迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン

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第十一話

「これからどうするかなぁ」

 

 ワーカーチーム〝フォーサイト〟拠点、酒場兼宿屋「歌う林檎亭」前でヘッケランはぼんやりと考える。目の前には抱擁を交わし、別れを惜しむイミーナとアルシェの姿。まるで実の姉妹の別れのような美しい光景だが、ヘッケランには複雑な思いが去来していた。第三位階魔法を使いこなす魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アルシェ・イーブ・リイル・フルトの脱退。彼女はその稀有な魔法の才のみならず、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の力量を看破する生まれつきの異能(タレント)を有していた。今まで何度助けられたことか。そんな替えの利かない人材が脱退するのだ。メンバーの入れ替わり自体はさほど珍しくないが、これでフォーサイト解散は確定だろう。今後の身の振り方を考えなければならない。

 

「おや、お一人で決めて宜しいのですか?」

「ッ! ロバー、勘弁してくれよ」

 

 隣のロバーデイクが少しからかうような笑みを浮かべる。ヘッケランはもうその話はいいだろと頬を羞恥に染めた。

 命を賭して死地から逃してくれたヘッケランとロバーデイク。おそらく生存は絶望的だろう。二人の死を悼み、拠点である歌う林檎亭で項垂れていたイミーナとアルシェはひょっこり顔を出す二人を歓喜でもって迎えた。彼女たちの喜びは如何程だったか。あの状況で四人全員が五体満足に無事なんて奇跡としか言いようがない。

 イミーナは泣きながらヘッケランに抱き着き熱いベーゼを交わし、それを見て真っ赤に染まるアルシェの視線を「アルシェさんの前で……」とロバーデイクが覆い隠した。

 それから全員の無事を祝い、またアルシェの今後の飛躍を願って送別会が催された。話を聞いた馴染みの主人が気前良くヘッケラン好物の豚肉のシチューや上等な葡萄酒を振舞ってくれた。普段は水のロバーデイクも今夜くらいはと酒を仰ぐ。そして当然のごとく戻すのをアルシェが慌てて背中をさすり、二人のうわばみは大笑い。宴は大いに盛り上がり、夜遅くまで続いた。

 楽しい時はあっという間に過ぎてしまうもの。宴もたけなわ、もうアルシェが帰路に就かなければならない刻限だ。明日朝一で妹たちを連れて帝国魔法省へと引越しするらしい。名残惜しいがいつまでも引き止めてはいられない。別れの時が来た。

 

「いい? 何かあったらすぐに私たちに言うのよ? 絶対に駆けつけるから!」

「……うん、ありがとう。イミーナ、ヘッケラン、ロバーデイク。私、皆と出逢えて……フォーサイトで本当に良かった」

 

 アルシェが皆を振り返る。フォーサイト結成当初は人形のようだった無表情が今では花の咲くような笑顔だった。先日アルシェが出会ったシズなる少女は幸運の女神様なのかもしれない。

 

「おう、頑張れよ。なあに、お前なら上手くやれるさ」

「アルシェさんに神の加護がありますように」

「落ち着いたらまた連絡してね」

「……うん、絶対する」

 

 ヘッケランが激励し、ロバーデイクが神に祈りを捧げた。イミーナが手を振る。三人は徐々に小さくなるアルシェの背中を見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

「……?」

 

 自分の家に帰ってきたアルシェは何となく違和感を覚えた。館の灯りが全て消えている。夜中とはいえ、使用人の部屋の一つくらい灯っていても良いものを。まあいい、そんな日もあるのだろう。杖の先に小さな〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉を灯し、アルシェは大階段を音を立てないよう慎重に上る。自分の部屋へ入ろうとして、妹たちの部屋の扉が半開きなのに気がついた。

 閉めるついでに可愛い寝顔でも拝ませてもらおうか。室内の妹たちを起こさぬよう、ゆっくりと扉を開ける。

 

「──え?」

 

 アルシェは思わず間の抜けた声を上げた。空っぽの部屋には誰もいない。ウレイリカも、クーデリカも。開け放たれた窓から吹き荒ぶ風が、ただただカーテンを揺らすだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 エイヴァーシャー大森林の最奥、三日月湖の近くに森妖精(エルフ)の国がある。大樹をくり抜いて作られた王城は、周囲を高い城壁が囲っている。最頂部に設けられた謁見の間にて、玉座に座す男は気怠げに頬杖をついていた。長く尖った耳に金色の長髪。典型的な森妖精(エルフ)の容姿には、左右で色の異なる輝きの瞳があった。それこそ王族の証、オッドアイ。二百年以上前、十三英雄の一人として数々の冒険譚で名を馳せた彼は生ける伝説と言っても過言ではない。まさしく英雄の中の英雄だ。しかしそれも今は昔の話。二百年の歳月は若き森妖精(エルフ)の英雄を、好色な俗物に変貌せしめた。

