性を同時に救えるのですから」

 

 遠ざかる少女たちを満足げに見送ると、男たちは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前に立ちはだかった。空で無防備なアルシェたちから注意を逸らさなければならない。ヘッケランは刃を逆手に構える。ロバーデイクもメイスを握り締めた。

 

「地獄まで付き合ってもらうぜ?」

「ふふ、違いますよ。我々は神の元へ召されるのですから」

 

 ヘッケランが最後の力を振り絞る。〈限界突破〉〈痛覚鈍化〉〈肉体向上〉──ブチブチと身体中から何かが千切れる音がした。悲鳴を上げる肉体を叱咤する。ここでやらねば男が廃る。ロバーデイクから〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉〈下級俊敏力増大(レッサー・デクスタリティ)〉が飛んでくる。ありがたい。

 

「行くぞ──」

 

 決死の覚悟を抱くヘッケランが武技を発動し、難業に挑もうとして、

 

「何……!?」

 

 ヘッケランは見た。霧の向こうから触手のようなものが何本も躍り出るのを。鞭のようにしなる()()()あっという間に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を絡め取ると霧の向こうへ引きずり込んでしまった。断末魔が響く。異変はそれだけに止まらなかった。何処からともなく無数のトレントが湧いて出て、アンデッドを襲い始めたのだ。骨に蔦や蔓が巻きつき締め上げている。

 

「しめた! 〈剛腕剛撃破〉〈双剣斬撃〉!」

 

 これを好機とみたヘッケランは自身の背後に双剣を振るう。合点がいったロバーデイクも最後のアンデッド退散を使い道を切り開く。

 

「走れ! 走れ走れ走れ!」

「うぉおおおおおお」

 

 左右でトレントと激しく攻防を繰り広げるアンデッドを他所に二人は全力疾走。霧の境界線を駆け抜けた。息も絶え絶えだが何とか窮地を脱したのだ。ヘッケラン、ロバーデイクは共に大の字に地面に倒れ込んだ。もう一歩も歩けない。息を切らしたヘッケランは何気なく霧の平野を振り返る。我が目を疑った。

 

「なんだよ……あれ」

 

 大樹、としか表現出来ない。霧の向こうに聳え立つそれは笑ってしまうくらい大きかった。ヘッケランの知るどの城や協会の尖塔よりも巨大だった。

 

「お、おい! ロバー! あれ見ろよ!?」

「ハァ、ハァ……え? 何ですって」

 

 死にそうなロバーデイクを無理矢理起こし、ヘッケランは興奮した面持ちで空を指す。ロバーデイクは首を傾げた。

 

「何も……変わったところはなさそうですが……?」

「は? よく見ろよあんな馬鹿でかいも、の──」

 

 ヘッケランの視線の先には何もなかった。強いて言えば霧が何処までも平野に立ち込めているだけだった。

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「そうか、実験は成功したか。うむ、うむ……」

 

 闇の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンは占星千里からの〈伝言〉に顔を綻ばせる。卓につく他の神官長たちはその報せに各々の論を説く。

 

「これでようやくあの裏切り者めを!」

「彼の方の恨みを晴らせよう」

「あの子にも恨みを晴らす機会を与えようぞ」

「おお、おお……でなければあまりにも不憫というもの」

 

 熱を帯びてきた議論に誰かの手が打ち鳴らされる。静寂が戻ったことを確認すると、皆を代表して最高神官長が立ち上がる。

 

「では、破滅の竜王を尖兵にエルフの国に鉄槌を下す。賛成のものは御起立くだされ」

 

 一斉に椅子が引かれる。満場一致だった。それほどまでにスレイン法国のエルフ王国への恨みは深い。十三人の最高指導者たちは六大神の像に祈りを捧げる。

 

「神よ──我らに勝利を」

「勝利を」

 

時は来た。裁きの日は近い。

 

 

 


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