 

「……はあ」

 

 もうこの国は駄目だな。奮闘する部下たち──ほぼ全て彼の子息である──その一切合切を切り捨て、森妖精(エルフ)の王は独り言ちる。そこに情はない。彼にとっての興味は強いかどうか、ただそれだけだ。その観点から見れば有に千を超す彼の娘たちは、はっきり言って全員不適格だった。父王たる自分の半分の力も持たないゴミ屑ども。潜在能力を解放させてやろうとせっかく前線に送り出しても死体となるか、敵の捕虜になるか。全く失望させてくれる。森妖精(エルフ)王は苛立たしげに肘掛けを指で叩く。カツカツと神経質な音が響いた。

 

「忌々しきはあの国よ。スレイン法国の屑どもめが」

 

 妊婦ごと子を攫うとは畜生にも劣る所業。吐き気を催す邪悪である。あの女を失ったのは痛かった。子の強さは親の強さに依存する。十三英雄の一人である自分ほどではないが、あの女の強さは文句なしだった。きっと優秀な母体となり、多数の子を作れたはずだ。もう二百年以上前の悲劇に思いを馳せ、森妖精(エルフ)王は悔しさに歯噛みする。あの女は人間だ、もうとっくに死んでいるだろう。

 

「……待てよ」

 

 ハッとする。自分の血を引いているのだ、子の方はまだ生きているかもしれない。もしその子が娘ならば、さぞかし優秀な母体となるだろう。あの女のように。森妖精(エルフ)王は素晴らしいアイデアだと自画自賛し、口元を邪悪に吊り上げる。そうと決まれば話が早い。自らが打って出て、子を取り戻そうか。いや、まずは敵を捕虜とし尋問、我が子の性別を問うのが先か。

 

「ご、ご報告……申し上げ……ます!」

「何事だ、騒々しい」

 

 思考の海から強制的に引き戻される。血相を変えて王前に飛び込んでくる兵に王は不快げに眉根を上げた。息も絶え絶え、全身血濡れのこの兵は斥候として放ったものの一人だった。されど王が労いの言葉をかけることはない。この国では王は絶対だ。断りなく王に話しかけるなど死罪は免れない。

 

「樹が、樹が……おごぉっ!!」

「ッ──」

 

 突然、その兵が内側から膨れ上がる。目や鼻、口、耳などあらゆる穴から触手が伸び、破裂した。飛び散る血肉の中、宿木が次なる宿主を求めて血の海を泳いでいた。

 

「ひ、ひぃいいい!?」

 

 周囲の近衛兵が情けない悲鳴を上げ、尻餅をつく。無様を晒す部下を尻目に王が指を鳴らす。火柱が上がり宿木が燃え上がった。

 

「フン、この程度にすら手こずるか。愚図共め」

 

 瞬間、王宮が揺れる。建国以来、この地に地震などただの一度も起きた試しはない。ズシン、ズシンと地響きは鳴り止まず、むしろ次第に大きくなっていく。まるで巨人が集団で進軍しているかのように。

 

「何だ、これは! 何が起こっている!」

 

 部下たちは恐れ慄くばかりで動けないでいた。王は舌打ちすると、役立たずの近衛たちを突き飛ばす。音の発生源を探しバルコニーへと身を躍り出し、

 

「あれは──!?」

 

 我が目を疑った。エイヴァーシャー大森林に存在する無数の樹木、そのいずれをも軽々超える巨木が三日月湖方面に聳え立っていた。天まで届くかのような大樹から伸びる六本の枝。その一本一本が他の木々の幹を超えるほどの太さ。それが獲物を求め触手の如く蠢いていた。その異様な光景に王が渇いた声を絞り出す。

 

「ザイトル……クワエ」

 

 かつて十三英雄が封じた〝歪んだトレント〟とも〝世界を滅ぼしうる魔樹〟とも言われた存在。リーダーから聞いたことがある。あまりにも強大故、彼らをして倒しきることは叶わず。封ずるのが精一杯だった。まだ妖精(エルフ)王が十三英雄に合流する前の話だ。

 

(眉唾だったが……まさか実在するとは)

 

 だがあの魔樹は遠く離れた北東の地、アゼルリシア山脈の麓に広がるトブの大森林に封印されていたはずだ。しかも今朝までは何の兆候もなかった。あれだけの巨体だ、見逃すなんてまずありえない。たとえエイヴァーシャー大森林の端から端まで離れていたとしても、絶対に気づく。よしんば封印が解けたと仮定し、あの化け物を支配して。はるばるこの地までけしかけたとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。荒唐無稽だ。そんなこと、十三英雄と謳われた自分や他のメンバーでも不可能だ。万一可能だとすれば、それは六大神や八欲王くらいか。そこまで思考を巡らせ、ある可能性に思い当たる。王は奥歯が噛み砕けるほどに歯を食いしばった。

 

「人間風情が……やってくれたな!」

 

 スレイン法国に六大神の遺産が眠っているという噂を。あれは真実だったのだ。森妖精(エルフ)の王は忌々しげに魔樹を睨みつけ、欄干を壊れるほどに握り締めた。

 

 

 

 

 

 〈転移門〉が開かれる。本来ならば人間には不可能な領域に位置する高位階魔法。その奇跡は五人の巫女姫が多重に織り成す魔法陣により発動された。開かれし門はまるで光さえも飲み込む底なしの穴を彷彿とさせた。召喚されしは破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)。同時に漆黒聖典が闇より姿を現した。全隊員が一堂に会するのは異例なことだ。どこか遊び心に富んだ全身鎧(フル・プレート)、巨大な聖剣、聖槍、両手盾、浮かぶ球体など。いずれ劣らぬ六大神の遺産を身に纏っていた。〈転移門〉から出現したのは彼らだけではない。多数の護衛に守られたカイレ、それから火と闇の神官長。まさに圧巻の光景だった。火滅聖典は皆固唾を飲んだ。

 

 三日月湖湖畔に構えた前線基地に、スレイン法国最大の戦力が集結した。エルフの王国相手には過剰戦力も甚だしい。互角に戦えるのはアーグランド評議国、つまりは竜王(ドラゴン・ロード)くらいだろうか。此度の作戦における最高責任者、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンは皆の前に一歩出る。

 

「漆黒聖典、ならびに火滅聖典よ! 諸君らに命ず! 薄汚い森妖精(エルフ)共を一匹残らず殲滅せよ!」

 

 レイモンが命を下す。言うが否や跳躍、部隊から一条の光が飛び出した。閃光と見紛うそれは一直線にエルフの城へと駆け抜ける。光輪さすバイザー付きの額当て、背に翼のあしらわれた胸当て(チェスト・プレート)、光り輝く籠手(ガントレット)、未知の鉱石で出来た鉄靴(サバドン)、あらゆるものを斬り裂く戦鎌(ウォーサイズ)。六大神の装備を全身に纏ったその姿はまるで天使のようであった。漆黒聖典番外席次、絶死絶命はその目と髪色と同色の一対の翼をはためかせ飛翔する。漆黒と白銀の残光が尾を引いた。

 漆黒聖典隊長がレイモンを一瞥する。絶死絶命の事情を把握する数少ないもの同士、無言で頷き合う。隊長は一礼すると彼女の後を追った。番外席次に及ばぬまでも、彼とてまた神人。他を圧倒する力を持つ。一瞬で木々を飛び交い、消えていく。第一席次を見送った火の神官長は傍らの同胞に疑問を投げ掛ける。

 

「レイモン、良いのですか? 我々の最高戦力をあのように」

「良いのだ。あの子にも機会を作ってやらねば、な」

 

 土の神官長は森妖精(エルフ)王の居城を睨む。燃え滾る瞳は狂気と憤怒に染め上がっていた。

 

「復讐の機会を」

 

 それを皮切りに、漆黒聖典全員が各々得物を構える。あるものは隊長たちに倣い突貫、またあるものは詠唱を開始し、あるいはカイレの盾となった。ゲリラ戦の得意な火滅聖典は手筈通り王城を囲むように散開。漆黒聖典が討ちもらしたゴミを排除する手筈となっている。

 

「それにな、最高戦力ならば他にもあるだろ?」

「ああ、違いない」

 

 二人は魔樹を見上げる。カッツェ平野での実験は成功した。魔樹は完全にカイレの支配下にある。今も魔樹は次々と配下のトレントを生み出し、または敵兵を苗床とするための種子を散布していた。

 

「行くのだ、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)よ。人類の敵を殲滅せよ!」

 

 老婆の嗄れ声が響く。魔樹の目に相当する二つの樹洞が怪しい光を放った。実験後はトブの大森林で待機していたのだ。あらかじめ腹は膨れている。それにこのエイヴァーシャー大森林であれば食料に困らない。残弾は気にしなくていい。口に相当するであろう先の二つよりも巨大な洞が極限まで窄められ、射出。放たれたそれはまさに破城鎚。風切り音を上げ、一直線に飛来した。着弾。大気が鳴動する。土煙が舞い上がり堅牢な城壁が瓦解した。遅れて余波が振動となり此方まで伝わってくる。

 

 それが開戦の狼煙となった。

 




ヒロインアンケートとろうとしたら枠が5つしかない悲しみよ。

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